B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ソフィアは一瞬険しい表情を見せたものの、すぐに再び笑顔に戻り――とはいえ、どことなくプレッシャーを感じる笑みだが――こちらへと小走りに近づいてきた。
「アランさん! お疲れ様!」
「あぁ、ソフィアもな……そっちはまた作戦会議に参加してたのか?」
「うん! それでアランさん……スザクさんと何を話していたのかな?」
真正面までソフィアが寄ってきて、こちらを見上げるように質問をしてくる。先ほどの――とくにシンイチの話題を――掘り返すとマズそうと思い、どう返答しようかと考えているうちに、すぐ隣にいるスザクがくつくつと笑った。
「何って、楽しいことよ」
「むっ……スザクさんには聞いてません!」
「あらあら、むくれちゃって……子供なんだから」
テレサの背はそこそこ高いので、スザクはソフィアを見下ろす形で口元に笑みを浮かべており、対するソフィアはムッとした表情でスザクの方を見上げている。
この二人は顔を合わせればこんな感じだ。今はスザクの方には余裕があると言えども、会話の流れ次第では立場が逆転してしまう時がある。ソフィアがリボンの話をしている時や、自分が描いた彼女の肖像の話をしている時など、かなりカリカリしていたように思う。
ソフィアもソフィアで、話し方や言葉そのものが暴力的なわけではないが、スザクを前にするとなんだか妙なプレッシャーを発し始める。ナナコの時の警戒か、ある意味それ以上のものを感じるが――しかし、元々は温厚な子だと思っていたし、テレサとの関係は悪くなかったはずなので、どうやらグロリアとの折り合いが恐ろしく悪いらしい。
ともかく、二人を放っておくと互いに威圧し続けて、間に挟まれている自分の身がもたなそうだ――そう思い、代わりに自分が話の流れを変えることにする。
「えぇっと……王都で別れてからのことを話してて、今からは旧世界でのことを聞こうと思ってたところだ」
「……それ、私もすごく興味あるな!」
こちらの言葉に、ただでさえ近かったソフィアの距離がさらに縮まった。背伸びしているのだろう、先ほどよりも少女の碧の瞳がこちらに近づいてくる。自分としてはこの話題は興味もあるし問題ないのだが、スザク側はどうだろうか――と、自分が確認を取るよりも早く、ソフィアが「スザクさん、私も聞いても良いですよね?」と笑顔で確認を取っていた。
対するスザクは、眉間に指をあてて大きめなため息を吐いた。
「いいえ、込み入る話も色々とあるから、アランと二人で……まぁ、いいじゃないですか、減るものでもないですし……まぁ、それもそうだけど……ソフィアさんを仲間外れにしたら可哀そうですよ」
テレサ・グロリア会談が目の前で行われ、スザクは再度大きめのため息を吐き、最終的にスザクは「まぁいいでしょう」とソフィアに対して頷いた。
「ただ、少し腰を落ち着けたいわね」
「そうですね、それじゃあ私の部屋に行きましょうか。今はナナコも出てると思いますし……なんなら、スザクさんの部屋でもいいかもしれないですね」
ちなみに、ソフィアはナナコと同室で、スザクは一人部屋になっている。情緒の不安定を鑑みるに、スザクは誰かと同室の方がいいのではという意見もあったのだが、スザク自身が一人で問題ないと言った結果の一人部屋なのだが――ファラ・アシモフとは一時休戦の意志を見せてくれているので、本人がそう言うのならということで一人部屋があてがわれた形だ。
「別に、私はどっちでもいいけれど……でもそうね、中間を取ってアランの部屋でも良いんじゃない?」
「なるほど、良いですね! そうしましょうか!」
スザクは悪戯気に笑って、ソフィアも珍しくスザクの前で笑顔になって手を叩いた。自分の預かり知らないところで勝手に話が進んでいるのもアレだが、まぁ二人が満足するならそれでもいいかと思い――部屋の中に見られて困る物もないしな――二人を部屋に通すことにした。
「さて、何から話そうかしら?」
ベッドの上で長い手足を組み、スザクがこちらを見ながら質問してくる。普段は甲冑姿の彼女だが、今は部屋着と言うか、素足の見えるパンツルックであり、元々豊満な部分の下で腕が組まれているせいで、彼女のスタイルの良さがより強調される形になる。
「……アナタ、こういうのが好きなの?」
ついつい見入ってしまっていたせいか、スザクはあきれ顔でこちらを見てくる――普段ならなんとか適当言ってごまかすところなのだが、先ほど話題逸らしにうんぬんと突っ込まれてしまった手前、なんとなくだが軽口を叩けなくなってしまう。
「そうなんです、アランさんは大きいお胸が好きなんです」
「ふぅん……それは知らなかったわ。まぁ、今の私はこれなわけだし、互いにまだ知れることがあるのは良いことよね?」
唇を尖らせるソフィアに対し、スザクは微笑みながら組んだ腕を少し上にあげる――すると双子の丘が柔らかそうに揺れ、こちらとしてもそこをまじまじと注目してしまった。
「それで? 何を話す? 私としては、アランの間抜けな顔を観察して遊んでいるのも良いけれど」
「だ、ダメです! きちんとお話ししましょう!」
ソフィアは立ち上がり、自分とスザクの間に立った。すると豊かな丘は少女のシルエットの後ろに隠れてしまう。ソフィアは不機嫌そうに頬を膨らませてこちらを見た後、振り返って腰かけるスザクの方を見た。
「それで、一点……今更ではあるんですが、私はスザクさんに確認したいことがあるのです」
「何かしら?」
「アナタが私と初めて出会ったのはいつですか?」
「それは、私と……テレジア・エンデ・レムリアと会った時ではなく……」
「はい。グロリア・アシモフ……アナタが私を認識したのが何時なのか、私はそれを確認したいのです」
「いつも何も、例の岩場で第五世代型に囲まれている時に初めて見たわ」
「そう、ですよね……」
ソフィアはそう呟いて、背中を丸めて何か考え始めてしまった。そもそも、なんだか不思議な質問だった――スザクの言う通り、グロリア・アシモフがソフィア・オーウェルを認識したのは先日の岩場で間違いないはずだ。
とはいえ、賢いソフィアが質問するということは、何か深い意味があるような気がする。それを察したのか、スザクの方も茶化す様な雰囲気は鳴りを潜め、真剣な様子で俯くソフィアの方を見つめた。
「なんでそんな質問をしたの?」
「それは……私、アナタが私を認識するより先に、一度アナタに会っているような気がしたからです。
アナタと出会う以前にガングヘイムで、魔剣ミストルテインの一撃と撃ちあった時……私は力の奔流の中で、炎の片翼を眩い光の中に見ました。声も姿も違いますが……でも、アレはアナタだったように思うんです」
「……テレサはガングヘイムに行ったことがあるけれど、グロリアは無い。もちろん、テレサとアナタがガングヘイムへ行っていた時期は異なるし……そうなれば、幻覚でも見たんじゃないのかしら、と言うのが筋なような気がするけれど……」
そこまで言って、スザクはソフィアの言う事に関して思い出そうとしてくれているのだろう、口元に手を当てながら無言になる。
スザクの言う通り、ソフィアが見たのは幻覚か何かだった、という方がしっくりはくる話だ。自分もソフィアとナナコの打ち合いは遠目には見ていたが、恐ろしいエネルギーがぶつかり合っており、音も光も激しい中で、何某かの白昼夢のようなものを見た――原理的には不明だが、それはそれで可能性としては無くはなさそうとも言える。
しかし、それにしてもソフィアの形容は――炎の翼だけならまだしも、片翼と言うのは――確かにスザクのことを指し示しているようにも思う。姿形は違ったと言っても、きっと今のスザクと、正確にはグロリア・アシモフと何か共通する物を感じたからこそ、ソフィアは彼女と会ったことがあるように思ったのだろう。
自分としても、今の話は初めて聞いたものだった。恐らくソフィア自身、つい先日までは幻覚か何かだと思っていたのだろう。そして、実際に炎の魔人と出会ったことで、幻の中に見た女性とグロリアとの奇妙な一致に気付いた――こんなところか。
スザクが思い出そうとしている傍ら、ソフィアはベッドの端に戻って、じっと亜麻色の髪の乙女を見つめる――だが、最終的にスザクは首を横に振り、ソフィアの方へと向き直った。
「ごめんなさい。やっぱり記憶に符合するモノは無いわ」
「そうですか……いえ、あの時は私も不思議なトランス状態にありましたし、その少し前にフェニックスとの戦闘もありましたから。その辺りが混同していただけかもしれません」
「そう……でも、何か思い出したらキチンと話すわ。何か、妙な感じはするし……」
ソフィアを見つめるスザクの瞳は真剣なものだった。正直に言えば、少々意外だった。二人は折り合いが悪いようなので、スザクがソフィアに対してここまで親身になってくれるとは思わなかったのだ。
もちろん、彼女の内にあるテレサの人格が善良そのものであることが影響しているのかもしれないが、それも違う気がする――こう評価するのは失礼なことと承知だが、グロリア・アシモフ本人も根の部分に優しさを持っている、というのが正しいように感じる。
さて、スザク本人に記憶が無いとするなれば、自分が口を差し挟むことも無いのだろうが――ひとつだけ、突飛な可能性としてはあり得るということを思いつく。惑星レムを取り巻く超科学に魔術、高次元存在などが実在するのなら、こんな可能性だってありうるんじゃないか――その確認を取ってみることにする。
「なぁ、スザク。お前が未来から来たって可能性はないのか?」
「もう少し、言葉を正確に使って頂戴よ……でも、アナタが言いたいのはこうよね? つまり、私……今より未来に存在するグロリア・アシモフの人格が、タイムリープをしてこの子に会いに来たと」
「あぁ、翻訳してもらって助かる。俺の知らない技術の中に、時間跳躍をするものがあるんじゃないかと思ってな」
「少なくとも、私は知らないわね。もちろん、私が眠っていた間に、そういった技術が発達した可能性はあるけれど……でも、可能性としては低いと思う」
スザクの言う通り、もしタイムリープが技術的に実現できるようになっているとするのなら、今の現状は無いように思う――仮にその技術が開発されたとして、DAPA側にしても旧政府軍にしても、どちらであっても旧世界で失敗をやり直したほうが早そうだからだ。
DAPA側としては、旧世界では高次元存在を受け入れる器を用意できなかったと言っていたが――それでも一から種族を育てるよりは、手っ取り早く高次元存在を降ろすことは出来たに違いない。そうなれば、タイムリープは実現されていないということで間違いなさそうだ。
「そうだな……変なことを聞いて悪かったな」
「いいえ、可能性としてあらゆることがらを検討するのは大事……それが突飛な物であったり、的外れであったりしても、思考のドツボから抜け出すのには有用かもしれないからね。
とはいえ、今のところは有用な可能性を提示してあげられないのも事実……ということで問題ないかしら?」
スザクは途中からソフィアの方に語り掛け、ソフィアも頷き返した。スザクもそれを見て頷き返し、咳ばらいを一つしてから柔らかい表情を作った。
「さて、それじゃあ思い出話にでも花を咲かせましょうか……何か聞きたいことはある?」
「そうだなぁ、色々聞きたいが……いざ何から聞きたいか、と言われると悩むな……」
色々と聞きたいことはあるが、最優先で聞きたい、ということがある訳でもない――ともなれば、何から聞くべきか。そんな感じで悩んでいると、ソフィアがスザクの方へと身を乗り出して右腕を上げた。
「はい! 旧世界でのアランさんについて知りたいです!」
「それは、今との比較、差異を知りたいという理解で合っているかしら?」
「そうですね、そこまで明確に差異を確認したいわけではないんですが……でも、違った点があれば比較対象として語りやすいと思いますし、それでお願いします」
ソフィアの言葉にスザクは頷き、顎に人差し指を当てながら自分の方をじっと見つめてくる。恐らく、オリジナルとの差異を確認するためなのだろうが、妙に真剣な眼差しで少々照れくさくなってきてしまう。
「そうね……まだ今のアランとそんなに話した訳ではないから確実なことは言えないけれど。でも、性格的にはそんなに差はないと思うわ。アナタ、以前の記憶は無いのよね?」
「あぁ。正確に言えば、俺はクローンらしいからな。オリジナルの記憶は、無くても当然なんだろうが……」
「不思議ね。人格形成には記憶や経験というものの影響は大きいはずなのに……本当に、全く記憶はないの?」
「あぁ、そのはずだ。事実として、俺はべスターやグロリアのことも覚えてはいなかったからな」
「……そう」
自分の言葉に、スザクは哀し気に俯き――グロリアのことを覚えていないというのも失礼であるのは承知だが、事実としてそうなのだから、下手に取り繕うよりは良いだろうと判断して返答したのだが――次にスザクが顔を上げた時には、何やら不思議そうに視線を動かしている。
「でも、アナタ自身のことや、アナタを取り巻いていた環境のことを思い出せないだけで……旧世界における常識や知識は記憶としてあるのよね?」
「あぁ……しかし妙だな、そう言えばなんで旧世界の知識だけは記憶にあったんだ?」
元々は記憶喪失だから、自分のことだけ忘れているだけで、旧世界の知識的な部分は覚えていたのだと思っていたが――実際のところ、自分はある種の人造人間のようなモノであり、記憶というものは持っていない存在だったはずなのだ。
突飛な考えで言えば、記憶は脳でなく細胞に宿っているとか――だから、クローンである自分は記憶を持っていたとかいうことも不可能ではないが、現実的な意見ではないはずだ。そうなると、レムが自分に対してわざわざ旧世界の知識だけは授けたと考えるのが自然か――そう思っていると、ソフィアもスザク同様顎に指をあてながら口を開く。
「……アランさんを蘇らせたのは、女神レムだよね? そうなると、レムに何かしらの意図があって、アランさんに旧世界の知識を持たせたんじゃないかな?」
「うーん、確かにそれが出来ると言えば、レムくらいなのかもしれないが……」
「そうなると、アランさんに旧世界の知識を授けることで、どんなメリットがあるのか……それを考えれば、可能性は見えてくるかも」
「……そう言えば、元々は……レムはこの世界を見て回って欲しいって言ってたんだよな」
「うん。アガタさんも、レムはこの世界をアランさんに判定してもらってたって言っていたね。そうなると、比較対象とするのに全く記憶が無いと困るから、なのかなぁ」
そう言われてみれば、確かにそれらしいような気もする。要するに、旧世界の常識から見た時にこの世界の在り方は間違っていないのか、それを自分に見て欲しかったのかもしれない。
しかし、同時に一つの疑問が浮かんでくる。それは――。