B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
準備していた干し肉をなんとか咀嚼して、少し体に力が戻ってきた。とはいえ、少し喋れる程度で、歩けるとなると話は全く別なのだが。同様に、ソフィアとクラウも魔力を使い果たしてほとんど動けないとのことで、今は焚火を炊いて寒さを凌ぎ、軍の救援を待っているところだ。
「……改めまして、アランさん、エルさん、クラウディアさん。ご助力ありがとうございました。それで、まず初めに確認したいのですが……あの龍がハイデル渓谷のオークを襲っていた、というのは本当ですか?」
きっと自分が意識を失っている間に、エル達がさわりだけソフィアに伝えていたのだろう。その質問に対しては、エルが頷いた。
「えぇ、そうよ。でも、魔獣が魔族と人間を見境なく襲うことは、おかしなことでは……」
「はい、本来ならそうなんです。しかし、あの魔獣には魔術を軽減する術式が体を覆っていました。つまり、魔術の知識がある何者かが、あの龍を使役していた可能性があるんです……私はてっきり、魔族側の指金かと思っていたんですが……」
そこで切って、ソフィアは口元に手を当てて、しばらく焚火を見ながら考え込んでいるようだった。十秒ほど経っただろうか、改めて顔を上げ、エルとクラウをそれぞれ一瞥(いちべつ)する。
「すいません唐突に話を変えます。失礼は承知ですが……早急に、確認しなければならないことがあります。エルさんと、クラウディアさん。それぞれに質問です」
「……まぁ、そうなるわよね」
相変わらず木を背に腕を組んでいるエル――ただ一人だけ存分に動けるので、何かあった時の警戒をしてくれてるのだが――どこか諦めたかのような表情を浮かべていた。
「はい、それではエルさん……アナタの本名は、エリザベート・フォン・ハインライン……相違ありませんか?」
「えぇ、アナタの言う通りよ」
エルは目を閉じたまま、小さく頷いて肯定した。本名を当てられる理由は、恐らく短剣の正体だろう。
「……アナタは、宝剣ヘカトグラムと共に、三年前に行方不明とされました……調査団の報告としては、魔族によって剣聖テオドール・フォン・ハインラインが暗殺され、宝剣ヘカトグラムは奪い去られ……。
そして、その場に居たアナタも、亡き者にされていたかと。ですが、違ったのですね。四年前に何があったのか、教えていただいても良いですか?」
「……えぇ、分かった。この剣を、アナタたちの前で抜くと決めた時に、覚悟は決めていたもの。結論から言う、私は仇討のために、宝剣ヘカトグラムを拝借していたの」
仇討とは穏やかではない。だが戦時中なのだ、そういうこともあるのだろう。彼女にしか分からない心中はあるのだろうし、とやかく言う筋合いはない。
しかし、先ほどのソフィアの説明は、馴染みのない名詞が多すぎた。この世界の住人なら、本来知っているものなのかもしれないが――こちらが話についていけていないのを察してくれたらしい、エルはソフィアから視線を逸らしてこちらを向いた。
「アラン、アナタのために補足よ。ハインライン辺境伯は、レムリアを守護する貴族……魔王が復活した際には、勇者の左腕として戦う家系……私は、そこの養子だったの。そして、この剣は、本来は魔王討伐のために使われる、ハインライン家の秘宝なの」
ともなれば、本来は今回の魔王討伐に参加している剣士が持っているべきものを拝借していた訳だ。それならば、エルがそれを自分が持っていることをバレるのが都合が悪いのも納得できる。
こちらへの補足を終わらせて、エルは再びソフィアの方へと首を回した。
「お義父様は魔族に倒されたわけではないわ。エルフに殺されたの。私は、その現場にいた」
「……エルフが? 知っている方でしたか?」
エルは静かに首を横に振った。
「私が知らないどころか、テオドール様も知らないようだった……」
「剣聖テオドール、歴代の中でもトップクラスの剣士だと聞いています。その方が、いくら精霊魔法の扱えるエルフ相手とも言えど、簡単にやられるとは思えないですが……奇襲だったのですか?」
質問するソフィアに対して、エルは再び頭を振りかぶった。
「……正面から、やられていた。そして、そのエルフは、精霊魔法さえ使わなかった……手斧をそれぞれ両手に持ち、圧倒的な強さで……テオドール様は、為す術もなかった……」
少しの沈黙、それを破るよう、今度はクラウのほうから質問が出た。
「その……剣聖テオドールは、清廉潔白にして公明正大な方だったと聞いています。それでも、なにか恨まれるようなことが……?」
「そんなことない!!」
エルは珍しく大きな声を出し、周囲を驚かせている。少しの間、沈黙が続き、エルは再びポツポツと語りだす。
「……テオドール様は、お義父様は、そんな方ではないわ。領民から敬愛され、国を追われたお母様をかくまって下さり、血の繋がらない私を、実の子のように育ててくれた……そんなお義父様を尊敬していたし、また民と同じように敬愛していた……」
彼女の視線が夜空へと向く。恐らく、在りし日の景色が、空のスクリーンに映し出されているのだろう。
「ある日、お義父様と一緒に、私は訓練に出かけたわ。宝剣の使い方を、教えてくださると……そこで、アイツは現れた。銀の長い髪に、傷だらけの顔、そして長い耳……赤いマントを纏ったエルフが。名は名乗らず、ただお義父様に対して、剣を抜けと……」
そこで、剣士の目に炎が宿る。それは、復讐の炎か――しかし、続く口調は静かだ。
「……私では、アイツの動きが目で追えなかった。それこそ、まるでアイツだけ、止まった時の中を動いていると言った方が的確なほど……そして、お義父様は、ヤツの凶刃に倒れた……そしてそのままアイツは、私を手をかけることもなく、宝剣を奪うこともなく、去っていった」
そこまで言って、エルは少し俯いて黙ってしまった。これで全部、四年前の真実は言ったと――そこに疑問があったのか、ソフィアがエルと目を合わせないまま質問を投げかける。
「不思議ですね……普通は、犯行を見られたのなら、目撃者も口封じすると思いますし、そのエルフは宝剣を持ち去ることもしなかった……エリザベート様、その理由は分かりますか?」
「エルでいいわよ、私はもう、貴族の立場は捨てた身なのだから……理由は、全く分からない。ただ、なぜか奴は、宝剣を持ち去るでもなく、私に手をかけることもなく……ただ、俺を恨めと、そう言って去っていった……」
そして、エルは鞘に納まったままの宝剣を、みんなに見えるようにかざして見せる。
「……この剣は、私にとっての最後の希望なの。一度だけ、ヤツに隙が出来たのは、お義父様がこの剣を使った時……超重力の中では、ヤツも動きが鈍っていた。だから、この剣は、アイツと戦うために必要。
それで、宝剣を持ち出したのよ……復讐のために。もしこれを持って屋敷に帰ったら、この剣は取り上げられ、アイツに復讐する機会を逃す……そう思ったから」
焚火の炎を受け、宝石が静かに光る。
「……もちろん、復讐が済んだら、この剣は王国に返上するつもりだったわ。ただ、二年の間はレムリアを周って、復讐相手の足取りも全くつかめないまま月日が流れて……暗黒大陸にいるかもしれないと一年前にこちらに来て、冒険者として日銭を稼ぎながら今に至ると、そんな感じね」
そして、エルは鞘ごと短剣を腰に戻した。簡単に返すつもりはないと、そういうことだろうか。
「……ソフィア准将、このことは報告する気かしら?」
「それに関する答えは、少々お待ちください……次は、クラウディアさん、アナタです」
今度は、ソフィアはクラウのほうに向き直る。あまりに唐突で予想していなかったのだろう、クラウは小さく「ひゃい」と言って反応した。
「私は三か月ほどですが、シンイチさんと一緒に旅をしました。だから、アガタさんともご一緒しています」
その名を聞いて、クラウの肩がびく、と上がり、表情が険しくなる。
「……やはり、お知合いですか?」
「まぁ、教会では同期ですから……アガタさんは優秀な方でしたし、そりゃ、私も知っていますよ」
その口調は、半分はクラウらしい、半分は彼女らしくなかった。知っているのをすっとぼけているのはそれらしいが、口調はどこが憎々し気で、それが普段は飄々としている彼女には似合っていない。
「……アガタさんが言ってたんです。教会から勇者様のお供を誰にするかで、自分か、あと一人か、ひと悶着あったって……そのあと一人が、クラウディアさん、アナタなんじゃないですか?」
「うーん……私も先ほどのを見せた手前、とぼけるわけにもいきませんかね……その推察は、大正解です。まぁ、私は勇者様のお供に絶対になりたかった訳でもないですから、そこはあんまり気にしていないんですけれどね」
一瞬、たはーと笑って見せるが、すぐにクラウの表情は暗くなってしまう。
「ただ、私はアガタさんのことは、ちょっと恨んでます」
憎々し気だった正体はこれなのだろう。アガタとやらのことを嫌っているから、思い出したくなかった、そんなところか。しかしクラウもエル同様に観念したのか、小さくため息をついてから、ぽつりぽつりと語りだした。
「どこから話しましょうか……ちょっと生い立ちから話すと、私、戦災孤児なんです。四歳の時に住んでいた村が魔族に襲われて、その後は孤児院で生活していました。
七歳の時に神聖魔法の才があるということで、教会に移って生活していた……のが、二年前までですね。その後、私が悪魔憑きだということで、教会を追われてしまいました」
エルにも並んで、下手すればそれ以上か、重い過去をあっけらかんとクラウは告げた。
「あはは、アラン君、そんな顔しないでください。別に、なるようになっただけ、今の生活のほうがしっくり来てるくらいなんですから……それで、憑いている悪魔というのは、ティアのことです……さっき、アラン君を助けてくれたのはティアなんですよ?」
「あ、あぁ……とりあえず、ありがとう?」
ティアというのが何者か分からないが、ひとまず礼をすることにした。その礼にクラウは微笑んで、再びソフィアのほうに向きなおった。
「ティアは、いつのころか……幼少のころ、村で生活していたころから私の中にいました。私の、友達として……ティアはなんでも出来ます。魔法も、勉強も……私は、ティアから色々と教わって、成長してきました。
それで、村にいた時の記憶は、あまりありません。ただ、貧しい生活だったので、あまり好きでなかったのを覚えています」
私の中に居た、その文言から推察に、おそらく解離性人格障害、いわゆる多重人格とうやつだろうか。もしかすると、貧しい村――戦時で食糧も無い状態だと、かなり厳しい生活だったと思われる。そのストレスが原因で、多重人格になったのかもしれない。
「その後、孤児院での生活は、私の中で一番楽しい時でした。院長先生や周りの大人の人は優しく、そんな中にいるからでしょう、そこで育つ子供たちも、やんちゃですけど良い子たちです。
孤児院では、ティアも最初は驚かれましたが、院長先生が理解してくれて……私たちは、充実した時を過ごすことが出来ました」
そこでクラウは一旦話を切って、こちらを向いた。
「アラン君は知らないと思いますが、神聖魔法の才能がある人は、貴族や上級な市民を除いて、強制で教会に入れられます。だから、教会に入るのを、私は拒否できませんでした。
孤児院を出立する前、あまり一つの体に二つの魂があることはばらさないほうが良いと、本当に信用できる人に以外には告げないほうが良いと院長先生に言われました。それで、ティアはあまり表に出たがらないので、私がフロント担当をしてた訳です」
一息入れてから、クラウは少し伸びするような姿勢を取り、今度は夜空を見上げる。
「ただ、ティアがずっと遠慮しているのも、寂しいじゃないですか……だから、教会内で唯一、信頼できる友達に告げたんです。それが、アガタさんでした。
私は女神ルーナ、彼女は女神レムに仕え、教会での日々を過ごしました。時に友として、時にライバルとして、修行に励んで……互いに、枢機卿級クラスの魔法までを修めました。
二人の時には、ティアも彼女とお話ししてました。ティアも、アガタさんのことは、気の置けない友人と思っていた……のですが……」
クラウは今度は俯いて、しばらく押し黙った。思い出したくないことを、言いたくないことを言おうとしているのかもしれない。しかし。少しして上げた顔には柔らかい表情があった。
「勇者様は、教会に降臨なさいます。なので、最初のお供は教会代表になるのですが……私か、アガタさんか、どちらが付くかで審議が行われました。
そこで、アガタさんが、ティアのことを告げ口したのです。彼女はペトラルカ家……今回を除いた七回の魔王征伐の内、三回を輩出している聖職者の名門です。元々、その血筋には誇りを持っていたようですので……手段を、選ばなかったんだと思います」
勇者のお供になれれば、一層家名に箔がつく、そんなところだろうか。しかし、信頼できると思ってアガタとやらに打ち明けていたのに、それを裏切られたとなれば、先ほど恨んでいる、と言ったのも納得はいく。
「審議の結果、私は悪魔憑きと認定されて、教会を追われることになりました。同時に、ルーナ神の加護を失ったのです。私が今使っている神聖魔法は、レム神の助力で成り立っています。それでも分霊の加護なので、あまり高位な魔法は使えなくなってしまったのです」
クラウの言葉を中断して、ソフィアが手を挙げた。
「質問です。先ほど、ティアさんが使ったのは枢機卿級だったと思います。ティアさんは、また別の神の加護があるということですか?」
「その通りです。彼女には、アルファルド神の加護があります……多分」
「アルファルド神……六柱の創造神にして、その名を呼ばれることを嫌う神、ですね……人間に干渉する気がないとのことで、神聖魔法の契約は無いと聞いていましたが。しかし、多分というのは……?」
「はい、ティアもいつの間にか使えた、とのことで……彼女自身も、正確にはどの神の祝福で魔法が使えるのか分からないようです。ともかく名前を呼ばれるのを嫌がるので、アルファルド神と予測しているだけ……。
ですがそれが、更なる疑惑になってしまったのでしょうね。アルファルド神ではなく、邪神が手を貸しているのではないかと。そのため、本来なら、追放ではなく異端審問に掛けられる寸前だったのですが……外ならぬアガタさんの進言で、追放のみ、という恩赦が下ったのです」
ここまでややあっけらかんとした調子だったが、クラウはそこで言葉を止めて――ただ、炎を見て呟いた。
「……私は、私の大切な友達を悪魔扱いした人たちを、そしてその原因を作ったアガタさんを、許すことはできません」
そこまで言って、やっといつもの調子に――クラウは呆けたような、飄々としたような顔になる。
「その後は、どうしようかなーと悩みました。別に、強制で教会に入れられただけだから、勇者様のお供になりたいと思ってたわけでもありません。かと言って、私には帰るべき故郷もありませんから。
それなら、せめて培った技を使って、お金でも稼いでやろうかなと。身寄りのない私にとっては、腕っぷしで稼げる冒険者はうってつけでしたしね」
クラウにとって、冒険者家業は、行く当てのない彼女なりの生きる手段だったという事か。そう考えると自分と近いようで、不謹慎ながらに少し親近感が沸く。
そんな風に考えていると、一つ疑問が思い浮かんだ。寝たきりのまま手を挙げて、クラウに質問することにする。
「……なぁ、一点いいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「クラウとティアだからクラウディアなのか?」
こちらの質問に、クラウは盛大に噴き出して後、声を上げて笑い出した。
「あはは、いやいや、順序が逆ですって……クラウディアという名前自体は、きちんと両親がつけてくれた名前です。ただ、それを二人で分け合ったのは本当です。なので、これからも私のことはクラウって呼んでくれるとしっくりきます……ソフィア様も、ですよ」
言いながらクラウがソフィアの方を向くと、少女は笑顔で応えた。
「それなら、皆さんも私のことは敬称はつけないで呼んでください」
「えぇ……でも、ソフィア様は軍の偉い方なので……」
「うーん、それなんですが……実は、エルさんとクラウさんに色々質問したのは、訳があります。これから、私と一緒に行動して欲しいのです」
エルとクラウを見据えるときの少女の表情は、笑顔ではなく真剣なものへと変わっていた。
ソフィアの提案は、二人とも予想外のモノだったのだろう、エルは驚いて目を見開かせ、クラウは瞼をぱちぱちさせている。
「理由をお話しします。先ほどの龍の襲撃ですが……人間と魔族、双方を襲う何者かが手を加えた魔獣が居るとすれば……私は、第三勢力の存在があるのではないか、と考えています」
確かに、魔術を知らない魔獣が、魔術の対抗策を持っているとは考えにくい。アレが人為的に作られたとするなら、本来は魔族か人間か、どちらかだけを襲うのが正道な気がする。しかし、アレは両方を襲って見せたのだから、ソフィアの考察も納得がいく部分はある。
「また、至る場所の結界が弱まっていたのも、第三勢力の仕業と考えます」
「……それは、飛躍しすぎじゃないか?」
「そうですね、根拠はありません。しかし、これは勘でしかありませんが……タイミングが良すぎる印象です。それに、エルさんのお話を聞いて、よりこの疑惑が強まりました。
第三勢力は、人類と魔族、その勝敗の関係ないところで暗躍しているのではないかと。もしかすると、テオドール様を襲ったのも、この第三勢力かもしれません」
「……目的は?」
この質問をしたのはエルだ。自分の養父が殺されたのだ、どんな理由があっても許せぬとも、何故襲撃してきたのか訳は知りたいだろう。しかし、ソフィアは頭を振るだけだった。
「それは正直、一切わかりません。ですが少なくとも、不自然に結界が弱まっていたことと、何者かの手が加わった魔獣が暴れていたのは確かです。とくに結界の件に関しては、早急に調査をする必要があると思っています。それで、ご助力願いたいなと。
もしかすると、かなり危険な調査になると思います……ですが、剣聖テオドールの愛弟子のエルさん、アガタさんとその座を争うだけの実力のあるクラウさんとティアさん、それに一応私も……本来なら魔王征伐に着いて行っておかしくないメンバーが、ここに揃っています」
レムが言っていたことを思い出す。『よりにもよって、凄い子たちを集めましたね』とはこういうことか。本来ならこの世界の主役となるはずだった、運命の少女たち――それが自分の目の前に集まっているのだ。それが何かの間違いで、勇者とともにいないだけ、それが偶然、自分の前にいる。
そう思えば、なんだか自分だけが蚊帳の外にいる気がする。転生者とかいう抜群に特別な肩書があるはずなのだが、自分はあくまでも観察者であって、特別な力はない――そういえば、索敵だとか投擲だとか、なんで出来るのかレムに確認できずだった、その辺りは確認せねば。
ともかく、彼女たちの横に並ぶには、自分では役不足か――そう思っているうちに、ソフィアがエルの方へと向き直る。
「エルさん、先ほどの事実を報告するか、という件ですが、調査にご協力いただけるなら保留にします。宝剣ヘカトグラムは、本来なら対の神剣アウローラと力を併せてその真価を発揮する……魔王とシンイチさんが対峙するときには、テレサ様が持つべきです。
エルさんの心情は汲みたい所ですが、私情と人類の命運を天秤に掛けた時に、流石にそこまでは看過できません」
「まぁ……そうよね」
「ですが、色々と融通は利かせられるよう計らいます。魔王征伐の暁には、エルさんに再び宝剣をお渡しできること、あとはその銀髪のエルフについて、軍や学院の資料を使えるように掛け合いますので」
もちろん、絶対のお約束は出来ないのですが――そう続いた。エルはしばらく腕を組んだまま目を瞑っている。恐らく、どう答えるべきか考えているのだろう。貴族であった身分を捨て、勇者の供になる栄誉でもなく、ただ復讐を選んだ彼女にとって、ソフィアと行動を共にするのは宮仕えをするようなものであり、目的とズレることになる。
とはいえ、宝剣をソフィアの前で抜いた時、取り上げられる覚悟はしていたはずだ。それでも抜いたのは、きっと――罪のない人々が、やはり危険にさらされる可能性に対し、出来ることを選んだ。つまり、彼女の根はお人よしなのだ。
エルは諦めたように首を振り、しかし表情はそう険しいものでなく、むしろ観念した、というような雰囲気だった。
「成程、魅力的な提案ね……でも、断る、って言ったら?」
「だから、私は軍の方々が私たちの救助に来る前にお話ししたんです。エルさんの正体を知る者は、まだ三人だけです」
「……これ以上広められたくなければ、要件を呑めと。正直幼いからと侮っていたけど、中々食わせ物ね、ソフィア」
エルの皮肉に対して、ソフィアは慌てたように手を振った。
「す、すいません生意気言って……! ですが断られたら、エリザベート・フォン・ハインラインの真実として、先ほど聞いた話を公表し、宝剣は回収させていただきます」
「はぁ……まぁ、一人で仇を探すにも限界もあったし。軍や学院の資料が使えるなら、確かに見つかるかもしれないしね……いいわ、ソフィア。アナタの話に乗ることにする。というか、拒否権もほとんどないのだけれど」
「はい、脅しのようになってしまって申し訳ありませんが、悪いようにはしないと約束します……次に、クラウさんとティアさんですが……」
クラウは右手を首のあたりの高さまで上げて小さく挙手している。
「私もその話、乗りますよ」
「ほ、本当ですか!?」
「元々、あてもなく稼いでただけですからね……なので、相応の報酬があれば、にはなりますが」
「はい、そのあたりはご心配なく! 通常の依頼をこなすより、高めの報酬をご用意できると思います」
その言葉を聞いて、銭ゲバ僧侶は上げてた手を握って小さくガッツポーズを取った。彼女からすれば、日銭を稼げれば良い。このシリアスな会合で間抜けと言えば間抜けだが、要は方向音痴だから一人で居られないのであって、組むのは誰でも良いし、それで報酬がある程度見込めるのなら断る理由もないのだろう。
さて、なんだかずっと蚊帳の外に置かれていて、寂しいような不安なような気持ちになっている自分がいる。本音を言えば誘って欲しい――もちろん、美少女三人相手なのだから、下心も半分あるのは否定しない。しかし、残り半分は真面目な理由だ。
エルにはこの世界に着いた時に、ソフィアには冒険者になるとき導いてくれて、そしてクラウディアには龍からの傷を癒してもらい――三人に対して、自分は恩義がある。この世界の主役の少女たちに着いて行ったところで何が出来るとは分からないが――。
(……うん、俺はこの三人……クラウとティアだから四人? ともかく、彼女たちと一緒にいたいんだな)
そうと決まれば、早く伝えなければ。横たわっていた体に幾分か力が戻っているのを確認し、上半身を起こして、大きく息を吸い、この場を仕切っているソフィアに声を掛けようとしたその時、少女がこちらを振り向いてばっちり目が合った。
「それで、アランさんも、出来ればご一緒してくれませんか?」
「あぁ、俺もそう言おうと……えっ?」
こちらが意を決して話そうとしていた話題を、向こうから、しかも好意的に切り出されたせいで拍子抜けしてしまった。こちらが間抜けな面になっていたのだろう、ソフィアは慌てて取り繕うように手を振っている。
「あ、あの、もちろん凄く危険だと思いますし、嫌ならそれはそれで……」
「いや、凄く危険程度で退くタイプじゃないでしょ、ソイツは」
エルが呆れたような目でこちらを見ている。その視線を気持ちよく受けていると、ソフィアも真剣な表情で頷いていた。
「確かに……私、自分より無茶する人、初めて見たかもしれません」
「えぇっと、それは褒めてるのかな、ソフィア?」
「わ、わ、無茶って言われて嬉しくないですよね、すいません……!」
一転、先ほどと同じように慌てて手を振りだしている。なんというか、戦闘中は超が付くほど勇ましいのに、普段は小動物っぽくて可愛い、意地悪をしたくなる感じである。
「も―駄目ですよアラン君、ソフィアちゃんいじめたら」
こちらの邪な思考を読んだのか、クラウが止めに入った。しかし、俺のことを君付けしたとき同様、さらっと呼び方を変えるやつだ。ソフィアもはてな、という感じで首をかしげている。
「いえ、せっかく行動を共にするんだったら、様付けは止めようかなということで……依頼主様でもあるのに、馴れ馴れしさが過ぎますかね?」
「い、いえ! とっても素敵です、ありがとうございます! 良ければ、アランさんもエルさんも、ソフィアと呼び捨てでお呼びください!」
ふん、と興奮で吐いた息が聞こえそうな程、大きな目を輝かせて、ソフィアはこちらとエルの方を代わる代わる見た。
「……あれ? 何の話してましたっけ?」
「えーっと、多分、俺が着いて行くかどうか的な話だったかな?」
「そ、そうでした! あの、多分調査するには、もしかするとダンジョンを探索することもあると思うんです。そうなると、アランさんのスキルはとっても頼りになりますし……それに……」
ソフィアはそこで一息入れて、一瞬夜空を見上げた。
「……私、嬉しかったんです。アランさん、エルさん、クラウさん……お三方が、私のワガママに付き合って下さって。も、もちろんそのせいで、アランさんに大怪我させてしまった訳ですけれども……!」
「いいよソフィア、ケガのことは気にしないでくれ。俺が勝手にやっただけの話だしな」
どうせ張れるのはこの体くらいだ。しかし、生半可なケガでなく、本当だったら死んでるレベルのケガなのも良かったのだろう、痛みとかよく分からないまま気絶しただけなので、むしろそれで勝利をもぎ取れたのだから結果オーライである。
ともかく、せっかく向こうからのお誘いが来たのだ。もちろん受ける気だし、それ以上に、こちらも一緒にいたかったという事を伝えなければならない。
「俺からも頼むよ、ソフィア、エル、クラウ。着いて行かせてくれ。どれくらい役に立つかは分からんけれど……三人には、世話になったらからな。その恩を返せるよう頑張るよ」
軽く頭を下げて見上げると、まず木陰にいるエルと目が合った。やれやれ、と嘆息しているが、目は穏やかだ。
「まったく……アナタもモノ好きね。このパーティー、今は暗黒大陸で勇者パーティーに次いで……いえ、何を相手にするかも不明な分、下手すれば一番ヤクいパーティーだと思うけれど」
次に、焚火の向こうにいるクラウの方を見ると、腕を組んでうんうんと頷いていた。
「まぁ、アラン君を治したのは私じゃなくてティアですけど……まぁ、恩を返したいというのは殊勝なことです、存分に我々に尽くすと良いですよ?」
そう言われると、お前に対してはあんまり頑張る気が失せる――と一瞬思ったものの、彼女は意外と気を使うタイプだから、変にこっちが無理しないように気を使ってくれてるのもあるだろう。
そして最後に、隣にいたソフィアの方を向くと、キラキラと輝く瞳と目が合い、そしてすぐに深々と頭を下げた。
「アランさん……よろしくお願いします!」
「あぁ、三人とも、よろしく頼む」
少女が頭を上げると同時に、丁度何者かが近づいてくる気配があった。一瞬は警戒したものの、ソフィアの名を呼ぶ大きな声であると気付き、その警戒は解いた。その声にソフィアが大きな声を返すと、茂みの奥からレオ曹長の慌て顔が現れたのだった。