B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
基地の外へ出てみると、ホークウィンドがコンテナの上で腕を組みながら遠くを見つめていた。忍の見つめる先には、青と白の稜線があり――高緯度であるためか太陽の位置が低く、建物の影が異様な長さで伸びている。
惑星レムの極地にあたるこの場所は当然のことながら寒冷地であり、時によっては猛吹雪に見舞われる。そのため、暦の上では春であっても陸地は見えず、今も大地は雪に覆われている。
しかし、今日の天気は一点の曇りもないほど晴れ渡っていた。猛吹雪の中だと完全迷彩が機能しきらず、こちらの視認性が上がるため、晴天を見計らっての襲撃かもしれないが――第五世代型の気配を察知できる自分としては、むしろ身動きを奪うダイアモンドダストの方が厄介であり、また極地点よりやや離れたこの場所は極寒と言うほどでもないので、第五世代型アンドロイドを迎撃するにはそこまで悪条件と言うわけではなかった。
もちろん、襲撃などされないのが一番ではあったが、そんなことをごちても仕方ない。とくに寡黙な忍は忠実にすべきことを成すだけと言わんばかり佇んでおり、彼に愚痴を言うのも違うだろうと思わされる。
しばし無言のまま、二人で辺りを警戒しているものの、まだ感じ取れる範囲には天使どもは到着していない。しかし、この厳かな白銀の大地に、確かな緊張感が走っている――それは確かなことだった。
ふと、雪に一筋の線が走り、それを起点に大地が避け始めた。格納庫への扉が開かれ、雪の中心にぽっかり空いた穴から人型サイズのものが十体、アンティークドールが一体現れ、すぐに再びドッグへの穴が閉じられた。都合、入口を覆っていた雪が下へと落ち、格納庫の場所が浮き彫りになってしまう。
「ドッグを開いてしまったら、敵に場所もバレると思うがな」
「なぁに、どうせ場所は割れているのです……それなら、上に乗っかっている雪も払っておいた方が、すぐにピークォド号も発進できるというものですよ」
実際の所、ピークォド号の規模と推進力があれば、入口を覆っていた雪も――もちろん、巨大な入口にメートル単位で雪が積もっているのだから、何トンもの重さがあるのは間違いないが――障害にはならないはずだ。
しかし、どうせ場所が割れているというのは事実であり、こちらとしてもゲンブの行動に文句がある訳ではない。単純に、コイツを見ると皮肉の一つを言いたくなるだけである。
そして、ゲンブが機械布袋戯を配置につけたのと同時に、ホークウィンドが立っているコンテナのドアがあけ放たれた。
「……すいません、遅くなりました!」
ここまで走ってきたのだろう、セブンスが息を荒げながら雪に足跡を付けながらこちらへと向かってくる。ホークウィンドは地平線から視線を外し、目下を歩く少女の方へと向き直った。
「セブンス……いや、今はナナコであったな。その恰好では寒くないか?」
「えへへ、いえ、ちょうど走って体もあったまってきましたし。それに……」
セブンスは腰のベルトに下げている柄に手を付け、鞘から一気に刀身を抜き出した。剣は持ち主に応えるように激しく燃え上がり――彼女の周囲に積もる雪を一気に蒸発させた。
「私には、ファイアブランドがついてますから!」
「うむ。期待しているぞ、ナナコ」
「はい、頑張ります!」
セブンスは一度剣を鞘に戻し、コンテナの上部へ向かって敬礼をした。その後、ゲンブもホークウィンドと同じ高さまで宙を昇っていき、小さな顔の先にディスプレイを映し出しながら口を動かし始めた。
「さて、基地の内部にいる皆さん、聞こえてきますでしょうか? 作戦を繰り返します……まず、外の迎撃部隊である我々がピークォド号が安全に発進できるまで敵を殲滅する必要があります。その都合上、地上側から基地へ侵入する敵の数も減らせるとは思いますが……全ての殲滅は不可能です。
敵の狙いは恐らく二点、ピークォド号に搭載されている母なる大地のモノリスとハインラインの器、並びに二対の神剣の確保にあると思われます。そのため、基地内の部隊はそれぞれ侵入してしまった敵の各個撃破、並びに目的物の防衛に専念してください」
「……ゲンブ」
ホークウィンドが人形に声を掛けるのと、雪原を覆う緊張感が一気に高まったのは同時だった。人形が「それでは皆さん、御武運を」と言って指を払うと、周辺に現れていた空中スクリーンが一気に消え――ゲンブはセブンスの方へと向き直った。
「それではセブンス、調停者の宝珠は持ってきましたか?」
「あ、はい……これですよね!」
セブンスはポケットから宝珠を取り出し、それを指先につまんで人形の方へと向けて見せる。
「はい、それで大丈夫です。それを我々三人の間に立って掲げてください」
「……こうですか?」
少女は言われるまま、自分とゲンブ、ホークウィンドの立つ場所の中央に立つ。互いが視認できる距離に居れば宝珠の力を引き出すことは出来るはずだが――今更ながらに一つの疑問が生じた。
「先ほどは気にしなかったが、人形のその身でトリニティバーストを使えるのか?」
調停者の宝珠、トリニティバースト――それらを自分は三百年前には何の疑問も抱かずに使っていたが、原理としては次のような物らしい。その性質は魔術に近く、人の意識の力を媒介として、高次元存在の持つ無限のエネルギーの一部をその身に宿す――宝珠を持つものを中心とし、共通の指向性を持った三つの意志から四人に強大な力を降ろすという装置であり、秘術である。
その原理で言えば、人形の身であるゲンブがトリニティバーストを利用できるのかと疑問に思ったのだが――人形はこちらへと首を向け、音を立てながら頷いて見せた。
「はい、問題ありません。上手くこちらで力を制御して見せます。それより、アナタの方こそきちんと協力をお願いしますよ? 何せ、セブンスに対しては素直でありませんからね」
「……その言い方は引っかかるが、敵を殲滅するのに雑念を入れるつもりはない」
「どうですかねぇ……アナタは割と雑念だらけに見えますが。おっと、無駄話をしている暇はありませんね」
ゲンブの言う通り、もはや無駄口を叩いている暇などない。早急にトリニティバーストを発動させ、天使どもの迎撃を開始しなければならない。しかし、三つの意志を何に向けて統一すべきか――そう思っていると「偽りの神々を滅ぼし、真実の世界を取り戻すために」と言う声が人形の方からあがった。
そうだ、元々我ら四人は、そのために集まった者たちだ。瞳を閉じて、ただ倒すべき偽神達の名を思い起こし――自分がこの場にいる意味を思い出す。毛が逆立ち、機械の四肢に繋がる神経を通じ、全身に力がみなぎる感じがする。
そして目を開けると、自身の周りに金色の粒子が上っているのが見えた。自分だけでなく、ゲンブとホークウィンドからも同様の光が立ち昇り――それらの光が中央に居る少女の掲げる宝珠へと集まりだした。
「この光、なんだか懐かしい……何となく、分かる……この宝石の使い方。この身に集まる光の意味! トリニティバースト、発動!」
セブンスの咆哮と共に、氷原に天を衝くほど巨大な四本の光の柱が立ち昇る。そして、少女が再び鞘から剣を振り抜き正眼に構えると、剣も持ち主に応えるように、先ほどよりも巨大な炎を立ちあげた。
「行きましょう、皆さん! 私に力を貸してください!」
「応!!」
少女の掛け声に男三人の返事が重なり、各々武器を取り出し接近してくる無数の気配に向けてそれらを構えた。それと同時に、上の方から「さて、皆さん」という声が降りてきた。
「三面を山に囲まれたこの場所では、当面の間は敵は一方向から来るでしょう。しかし、人と違って疲れ知らずの第五世代型達は山々を迂回し、次第に我々の背後を取って包囲殲滅してくることが予想されます。
とはいえ、寡兵である我々が散開すれば不利になりますし、距離が離れすぎればトリニティバーストの効果を維持できません。それに、この場を余り離れては基地へ多くの敵が侵入するのを許すことになる……そのため、あまり先行しすぎず、なるべく固まって行動しましょう」
「分かりました!!」
セブンスは力強く返事をした後、雪原の向こうへと一気に駆け出した。彼女の進む先では、新雪が巻き上がり、青と白の稜線の間に霧のようなものを創り出している――天使の姿が見えぬものには、ただ強烈な一陣の風が雪を巻き上げているように見えるだろう。しかし実態としては、数えるのも面倒な程の第五世代型アンドロイドたちが列を成して突撃してきているのだ。
向こうもこちらを捉えたのだろう、雪と見紛う銀の髪に向けて、無数の銃口が差し向けられる――しかし、今の彼女なら援護はいらないだろう。無数の光線が少女に向けて発射されるが、セブンスはその僅かな隙間を縫うように移動し、相手の攻撃が止んだタイミングで炎の魔剣を左肩に掛けた。
「お返ししますよ……三舟流奥義、無限流星横一文字!!」
大きく横薙ぎにされた剣から、使い手の士気に呼応するように巨大な火柱が放出されて雪原を薙ぎ払った。互いに密集していた天使たちは炎から逃れることもできず、その多くは一刀のもとに伏せられる――自分はセブンスが剣を振り切る瞬間に奥歯を噛み、彼女の剣を躱した者たちに向けて矢を放ち――加速を解くと同時に、空中から幾筋の光刃が放たれ、直後に機械部品の雨が雪の上に振り始めた。
「……まだまだ!」
半壊した先遣隊を追撃するため、セブンスは更に踏み込んで残骸の転がる雪上へと駆けていく。援護するためだろう、その背中を追うように雪上では目立つ黒装束が駆け抜けていき、そしてすぐに宙に浮かぶアンティーク人形が自分の横に並んで、雪の上で剣の舞踏に興じる少女を指さした。
「まさか、ユメノ・ナナセはあそこまでの鉄砲玉だったので?」
「あぁ、そうだな。ナナセは普段こそ温厚なものの、一度戦いだせば猪突猛進なタイプだった」
「はぁ……これなら、サークレットをかけなおしておくべきでしたか」
「いや、アレで良い……この方が、私も慣れている!」
三百年前もこうだった。敵陣に切り込むナナセを、自分が弓と魔法で援護する――この戦い方は馴染みがある。
もっとも、ゲンブの言いたいことも分からないではない。彼女のように本能で戦うタイプは制御がしにくい――盤面のコントロールを望む軍師からすると、今のセブンスは味方としては厄介なタイプに属するだろう。
しかし、セブンスの記憶や情動をもう縛ってやりたくはない。何より、サークレットで記憶や感情をコントロールしていた時より、今のセブンスの方がおそらく強い。というより、セブンスはどこか――正確にはナナセは――どこかアラン・スミスと近い部分があるように思う。
両者に備わっているそれは恐らく、直感で「善」を引き当てる天性の嗅覚だろう。善とは、道徳的な正しさという意味だけではなく、この場で何をすべきなのか、どうするのが正解なのか――それを本能で引き当てる能力があるのだ。
どうして二人にはそのような能力があるのかは不明だが、彼女らが持つ直観は、思考を縛っていては解放されない力のように思う。そうなれば、正念場の今でこそ彼女が存分に力を振るえるように、自由にしておくのが正解だろう。
とはいえ、セブンスが先行しすぎていることには変わりない。余りに離れすぎていてはゲンブの援護を受けられない――彼女を下げさせるべきだろう。そう思い、ADAMsを起動して一気に雪の上を駆け抜け、彼女の背後を取っている数体の第五世代をヒートホークで切り付け、会話をするために加速を切る。
「……ゲンブが言っていたように、あまり突っ込みすぎるな」
「はぇ……? はっ、あんなに基地が遠くに!?」
いつの間にか自分が現れたことに呆気を取られて後、セブンスは背後を見て素っ頓狂な声をあげた。
「あのあの、すっごい力が沸いてくるので、気が付いたら想像以上に進んでしまっていたと言いま……」
少女の言葉尻は、巨大な手裏剣が雪の大地に何かが突き刺さった轟音でかき消えた。直後、手裏剣に追いついてきた忍び装束が一瞬だけこちらを振り返り、遠くで浮遊している人形の方へと顎を突き出した。
「言い訳をしている暇があったら集中しろ……ホークウィンドに殿《しんがり》を任せて少しずつ後退するぞ」
「は、はい! すいませんでした!」
「謝らなくていい……さっきの一撃は良かった」
「T3さん……はい!!」
少女の浮かべる満面の笑顔に、自分の胸に何か暖かい物が去来する。つい先日まで避けていた思考であり、本来なら抱くべきでない感情だ。しかし、今は細かいことを気にしている場合ではない。この感覚が自分に力をくれるというのなら、それを有効に活用すべき時だ――そう思い、後退するセブンスを援護しながら、自分も後方へと下がることにした。
その後は基地の入口からせいぜい二百メートルの範囲内で接近する第五世代型アンドロイドと交戦し続ける。すでに十分以上は戦い続けているものの、疲労は感じない――トリニティバーストの強化によるおかげだろう、他の三人も同様に、最初と変わり無く戦い続けているようだ。
とはいえ、エルヴンボウのエネルギーは消耗する。普段はある程度のエネルギーは内燃機関により自動生成しているが、音速を超えて連射している今では生成される分よりも遥かに消費量の方が多い――とはいえ、そういったことを見越して弾倉の予備はある。
「……奴ら、これだけの戦力を一気に投入してくるとはな」
弾倉を入れ替えているがてら、敵の攻撃から護ってくれているゲンブ向けて声を掛ける。アンティーク人形は機械人形達を見えない糸で操りながら、こちらを見ずに話し始める。
「七柱からしたら、大した数ではないということなのでしょう。アシモフが認識しているだけでも、世界には十万程度は天使が眠っているようですから。
とはいえ、それをこの地に輸送してくるとなれば、その数は大分限られるはず……このまま戦い続けていれば、ピークォド号が飛び立てる程度には敵を殲滅できることでしょう」
「それも、熾天使やアシモフも認識していない隠し玉でも無い限りには、だがな」
予備弾倉の底を叩いて弓に押し込み、立ち上がって再度打って出ようとした瞬間、先ほどまで戦闘に従事していたゲンブがこちらを振り返った。