B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
イスラーフィールが展開する反物質バリアの力を利用して後方へと下がり、着地して剣を構えなおす。ちょうどそのタイミングで、ファイアブランドの折れた切っ先が雪上に刺さり――同時に剣から感じていた熱い炎も感じられなくなってしまった。
「ごめんなさい、ファイアブランド……!」
アナタは私に力を貸してくれたのに、その想いを叶えることが出来なかった――自分の力量が足らなかったせいだ。そう思いながら折れた切っ先を見つめていると、正面から「理解できません」という声が聞こえた。
「ファイアブランドにはインテリジェントデバイスは搭載されていません。仮に搭載されていたとしても、道具に謝るだなんてナンセンスなのでは?」
「私は、頭が良くないから、難しいことは分かりません。でも、何にだって魂は宿る……この子は間違いなく、私に力を貸してくれていたんです。だから、申し訳なくて……」
「理解不能です……いえ、これが不愉快と言う感情ですか。道具に魂が宿るなどと言うのは、未発達な文明レベルにおけるある種の誇大妄想に他ならない……そんな幼稚で筋の立たない理屈を、私の前で言わないでください」
イスラーフィールの声は機械的ではあるものの、確かにどこか怒気をはらんでいるようにも聞こえる。彼女はエルとクラウをひどい目にあわせた張本人だし、悠長に会話をしているのも違うのかもしれないが――しかし、彼女の怒りの裏には、同時に何か羨望のようなものが感じ取れるのは気のせいだろうか?
しかし、変に刺激してしまったせいで、相手の殺意はより強固なものになってしまった。防御特化の機体であるが故に積極的に攻めては来ていなかったが、こちらの武器が破損した今なら攻め勝てると判断したのか、イスラーフィールは袖から複数のチャクラムを取り出した。
万全の状態でない今、彼女の攻撃を受け止められるだろうか。ファイアブランドはまだ死んでない、しかしもう炎を出す力は残っていないだろう――ともかく柄を強く握って、イスラーフィールが攻めてくるのに対して迎撃の姿勢を取る。
互いに武器を握って動かず、しばし無言の時間が流れる――その沈黙を破ったのは自分でもイスラーフィールでもなかった。水色の髪のはるか後方から、雪煙を上げて接近してきている何かが発するエンジン音が突如として聞こえ始めたのだ。
第五世代型アンドロイドならば視認できないはずなので、アレは別の何かのはず。目を凝らしてみると、誰かが雪上バイクに乗ってこちらへ向かってきているようだが――。
「……ダンさん!?」
近づいてくる者を目を凝らしてみて視認できた瞬間、思わず声が漏れてしまった。ガングヘイムで別れたはずのダンが、厚めの上着を纏って、雪上バイクに乗り――それもサイドカー付きで、何か荷物を乗せている――こちらへ向かってきているのだ。
「フレデリック・キーツ……!?」
イスラーフィールが振り向いて後方を確認しようとした瞬間、彼女の方へ無数の弾丸が飛び交った。イスラーフィールは鎌をもっていた左手をかざして銃弾から身を護っている――見れば、ゲンブの機械布袋戯がこちらへ戻って、イスラーフィールへ攻撃してくれているようだった。
「セブンス、イスラーフィールの相手は私がします……アナタはヴァルカンの元へ!」
「ばる……?」
聞き覚えのない名前「ダン・ヒュペリオンのことです」と補足が入ってようやく理解した。要するに、ゲンブがイスラーフィールの足止めをするから、自分にダンの元へ行けということか。事態を察して人形に「はい」と返事を返し、ゲンブの攻撃で釘付けになっているイスラーフィールの横をすり抜けて、自分はこちらへ向かってきているドワーフの方へと走り始めた。
「アンドロイドたち、標的をダン・ヒュペリオンに」
後ろから、イスラーフィールの指令が聞こえてくる。とはいえ、ダンに向かって攻撃が開始される形跡は見えない。むしろ、ダンの方がバイクのグリップから右手を放し、辺りにかざしているようにも見える――アレで彼自身が何かをしているのだろう。
「畏敬……やはり、通常の第五世代では七柱を攻撃できませんか。それなら、ジブリール……!」
イスラーフィールが僚機の名を呼んだ瞬間、自分の前の雪が滅茶苦茶に舞い――晴れた雪煙の中に二つ分のシルエットが浮かんで見える。
「くっ……!」
「貴様の相手は私だ……!」
ジブリールの呻く声と、T3の声が聞こえて後、またすぐにソニックブームの激しい音が聞こえて、一層に辺りの雪を舞い散らして消えていった。自分が走ってくるバイクの元へたどり着く時には、老ドワーフは吹き飛ばされた雪に覆われてしまっているようだった。
「ダンさん!」
「ひぃ、ふぅ……クソ、老骨に鞭打ってきたらこのざまだ! 畜生め!」
ダンはバイクを止め、ゴーグルを外して雪を払いながら悪態をついている。なんだかこの調子も久しぶりで懐かしい気持ちになりつつ――しかしすぐに自分の視線はサイドカーで雪に覆われている何かに釘づけにされた。
「あの、ダンさん……それは……?」
「あぁ、お前さんにお届け物だ。ついでにエネルギーも充電済みだぜ! 手元にモノリスが無かったから、以前ほどの出力は出せねぇだろうが……ファイアブランドよりは頑丈なはずだ」
そう言いながら、ダンは身を乗り出してサイドカーに乗っている何かに積もっている雪を払い始める。雪が払われて下から現れた物は、布に覆われた長物――といっても、サイドカーのシート一杯に横たわる肉厚さもあるのだが――であった。
「ダン・ヒュペリオン……いいえ、フレデリック・キーツ。裏切るというのですか?」
背後から聞こえるイスラーフィールの声に対し、ダンはバイクの上で腕を組んでそちらを見つめる。
「はっ、そいつはお門違いだぜイスラーフィール。オレは最初から、ルーナやアルファルドのために辺境の星まで来たわけじゃねぇんだ! さぁセブンス! 剣を……神殺しのミストルテインを取れ!」
ダンの声に、自分はサイドカーの元へと移動し、搭載されている物体の柄を握って一気に抜き出した。その勢いで長物を包んでいた布は剥がれ、風に運ばれて飛んでいき――後には肉厚の、刃の無い機械の塊が現れた。
「初めて握ったはずなのに、分かる……アナタも、私に力を貸してくれるのね?」
そう、この子も自分のことを知っている――自分の質問に頷くかのように、剣の柄から何か暖かさが伝わってくるような気がした。
「ダンさん! この子を運んでいただきありがとうございます!」
「いや、オレはあるべきものを、あるべき場所に返しただけ……それを作ったのはオレじゃねぇが、嬢ちゃんは道具を大切に想っている……その期待に、きっとそいつは応えてくれるぜ。
ともかく、オレは基地内部へ行く……ドラ息子とファラが待っているだろうからな!」
ダンは自分に対して不敵に微笑みかけ、再度ゴーグルをかけてバイクのエンジンをかけた。しかし、それを安易に見過ごすイスラーフィールではない。ダンに向けてチャクラムを投げ出すが、それは人形が貼った結界によって阻まれた。
「邪魔をしますか、チェン・ジュンダー!」
イスラーフィールは標的をドワーフから人形に変え、結界を張って中空で制止していたゲンブに対して巨大な鎌で斬りかかった。その威力が強かったせいか――事前のチャクラムで幾分か結界が削れていたせいもあるのだろう、結界は破られ、そのまま人形はこちらの方へと吹き飛ばされてしまった。
そして、落下の衝撃が強かったせいだろう、身体を起こすのと同時に人形の首がぽろ、と雪上へと落下した。
「あいたた……」
「ゲンブさん!? 大丈夫ですか!?」
「ははは、実の所は人形なので痛覚は無いのですが……後は任せて大丈夫ですか?」
「はい! お任せください!」
首が取れても声に余裕はあるので、ゲンブは大丈夫だろう――そう思いながら剣の切っ先をイスラーフィールに向ける。対する水色の髪の熾天使はチャクラムを回していたチャクラムをしまい、自分の持つ剣を凝視していた。
「神殺しのミストルテイン……アルジャーノンを護る時計塔の結界を破った一撃は、確かに計算上では私の反物質バリアすら貫通する……でも、モノリスを経由していないで充填されたエネルギーは万全ではないはず。それならば、私のイージスが破られるいわれはない」
「計算とかは良く分かりませんが……この子はいけるって言っています! だからいこう、ミストルテイン!! ゴッドイーター起動。セーフティロック、解除!!」
柄のグリップを回して機構を作動させ、剣に貯められたエネルギーを放出する。本来なら、この剣から放出される超エネルギーに吹き飛ばされないようにアンカーを撃ちだし、剣閃にずれが無いことを確認する作業が入るはずだ。
しかし、今はそれをする必要はない。こちらが足を止めればそれが隙になるし、何より――。
「……極限のエネルギー、全部そのまま叩き込む!!」
そう、零距離で畳みこめば、ソードラインの誤差修正などする必要もない。相手の円月輪を跳躍して躱し――太陽を背に、紫紺のオーラをまとう剣を大上段に構えて落下を始める。イスラーフィールがもう数発チャクラムを打ち出してくるが、それもこれも全部、一緒に叩き落とすだけ――!
「御舟流奥義! 下り彗星縦一文字!!」
咆哮と共に一気に剣を振り下ろし――円月輪を弾きながら、巨大な剣閃と共に、イスラーフィールを目掛けて一気に落下していく。犇《ひし》めく紫の剣線の僅かに覗く隙間を見ると、イスラーフィールも両腕をかざして迎撃の体制を取ったようだ。
予想通りの手ごたえ――先ほど一度、ファイアブランドで突貫したことには意味があった。どの程度の反発があるのか、そして直感にはなるが、この膜を突破するのにどれくらいの威力が必要になるかが分かるからだ。
確かにイスラーフィールが予見したように、ミストルテインに貯められていたエネルギーだけではバリアを突破するには足らないように思うが――しかし、ここまで繋げてくれたファイアブランドと、自分に応えようと頑張ってくれているミストルテインの想いを無駄にするわけにはいかない。
「うぁあああああああああああ!!」
「くっ……凄い力。でも……計算上では……!」
イスラーフィールを護るバリアを突破しようと、より一層剣に気迫を乗せる。こちらの押し切ろうという力と、相手の弾き返そうとする力が拮抗し、一進一退のせめぎ合いが続く――凄まじい力の奔流の中で、自分はただ吹き飛ばされないように、歯を食いしばって腕を押し込み続ける。
そして力の拮抗は、ふとした瞬間に破られることになった。イスラーフィールのローブから――正確に言えば右腕に電流が流れ、小さな爆発を起こしたのだ。
「何っ……まさか、先ほどの一撃で……!?」
イスラーフィールは視線を降ろし、自らの腕を見つめながら呟く――そう、もしかしたら、彼女の言うようにミストルテインで突貫するだけでは威力は足らなかったかもしれない。しかし、ファイアブランドが頑張ってくれた分の負担が、イスラーフィールのバリア発生装置にも蓄積されていたはずなのだ。
両腕のバリアで防いでいた一撃を、片腕で押し返せる道理はない。こちらを弾こうとする力は確かに弱まり――幕間は確かに近づいてきている。
しかし、水色髪の熾天使も諦めてはいないようだ。歯を食いしばるような仕草を取って、左腕を大きく突き出した。
「だけど、私だって……負けるわけにはいかないの!」
確かに、こちらもエネルギーの限界が来ている。要するに、後は意地の勝負。そして意地の張り合いなら――。
「私だって負けられないんだぁあああああああああ!!」
互いの「負けない」がぶつかり合い――ちょうどその時、自分が纏っている金色の粒子が一層光を増した。激しい閃光、直後に破けた膜をすり抜けて剣を振り抜き――。
「……この勝負、私の勝ちですね」
剣の冷却装置が働いたのか、刀身が開いてそこから一気に蒸気が吹き出す。そして後はバリアで浮いていた身体を落下に任せる。そのまま着地こそ成功するものの、最後の眩い光に若干目がやられたせいか、すぐには状況が把握できなかった。
次第に視界を取り戻し、辺りの様子がボンヤリと見えるようになると――イスラーフィールのローブの袖は破けており――そこから覗く二の腕の先から配線を飛びださせて膝から崩れ落ちて俯いていた。
「あっ……その、ごめんなさい……」
なんだか彼女の姿が痛々しく、無意識のうちに謝罪の言葉が飛び出てしまった。他のアンドロイドとは戦えるのに急に申し訳ない気持ちになってしまったのは、きっと彼女の姿が人に近いから――戦っている時には勝とうと必死で、自分はその事実を失念していたのだろう。
「何ですか、それ……謝るくらいなら、こんなことしなければいいのに……」
「そ、それはその通りなんですけど……!」
イスラーフィールの悪態に納得しかけてしまうが――そうだ、自分は仲間を護るために苛烈な決断をしたのだ。毒食らわば皿まで、彼女を倒したことを後悔してはいけない――互いに生存をかけるというのは、こういうことなのだから。
「うん、私にも護らなきゃいけないものがあるから、後悔はしていません」
「……そうですか。まぁ、謝られるよりはマシですね」
そう言いながらイスラーフィールは顔を上げて、こちらを見据える――相変わらずの無表情だが、そこにはどことなく憑き物が落ちたようなすがすがしい雰囲気があるように感じられるのだった。