B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
基地での生活に数日経った。時おりゲンブとアシモフによる全体会議は行われ――全員が実際に集まったのは初回だけで、今は同じ基地内にいるのに各部屋にある端末で共有や質問がされる程度のものだが――それ以外は各々の準備や短いながらの鍛錬に当てられている。
まず、ナナコにはファイアブランドがあてがわれた。炎の魔剣は聖剣を手にするまで勇者の手元にあることから、ユメノ・ナナセも使用していたものであり、ナナコの手にも馴染むようだった。それを更に馴染ませるため、日中はファイアブランドを片手に素振りをしているのをちょくちょく見かけた。
同時に、相変わらず配膳の方は続けているらしい。人の役に立つのが好きな子なので、それも息抜きとしては丁度いいのだろう――同時に配膳の際にナナコはT3との会話を続けているようで、そのおかげか二人は多少は打ち解けて来ているように見えた。
ティアは相変わらずホークウィンドに忍術を習っており、アガタがそれを眺めている――いや、ちょっとした怪我ならアガタの魔法で治せるので、単なるオブザーバーには収まらないが――というのがルーチン化しているようだった。
とくにティアとアガタに関しては、機械仕掛けの基地での生活にまだ慣れないらしい。海と月の塔には幾分か機械があったものの、オンラインによる同時接続の通話など触れたこともない事が多く、この技術群の方が余程魔法だとティアは機械を揶揄していた。
一方、我らが准将殿は適応も早い。ソフィアは物事の表面にとらわれず、原理原則を考えるおかげだろう――機械の意図さえわかれば、あとは合理的な設計をしているならこういった機能があるはずとすぐに吞み込むので、なんなら既に説明なしにも大体の機械を操ってしまう。
また、あとから聞いた話では、ソフィアはこの世界の構造に対し、ゲンブから説明を受ける前に概ね自分と同じレベル程度には推理を完了させていたようだ。自分はレムから共有された情報や、オリジナルの生きた世界の知識があってこその推論だったことに対し、ソフィアにはそう言った前提情報が無かったはずだ。それなのにそこまで推理出来てしまっていたのだから、やはり学院きっての英才は伊達ではないということなのだろう。
同時に、やはりそれだけの知能を買われてか、日中は首脳陣の会談にソフィアは参加することが多くなっていた。自分が認識している範囲では、それ以外の時間は専らナナコと話しているか、自分に話しかけてくるかだった。
ソフィアがこちらに話しかけようとすると――またある種、ソフィアが割り込んでくるケースも多いのだが――スザクが割って入ってくることがちょくちょくあった。普段は眠っていることが多いスザクだが、起きている時はなるべくこちらに声を掛けてきていたように思う。
しかし、ここ数日はテレサとグロリアの意識が混ざりあっているせいか、情緒が安定せず、話すことも意味不明なことが多かった。恐らく特に問題なのはシンイチの件だと自分は予想していた。
身体の本来の主であるテレジア・エンデ・レムリアにとって右京という人格はかつての想い人であり、精神の支配者であるグロリアにとっては仇にあたる相手だ――その矛盾がとくに彼女を苦しめているようだった。本来なら第六世代型アンドロイド特有の解脱症を引き起こしかねないような様子ではあるものの、そこは最後の世代であるグロリアの精神が介在しているために問題ないらしい。
このような推論をアガタに聞かせたことがあったのだが、「多分それだけではありませんが、言うのもナンセンスなのでお伝えしません」と久々に黙秘権を行使されてしまったことはあまり納得いかなかったのだが。
ともかく、そんな様子で各々が自分の時間を過ごしている傍らで、自分としてはやはり眠るエルのことが気にかかった。もちろん、今の彼女は脳波が消えない程度の最小限にしか稼働しておらず、意識という意識もないのだろうが――それでも、ふいに彼女の顔が見たくなり、氷の棺が収められている最下層まで降りてきたところだった。
「……まさか、先客が居るとは」
扉を開けて室内を見ると、エルの眠るシリンダーの隣に一人の女性が立っている。自分の声に対し、女は亜麻色の髪を振って視線をこちらへ向けてきた。
「アランさん……えぇ、先日はあまり、きちんと挨拶できなかったので……」
見たところ、今のスザクはテレサの意識が覚醒しており、グロリアが落ち着いているのだろうが――しかしスザクはすぐに額に手を当て、苦し気に首を振り出した。
「……私は、廊下に出ることにします。今日は少し落ち着いているので行けるかと思いましたが……やはりここにいると、グロリアが騒ぎますから」
「それじゃあ、外で待っていてくれ」
スザクと入れ替えになって、少しの間シリンダーの中で眠るエルを眺める。先日コールドスリープに入った時と何一つ変わらない様子で、半分は安心しつつ半分はやはりやりきれない気持ちになり――心の中で「また会いに来る」と呟き、廊下で待つスザクの元へと行くことにする。
部屋から出ると、スザクは壁に背を預けて虚ろ気な様子で天上の白い壁を眺めており――しかしこちらが部屋から出てきたのを確認すると、どことなくあどけない表情で笑って自分の方へと小走りで寄ってきた。
「待たせたな……それでその、色々と大丈夫なのか?」
「正直に言えば、万事に対してあまり良い調子ではありませんね……ただ、アランさんが気にかかるのはどのことに対してでしょうか?」
「聞きたいことは山ほどあるが……そうだな、まずはテレサの状況について聞きたい。なんでグロリアを宿して、ここに……城を抜け出して来たのか……」
互いに歩き始め、ずっと疑問に思っていたことを質問してみることにする。今はテレサの意識の方が表に出てきているようだから、恐らく答えてくれるだろう。スザクはこちらを見ながら頷き、廊下の方へと向き直って話始める。
「アランさんが王都を発った数日後のことです。女神ルーナの声が聞こえました……シンイチさんの仇を取りたくないか、と。古の神々に対抗できるだけの力を授ける……そして勇者アラン・スミスと合流し、古の神々を討つためにもう一度立ちなさいと、そのような神託を受けたのです。
その声に誘われるまま、私は父にもう一度旅発つことを告げ、海と月の塔へと向かいました……そして、文字通り手に入れたのが、これです」
そう言いながら、彼女は左腕の袖をまくってこちらへと見せてきた。どんな技術を使ったのかは分からないが、一応テレサの腕と綺麗に繋がっているモノの、丁度肘のあたりにギザギザとした線が走っており――恐らく、肘の先が本来の彼女のモノでないことは想像できた。
「それ……接合したのか?」
「はい。今となっては、両親からいただいた大切な身体になんてことをしてしまったんだとも思いますし、私の復讐の行く末はうやむやになってしまいましたから、後悔していないと言えば嘘になりますけれど……でも、そんなに気にしてはいません」
「いやぁ、滅茶苦茶覚悟が必要だっただろう。俺なら、そんな決断できるかどうか……」
「ふふ、仲間のために心臓を差し出す人が言っても、説得力はないと思いますけれど」
そう言いながらスザクは上品に笑っていた。言われてみればそう言う捉え方もあるかもしれないが――とはいえ、年頃の女の子が四肢を自分の意志で差し出すというのには、とてつもない決断が必要だったのは間違いない。
もしくは、決断が出来てしまうほどの憎悪が彼女の中にあったか、もしくは逆に判断力が低下していたのか――きっとそのどちらも正解だろう。そんな風に推論をしている傍らで、スザクは話を続ける。
「最初の内こそ、グロリアは大人しくしてくれていました……たまに内なる声が聞こえるくらいで、身体の主導権はテレジア・エンデ・レムリアにあったのです。
接合を終えて身体が動くようになってからは、アガタさんとすぐに南大陸を目指し……まずはレア神の指示を仰ぐべく、世界樹を目指した形です。ガングヘイムへアランさんたちが向かっているのは分かっていたので、世界樹に先回りすれば合流できるだろうと……。
そして、世界樹に近づくにつれ、次第にグロリアの声が大きくなっていきました。レア神……ファラ・アシモフに近づいてることを感じ取っていたようです。彼女の母に向ける殺意は、私がT3に向ける憎悪と同じか……いいえ、それ以上。
私たちの魂は、互いに復讐と言う点において合致し、次第に彼我の区別がつかなくなっていきました。脳内には二つの思考と声が入り混じり、混沌とした状態が続いていき……」
スザクはそこで一度目を瞑り――次に目を開いた時には、先ほどまでの柔らかさがなりを潜めて、どこか哀し気に笑う少女の横顔があった。
「……今となっては、グロリアであってグロリアでない。テレサであってテレサでない、そんな存在へとなり下がった……」
今の言葉はテレサとグロリア、どちらのモノだったのだろうか――恐らく、彼女自身の言うように、どちらのものでもあってどちらのものでもない――そんな雰囲気だった。
「……どうしてテレサだったんだ?」
「さぁ? おおむね、復讐心を持つ手ごろな相手を選別したって所じゃないかしら……今までも何人かに適合させようと実験されていたけど、テレサは一番マシだったわ」
今の質問に対しては、グロリアが答えてくれたようだ。その後はしばらく無言が続き、エレベーターに乗り込んだタイミングで「シンイチさんのことなんですけど」と小さく声が聞こえてきた。
「私は……私の中のテレジア・エンデ・レムリアは、やはり彼のことを疑いきれていません。好きだったという感情が靄《もや》となり、事実を見通すだけの視野を奪っているだけかもしれませんけれど……」
「どうしてそう思うんだ?」
「私は、あの人と二年間、一緒に旅をしてきました。ずっと心の壁は感じていましたし、本心を見せてくれることはほとんどなかったように思いますけれど……でも、あの人なりに勇者としての使命を果たそうとしていたように思うのです」
テレサは――スザクはそこで一度言葉を切り、「馬鹿な話よ。それは、右京のマッチポンプに過ぎないのに」と冷たく言い放った。そしてすぐに「でも……」と続ける。
「それでも……七柱の創造神としての彼はそうかもしれないですけれど、勇者シンイチ・コマツとしては……一生懸命に戦っていたように見えたのです。
なんでも器用にこなす方でしたし、非常に聡明な方でもありましたけれど……どこか、人々を守るという事に関しては、不器用な調子で……でもひたむきに戦っていたように思うのです。まるで、見えない何かを追いかけているように……」
「……なんとなくだが、俺もそんな風に思う」
仮に彼の中に悪意しかなかったとするのなら、自分はもう少しアイツのことを警戒していたのではないか――そんな風に思うのだ。
もちろん、一万年も生きている奴であり、あのゲンブをして侮れないほどの相手なのだから、自分のような単純な思考では彼の演技を見抜けなかっただけかもしれないが――それでも何か輝くものがあるからこそ、自分はシンイチのことを認めていたのではないか。
しかし、今ならもう一人の生き証人がいる――とくに、自分とテレサが知らないあの男の姿を知る者が。
「なぁ……グロリアから見たら、右京はどんな奴だったんだ?」
透明のガラスのエレベーターが昇る景色を背景に、スザクは再び目を瞑り――表情はそのまま、しかし雰囲気はどこか刺々しいものに変わっていく。
「そうね。意外とテレサの言うシンイチとやらと一致するところはあるわ。何でも器用にこなすけれど、人に対しては一定の距離を置いて、どこか正義感があるように見えた。だから、アナタも彼のことを信用していた……」
スザクはそこで目を開き、真っすぐにこちらを見据えてきた。
「でも、アイツは裏切った。それが全部よ」
その瞳には、燃え上がるような憎悪がある――グロリアと言う人格にとっては、右京と言う人物は絶対に許しがたい男なのだ。しかし、この少女に似つかわしくないほどの怒気――やはり彼女も古の世代において、復讐に身を焦がした戦士ということか。
その気迫に吞まれそうになっていると、スザクは表情が歪み――両手で頭を抑えて首を振り出した。
「それが事実であったとしても、私は彼の本心を聞いてみたい……いいえ、知ることなんかないわ、私はアイツを絶対に許さないんだから……!!」
やはり予想した通り、シンイチと言う存在が彼女の中での大きな矛盾点となっており、それが人格の不和に一役買っていそうだ。本当はグロリアからもう少し右京のことを聞いてみたいのが本音だが、スザクとしての彼女には負担が掛かりそうだ――この話はこの辺りで切り上げたほうが良いだろう。
「……話を変えよう」
「えぇ、そうね……その方が建設的だわ」
エレベーターが止まって扉が開き、互いに踏み出したタイミングで、スザクは下から覗き込むようにこちらを見てきた。
「それで? 何の話をするの?」
「そうだなぁ、楽しい話が良いかな?」
「ふぅ……そういうところは相変わらずなのね」
スザクは一度大きくため息を吐き、肩をすくめて皮肉気に――いや、どこか嬉しそうに笑っている。
「そういうところって、どういうところが?」
「能天気な所……うぅん、違うわね。話をはぐらかすのが苦手なのよ、アナタは。話題を変えようとするとき、ワザとつまらないジョークを挟んで見せるの。それで、空気を変えようとしているのね」
その指摘は中々に鋭い気がしてぎくりとする。今まで意識したことは無いが、言われてみればその通りな気もした。しかし、今まで一度もこんな指摘は受けたことが無いし、自分とスザクは――なんならテレサとは――そこまで多く話したこともない。
そうなると、やはり彼女の中にいるグロリアと言う人格は、確かにアラン・スミスとの記憶を持っており、同時に自分のオリジナルと接点が――それもこちらの人物評を的確に出来るほど程度長く――あったと言えるのだろう。
「……とはいえ、暗い話をするより良いでしょうね……それで? どうやって楽しませてくれるのかしら?」
「あのなぁ、つまらないジョークとか言われて傷ついてるんだぞ、こっちは……それで楽しませろだなんて、ハードルも高いだろうがよ」
「あら、殊勝なことね……でも、アナタのつまらないジョーク、嫌いじゃないから。気にせず話してくれていいのよ?」
スザクはそう言いながら、どこか挑発的に笑って見せた。それなら、自分のオリジナルの話でも聞いてみるか――いや、覚えていない過去の自分のことをほじくり返すのは、下手をすれば黒歴史を掘り返しかねないので自爆の危険性はあるのだが、少なくともグロリアもテレサも自分のことを悪く思っているわけではないだろうし、無難な話題にもなるだろう。
それに、オリジナルのことを聞けば、自然と旧世界のことや、グロリアのことも分かるだろう――そう思って質問する前に、歩くスザクの体の前にこちらの腕をそっと出した。
「……何?」
「衝突事故を避けるためさ」
スザクはこちらを訝しむ様に見つめてくるが――次第に廊下の曲がり角から徐々に足音が近づいてくる。自分たちが歩くのを止めてそちらを注視していると、曲がり角から金の髪に白いローブの少女が現れ、こちらを見て満面の笑みを浮かべたと思ったら、すぐに何か警戒するように表情を引き締めたのだった。