B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ティアとアガタと別れてから、基地内を色々練り歩くことにした。別段予定が無いのもそうだし、同時に偶然に出会った誰かと状況確認のための会話が出来ればいい、くらいの感覚で散策している形だ。
ソフィアやスザクとは色々話をしたいが、機会があれば割と向こうから声を掛けてくれる気がするので、むしろ他の者と出会えるといい――ホークウィンドだって先ほど挨拶をした程度であまり深い会話を出来ていなし、何なら昨日会議の場にいたアズラエルというアンドロイドとは会話すらしたことがない。
とはいえ、第五世代型である彼は自分のことを警戒しているかもしれないし、あまり友好的な関係は構築できないかもしれないが――ともかく、一度くらい会話をしておいたっていいだろう。
あまり気の進まない相手ではあるものの、話すならゲンブやアシモフでも良いだろう。なんだったら、もう少し自分のオリジナルのことや、右京の話を聞いてみたいように思う。あの二人は作戦会議中だろうから、先日のブリーフィングルームにいるかもしれない。
一方で、T3にだけは会いたくはない。いろいろと事情は分かってきたし、アイツなりの行動原理も認められつつある――が、性格的に合うかと言うと話は別だ。
そもそも、何故あそこまで反りが合わないのか。同じ技を使う者同士、なんならもう少し気が合ってもいいのではないか? というか、何故ここまで自分とアイツは険悪なのか――その原因を考えてみる。
思い返せば、どちらかと言えば向こうがこちらに対して突っかかってきているような気もする。もちろん、こちらなど出会ってコンマ秒以下で腕を切り飛ばされたのだから、嫌悪を向けるのはこちらからが正解な気もするが――いや、そもそもシンイチが殺されたことに対して自分が怒って――。
など、思考が周り廻った挙句、どの道アイツとは反りが合わなそうだという結論が出た。やはり、出会うならT3以外が良い――などと思ってはみたものの、広大な基地内で迷っているのが実のところだった。
元々、ゲンブとT3が前回の魔王征伐から三百年の期間を潜むために作った基地らしいが、T3と人形の二人で使っていたにしては広すぎるきらいがある。もちろん、何者かに襲撃された時のことを想定しているから迷路のようになっているというのは納得するが、行けども行けども曲がりくねった白い壁と細い通路や分岐点が続いており、まるで方向感覚が無くなってしまうような作りになっている。
他の者は迷ったりしないのだろうか? ともかく、こんな場に方向音痴のクラウが――もしくはティアが――ひとりで放りだされたら二度と帰ってこれないだろう。とはいえ、適当に歩いていればいつか基地中央の吹き抜け部分に出るだろうから、そこまで行けば上層へ戻ることは可能だろうし、ちょっとしばらく眠っていて硬くなった身体をほぐす意味合いで散歩するのも悪くはない。
ともかくそんな調子でしばらく歩けども、結局誰とも出会う気配は無かった。いや、冷静に考えれば当たり前で、こんな広大な基地を練り歩く奴は自分を置いて他にはいないというのは頷けることだった。
そしてようやっと吹き抜け部分へと戻って上層へ移動することに成功し、見おぼえるのある通路にまで戻ってくることが出来た。医務室回りならきっと誰かいるだろう――そう思って廊下を歩いていると、なんだか良い匂いが立ち込めてきた。見れば、何やら一室の扉が開いており――恐らくキッチンか何かだろう。
そう言えば朝から何も食べていなかったし、腹も空いていたところだ。それに、食堂で料理をする人物となると、果たして誰なのか検討もつかないからこそ、誰が居るのか気になる――そう思いながら扉をくぐって中へ入ると、まず最初に完全に予想外の人物が目に入ってきた。
その料理という行為からもっとも遠ざけねばならぬはずの人物――ナナコはこちらに気づくと、椅子の上でパッと明るい笑顔になり、向こうから大きく手を振ってくれた。
「もしかして、美味しそうな匂いに誘われてきちゃったんですか?」
「人をカブトムシみたいに言うなぁ……しかし、今日はソフィアは一緒じゃないのか?」
「はい! 配膳のため、私だけここにいる感じですね。皆さんに食事を届けるのが、基地内での私の仕事なんです!」
「ひぇっ……恐ろしく広いだろこの基地。飯を届けるのも大変じゃないか?」
「いえいえ、皆さん居る所は大体固定されてますからね。それに記憶力には自身があるので、広い基地でも道は忘れません!」
記憶喪失の少女が記憶力に自信がある、というのも説得力としては微妙な気がする。とはいえ、初めて起きた時にもそんなことを言っていた気がするし、いくら配膳する場所が決まっていても並の空間把握能力では迷ってしまうだろうから、控えめな胸を突き出してうんうんと頷く彼女の記憶力は本物なのだろう。
「しかし、超科学の粋で作られた施設なのに、わざわざ料理は手作りなんだな」
「……この基地で食事を摂るのは、元々私くらいだったからな」
その声は、キッチンのさらに奥から聞こえてきた。仕切りで顔が見えていなかったが、今の言葉で誰だか分かった。
「T3!? テメェ、なんでこんなところに居やがる!?」
「同じ言葉をそっくり返すぞ」
「もー! お二人とも、顔を合わせれば喧嘩ばっかり! もう少し歩み寄れないんですか!?」
一人で歩いていた時の予想に違わず、やはりT3と顔を合わせればこのような憎まれ口の応酬になる。ついでにナナコまで居ると仲良くしろと言われるので、てんやわんやの展開だ。
別に、自分としては相手方が歩み寄ってくるのなら、仲良くするのは違うとしても、ここまで喧嘩腰になることもない。それは相手も同様なのか、ただ互いに睨み合いながら時間ばかりが経過する――間にいるナナコは不機嫌そうに自分とT3を見比べて、しかし次第に納得したように手を叩いた。
「実はお二人とも仲良しさんなのでは? 喧嘩するほど仲がいいと言いますし」
「それはないぞ、ナナコ」
「それはない、セブンス」
「ほら、息ピッタリです」
指を立てて笑顔を見せるナナコに対し、自分としては何も言い返せなくなってしまった。実際に、ほとんど同じようなセリフを吐いてしまったから――またしても向こうも同様なのか、T3は再び仕切りの奥に引っ込んでしまった。
「くだらん会話をしている場合ではないな……」
奥からそんな捨て台詞が聞こえてきて、後は奥からは鉄板の上で油が焼ける音と共に良い香りが漂ってくる。男の手元から発される音は軽快で、確かに料理を作り慣れていると言っていい手際の良さだ。
「もしかして、ここでの食事はアイツが作ってるのか?」
「そうなんですよ! T3さん、料理お上手なんです!」
「へぇ。意外な特技があるもんだなぁ……」
「できれば私も教えて欲しいくらいなんですけど……T3さんが厨房に入れてくれないんですよねぇ」
ナナコは腕を組みながら目を瞑り、何故だろう、という表情で首を傾げた。今ばかりはT3に心の中で万雷の拍手を送ろう――ナナコの向上心は素晴らしいモノだと思うのだが、殺人料理が一朝一夕で克服とも思い難いし、今は何かと大事な時期であることを考えれば、不要な事故は避けたほうが良いだろう。
「……T3さーん本当にお手伝いしたら駄目ですか?」
「いや、ナナコ、ここはアイツに任せよう……きっと、皆に美味しい料理を振舞えて嬉しいだろうからな」
「そうですか? それなら……いえ、別に私が手伝っても、料理を振舞うという結果は変わらないのでは……?」
「いいや、アイツはそう言うところにこだわるタイプなんだよ、きっと」
我ながら苦しい言い訳だったが、純粋で素直なナナコは「そうなんですかねぇ……?」と再び首を傾げている。ともかく、ここは彼女の気を逸らす方が良いだろう。それに、ナナコにも確認を取っておきたかったことはある。そう思い、彼女の対面の椅子に腰かけ、質問を投げかけてみることにする。
「そう言えば、ナナコはこれから戦闘に参加するのか?」
「はい、その予定です。ただ、武器が無くてどうしようかーみたいな話が出てます」
「そうなのか? 神剣アウローラを使ってもいい気がするが……」
事情としてはポジティブなことではないものの、エルが眠っている今なら立派な剣の使い手が不在ということになる。それを寝かせておくのはもったいないのではないか――そう思ったが、ナナコはまた腕を組んで首を傾げた。
「ちょっと試しに扱ってみたんですが、アウローラは私の剣術に合ってないんですよ。ちょっと軽すぎると言いますか……使えないこともないと思うんですけど、もう少し重めのヤツがしっくりくるんですよねぇ」
確かに、元々扱っていた魔剣ミストルテインと比較すればアウローラは細身で軽量だ――そう思っていると、奥からT3が両手に皿を乗せながらこちらへと歩いてきた。
「二対の神剣は、文字通りに二刀流を前提に設計されている。そのため、アウローラは軽量なのだ。対して、ナナセ・ユメノの使用する三舟流という剣技は、両手剣で扱うことを前提としている。だから、セブンスには合わないのだろう」
「なるほど、そうなんですね!」
「貴様自身のことだろうが……」
T3はため息を吐き、こちらを向いて目元をこちらの目の前に皿を置いた。
「……これは?」
「貴様はパエリアを見たことが無いのか?」
「馬鹿野郎、見たことあるに決まってるだろうが……その、食って良いのか?」
エルフの男はこちらの言葉を無視し、無言のまま厨房の方へと去っていってしまう。恐らく食っていいということなのだろうが、毒でもしかけられていないだろうかと――実際こちらからは毒をくらわせた過去がある――訝しみながら料理を眺めていると、奥から一瞬殺気が放たれたのに身体が反射的に動いた。気が付けばT3が投げた鋭利な何かを、自分は眉間に刺さるギリギリ手前で指に挟んでいた。
「あ、アブねぇな!?」
「食器を出してやっただけだ」
言われたままに自らの指に挟まったそれを見ると、フォークの先端が自分の額すれすれの位置で止まっていた。
「テメェこそ、手渡しって言う普通の行為を知らねぇのかよ……」
ともかく、眼のまえの料理は食べていいということだろう、受け取った食器で差し出された料理を食べ始めると、確かに美味い。なんなら、この世界に来て一番の美味と言って差し支えないかもしれない。
「アランさん、どうです? T3さんの料理は?」
「確かに美味いな」
「そうでしょうそうでしょう! だから、私も教えて欲しいんですけど」
ナナコはそこで言葉を切って、近づいてくる足音の方へと視線を向ける。見れば、T3が配膳用のカートに料理を乗せているようだった。
「キチンと言われた通りに手を動かすなら、そのうち教えてやる。とりあえず、これを皆に配ってくるがいい」
「はい、了解です! 戻ってきたら私の分も、アツアツなのがあると嬉しいです!」
ナナコは立ち上がって敬礼のポーズを取り、軽快な足取りでカートを押しながら扉の方へと向かった。そして「二人とも、私が戻ってくるまで仲良くしててくださいね」と言い残して廊下へと去っていった。
しかし、困ったことになった。今までナナコが居たからなんとか間が持っていたものの、コイツと二人きりでは何を話せばいいか分からない。料理を食べ始めなければ手伝いをするとか言い訳してナナコに着いて行けば良かったのだが、空腹が勝って料理を運ぶ手も止まらないのだ。
何より悪いのは、何故だかT3のヤツも椅子に掛けて料理を食べ始めた点だ。こちらと会話する気が無いのなら近くに座らなければいいのに、わざわざ対面に――とは言えども、真正面でなくその一つとなりだが――居座っているので、イヤでも視界に入ってくる。
しばらくは無言のまま互いに食事を続けていたが、この状態はあまりに気まずい――ここは覚悟を決めて、会話の一つでもしてみるか。
「……普通に美味いぞ」
「そうか……」
折角ほめてやったと言うのに――いや、事実として美味いのだが――男はそっけない返事だけ返してそのまま無言に戻ってしまった。これ以上はこちらも何を言えばいいのか分からず、ひとまず食事に集中し、先に食べ終えることにする。
しかし、食べきるタイミングで一つ質問したいことが出てきた。少女たちが居ない今が――とくにナナコが居ないこのタイミングが――チャンスだろう。そう思い、フォークを皿の上に置くのと同時に再び男に声を掛けてみることにした。
「ごっそさん……なぁ、ナナコのことなんだが」
こちらの言葉に、T3は一瞬だけ口へ運ぶフォークを止めた。男はすぐに食事を再開させて、口の中の物を飲み込んで後、食器を一度皿の上に置いた。
「察しの通り、アイツはナナセ・ユメノのクローンだ……三百年前、海と月の塔で殺されかけた私に付着していた彼女の血を保存しておき、ゲンブが培養して、赤子から育てたんだ」
「どうして、ナナコが……ナナセ・ユメノのクローンが必要だったんだ?」
「ゲンブとしては、魔王征伐に使われる勇者が何者かの調査の一貫だったらしいが……ナナセの正体は、旧世界の人間のクローンをゲンブがやったように培養した者だったようだな」
「つまり、ナナコはクローンのクローンってことになるのか……しかし、どうして右京は異世界の勇者なんてモノを作ったんだろうな?」
「ゲンブの見立てでは、理由は二つ……一つは機構剣を扱える人材を選定したのではないかという理由。第六世代型アンドロイドは、学院の者とドワーフを除いて機械の扱いに弱いからな。
もう一つは、異世界、という肩書がどこか神秘的であり、魔王を倒す者として説得力があるものだから、という理由だ。実際、貴様ら旧世界の住人が好む娯楽の中には、そのような設定の物が多くあったらしいな?」
忌々し気に吐き捨てながら、T3は食器の先端をこちらへ向けてきた。今のコイツの気持ちは分かる――自分たちの世界の命運を握る筋書きを娯楽から引っ張ってきていたのなら、ふざけるなとでも言いたくなるだろう。
実際、自分もこの世界に生を受けた瞬間は異世界転生などと浮足立っていたものだ――そのため安易に同意できず、気まずく話を逸らすことしかできない。
「それじゃあ……どうしてナナセが勇者として選定されたんだろうな」
「私は知らん……が、アシモフなら知っているだろう。気になるなら聞いてみたらどうだ?」
「お前は気にならないのか?」
「あぁ。彼女が旧世界で何者であったかなど、私には重要ではない……私にはこの世界で、あの日であった彼女が全てだからな」
そこでT3は食事の手を止め、横を向いて天井を見上げた。
「ユメノ・ナナセは美しい魂を持っていた。魔族と手を取り合うなどというのは、私自身ですら偽善的で実現不可能な夢想だと思っていた。
しかし、誰かを想い、自らが傷つくことを恐れず、ただひたむきに、真っすぐに進む彼女の精神こそ、何物にも代えがたいほどに貴かった」
「……その精神は、ナナコにもしっかり受け継がれているように思うがな」
何の気なしに、そんな言葉が自分の口から出た。今なら、ゲンブがナナコをサークレットで抑えていた理由もわかる。本来の彼女の性格では、きっと七柱と戦うことに疑問を抱いたに違いない。ただ一方的に何者かを悪と断じて、剣を振るうことが出来ないのがユメノ・ナナセであり、その魂を受け継ぐナナコと言う少女なのだから。
仮に七柱のやっていることを彼女自身の目で見たとしても、ナナコ本来の人格であれば王都やガングヘイム襲撃には反対しただろう。七柱が倒すべき敵であっても、作戦行動に無実の人が巻き込まれる恐れがあるから――そう言う意味で、戦うための機械として扱うために、彼女の善性をサークレットで封印してたと推測できる。
そして、自分の何気ない呟きに対し、T3は目元に手を当てて押し黙っており――恐らくコイツも自分と同じように思っているのだろう。第八代勇者の高潔な精神は、間違いなく銀髪の少女に引き継がれているということを。
同時に、だからこそ彼の心中は複雑なのかもしれない。思い出の中だけに存在していた自分の大切な人が、姿形どころか心までそっくりで目の前に現れたら、混乱してしまう気持ちもある程度は頷ける。
「お前の気持ちは分からんでもないがな。もうあの子に少し優しくしてやったらどうだ? 別に、あの子が悪い訳ではないんだからな……むしろ、感情や記憶をいじって戦わせてただ何て、それでは七柱と……」
七柱と変わらない、そう言いかけた瞬間、T3は一瞬だけハッとした表情になって再び食事の手を止めた。規模感が違うせいか――七柱は第六世代型アンドロイド全員に対し、ゲンブたちはたった一人に対して――自分たちのやっていることに気付かなかったのかもしれない。もしくは、復讐の炎が自らを客観的に見るという冷静さを損なわせていたのか。
ゲンブ自身は気付いていたのか不明だが、T3は今しがたまでセブンスと言う少女を操っていたことに対して違和感を覚えずにいたのだろう。しかし、対象者の数が違うと言えども、人の尊厳を踏みにじったという事実は変わりない――その事実が彼の心に深く刺さったのか、男は目元を手で覆い押し黙ってしまった。
そしてしばらくして、T3は空いているほうの手で自身の皿を持ち、こちらへと差し出してきた。
「……食べるか?」
「いや、腹いっぱいだ」
「そうか……」
食欲が失せるのも納得できる。自分のしてきたことが知らず知らずのうちに復讐相手と同じであったというのはショックなことだろう。勝つために手段を選ばかったと言えばそれまでかもしれないが、大切に想っていた相手の移し身を道具として使ったことに対する引け目は、この男の中に確かにあるのだ。
いや、実は言語化できていなかっただけで、彼はずっとこの事実に気付いていたのかもしれない。だからこそ、T3はセブンスと言う少女に対しての距離感が掴めなかったという可能性もあるのではないか。
ともかく、やってしまった過去は変わらないのだ。それならせめて、これからどうするべきか――そこに目を向けたほうが良い。
「不幸中の幸いで、あの子は気にしてないだろうからさ……せめて、もうあの子を縛るようなことは止めてやってくれ」
「あぁ、そうだな……」
T3は珍しく素直に頷いて、自分の皿はそのままに、こちらの食べ終わっている皿を持ち上げて立ち上がり、再び厨房の方へとはけていった。少しして、また油と素材と調味料が奏でる良い香りが立ち込め始め――料理の音が止んだタイミングとぴったり合わせて、部屋の扉があけ放たれた。
「ナナコ、ただいま戻りました! お二人とも、仲良くしていましたか?」
ナナコはそう言いながらカートを元の位置に戻し、ニコニコしながら元の椅子に座った。
「えぇっと……ひとまず険悪な感じではありませんが、なんだか暗い雰囲気ですね?」
「あぁ、そうだな……アイツが暗いから、イヤでも辛気臭くなるな」
「だ、ダメですよアランさん! 確かに、T3さんは口数は少ないかもしれませんが……更に言えば喋る言葉もちょっと攻撃的ですが……でも、根は優しい人なんですよ?」
ナナコのフォローなんだか責めているのか良く分からない声は、よく聞こえそうな長い耳には届いていたことだろう――T3は温めなおしたのであろう料理の皿を、少し乱暴気味にナナコの目の前に置いた。
「ひゃい!? もしかしてT3さん、聞こえてました!?」
「くだらんことを言ってないでとっとと食べろ」
「はぁい……アツアツありがとうございます! いただきます!」
ナナコは暖かい料理をハフハフ言いながら頬張っている――今にして思えば、ナナコが戻ってくる時間を予想して、一番おいしい状態で料理を出しているのだから、T3なりに彼女のことを大切に想い思っているのかもしれない。
そう思えば、ナナコの言うように、この男に意外と優しい所があるというのもあながち嘘でもないかもしれない。今は洗いごとをしている男の顔は厨房の奥で見えないが、ナナコが美味しそうに食べている事に対して口角を釣り上げているような気がした。
そして、自分はようやくこの男のことを少し理解できたように思う。口数は少なくクールな男だが、全てのことに対して冷たい訳でなく、内には確かな温かみもある。もちろん、彼が犯した罪は消えないものの、相応の覚悟を持って渦中に身を投じているのだから――反りは合わずとも、今は背を預けるだけの価値はある男と言える、そう思えた。
そんな気持ちで厨房の方を眺めていると、ガツガツハフハフしていた少女の方から「ごちそうさまー!」と能天気な声が聞こえた。そちらを見ると、今度はT3が残した料理の方をじっと眺めているようだった。
「ところで、そちらの残ってるのも食べてよろしいですか?」
「あぁ、構わん……冷めていても良いならな」
「全然構いません! T3さんの料理は美味しいですから!」
ナナコはそう言いながら、先ほどT3が残した食事を引き寄せ、いとも簡単に平らげてしまった。まるで、少女は虎の心に積もっている重荷など気にしないといったような――そんなことを象徴しているように思えたのだった。