B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……そもそも、レムはどうしてアランを蘇らせたか、よね」
自分の疑問を、スザクが代弁してくれた。何度か自分も考えたことだが、敢えてDAPAと対立していた自分を蘇らせた意味、それは未だに不明だった。
単に前世的な知識を持った人間にこの世界を見て欲しいのなら、DAPA関係者でも蘇らせた方が早そうだ。もちろん、意見の偏りを抑えたという意味合いもあるのかもしれないが――そうでなくとも、敵対者を蘇らせる必要は無かったはずだ。
「アラン、その辺りは誰かに確認は取っているの?」
「そう言えば、まだ確認は取れてないな……」
アシモフや、場合によってはゲンブもその辺りの事情を共有されているかもしれないが――先日の会議では他の話題が充実しすぎていて、その辺りの確認をすることなど完全に失念していた。しかし、逆を言えば遠からぬ未来にレムが自分を選んだ理由は分かるだろう。
「ま、細かいことは本人から聞けばいいだけよね。ひとまずアランの人格について一個の仮説を出すなら、旧世界の知識とオリジナルの遺伝子情報を持つことにより、前世的な倫理観を持ちつつ、自然とオリジナルに近い人格形成に至った……と言ったところかしら」
「恐らく、そうだと思います。というより、人格形成に肉の器を構成する情報……遺伝子というものの影響が非常に強いのでしょうね。実際、ナナコには前世の知識すらありませんでしたが、オリジナルのユメノ・ナナセに近い性格になっているようですし……」
「成程、面白い話ね……環境要因も大きいけれど、その環境そのものすらもDNAによってある程度規程されているならば、あるいは……」
なんだか、女性陣が難しい調子で議論を進めている。どこか理知的な様子を見ると、ソフィアとスザク、もといグロリア・アシモフは似ているところがあるのかもしれない。先ほどまでの険悪さが嘘のように二人は各々の意見を出し合い、そして落ち着いたタイミングでソフィアが得心したように大きく頷いた。
「ともかくアランさんの性格は元からこういう感じって言うのは理解しました。それで、以前との差異はあるんでしょうか?」
「そうね、一番大きいのは、生身かそうでないか……私の知るアラン・スミスはサイボーグで、いつも仮面を付けていたから」
ずっと仮面をつけていた、どこかで聞き覚えのある言葉だ。どこでだったか――記憶の奥底を掘り返すと、レヴァルの星空が思い返された。そうだ、先輩はずっと仮面をつけていたと、あの時シンイチが言っていたのだ。
そうなれば、右京はかなり早いタイミングで――なんなら出会った当初からこちらの正体に気付いていたことになる。レム自身は自分を秘密裏に蘇らせたはずだが、それでも右京は気付いていた、ということになるのだろう。
右京はレムに対する権限を持っているというし、わざわざデータベースに確認を取ったのかもしれないが――直感だが、アイツはこちらを一目見て気付いた様に思う。仮面をしていて素顔は割れていなかったはずだが、声や所作で看破したに違いない。
しかし、サイボーグと言えども常に仮面をつける必要はないように思うが――そもそも何故仮面を付けていたのか、その辺りもスザクに確認を取ってみるか。
「なあ、なんでオリジナルはずっと仮面をつけていたのか知っているか?」
「単純一言、事故のせいで見れる顔じゃなくなっていたらしいから。実際、顔以外も事故により多くの機関を損傷していて、かなり多くの部分を機械で補っていたわ。第五世代型アンドロイドを生物的な感覚で見分けるため、人間的な部分も残されていたようだけれど……」
「T3もサイボーグだが、アイツよりも機械化してた感じか?」
「えぇ、そうね。あの男はADAMsを使えるように骨格を強化して、四肢を入れ替えている程度でしょう……アナタの場合、肺などの臓器も入れ替えていたと聞いているわ。知っている範囲では、強化骨格、DNAから培養した強化外殻……これは皮膚にあたるけれど、並の刀剣を受け付けない程度の硬さはあった。それに人工筋肉と人工臓器から形成され……事故前そのものとして残っていた物は、脳と神経、眼球くらいだって聞いていたけれど」
強いてを言えばレッドタイガーに変身している時の状況に近いわ、と付け足された。なるほど、T3は服さえ着ていれば割と人間然としているが、オリジナルの自分はどちらかと言えばもうほとんど機械であったと言っても差し支えなさそうだ。
しかし同時に、それだけ機械化していていたら、もはやほとんどアンドロイドと差は無さそうにも思う。そうなると、サイボーグ化した時に培った技が今の自分に継承されているのも違和感もあるが――本来生身の人間が出せる以上の力でオリジナルは戦っていたのであり、それを態組織そのものが異なる自分が違和感なく使えているというのは不可能のように思うからだ。
また、そこまで機械化して、人間的な部分で第五世代型アンドロイドの完全迷彩を見抜いたというのも不思議なものではあるが――いくつかの仮説は成り立つ。
まず、自分がオリジナルの技を使えることについては、この肉体が実はある程度レムによって強化されているということだ。というより、オリジナルのDNAならば――強化した人工筋肉自体を培養したのなら、骨格や皮膚がついてこなくても、ひとまずオリジナルと同様の規格で動けることは起こり得るかもしれない。
次に、完全迷彩を見抜けたことに関しては、改造前に残っていた脳や眼球などの機関が重要だったと考えることはできる。もしくは、強化外殻とやらも皮膚ではあったようだし、人間的な感覚はそこそこ問題なく残っていたのか。
ともかく、この辺りもレムに聞いてみたほうが早いか――そう思っていると、じっとスザクがこちらを覗き込んでいることに気づいた。
「……仮面の下はそんな顔をしていたのね」
「惚れたか?」
「仮面の方が幾分か男前だった気がするわ」
「おい」
「ふふ、冗談よ」
スザクがなんだか艶っぽく笑うと、反比例するように隣の准将殿がなんだかむっとしているようだった。
「……ちょっと脱線ですけど、グロリアさんはアランさんと会った時には何歳くらいだったんですか?」
「どうしてそんなことが気になるのかしら?」
「いえ、その……何となく、です」
「まぁ、いいわ……そうね、十三歳の時だったかしら」
「それで、どれくらいアランさんと一緒に居たんです?」
「ちょうど一年くらいよ」
「なるほど……ほっ……」
ソフィアは何故だかほっとため息をつき、胸を撫でおろしているようだった。しかし、自分としては結構驚きな事実が発覚した。つまり、自分がグロリアを連れ去った時にはまだまだ彼女は幼かったのであり――同時にグロリアは齢十四、五でDAPAとの戦いに身を投じていたことになる。
もちろん、こちらの世界では十三歳の少女が准将で、かつ最前線の指揮官をやっているのだから、歳など大した問題ではないのか知れないが――旧世界の倫理観で言えば、そんな若い身空で戦いに身を投じていたという事実は心の痛む話だ。
更に言えば、グロリア・アシモフが戦いを決意したのは、自分のオリジナルの死が契機だろうから――オリジナルだって好きでその命を落としたわけではないとは言っても、やはり自分のせいで少女に過酷な運命を背負わせてしまったのだと思うと、なおのことやるせないものがある。
「……その歳だったら、アランさんと将来を誓いあったは無理があるんじゃないですか?」
「……うん? うぇぇえええ!?」
自分が感傷に浸っていると、我らが准将殿からとんでもない言葉が飛び出してきた。最初は素っ頓狂な返事を返してしまったが、意味を理解してからはビックリしてしまい、思わず口から変な声が漏れてしまった。
「ソフィア? どういうことだ?」
「アランさんが眠っている時に、スザクさんが言ってたんだよ! アランさんと自分は、将来を誓いあった仲だって!」
「えぇ!? いや、本当か!?」
以前、T3のことを心の中で揶揄していたが、まさか自分も同類だった可能性があるのか。なんだ将来を誓った仲って、それは大分前世的な倫理観で言うとマズいんじゃないのか。
ともかく、事実を確認しなければならない――自然と自分とソフィアの視線がスザクに集まる。すると、スザクはなんだか居心地悪そうに、視線をきょろきょろと動かしながら口を開いた。
「そ、そうよ・・…戦いが終わったら、一緒に暮らそうって約束したの……アランがそう言ったのよ?」
「なっ……なんだと……!?」
自分からそう言った、となればもはや退路は無い気がする。先日、ナナコに自分とT3は似た者同士と言われたが、本当にその通りなのかも――などと思っていると、ソフィアがなんだか不敵な笑みを浮かべてこちらを見ているのに気づいた。
「アランさん、きっとスザクさんは拡大解釈を……うぅん、アランさんの記憶が無いのを良いことに、都合のいいことを吹聴しようとしているだけだよ。
私は旧世界の慣習や法律については分からないけれど、アランさんの前世が二十歳を超えていたなら、流石に歳が離れすぎじゃないかな? それこそ、政略結婚とかなら話は別だけれど……」
「うぅん、まぁ誘拐犯と人質みたいな関係だし、政略結婚とは縁遠いよな……」
ソフィアの言う通り、幼い少女と将来を誓ったというのは少々飛躍的な気もする。もちろん、オリジナルのことは分からないし、もしかしたら本気でグロリアに惚れこんでいた可能性も無くはないかもしれないが、そうであるならばキチンと時が経つのを待つ気概くらいはオリジナルだって見せたに違いない――そうだと思いたい。
とはいえ、何なら一緒に暮らすくらいは言ったのは間違いないかもしれない。グロリアに行く場所は無かったはずだから。ファラ・アシモフとの折り合いが悪かったのもあるだろうし――いや、しかし自分は恐らく彼女の父を殺している。それでもグロリアは自分と一緒に暮らすことを承諾したのであろうか?
可能性としては、彼女は自分が父を暗殺したことを知らなかったのか。もしくは、事実を知っていても、彼女は自分を慕ってくれていたのか。
どちらにしても、もう少し話を聞いてみるべきか――とはいえ、父殺しをしていることをソフィアがいるのに聞くのも少々憚られる。どう聞こうかと悩みつつスザクの方を見ると、長い髪を垂らして俯いていた。
「……嘘じゃないわよ! 一緒に暮らすって約束したのは本当……戦いが終わったら一緒に暮らして、私のことを描いてくれるって約束したんだから!」
顔が見えなかったので、唐突に発せられた大きな声に驚きつつ――恐らく、自分の予想は当たっていたということなのだろう。
スザクが誤解を招くような表現をしたのも良くはなかったかもしれないが、自分も彼女の言い分をネガティブな面からとらえてしまっていたのも事実――彼女の今の哀し気な怒声から察するに、きっと彼女は自分との約束を大切に想っていてくれたのだろうから。
見れば、ソフィアも膝の上で拳を固めて申し訳なさそうに俯いていた。
「……ごめんなさい、私が言いすぎました」
「ふぅ……いいえ、アナタの推測通り、自分の都合のいいように伝えていたのは確かよ。だから気にしないで。それに、アナタが言ったことは、そのままアナタにも跳ね返るでしょう?」
「そうですね……えぇ、その通りです」
ソフィアがぽつりと返した言葉を最後に、室内は静まり返ってしまう。二人とも俯いてしまい、なんとも重苦しい空気が流れ――ソフィアの真意までは分からないが、ひとまず自分もスザクを疑ってしまった罪状はある。ここは沈黙を破るため、自分からアクションを起こしたほうが良いだろう。
「俺からも……すまなかったな」
「……それなら、今度こそは約束を守ってくれる?」
重苦しい空気が一変し、なんだか悪戯っぽい声がスザクの方から漏れる――上がった顔には微笑みが浮かんでおり、ひとまずスザクの方の機嫌は自分が謝罪したおかげで回復してくれたようだ。
ソフィアの方も顔を上げ、こちらはまだどこか不機嫌そうに横を向きながら口を開いた。
「むぅ……! それより、今度こそきちんと教えてください! アランさんとグロリアさんは、どういった関係だったんですか?」
「そうね……きっと第三者の意見が適切でしょうね。べスター曰く、年の離れた兄妹みたいだって言っていたわ。私から言えば、アランが私を妹扱いしていた、が正解なのだけれど」
「なるほど……アランさんはどこへ行ってもアランさんですね……」
「……でも、そうなる理由も分かるわ。アランには実際に妹が居たの。年下の女性の接し方は、そこから来てるんだろうって……」
先日、ナナコに妹がいたのではないかと推論をぶつけられていたが、まさか本当に妹がいたとは。確か、べスターから以前に聞いた話では、自分は天外孤独だったと言っていたような気もするのだが――正確な所はどうだったであろうか。
「なぁ、スザクは俺の妹については詳しく知っているのか?」
「アナタの言う詳しさの粒度にもよるけれど、伝聞の中だけの人物ではない……実際に会ったことあるもの」
「マジか」
会ったことがあるのなら、妹がいたというのは間違いない事実なのだろう。こちらの言葉に対し、スザクはまた悪戯っぽく笑って「マジよ」と返してきた。
「アナタは表向きには死んだことになっていたから、私とべスターが代わりにお見舞いに行っていたの」
「お見舞いって……俺の妹は何か病気にでもあっていたのか? もしくは、俺と同じ事故に巻き込まれて……」
「いいえ、アナタが重傷を負った事故と、妹さんの事故は別物……アナタが事故を起こす前、旅行中だったアナタの家族が事故を起こしてしまったの。アナタは大学の受験を控えていたから、事故に遭遇するのは免れた。
しかし、両親は亡くなってしまって、妹さんは一命を取り留めたけれど、事故の後遺症で半身不随になってしまったのよ。
両親の死亡保険は降りたけれど、アナタは妹さんの治療費のために少しでも節約しようと進学を諦めて……高校を卒業して、すぐに働きに出たわ。そして、一年もしないうちに一人の少女を救うために代わりにトラックに跳ねられてしまった……アナタが暗殺者になれと言う要求をのんだのも、妹さんの医療費を稼ぐためだったのよ」
なるほど、これで合点がいった。いや、素直に受け入れて良い物でもないが、一つ筋が立った。サイボーグに改造されて暗殺者をやれと言われて呑んだのにもそういった事情があったのか。
同時に、なんとなしにだが――王都で学院を訪れた時のことが脳裏に蘇った。あの時、自分はキャンパスを見て、何か羨望のような気持ちを抱いていた。それは、諦めてしまった何かの羨望が――大学で何かを追求したいというオリジナルの夢の残滓が、遺伝子の中に残っていた結果かもしれない。
しかし、自分の妹は手術を受けなかったのか。記憶にある範囲でも、本人のDNAから培養した身体組織の移植は十分に実現可能――高額ではあったが――だったし、そうでなくても比較的安全な義体の技術もあったはずだが。
「……何度か実際に会ったけれど、彼女は生きる希望を無くしていたわ。それもそうよね。一年の内に、家族を……大切な兄すら失ってしまったと思い込んでいたのだから。それで、彼女は移植や義体の手術を拒み続けていた。自分だけ助かっても、申し訳ないだけだって」
そこまで、スザクは記憶を手繰るように俯いていたが、ふと顔を上げて哀し気な笑顔をこちらへ向けてくる。
「彼女、アナタのことを凄く信頼していたわ。ちょっと抜けてて頼りない所もあるけれど、困った時にはいつでも助けてくれる、自慢の兄だったって……アナタの話をする時だけは、少し元気を取り戻していた」
「それで……俺の妹は、どうなったんだ?」
「……あまり気乗りのしない話になるわ。だって、アナタの妹さんは……」
スザクは一度そこで言葉を切り――どう言葉にしたものかと悩んでいるようだった。そんな時、急に室内のモニターに電流が通り――天上のスピーカーから大きな電子音が流れ始めると同時に、人形の顔がディスプレイ一杯に映った。