B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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エルの決断

「それでなんだが……コールドスリープの件、改めて俺は反対だ」

 

 こちらの意見に対し、エルは視線を下げて首を振る。

 

「でも……万が一の可能性をも排除するなら眠ったほうが……いえ、万が一を排除するなら、コールドスリープとやらでも生温いと思うけれど……」

「あーもう、ちょっと俺に話させてくれ……今は心が弱っていて、そう極論に思考がいっちまうんだからさ。もかく、ゲンブやアシモフが居れば、そう簡単に操られてしまうこともないだろうし……いや、もっと単純な理由だ。俺が君に会えないと寂しいからな」

 

 色々と口上を考えたが、どれも言うのは止めておき、自分の素直な気持ちを言うことにした。

 

 自分がコールドスリープに反対なのは、結局のところは自らの感情に過ぎない――彼女は好きで武神の子孫として生まれたわけではないし、好き好んで自分に刃を向けてきたわけではない。

 

 もちろん、本能的に闘争を求めている部分もあるのだろうが――言ってしまえば、彼女は七柱の創造神、DAPA幹部たちが作った歪みの中心に偶然にも居合わせてしまったに過ぎない。エルが生来持つ善性から考えれば、彼女が自分を少しでも犠牲にするような選択をするのは、自分としては耐えられないのだ。

 

 そしてそれ以上に、自分はエルのことを大切に想っているから――口を開けば皮肉ばかりだが、その皮肉は根が善良なので小気味の良いユーモアになるし、彼女と居るのは単純に楽しくもある。そんな彼女が氷の棺で眠ってしまえば、自分としては寂しいのは間違いない。

 

 エルはこちらの感情の吐露を聞いて、最初は目を見開いて驚いたようだった。だが、次第に表情も柔らかくなり――ようやっと微笑を浮かべて頷いてくれた。

 

「ありがとう。私も、アナタと会えないのは寂しいわ」

 

 少し上気した頬がなんだか艶っぽく、同時にどことなくあどけない笑みが、普段は大人っぽいエルにはどこか不釣り合いであり――これまた初めて見る彼女の表情に、なんだかこちらとしてもビックリしてしまったというか、なんだか落ち着かないような気持ちになる。

 

「はは、そう真正面から言われるとなんだか照れるな」

「何よ、むしろアナタが言い出したことでしょう?」

「いや、違いない。しかし、いつまでもこんなせまっ苦しい所に居たら気分もなえるだろう? 少し落ち着いたらここから出て……そうだな、気晴らしにまた一緒に絵でも描こうぜ」

 

 ここは極地らしいから外は殺風景だろうし、基地内もあまりに幾何学的な構造をしていて絵の題材にするには少々違うかもしれないが――いや、極地などそれこそ映像でしか見たことが無いし、無意識的に吹雪の光景を想像してしまっていてだけで、晴天下なら美しい銀世界をカンバスに表すことだってできるかもしれない。

 

 それに、そうだ、極地ならオーロラなども見えるかもしれない。光のカーテンを絵にするのは難しそうだが、その光景をずっと見るだけでも良いだろう。きっとここでしか見られない風景はある――そう思えば、なんだか今すぐにでも彼女の手を取って外に出て、寒空の下で筆を持ちたい気分になってきた。

 

 こちらの気分がはやるのをよそに、エルは微笑を浮かべたまま首を横に振った。

 

「その提案もありがたいけれど……でも、今ので決心がついたわ。やっぱり、私は眠ることにする」

 

 そう言いながら、エルはベッドの上で膝を抱えるのを止め、ベッドの端から足を降ろしてこちらを真っすぐに見た。

 

「勘違いしないで。アナタのおかげで、少し気が晴れたの……だから、悲観的な理由で決心したわけじゃない。むしろ、もっと前向きな理由よ……アナタがきっと、いつか私を自由にしてくれるって、そう信じたから眠るの。

 そしてきっと、古から続く戦いに終止符が打たれたら、私はきっと故郷に戻って使命を果たすわ。もちろん、もうアナタの役に立てないのは心苦しいけれど……ね」

「エル、俺は……」

「そんな暗い顔をしないで頂戴。私は、私にできることをする……眠るだけなんて凄く消極的ではあるけれど、逆にアナタの足を引っ張る可能性を少しでも減らしたいのよ。それが、私にできる唯一の戦いだから。

 聞いたところによると、アルファルド神はこの基地の防御を突破して来る危険性は無くはないと……今は眠っていると聞いているけれど、逆を言えば戦いが長引けば危険度は増すわ。もしアルファルドが起きた時に、私が自由に動ける立場にあったら……内側からアナタ達を襲ってしまうかもしれないから」

 

 ここに来た時と違い、エルの声に芯が通っている――ゲンブ曰く、右京は凄腕のハッカーだったらしいから、この基地のプロテクトを突破してエルに干渉してくる可能性は確かにゼロではないのだろう。

 

 もちろん、その場合でも――考えたくない最悪の事態ではあるが――二対の神剣さえエルが持っていなければ、戦力的には脅威ではないと思う。しかし、確かに敵の息が掛かったものが内部にいるだけで何をされるかは分からない。そう言う意味でゲンブはエルにコールドスリープを提案したのだろう。

 

 そして、元々エル自身は贖罪――というより現実逃避のために眠ろうとしていたが、今は違う。自身にできる最大限を選択する前向きな決断をした――そうなると、こちらの感情を押し付けるのもお門違いかもしれない。

 

「……覚悟は変わらないか」

「えぇ……そうと決まれば、善は急げね」

 

 エルは立ち上がって、扉の隣にある装置を操作して機材に向かって何かを喋り始めた。恐らく、ゲンブに対してコールドスリープの準備をするようにと言っているのだろうが――なんだか生きた心地がしなくて、詳細は脳内に入ってこなかった。

 

「……ねぇ、アラン。お願いがあるの」

 

 気が付けば自分の視線が下がってしまっていたらしい、エルの声に顔を上げると、彼女はいつの間にかベッドの縁に戻っていた。

 

「私が眠りから覚めたら……また、アナタと一緒に絵を描きたいの。出来れば、あの場所を。お父様が愛した、私が愛するあの風景をね」

「あぁ、約束するよ」

「ふふ、そんな安請負していいの?」

 

 エルは顎に掌をあて、悪戯っぽく笑った。自分としては、彼女は恐ろしい決断をする訳で――冷凍睡眠だって絶対安全ではない。オリジナルの生きた時代では解凍時の不手際で命を落とすことだってあったし、そうでなくとも脳に後遺症が残ることだってあった。

 

 もちろん、自分の知らないところで技術が進んでいて、冷凍睡眠のリスクはかなり下がっているのかもしれないが――そもそも論として、自分の体が自分の意志で動かせなくなること、それだけでも恐ろしいことなはずだ。

 

 そうなれば、もっとエルは大きな我儘を言ってくれて良いぐらいに思う。もちろん、彼女の真意としては色々な意味が含まれるのだろうが――絶対に自分が七柱達に勝って、安全な世界になってから彼女を起こせと約束しているのと同義な訳で、それが彼女が真に言いたいことかもしれない。

 

 だが、そんなことは大前提として、自分が命を賭けてでも達成しなければならないことだ。七柱に勝つことが簡単なことだとは思ってはいないが、同時に自分としては当たり前のこと――それくらいの約束では、自分の気が済まない。

 

「……なんならもっとわがまま言ってくれていいんだぞ?」

「そう? それじゃあ、しっかりと描き方を教えて頂戴ね」

「それくらいだって、俺からしたら大した我儘じゃないさ」

「そう……でも、私はそれ以上は望まないわ。何があってもアナタともう一度巡り合って、一緒の時間を過ごせるなら……他に何もいらない」

 

 そうは言うモノの、エルはこちらから視線を逸らして肩を振るわせていた。当たり前だ、怖いに決まっている――彼女の慣れ親しんだ水準よりは高い科学技術を知っている自分ですら、自分が冷凍睡眠をするには抵抗はあるのだから。

 

 それだけではない。自分のあずかり知らないところで色々なことが進んでいく恐怖、それに――彼女自身の中に眠るハインラインの血の問題は、何一つ解決していないのだ。彼女の決断そのものを否定する気はないが、彼女の言うようにこれは消極的な解決策であり、彼女自身を取り巻くおぞましい状況は――自らの中に武神の血が流れているという事実は、眠る彼女の内にも依然として転がり続けるのだから。

 

 彼女のために何かできないか。自分の頭がもっと回るのなら、もう少し安心させるような一言でも言えるかもしれない。そうでなくとも、振るえる彼女を抱きしめて安心させることも出来るかもしれないが――残念ながら今ばかりは本能的に身体も動いてくれないので、オリジナルにもきっとこういった経験は無かったのだろう。

 

 せめて――気の利いたことが言えもしないし出来もしないのなら――ベッドに座る彼女の前まで移動して、膝をついて彼女の右手を取った。握った感触は、想像以上に固い。それだけ彼女が剣を握って戦ってきた証拠であり、誰かを守ってきた証でもあるのだ。

 

「アラン……」

「すまん、もう少し上手いことを言ってやれればいいんだがな」

「いいえ、これで十分……うぅん、握り返していいかしら?」

 

 こんな時でも遠慮がちな彼女に対し、自分はつい小さく噴き出してしまった。

 

「な、何よ……おかしなことを言ったかしら?」

「いいや……エルらしいと思ってさ」

 

 言いながら彼女の手を強く握ると、エルも遠慮がちに握り返してくる。少しの間そうしていると、次第に慣れてきたのか、彼女の方からも左手が添えられ、むしろこちらの手を色々と触られる形になる。

 

「……アナタの手、結構大きかったのね。初めて知った」

 

 見上げると、エルは恥ずかしそうにはにかみながら微笑みを浮かべていた。

 

「私の手、ごつごつしているでしょう? 女らしくなくて恥ずかしいのだけれど……」

「いいや、これがエルの手なんだなと思うと、なんだか感動すら覚えるぞ」

「何よ、それ……」

 

 言葉はいつも通りだが、そう言う彼女の顔は笑っている――いや、これもいつも通りか。いつだってエルは俺のことを信頼してくれ、笑って送り出してくれていたのだから。

 

 しばらく互いに手を握っている状態で、無言の時間が流れる――そしてエルの手が離れ、彼女はそのまま握っていた手を大事そうに胸元に当てた。

 

「ありがとう、アラン。少し落ち着いたわ」

「大したことはしてないさ……それより、他に何かして欲しいことでもあれば……」

「うぅん、いいわ。もっと欲しがったら、決意が鈍ってしまうから……だから、今はこれで十分。アナタの手の温もりを抱いて、私は眠りにつくことにする」

 

 どこか悲し気に、それでも強く、美しく微笑む彼女の表情を見ると、自分からはもう何も言えなかった。

 

 コールドスリープの準備はその日のうちに進められた。というより、既にそうすることを前提に準備をされていたという方が正しいのだろう――エルが冷凍睡眠に入ることは既定路線で、どちらかと言えば自分が起きて話をするまで待ってもらっていた、という方が正しいのだろうから。

 

「皆、迷惑を掛けたわね。ごめんなさい……」

 

 人一人がすっぽり収まるガラスシリンダーの中で、エルは医療用の衣服をまとって上半身だけを起こし、周囲を見ながら謝罪をした。今、ここに集まっているのは自分とソフィア、ティア、それにゲンブと後二人――そのうちの一人はしばらくエルに会えなくなるのが寂しいのだろう、小さく嗚咽をもらしている。

 

「うぅ……エルさぁん……!」

「ナナコ、泣かないで。大丈夫よ……そこの馬鹿が、きっと私を起こしてくれるから」

 

 エルは顎で自分の方を指し、一方のナナコも「そうですね……私も頑張ります!」と言って腕で涙を拭っていた。そして、ナナコの横を亜麻色の髪の少女が通り過ぎてエルの前に立った。

 

「お義姉さま……」

「テレサ……アナタも、色々と複雑だと思うけれど……気をしっかり持つのよ」

「はい……」

 

 義姉妹の挨拶は簡潔なものだった。自分より二人の方が付き合いは長いだろうし、口数少なくても通じるものがあるのかもしれない。

 

 しかし、もしグロリアの人格が起きていたら、このような厳かな雰囲気もならなかっただろう。グロリアは眠ってくれているのか、もしくは義姉妹の別れに――それは、自分の手で一時の物にしなければならない――気を利かせて大人しくしてくれているのかもしれない。

 

 ともかく、テレサが頷いて一歩下がると、エルは自分の隣に居る旅の仲間達の方を見て頷いた。

 

「ソフィア、私はここまで。こんなことを言うのも厚かましいかもしれないけれど……アランのことを頼むわ」

「うん、任せて」

「ティア。クラウのことは大変だと思うけれど……諦めないで。アナタが諦めなければ、きっと以前の関係性を取り戻せるわ。そしてアナタも……アランを支えてあげて頂戴」

「うん……了解だ」

 

 ソフィアとティアに挨拶を終えて、最後にエルはこちらを見た。しばらくの間、彼女は何も言わずに――泣いてしまうんじゃないか、悲し気に揺れる瞳を見るとそんな風に思ったが――彼女はいつものように大きくため息を吐いて、しっかりと気を持ち直したようだった。

 

「……それじゃあ、私は眠るわ。約束、忘れないでね?」

 

 頷き返す自分を見て、エルは微笑みを浮かべ、そしてガラスシリンダーの中に横になった。蓋が降り、少しの間冷凍の処置が続く――その間、ゲンブが以前に比べて解凍時の失敗や後遺症のリスクはほぼゼロだとか補足を受けたが、これもあまり頭に入ってこなかった。

 

 そもそも、どうして少女たちがこんな目にあわなければならないのか。元々、自分は彼女たちを守るために戦ってきたというのに、その顛末がこれだとは。だが、エルは自分にできる戦いをすると覚悟を決めたのだから、自分はそれに報いるだけだ。

 

「待ってろよエル……俺が必ず君を起こしに来るからな」

 

 すでに誰も居なくなった部屋の中、シリンダーの中で眠る美しい剣士の顔を見ながらそう呟き――自分も部屋を後にすることにした。

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