B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「皆さん、緊急事態です……どうやら、この基地の存在が追跡されており、敵は地下通路と地上の両方からこちらを目指しているようです」
モニターに映っていたゲンブは、それだけ言って少し下がった。彼はいつも通りにブリーフィングルームに居たようで、同時にモニター内にはアシモフとアズラエルの姿が映し出された。
追跡されていたことにどうして気づかなかったのか、またはアズラエルやアシモフがこの場所をルーナに密告したのでは――など色々な可能性が一瞬だけ脳裏をよぎったが、今は原因探しをしている暇はないだろう。
「それで、敵の数は分かるのか?」
「いいえ、第五世代型はレーダーには映らないので、その数の詳細は不明です。しかし、地下通路の赤外線センサーを通過した数や、重量計測装置から鑑みるに、地下からだけでも百は下らない数がこちらへ向かってきています。
この数で来ているとなれば、潜入工作などではなく、こちらの殲滅を目的としていると考えるのが妥当ですね」
「作戦は? こういう時のために建設した基地だろう?」
「少々お待ちを」
人形がディスプレイの向こうで指を動かすと、モニターの画面が分割され、基地の立体構造のマップが映し出された。
「作戦の目的は単純明快、ピークォド号による極地基地の脱出です。とはいえ、向こうもそれを警戒して外にも陣をひいているでしょうし、簡単な作戦にはならないでしょう」
「一応確認しますが、籠城と言う選択肢はあり得ませんか?」
隣に座るソフィアがゲンブにそう質問した。実際、この複雑な基地の構造や隔壁を上手く使えば、長時間の籠城は不可能ではないはずだ。しかし、モニターの向こうで人形は大きく首を振った。
「はい、あり得ません。籠城とは、相手の兵站や士気など削るために行う作戦であり、第五世代型アンドロイドにはそれは通用しません。また、侵入する第五世代を無人兵器や我々で各個撃破する迷宮として作成したこの基地ですが、ピークォド号を奪われてまで脱出するほどの価値もありません。
更に最悪の場合、ジブリールが今回の襲撃に参加していた場合にセレスティアルバスターによる外からの基地破壊もあり得ます……とはいえ、向こうには目当てのモノがあるので、それをしてくるのは最終手段でしょうが。代わりに、かなり苛烈に歩兵にて攻撃してくるはず……消耗など気にせずにね」
「目当てのモノ……エルさんでしょうか?」
続くソフィアの言葉に対し、ゲンブは珍しく回答が遅れる――自分としても、この基地でDAPAの連中が目当てにするモノはエルくらいしか思い浮かばないのに、返事が遅れるのは違和感がある――そしてややあってから人形の首は今度は縦に動いた。
「奴らの狙いの一つではあるでしょう。テオドール・フォン・ハインラインに隠し子でもいない限り、リーゼロッテ・ハインラインが適合できるだけの器がありませんからね。あと一つ重要なのは、母なる大地のモノリスです。アレがピークォド号に乗っている以上、そう簡単に大量破壊兵器の投入はしてこないはずです」
「ちょっと待ってくれ、連中はモノリスも狙っているのか?」
こちらの質問に対しては、ゲンブの隣にいるアシモフが反応した。
「以前お伝えしたよう、レムのモノリスがある以上、母なる大地のモノリスは計画に必須ではありませんでしたが……右京達としてもモノリスが多いに越したことはないでしょう」
「……逆に、必須でないからこそ、最悪のケースも想定すべきだってことだな」
自分の言葉にアシモフは頷き返す。そして話者は再び人形へと入れ替わった。
「さて、可能な限り多くの人員が基地を無事に抜け出すには、部隊を三つに分けます。一つはピークォド号の発進の準備と、モノリスを護る部隊……ここにはアシモフとシモン、護衛のためにアズラエルとソフィア・オーウェル、アガタ・ペトラルカ、それにクラウディア・アリギエーリを配置します。
アズラエル以外は第五世代型アンドロイドの識別は不可能ですが、格納庫なら天井から水を放出すれば完全迷彩を目視できるはずですから、それで敵を撃破してください」
画面の向こうでアズラエルが頷き、次いで小さく映っているアガタとティアも頷き返していた。ソフィアは口元に手を当てて何かを考え込んでいるようだが――ゲンブはそれを見ているのか無視しているのか、ひとまず准将殿の了承なしに話を続ける。
「次点に、最も熾烈な戦いが予想されますが……基地の外で待ち構えているであろう第五世代達を殲滅する部隊。
この部隊の目的は、ピークォド号が飛び立てるだけの安全を確保すること……要するに、増援を除いたほぼすべての敵を殲滅する必要があります。これを実行するには、第五世代型アンドロイドを見破る力が必須になりますから、ホークウィンドにT3、セブンス……更に殲滅力のあるスザクと、援護のために私が出ることにします」
「……私とは馴染みのあるメンバーだ。よろしく頼む」
ホークウィンドの言葉に、「了解です!」というナナコの元気が返ってくる。さて、名前を呼ばれたスザクだが、彼女もソフィアと同様で、何か考え込むように押し黙っていた。
さて、呼ばれていないのはあと一人だ――モニター越しではあるものの、ゲンブの視線が気持ち自分の方へと向いているように見える。
「最後は一人部隊です、アラン・スミス。アナタの目的は、基地内に侵入した敵の遊撃……並びに、可能ならハインラインの器を回収することです」
「可能なら、って言葉が引っかかるが……」
「お察しの通り、回収が難しいと判断された場合は早急に器の破棄を行います。幸か不幸か、冷凍保存装置に入っている今であれば、機材ごと器を木っ端みじんにできますから」
「万が一も起こさせねぇよ」
自分はそう言いながら右の拳を左の掌に打ち付けて見せた。実際の所は絶対にその選択肢を取るな、と言ってやりたいところだが、ゲンブとしても大分譲歩した形だろう。今回の、また続く戦いにおいて、エルは戦力として換算されていない――ともなれば、ゲンブから見れば爆破してしまうのが最善の処置になるはずなのだ。
そんな状況でもエルを救出する可能性を提示してくれたのは、ゲンブなりの譲歩に違いなかった。それならば、後は自分が最速で駆けていくだけだ。覚悟を決めて立ち上がろうとした瞬間、自分よりも先に隣にいるソフィアがモニターカメラの方へと身を乗り出した。
「それなら、私はアランさんと一緒に行きます。アランさんは対人戦闘において抜きんでていますが、戦闘の継続可能時間に問題がある……それなら、一人で行動させてしまうのは危険ですから」
「私も……というか、今一緒にいるのだから、その方が合理的よね」
スザクも足を組みながらソフィアに続く。二人の協力してくれるという気持ちはありがたいのだが、何個か課題はある――そう思っていると、モニターの向こうでゲンブが首を振った。
「しかし、アナタ方は第五世代型アンドロイドを見破ることが出来ないでしょう? それだけではありません。アラン・スミス一人の方が早く器の回収へ行けますから、返って足手まといになるのではないでしょうか」
足手まといは言い過ぎにしても、自分が考えていた課題を丸々と人形が代弁してくれた。もちろん、ソフィアの言う事も一理ある。ADAMsを使わないで何十体もの第五世代型と戦うのも厳しいだろうし、そうなれば変身は必須になる。そして変身するとなれば、自分の続戦能力は十分間となり――普通の戦闘なら充分な時間だが、何十体も相手にするような波状攻撃を仕掛けられることを想定すれば、十分という時間は心もとない。
そうなった時に、殲滅力の高いソフィアやスザクが居てくれるのは確かに心強い。とはいえ、ゲンブが言った課題の方が大きいように思う――ともかく、今はエルの身柄の安全確保を最優先したいとなれば、自分一人で移動したほうが目的を早く達成できる。
こうなれば、自分の方からも言って単独行動を申し出ようか。ピークォド号の護衛や外の敵戦力殲滅だって簡単な仕事ではないのだから、欠員が出るのはマズそうだ――しかしまた自分よりも早くソフィアと、今度はスザクも参加してモニターに近づいた。
「それでしたら、エルさんの安全確保にはアランさんを先行させてください。私とスザクさんは、後から追いつきますから」
「敵の識別のことに関しては……先日、ソフィアさんが吹雪を出すことで機影を見切ることが出来た……それに、神剣アウローラがあればソフィアさんを護りながら進めると思いますし、何より私もお義姉さまを助け出したいです」
スザクはモニターから離れ、両手を胸において目を瞑る――その声には嘘偽りない。彼女の中のテレサの義姉を救いたいという気持ちは本物なのだろう。だが、精神の支配者はどうだろうか――そう思ったのは自分だけでなかったのか、ゲンブが「アナタの中のグロリアも、それに同意しているのですか?」と質問を返した。
実際、先日グロリアの人格は、エルに明確な殺意を向けていた。テレサとグロリアとの間に矛盾があると、精神が途端に安定しなくなる――そうなると、この作戦行動に彼女が加担するには、グロリアもエルの救出に賛成か、最低でも反対でない状態が必要になるだろう。
そんな風に思っていると、スザクは一度目を閉じ――再び瞼を開いた時には、どうやらグロリアの人格が前に出てきているようだった。
「……考えてみれば、あのエルと言う女も、この世界の歪みの犠牲者……ハインラインは許せなくても、あの女だけなら許すことは出来る。それになにより、もうアランを一人にさせたくないの。目を離すとどこかに行ってしまうんだから」
「ふぅ……私はむしろ、アナタに反対してほしくて意見を聞いたのですが、逆効果だったようですね」
「おあいにく様。私はアナタの言うことを聞くのは嫌いなのよ、チェン」
「確かに、アナタはそう言う方でした」
スザクは皮肉気に口元を釣り上げ、可愛らしい人形は仰々しく肩をすくめた。今まで二人の関係性はあまり見えなかったが、今の一件で少しだけ見えたようにも思う――恐らく互いに性格は合わないが、実力は信用していると、こんな感じだろう。
「アガタ、アラン君たちについていってあげてくれ」
「ティア……良いのですか?」
自分がスザクとゲンブの関係性を考察していると、今度はティアが映し出されるモニターが大きくなっていた。赤い瞳の視線の先には、やや困惑気味のアガタが居る。
「あぁ、回復魔法を使える人材が一人いたほうが良い……アラン君側に参加するのは三人とも鉄砲玉だからね。こちらには精霊魔法の使えるアシモフがいる。部隊に一人ずつ、回復魔法が使える人材を分けたほうが良いだろう。
エルさんを救い出したいのはボクも同じ……それに、アラン君を任せたと言われているから……と言っても、助力できるが自分でなくて心苦しくはあるけれどね」
言葉の語尾はどんどん弱弱しくなっていく。こんなティアは初めて見たかもしれない。表に出てくるときは、良くも悪くも余裕があって、底知れない雰囲気もあったのだが、今は年相応の女の子と言うか――なんだか歯痒そうな感じが、どことなくクラウにも通づるものがあるように思う。
今にして思えば、彼女も大分無理をしていたのだろう。自身がクラウを支えなければ、不安にさせないようにしなければと――もちろん、いつもの大胆で余裕のあるティアも本物なのだろうが、不安そうにしているのも間違いなく彼女の本質なのだろう。
ともかく、自分としてはソフィアたちに協力してもらう方向で良いように思い始めていた。というのも、自分だけでも先行できればエルの安全確保のために動けるし、後からソフィアとスザクの殲滅力に、アガタのサポートが――無論、本人もあのこん棒を振り回して戦う気満々なのだろうが――あれば、長期戦でも耐えられるようになるだろう。
とはいえ、軍師殿はやはり反対か。モニターの奥で大仰に手を振っていた。
「あのですね、そこまで割かれると、船を守る人材が手薄になるでしょう?」
ゲンブの意見には、その背後から「いいや」という横やりが入った。どうやら、アシモフの後ろに控えているアズラエルが口をはさんだようだ。
「私も小娘共が居ないほうが返って動きやすい。熾天使が基地内に入ってくれば厳しいが、時代遅れの第五世代型どもならば、私一人で十分だ」
「あはは、ボクも残るんだけどなぁ……」
ティアが苦笑いを浮かべている間に、ゲンブはいつの間にか閉じたままの扇子を取り出して口元を隠し、ややあってから扇子で手をたたいて頷いた。
「分かりました。それでは、アラン・スミスの部隊にはソフィア、スザク、アガタの三人をつけます。その代わり、船の防備が手薄になることを考慮して、アラン隊は多めに敵のせん滅を行ってください。
器の回収には、冷凍室にある昇降機を利用……細かくは、冷凍室に着いたらナビゲートします」
「あぁ、了解だ」
「奇しくも、勇者パーティーの再結成ですわね」
アガタの言う通り、ソフィアとテレサとアガタが揃うこの現状は、初代第八代勇者パーティーの再結成になるのか。元々魔王を討伐するために勇者の元に集った乙女たちが、その勇者に宿っていた魂と戦うために再集結するというのも皮肉な感じもするが。
そう思っていると、モニターの画面いっぱいに人形の顔が広がった。
「あともう一つ……この通信を切ったら、セブンスは一度アラン・スミスと合流してください」
「はい! 分かりました!」
「ははは、全く分かっていないでしょう?」
「え、合流するだけじゃないんですか?」
首をかしげるセブンスを無視し、ゲンブは「アラン・スミス」とこちらの名前を呼んで来た。
「アナタは調停者の宝珠を持っているでしょう?」
「あぁ、持っているが……」
「それをセブンスに渡してください……外の戦力としてスザクが欠ける分の殲滅力を、トリニティバーストで補います。T3と私とホークウィンドは、それを使ったことがありますから……セブンスを起点に発動することが出来るでしょう」
ベルトについている鞄に手を入れ、宝珠を探す。思い返せば、王都を離れてからずっと持っていたのに、トリニティバーストを活用する機会は一度もなかった。それだけ自分が一人で行動していたことの証左でもあるのだろうし――同時に、エルが欠けている今、恐らくこの戦いが終わるまでは自分がこの宝珠の力を使うことはもう無いのだろう。
であれば、これは活用できる者が持つべきだ。そう思って、指先に当たった宝珠を強く握りしめる。ある意味では、自分がこれを活用できなかったのは少女たちを信用しきれてなかったことの裏返しかもしれない――これを手放すことは、少女たちとの絆を手放す様な、そんな錯覚を覚えるが――ナナコなら、きっと自分よりも上手く、正しく使ってくれるはずだ。
「……了解だ。ナナコ、こちらへ向かってきてくれ」
「アランさん……分かりました。私はその宝珠のことを良く分かってないのですが、承るからにはきっと使いこなして見せます!」
こちらの心情を察してくれたのだろう、ナナコは口元を引き締めて強く頷いてくれた。同時に、再び扇子が手を叩く音がモニターのスピーカーから響き渡った。
「作戦は以上です。敵が迫ってきている……各々、早急に持ち場へと移動してください。基地内の状況は私の方で把握していますし、状況に応じて適宜指示を出しますので」
モニターが切れると同時に、ソフィアとスザクは立ち上がり、すぐに自分の部屋に武器を取りに移動した。そして、自分はこちらへと走ってきてくれたナナコに宝珠を手渡し、ソフィアたちとの合流を待たずに先行してエルの元へと向かうことにした。