B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……どうやら、地下通路を経由して、基地の中にも敵が侵入しだしたようです」
「内部の様子は?」
「アラン・スミスは既にハインラインの器の元へ到着していますが、まだ接敵はしていないようですね。まだ基地内の防衛システムで敵の進行を抑えられています」
「だが、気は抜けない状況だろう」
「えぇ……私は内部の援護にも周る必要があるので、少しこちらへの集中が落ちると思います」
「トリニティバーストが切れねば問題ない」
「そこは遵守致いたしますよ」
精霊弓の予備弾倉を持って立ち上がり――次に装填するときは、ゲンブに余裕が無いかもしれないが、ADAMsを起動しながらのリロードならある程度は安全だろう――再びセブンスとホークウィンドと並んで戦線に加わる。
実際、ゲンブの精神力は恐ろしいの一言だ。この人形ですら、内臓チップを通した遠隔操作な訳で――逆を言えば、それ故に本体が複数の作業を同時並行しているとのことらしいが、一つ一つの作業の難易度を考えれば、恐ろしい集中力と精神力でもって事にあたっているのは想像に難くない。
彼にして曰く、普段の本体はほとんど休眠状態であり、僅かな脳波で人形をコントロールしているとのこと。そうでなくては、三百年――それどころか、七柱を追ってきた一万年の間――生き延びることは出来なかったはずだ。有事の際には本体も目覚め、人形を操る傍らで他の作業も並行しているらしい。
ゲンブの本体、チェン・ジュンダーが何処に居るかは自分も聞かされていない。以前に本体の居場所を尋ねたことはあったが、知る者が少ない程リスクは低いということで、結局知る機会は無かった。
とはいえ、この惑星レムのどこかに本体が居るのも間違いないだろう。ピークォド号には本体は無かったし、余りに遠い宇宙から操作するのでは動きにラグが出る――同様に、レムを取り巻く惑星系からでは電波を傍受される可能性があることを考慮すれば、恐らく高い確率でこの惑星のどこかに、そしておそらくこの基地に本体も居るはずなのだ。
要するに、この基地の迷宮的な作りは、有事の際の迎撃に備えるだけでなく、チェン・ジュンダーを護る盾でもあるはず。そうなれば、此度の襲撃における敵側の狙いは三つだ――モノリスの回収、ハインラインの器の回収、そしてチェン・ジュンダーの本体の破壊。ちょうど自分たちが、レアやヴァルカンにしようとしたことの意趣返しと言える。
このことに気づいているのは、自分とホークウィンドだけだろう。もしかすると、アシモフには共有されているかもしれないが――用心深い軍師のことだ、まだ疑念のあるアシモフに対して事実を伝えているとは思い難い。
自分はゲンブのことを全面的に信用しているわけではないが、この戦いに勝つにはこの男の頭脳は必要不可欠だ。そうなれば、基地を守ることは自分の勝利においても重要な事項だ。
チェンから状況の共有が行われて、今度こそ打って出るために奥歯を噛んで音速の世界へと入る――その瞬間、静謐な銀世界の中、自分と同じだけの速度でこちらへ急接近してくる何者かがいるのが視界に入った。
奴の相手が出来るのは自分だけ――そう思い、急接近する敵に向けて弓をつがえて光の矢を放つ。しかし、飛来してくる燃え上がる薔薇色の流線は放たれた矢を事もなく躱し――続く何社かの内で偏差射撃も試みるが、相手はこちらの動きを読んでいるのか、撃ちだした全てに対応されてしまう。
とはいえ、向こうも大気圏内では音速を超え続けるのが厳しいのだろう、一度加速を解くことには成功する――燃え上がる炎の中から現れたのは、薔薇色の髪の熾天使であった。
「意外と早い再会だったわねぇ、ゴミムシどもが!」
雪上を凄まじい速度で接近してきた物体、その正体はジブリールだった。前回の戦闘でホークウィンドに破壊されたせいか、今は翼をつけていない。その代わりなのか、今の彼女が出している速度はADAMsに匹敵する。
異常事態を感知したのか、セブンスもホークウィンドも警戒態勢に入り、ジブリールの放つ無邪気な殺気を読んで銃口の筋から逃れようとしている――しかし、加速した時の中から繰り返される攻撃にさらされ続ければ、いくら優れた戦士である二人でも避け続けることは困難だ。
ともなれば、自分がジブリールの迎撃をしなければなるまい。構えていた精霊弓を突貫してくるジブリールに向けて、拡散するように矢を放つ。相手もすぐに対応してきて、身をよじりながら攻撃を躱し――僅かな隙間を縫ってくるのは流石と言うべきか――こちらへと接近してくる。
こちらと同様、向こうも二丁の銃でこちらへと向けて光線を撃ってくるが、それは銃口から射線を読むことで対処して躱していく。以前のように立体的な攻撃をしてくるわけではないので、避けること自体は容易だ。
『ゲンブ、聞こえているか?』
『はい……どうやら、ジブリールは虎と戦えるように換装してきたようですね』
『あぁ……それで、私より早く動く可能性はないか?』
『その可能性は低いと思いますよ。大気中でマッハ3を超える時点でかなり無茶をしているのですから……』
『それだけ分かれば十分だ!』
精霊弓を背に戻して外套から斧を出し、こちらも接近してきているジブリールの方へと向かっていく。相手の射撃を一発、二発、三発と躱しながら相手に肉薄し、間合いに入った瞬間にヒートホークを振り下ろす。
対するジブリールは片方の銃を上へと放り投げ、空いてた手で灼熱の刃を掴み――互いに加速が切れた瞬間、相手の表情が怒りに満ちたモノに変わる。恐らく、加速の速度に表情を変える機構が着いてきていなかったのだろう――しかしこちらの刃はピクリとも動かず、すぐに相手の尋常でない握力によって斧は砕かれてしまった。
「邪魔よ! 私はホークウィンドと決着をつけに来たのよぉ!」
「そう言うな……奴は女子供の相手は苦手らしいからな」
それだけ言い残して刃の亡くなった斧の柄を放り投げ、再び奥歯を噛み締める。一旦距離を取って再び弓を背から取り出して目いっぱい弦を引き、至近距離から強力な一撃を放つ。相手もすでに加速しており、弓による一撃自体は外してしまったものの、意識をこちらへ向けさせることには成功したようだ。
そうだ、それで良い。トリニティバーストの掛かっている今なら、熾天使と言えども自分に勝機はある。何より、セブンスにコイツの相手をさせるわけにはいかない――そう思いながら味方と少し距離を取り、ジブリールとの戦いに臨むことにした。
◆
T3とジブリールが一瞬現れたのち、すぐさま轟音を立てて二人ともどこかへと消えてしまった。二人が去った場所では雪が一気に蒸発し、同時に辺りに粉塵が舞っている――とはいえ、様々な所に光の筋が見え、けたたましい音が聞こえていることから、二人は未だ超音速の世界で戦闘を繰り広げているということは察することが出来た。
「T3さん!?」
名前を呼んだところで返答がある訳でもないのだが――いや、また他の何者かがこちらへ接近してくる。それは、鋭い殺意。ジブリールのような剥き出しの殺気ではなく、急所のただ一点を抉るような視線を感じる。
恐らく、剣で防ぐのではもたない、そう直感して身をかがめると、自分の首があった場所を鋭利な何かが回転しながら通り過ぎていくのが見えた。そしてその何かは空中で弧を描いて来た道を戻っていき――チャクラムが水色の髪の少女の姿をしたアンドロイドの指先に収まった。
「イスラーフィール……!」
「アナタ達の相手は私……どの道、音速を超えるジブリールたちの戦闘には、アナタは着いて行けないでしょう」
イスラーフィールは無表情のまま、指先でチャクラムをクルクルと回している。直ちに攻撃してくる意図は無いようだが、同時に目を話せるほどの隙もない。
こうしている間にも、周りの天使たちはドンドン進行してきているのに――と思っていると、背後からゲンブに「セブンス」と声を掛けられた。
「厳しいかもしれませんが、なんとかイスラーフィールを抑え込んでください。私とホークウィンドは、他の第五世代型の殲滅に専念します」
「は、はい! 分かりました!」
後ろを振り向かずに返事を返すと、再び周りから激しい戦闘音が鳴り響きだした。そして自分は改めて、目の前の少女の姿を取った機人を注視する――話によれば、イスラーフィールは防御特化型のアンドロイドらしい。先ほどの攻撃も鋭くはあるものの、金色の光の加護のある今なら対処できない程ではないと思う。
とはいえ、恐らくこちらの攻撃も通りはしないだろう。ソフィアの魔術やT3の攻撃を防げる程のバリアがあるのだから、斬撃など容易に弾かれてしまうはずだ。
そうなれば、せめてバリアで防がれないような奇襲をしかけるしかないが――外見だけで言えば自分と同じくらいの少女のはずなのに、イスラーフィールには恐ろしく隙が無い。こちらの一挙手一投足まで見逃さない。そんな鋭い視線が自分の身へと浴びせられ、こちらの身もヒリヒリとした緊張感に包まれてしまう。
幾許かの時間、こちらはただ剣を構えて少女と向き合い――イスラーフィールは、自分の構えている剣の切っ先を見つめているようだった。
「ファイアブランド。聖剣の勇者が王都を旅立つ際に下賜される魔剣……並の第五世代型を断つには十分な熱量があるけれど、私の反物質バリアで防げない道理はない」
「……やってみなければ分かりませんよ!?」
挑発されてむっときた訳ではないが――もちろん、ファイアブランドを馬鹿にされて幾分かはムキになったことも否定こそしないものの、いつまでもこのまま動かないでいても埒が明かないのも確か。そう思って一か八か、相手に攻撃を仕掛けることにする。
「いくよ、ファイアブランド! 御舟流奥義、真空束風縦一閃!!」
雪を踏み込んで一気に前へと出て、縦一文字に振り下ろした刀身から、真空の刃が放たれる。剣閃は辺りの雪を巻き上げ、一瞬にしてイスラーフィールの居る場所へと――もとい、居た場所を突き進んでいく。彼女の移動速度はADAMsに匹敵こそしないものの、肉眼で追うには難しいほど早く、容易に剣戟は避けられてしまった。
(……右!)
全くの勘だが、恐らく彼女は自分から見て右に避けるだろうと踏んでいた。事実、右からチャクラムが飛んでくる気配を感じ、それを高めに跳躍して避けながら、イスラーフィールが着地する地点を目指す。
「……もらった!」
魔剣から巨大な炎が巻き上がり、その刀身を雪の上に立つ少女へと振りかぶる。イスラーフィールも着地した反動ですぐには動けなかったのだろう、足を動かす代わりに腕をこちらへと突き出し、自分との間に薄紫色のバリアを展開した。
全力で振り下ろした剣は、障壁を突破することは敵わず――こちらは力を入れて精一杯だというのに、水髪の少女は膜の向こうで涼し気な顔をして口を開いた。
「すごいパワー……成程、ナナセ・ユメノを素体として、更に筋力や骨格の増強を施し……それがトリニティバーストにより乗算されている。でも……私の反物質バリアは、七柱の創造神の操る七聖結界以上の耐久力を誇る……!」
彼女がこれから取るであろう所作は想像がつく――以前に見たことがあるからだ。予想の通り、イスラーフィールはその小さな手を一度握って弾くように再び開くと、バリアが弾けて自分の身体も吹き飛ばされてしまう。
ついで、自分が着地する前にビームを纏ったチャクラムがイスラーフィールの両手から二発、こちらへ射出される。恐らく、ファイアブランドの刀身では受けきれない――同時に、空中では身動きが取れない。
そうなれば――!
「……あぁああああ!!」
本能的にだが、上半身を逸らして空中に剣を突き出す。ちょうど躱せた一発目のチャクラムの穴に刀身が入り、それをそのまま空中で横に振るように一回転させ、二発目の軌道に向けてチャクラムをお返しした。二つの円月輪は互いにぶつかり、ビーム同士がぶつかる鈍い音を立てた直後に地面へと落ち――ちょうど自分も雪の上に着地することが出来た。
そしてすぐに体制を立て直し、剣を構え直す。対するイスラーフィールは目を見開いており――珍しく、同時に僅かだが表情は動いている。アレは驚き半分、呆れ半分といった感じの表情だ。
「滅茶苦茶な戦い方。データベースによれば、ユメノ・ナナセは非合理的な戦い方をしていたという情報はあるけど……アナタにはそれが受け継がれているということですか」
ジブリールはそれだけ言って、白いローブの袖から次のチャクラムを出し、再び指先でクルクルと回しだす――とはいえ、向こうから攻撃してくる気配はない。ただただ隙を見せず、じっとこちらを見つめてくるだけだ。
「……そちらから仕掛けてこないんですか?」
「私の目的は、アナタを倒すことではありませんから……そろそろ、頃合いですね」
イスラーフィールが一瞬だけ自分から視線を外すと、たまたま近くを浮遊していたゲンブの方から「基地内の電力供給が断たれた!?」と驚愕の声があがった。彼があんなに驚いているのは初めて聞いたかもしれない――しかし、あの複雑な基地の電力供給が断たれたとなれば一大事なことは間違いなさそうだ。
「ゲンブさん、大丈夫なんですか!?」
「非常用電力に切り替わってはいますが、基地内に仕掛けられているトラップの起動や……何より、今のままでは格納庫の開閉が出来ません」
「それじゃあ、ピークォド号が飛び立てない……!?」
「えぇ……本来ならすぐに復旧作業に移りたいのですが、そうなるとトリニティバーストを維持できない……!」
トリニティバーストが欠けてしまえば、こちらの戦列は一挙に瓦解するだろう。今はこの光の加護で何とか五分で――いや、実際は押され気味なのだが――もっているのだから、それが欠けた瞬間にジブリールとイスラーフィール、並びにまだ数多く残る天使に一気に押されてしまうはずだ。
「そうなったら……せめて!」
この消極的な均衡を破る必要がある。イスラーフィールが強力な相手と言うのは分かっていても、現在自分がもっとも動けておらず、現状を打破するには何とかこの少女を突破するしかない。
自分の踏み込みに対して、イスラーフィールは再びチャクラムを射出してくる。何度か見た技であれば、相手の癖を読むことも可能だ。円月輪を避け、一気に接近する――しかし、このまま切りかかっては、戻ってくるチャクラムに背後から身体を断たれてしまうのだが――。
「……アル!!」
気が付いたら呼んでいた口から出ていた言葉が雪原に響き渡る。直後、背後で波動砲が駆け抜けていく気配を感じ――自分はそのまま、また少々驚きに目を見開いている水色の髪の少女に切りかかった。
展開されたバリアに対し、今度は負けじと獄炎を上げる刀身を押し込もうとする。先ほどと違って、今度は地に足が着いている――踏ん張ることだって可能だ。
「頑張って……ファイアブランド!!」
自分の声に呼応するように、赤い刀身はまた一層に炎を巻き上げた。しかし、どれだけ踏ん張っても――ファイアブランドも頑張ってくれてるのに――その刀身を壁の向こうへ届かせることが出来ない。
少しでも身体に力を込めるため、気合を込めて声を上げるが、目の前のバリアと剣戟が奏でる音が大きく、自分の声も聞こえない。だが、ぴしり、と乾いた音だけは妙に大きく耳に届く。それは、結界が割れた音ではなく――。
「……素晴らしい力。それでも……アナタの技量に、武器が着いて行っていませんね」
イスラーフィールの言葉の意味、それは自分の握る剣の限界を意味していた。刀身にヒビが入り――すぐさま踏み込んでいた脚をさばいて後方へと飛ぶ。こちらの着地と同時に再びチャクラムが放たれ、それをいなすために反射的に刀身を突き出すと、円月輪を落とすのを最後に魔剣の刀身が欠けてしまったのだった。