B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ジブリールとの超音速戦闘だが、しばらく戦っていて分かったことがある。ADAMsを想定した戦闘プログラムを組んでいるのだろうが、熾天使の機体にも限界がある――重力と大気の存在する場所では、速度を出せばそれだけ空気との摩擦で熱が発生する。自分の義体は音速戦闘に特化した規格だが、第五世代型アンドロイドの場合は様々な状況に適応するように作られているせいか、常に音速を超え続けられるわけではないらしい。
もちろん、明確に有利というわけではないが、完全な機械であるジブリールが常時加速できないというだけでも僥倖であり、間違いなく自分にとっては追い風であった。こちらも視神経の限界でADAMsを解く瞬間が必要ではあるが、それも相手が加速を切るタイミングを合わせることで自分の隙も消すことが出来るからだ。
同時に、奴の機体は限界に近いように見える――熱の壁を超え続けた結果、彼女のボディは赤く発光しており、今にも燃えて溶けだしてしまいそうに見えた。
確かに通常時なら厳しい戦いであったかもしれないが、今はトリニティバーストによる強化がある。金色の粒子が自分の限界を引き上げてくれているおかげで、熾天使との勝負は自分に有利に進んでいた。
「ちっ……煩わしいハエめ!」
「同じ言葉をそっくり返すぞ!」
ヴァルカンの乱入後、セブンスを狙わせないためにジブリールを追跡し、射撃による牽制で相手の行動の自由を奪う。牽制は成功し、相手が距離を取った瞬間にこちらも加速し、すぐに精霊弓のバッテリーを入れ替える――使い終わったバッテリーが地面より落ちるよりも早く移動を始め、セブンスたちにこの熾天使を近づけないように攻撃を続ける。
熾天使たちが現れてから、まだ実時間の経過は数分に満たないだろうが、自分とジブリールだけは既に体感としてはその何倍もの時間を過ごしている――そろそろ決着をつけたいところであるものの、戦闘時間に比例してこちらの行動パターンを学習されているせいで、決定打を撃ちあぐねているのも確かだった。
ふと、遠方にいるセブンスを見ると、機構剣ミストルテインからエネルギーを解放しながらイスラーフィールに斬りかかっているタイミングだった。アレが放たれれば、力の余波で誰もが満足に動けないだろう――ゲンブやホークウィンドもしっかりと退避している。そして、ジブリールも衝撃に備えて居るようだった。
自分も壊滅的なエネルギーを産む力場から適度な距離を保ち、最強の剣と最強の盾がぶつかり合う様を見守ることにする。凄まじい力の奔流に吹き飛ばされそうになるが――実際、セブンスの周囲に居た第五世代型アンドロイドは機構剣から発せられる力の余波にそのままやられている――しかし、双方の力は拮抗しており、一進一退の攻防が続いていた。
しかし、剣を振り下ろすセブンスの瞳には一点の曇りもない。ただ、仲間を護ろうという意志で輝き、前へ進もうと必死に歯を食いしばっている――その美しさは、かつての日に見た夢野七瀬に瓜二つだった。
「……行け、セブンス!」
気が付けば、無意識に彼女の名を呼んでいた。そして、少しでも彼女の背を押せるようにと手を伸ばし――見れば、ホークウィンドとゲンブも同様の仕草を取っているようだった。
直後、辺りを激しい閃光が包み、その光が晴れた瞬間、セブンスが剣を振り抜き、イスラーフィールがその両腕を破壊されるという結果が残った。しかし、まだ勝った訳ではない――自分は超音速で二人の少女へと肉薄する敵を迎撃するため、雪が蒸発した所かクレーターとなった場所へと奥歯を噛んで駆けだした。
二人の少女の手前までたどり着き、外套から二本のヒートホークを取り出して、ジブリールが振り下ろした凶刃を受け止めた。そして、互いに加速を切り――結果として、セブンスの目の前でジブリールの突撃を止めることに成功した。
「……イスラーフィール!」
中空で制止しているジブリールは、目を見開きながら自分の背後にいる僚機の名を叫ぶ。
「ジブリール、逃げて……アナタだけなら離脱できるはず」
「でも!」
「音速戦闘を続けたせいで、アナタのフレームはボロボロ……でも、離脱に専念すれば脱出できる。それに、手が無くなった私は戦闘行動を取れず、アナタの離脱の邪魔になるだけ……避けるべきは、私たちの両方がやられること……分かって」
「う、うぅ……!」
ジブリールは僚機の説得に納得がいかないのか、刃を押し込む力が強くなる――恐らく、イスラーフィールを助け出そうとしているのだろう。しかし、周囲をゲンブとホークウィンドに囲まれると、流石の形勢不利を認めたのか、刃を引いて後方へと退避を始めた。
奥歯を噛み、すぐに弓を取り出して揺れる薔薇色の髪の背中を狙撃するが、紙一重で躱され――後先考えない全速力なのだろう、こちらの加速でも追いきれないほどの速度でジブリールは離れていき、同時に空気との摩擦で周囲の空気が燃え上がっていた。
「……追えますか?」
加速を切った瞬間にゲンブから質問が飛んでくる。それに対して首を振って応え、膝をついてイスラーフィールの方へと向き直った。
「さぁ、後は好きにするが良いですよ……まさか敗北するなどとは計算違いですが、果たすべき使命は達しましたので」
「覚悟は出来ているということだな」
ならば遠慮することなど何もない。無論、命乞いされたところで取るべき行動は変わらないが――ジブリールを撃つために取り出した弓をそのまま構え、エネルギーの矢を番えてうなだれている水色髪に狙いを定めた。
だが、射線の間に何者かが入ってきた。いや、何となくだがこうなることは予測はしていたが――セブンスが自分とイスラーフィールの間に立ち、剣を地面に刺して両腕を広げて必死な目でこちらを見ていた。
「T3さん、待ってください!」
「セブンス、どけ」
「その、どけません! この子、なんだか根は悪い子じゃないように思うんです!」
「……そいつのせいで、貴様の仲間は散々な目にあったのだぞ?」
「それは、そうですが……」
恐らく、人型の彼女の弱い部分を見たせいで情にほだされたのだろうが、イスラーフィールがアラン・スミスのお供の少女たちにやった仕打ちが覆る訳ではない。セブンスもそれを思い出したのだろう、返す言葉を失い、背後のイスラーフィール同様に視線を落とすが――小さく首を横に振って、弱弱しくもまだ納得していないという抗議の目でこちらを見てきた。
「……でも、この子が望んでやったことではないような気がするんです。イスラーフィールに悪いことをするように命令した人が居るだけで、彼女は率先して邪悪なことをする子じゃないんだと思います」
セブンスの言うことも全く理が無い訳ではないだろう。道具には悪意はなく、罪を犯すのは常に道具を操る者の意志であるとすれば、罪はルーナに在り、イスラーフィールは好きで我々を攻撃しているわけでないとも言うことは出来る。
しかし、その悪意ある者が遠隔で道具を作動させることを想定すれば、イスラーフィールを野放しにしておくのは危険だ――そう思っていると、セブンスの力ない反論を弁護するためなのか、ホークウィンドが腕を組んだままこちらを見た。
「ナナコの言うことは一理ある。もしアシモフがイスラーフィールのAIを書き換えられるなら……」
ホークウィンドはそこまで言いかけて一度言葉をつぐんだ。恐らく、セブンスが哀し気に首を振っているのを見たいせいであろう。AIを書き換えるというのは人の記憶を改竄するのと同義であり、それにセブンスは反対しているに違いない。それを察してか、ホークウィンドは一度咳ばらいをしてから再度話し始めた。
「……ルーナへの服従プログラムさえ削除できれば、強力な味方になるかもしれぬ」
ホークウィンドの選び抜かれた言葉に、セブンスはパッと表情を明るくしてうんうんと頷きだした。このまま行くと、善良な精神をもつ少女と巨漢の忍に言いくるめられそうだ――自分は弓をつがえたまま、首を人形の胴体にくっつけようとしている軍師の方を見た。
「私としては、制御できない因子はなるべく排除しておきたいのですが……T3、あの駄々っ子をどかせられますか?」
「……難しいと思っているから、貴様にふったのだ」
「ははは、頼りにしていただいて恐悦至極……しかし、私にはセブンスを説得している時間はありません。基地内部のハッキングに対処しなければならないので」
「……そうだ! 基地の内部も大変ですよね!?」
セブンスはハッとしたような表情になり、今度は剣とイスラーフィールとを忙し気に交互に見ている。恐らく、基地に戻ってアラン・スミス達の助力に向かうか、イスラーフィールのために交渉を続けようか悩んだのだろうが、前者が僅かに勝ったらしく、剣の柄を握って浮いているゲンブを仰ぎ見た。
「あのっあの! 私、基地の内部に戻っても大丈夫ですか!?」
「少しお待ちを……そうですね、外に残存する第五世代型アンドロイドの対処は、ホークウィンドとT3で足りるでしょう。それより、想定外の攻撃に対処するため、内部に人員を割きたい……ある意味、外に配置を予定していた人員を内部に割いたのは僥倖だったかもしれません」
「それじゃあ、私は戻ります!」
セブンスはミストルテインを持ち上げて基地の入口の方へと走り出した。しかし途中で一度振り返り、「T3さん! 私が見てないうちに、イスラーフィールに酷いことしないでくださいよ! 酷いことしたら口ききませんからね!」と付け加えられた。
「……おや、セブンスと口がきけなくなるのは堪えますか?」
自分が弓を降ろしたのを見て、ゲンブは人を小馬鹿にしたような声を上げる。
「馬鹿を言うな……コイツの設計的に、両腕さえ吹き飛んでいれば危害が無いと判断しただけだ。それにアシモフに解析させれば、ルーナたちの動向も幾分か把握できるだろう?」
「物は言いようですねぇ」
「五月蠅《うるさ》い。貴様は内部のハッキング対処に専念しろ」
「おぉ、怖い怖い。ですが、アナタの言う通り……イスラーフィールにも使いようはあるでしょう。ですが、その前に……」
ゲンブはイスラーフィールの背後まで中を飛んでいき、少女の後頭部に「当て身」と言いながら手刀を当てた。特殊合金のボディに人形の手刀など効果は無いだろうに――しかし、イスラーフィールは糸が切れた人形のようにその場に臥した。
「おい、何をしたんだ?」
「アシモフから聞いた手段で、彼女たちの電脳をハッキングしたのです。直接触れられなければ難しかったですがね。細かいメモリーの書き換えは複雑なプロテクトがかかっているので今は出来ませんが、とりあえず彼女の自爆を封じた形です」
「……まさか、そいつ自爆をしようとしていたのか?」
「えぇ……ですが、ギリギリまで悩んでいたようですね。普通の第五世代型なら戦闘不能になった時点で迷うことなく自爆を選んでいてもおかしくないですし、やはりセラフシリーズは少々特殊なようです」
確かに、自爆をするのに悩んでいたというのは、自死をすることにためらいがあったということに他ならない。それは芽生えた自我の萌芽なのか――。
ともかく、恐らく外に居る残りは有象無象だ。第五世代の中でも最強の一体は撤退、一体は倒すことが出来たことを想定すれば、残る大物の熾天使はウリエルとかいう奴くらい――もし控えているのなら、イスラーフィールが負ける前に支援に入っていただろうから、少なくとも外には居ないのだろう。
もしかすると、ウリエルとやらは基地内に居るのだろうか? それならそいつが一番不幸だ。何せ原初の虎という、第五世代型アンドロイドを狩ることに特化した存在を相手にしなければならないのだから――そう思いながら、自分は弓を構えて残りの第五世代型アンドロイドを殲滅するために奥歯を噛んだ。