B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「解析の結果が出たよ」
ゲンブの基地の一室、真っ白い壁に囲まれた部屋の一室で、シモンがベルトを机の上に置いて対面に腰かけた。
エルが冷凍睡眠に入った翌日、自分はシモンに呼ばれてこの部屋を尋ねた。起きた時に変身ベルトが外されているのは気付いていたが、どうやらダンが何かを仕込んでいた可能性を懸念して解析を進めていたらしい。
解析自体はゲンブでも出来るとのことだが、奴は今後の作戦を練るのに忙しく、また父の製造物ということで興味もあったのだろう――諸々の事情でシモンが解析に乗り出していたというわけだ。
自分としても、これから負けられない戦いに挑むのに、武器の調子はしっかりと確認しておきたいのは確か――ダンがおかしなことを仕込んでいるとも思っていないが、思いっきり戦うのには安全が確保されているに越したことは無いので、解析してもらえること自体はありがたかった。
「それで、どうだった?」
「特におかしなプログラムは組まれていないようだった……いざという時に変身が解けるようになるだとか、毒物を投与するだとか、そういう危険性は無いようだね。親父は旦那を信用していたんだな。
もちろん僕に解析できていない部分もあるかもしれないから、確実に安全ととは断定できないけどね」
シモンはベルトを眺めながら、相変わらずのシニカルな笑みを浮かべていた。その表情の意味するところは、恐らく――ひとつは父が作った機構に対する尊敬と畏怖、そしてもう一つは父が原初の虎を信じてくれたということに対する安堵の様なものだろう。
解析できない部分があるということは、ダンの技術力がシモンを上回っていることの証左だろう。もちろん、ダンの方が大分長生き――それも、文字通り百倍と言った数で――なのだから、知識量に差があるのは当然のことだ。
とはいえ、それはあくまでも他人の立場だから言えることであって、実の息子であるシモンが納得できるのとはまた違うはずだ。父の背中に追いつけていないことの悔しさが半分と言ったところだろう。
残りは、父が誰かを信じて自身の技術を託したという事実が嬉しくもあったのではないか――自らの父は私利私欲でその技を振るう男ではないというのが、シモンにとっては嬉しかったのかもしれない。
「ま、もしお前が解析しきれなかった危険があったとしても、それはその時……どの道、奴らとやり合うならコイツの力は必要さ。俺はダンを信じるぜ」
「そうだ、知ってるかもしれないが、バックルのボタンを長押しすると身体に溜めたエネルギーの排熱が出来るよ。もしバーニングブライトを使えない狭い空間でADAMsを利用してエネルギーが暴走しそうになったら使ってみるといい。
あともう一つ、実は気になる点があるんだ。何やら、プロテクトが掛けられているプログラムが一個だけあるんだよ」
「えぇ? おい、それは大丈夫なのか?」
自分としてもダンを信じていないわけではないが、流石にシモンが解析しきらない秘密機構が隠れているとなると少々不安になる。自分の質問に対し、シモンは「なんだい、親父のことを信じるんだろう?」と楽しげに笑った。
「大丈夫、恐らく旦那に害を与えるようなものじゃないさ……あくまでもボクの見立てだけど、何かのリミッターのようだね。要するに、レッドタイガーはまだ十全じゃないのさ。
ただ、複雑なプロテクトが掛けられていて、何個かパスコードを解除すればリミッターも外せそうなんだけど……もしかすると、これが親父の予防線だったのかもしれないな」
「どういうことだ?」
「旦那に全ての力を授けてもいいのか……最後まで悩んでいたんだと思う。ダンナは自分と敵対する可能性がある訳だから……」
「……いいや、多分ちょっと違うぜ」
自分の返答に対し、シモンは首を傾げて見せた。
自分の見立てとしては、ダンは――フレデリック・キーツと言う男は保身のためにリミッターを掛ける男ではない。むしろ、迷ったのはそれ以外の部分だろう――自分と戦う相手に、強力な武器を与えていいのか。
それは、彼自身の身が危うくなるからという意味でなく、自身が勝てる可能性を下げる行為に行為に他ならないから。そう言った点を、ダンは最後まで悩んでいたのではないか。
同時に、フレデリック・キーツはやはり技術者なのだ。思いついた機能を――それも必要と思ったものを――削ることもできなかった。だから、機能を搭載したうえでリミッターを掛けた、というのが正解なように思う。
とはいえ、戦う必要が無いのが一番だ。自分としては彼とは敵対したくない――そう思いながらベルトに手を掛けて立ち上がり、以前つけていたように腰に装着してシモンの方を見る。
「ま、恐らくアシモフが説得すれば、ダンの奴もこっちに着いてくれるかもしれないんだろ? その時にリミッターのことも聞けばいいし……何より、ルーナたちを倒せば、ダンももうお前さんの体に自身の人格を転写することもないはずだ」
「そうだね……」
シモンは頷きながら、なんだかアンニュイな表情を浮かべた。
「はは、なんだ、親父さんとゆっくり話すことでも想像して気まずくなったか?」
「あぁ……前にも言ったけど、別に尊敬してない訳じゃないけど、あの頑固っぷりは苦手だからね」
「まぁ、その辺も全てが終わってから考えればいいさ。ともかく、解析ありがとうな」
「いや、僕が勝手にやったことだからね。気にしないでくれ」
シモンに対して手を軽く振り、部屋を後にする。さて、これからどうしたものか――昨日の今日で色々と考えることはあるし、また色々な面子《めんつ》と会話をして状況を整理したい気持ちもある。
ともかく、一度皆がいる方へと戻るか、そう思って歩みを進めていくと、なんだか何かを打ち合うような音が遠くから聞こえてくる。仮に敵襲だとすればもっとあわただしい様子になるだろうから、危険性は無いのだろうが――ひとまず音のする方へと向かってみることにする。
基地内の中央にある大空洞に出た時、音の正体が分かった。何やら、ティアとホークウィンドが広い空間で組み手をしているようで――互いの突きや蹴りが打ち合う音が響いていたらしい。
しかし、両者の技は恐ろしく早い。自分はADAMsを起動していないと――ある程度気配で動きは分かるが――目で追い切れないほどだ。
「あら、アランさん。ごきげんよう」
技の凄まじさに惚れ惚れとしていると、背後からお嬢様言葉で声を掛けられた。振り返ると、案の定そこにはアガタ・ペトラルカが、いつもの感じ――腕を組んで壁に背を預けている――調子で立っていた。
「おぅ……それで、あの二人は何をしてるんだ?」
「見ての通りですわ」
「いや、見て分からないから聞いてるんだが……」
まぁ概ね訓練と言ったところなのだろうが、何故にティアはホークウィンドに師事を仰いでいるのかは分からない。また一段大きな音がして振り返ると、どうやら勝負あったらしい、ティアが膝をついているのに対し、ホークウィンドの肘が彼女の頭上すれすれで止まっている所だった。
「はぁ……はぁ……くっ……参りました」
「うむ……しばらく休憩を取るか」
ティアは息を整えるためかその場にへたり込んでしまったが、巨漢のシノビは息一つ切らさずに振り返り――自分の姿を確認するとゆっくりとこちらへ歩いてきて、目の前で良い姿勢を取り、そのまま腰が「く」の字になるほど深いお辞儀をしてきた。
「原初の虎……貴殿と共に戦える日が来るとは光栄だ」
そう言いながら、ホークウィンドはその巨大な手をこちらへ差し出してくる。握手のつもりなのだろうが、身長が二メートルほどある巨漢の、それも筋骨隆々の巨大な手が差し伸べられても中々に威圧感があり、なんだかこちらの方が委縮してしまう。
とはいえ、自分としてはこの男はそこそこ好意的に思っていた。無駄な殺生をする男ではないし、仲間を大切にする熱さもある――相まみえた回数はそこまで多くないが、逆を言えばその少ない数だけで見える人間性と言うのもある。
敬意の持てる相手からの友好の証であるのならば、断る理由もない。自分も手を差し出して、巨漢の手を取って握り返すことにした。
「丁寧にどうも……しかし、俺とお前は旧世界では面識はなかったのか?」
「うむ。私とチェンは貴殿が倒れてからべスターと合流したからな。とはいえ、貴殿の噂はずっと聞いていた。そなたこそ真なる忍《しのび》……肩を並べて戦える日が来るなどと思っていなかった」
「いや、俺は忍者ではないけどな」
「謙遜する必要はない。義によって立ち、弱き者のために刃を振るい、数多の敵の目を欺き、巨悪を断つ……それこそが私の目指す忍。貴殿はそれを体現した伝説の男なのだから」
そう言うホークウィンドの瞳は、なんだか輝いているように見える――いや、その体は魔族らしく、どこか爬虫類を思わせるような瞳孔をしているのだが、それでも彼なりの好意というか、羨望が見て取れた。
とはいえ、自分としてはそんな純粋な瞳で見られるのはなんだかバツが悪い。旧世界での働きなど自分は覚えていないし、感覚的にはホークウィンドの方が歳も上――それこそ万単位で――であるし、こう頭上から見つめられるのも居心地が悪い気がする。
俺のファンならサインでもやろうか、などボケが通じる手合いでもない。むしろ、下手したら喜ばれてしまうかもしれない。どうしたものか――そう思っている傍でティアが呼吸を整えて立ち上がってこちらへ来てくれてたので、男の手をゆっくりと離してそちらへ逃げることにした。
「ティア、お疲れさん」
「ふぅ……アラン君じゃないか。ベルトの解析とやらは終わったのかい?」
「あぁ、今まで通りに使っても問題ないそうだ……それで、ティアは何をしてたんだ?」
「見ての通り、ホークウィンドに稽古をつけてもらってたのさ。ボクの体術の源流はニンジャの使う技だからね。教えてもらおうと思って」
「いや、アイツのは忍術と言うより……」
「はは、分かってるよ。でも、クラウが望んだ技は、ホークウィンドの技がより近いからさ……それにしばらく神聖魔法は使えないから、それまでは体術一つで戦っていかないとならないから」
ティアはそう言いながら、その赤い瞳で握った拳をじっと見つめている。しかし、ティアの言うことには少々違和感がある。神聖魔法が使えるはずの彼女が、なぜ体術一つで戦っていかないとならないのか。
そう思っていると、後ろから肩を叩かれる――振り返るとアガタが真後ろでこちらを見上げていた。
「私からお答えしましょう……ティアが使っていた神聖魔法は、アルファルドの加護によるものだったのですよ……魔族の扱うものと同様にね」
「どういうことだ?」
「アランさんも予想していたと思いますが……邪神ティグリスなどという神は存在しません。邪神の名はレムリアの民や魔族の精神的なコントロールのために作られた寓話に過ぎない……そして、邪神への信仰を代行していたのがアルファルドなのです。
正確には、第六世代型アンドロイド達に魔法を授けるレム、ルーナ、レアの三柱以外への祈りを受理し、魔法を授けていたのがアルファルド、というのが正解ですね。
レムが言うには、アルファルド……右京は自身が倒れた時のことを予兆して、自動で魔法を健在させるシステムを組んでいたのだとか」
それが魔族とティアが同時期に違和感を持った理由か。元々は第六世代型アンドロイド達の祈りをアルファルドが受理していたのに対し、今は機械的に処理されているから違和感があるのだと――そういうことなのだろう。
「しかし、それならアシモフかレムがティアに力を貸してやればいいんじゃないか?」
「それは難しいみたいだよ」
また背後から声が聞こえ、自分はティアの方へと向きを変えた。
「アシモフの精霊魔法はエルフでないと扱えないようにされているらしい。そして、レムとは現在通信できないから、新たに契約し直すこともできないし……同時に、ルーナは倒すべき敵だからね」
「なるほど……それで、少しでも力を付けるためにホークウィンドに教えを請うてた訳か」
こちらの言葉にティアは頷いた。しかし、師事してくれと言って実際に教えてくれるのだから、ホークウィンドも人が好い。件《くだん》のニンジャの方を見ると、男は顎に手を当てながらティアの方を見て何かを考えているようだった。
「神聖魔法の補助が無いと言えども、そなたの技のキレは以前より落ちているように見えるが……心に迷いがあるのか?」
「いや、迷いはないよ……だけど、キレが落ちているのは、ボクの原動力が弱まっているせいかもしれない……以前アラン君には話したけれど、ボクの技はクラウが理想と思う物だからさ」
ティアはそう言いながら俯いてしまう――以前、ティアが扱えるのはクラウの理想とする限界値までだと言っていた。逆説的に、技のキレが落ちているというのはクラウが強さを求めていないから、ということになるのだろうか。
その辺りを詳細に知りたい。昨日、ティアからクラウの状況を軽くは報告を受けているものの、まだ詳しくは聞けていないのだから――そう考えていると、ティアは師匠よろしくに、巨漢に対して大きくお辞儀の姿勢を取った。
「ホークウィンド、訓練ありがとう……これからアラン君に、少しクラウの状況を伝えたいので……」
「うむ、今日はここまでにするか……明日は分身の術を教えよう」
「はは、それはボクにはちょっと難しそうだけど……明日も付き合ってくれるのは素直にありがたい。お願いするよ」
ティアは顔を上げて顎を掻きながら笑い、改めてこちらに向き直り「アラン君、アガタ、行こうか」と言って先陣を切って歩き出した。