B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
基地内のシステムがハッキングされて後、自分とアシモフでシステムの修復に努める――とはいえ、障害は山積みだった。そもそも、システムを組んだのがゲンブであり、自分は施設を動かすプログラムに自分は明るくはないし、船内からだと間接的な修復になるので対応も難しい。
ただ、もっとも厄介なのはウィルスそのものだろう。修復したコードを条件に、またウィルスが増殖していくというような作りであり、まるでこちらの行動を先回りして読んでいるかのようで気味が悪かった。
何度かティアに――いつの間にか船内に来ていたらしいのだが――「シモンさん」と声をかけられたような気もするが、目の前の対処に手一杯で話の内容までは記憶にない。ともかく、手を動かせば動かすほどに状況は悪化していき、どうしようもない無力感の中でひじ掛けを叩いて一旦コンソールから離れ、椅子に背を深く預けて落ち着くことにする。
ちょうどその瞬間、背後の扉が開いた。そちらに目を向けると、あまりに意外な人物がきょろきょろと船内を見回しているのが目に入った。
「これがピークォド号か……なかなか良い船だな」
「親父!?」
一歩室内に入ってきた白髭のドワーフは、自分の声に反応してゴーグルを外し、歳に似合わない気障な仕草を取りながら自分とアシモフとが座る座席の間に移動し、こちらにニヤけた面を向けた。
「よう、シモン。もしかしたら、ここにいるんじゃないかと思ってたぜ」
「そういうこっちは、滅茶苦茶にびっくりしたよ。まさか、第五世代型アンドロイド達の襲撃を掻い潜ってここまで……」
いや、冷静に考えれば、親父の中にはヴァルカン神が宿っている――つまり、第五世代型の三原則が働くので、親父を攻撃できないに違いない。
「……そうか、アンタはアンドロイドに狙われないもんな。ここまで来るのも、そんなに大変じゃなかったんだろう」
「けっ、救世主が来てやったってのに、減らず口を叩きやがって……まぁいい。レア、状況は?」
ダンはこちらからアシモフの方へと向き直る。アシモフは張り詰めた表情が柔らかくなっており、少し安心した様子で口を開いた。
「ファラで大丈夫よ、フレディ。基地内のシステムにハッキングがかけられていて、メインの電力が使えない状況。恐らく、ウリエルの仕業だと思うのだけれど……」
「あぁ、そうだろうな。もう一人だけ出来るやつをオレは知っているが、そいつだとは思いたくねぇが……」
「……可能性としては、考慮しておくべきかもしれませんね」
「ともかく、艦内から間接的に対処してたんじゃ間に合わねぇだろう。メインシステムを直接直さなきゃな……おいシモン、オレを動力室まで案内しやがれ」
「な、なんで僕が……」
ダンは歳のわりに太い二の腕を組みながら、ぶっきらぼうにこちらへ視線を戻した。緊急事態だというのは分かっていても、親父を見るとつい反発したくなってしまう。それに、自分は機械いじりが出来るだけで、第五世代型アンドロイドがひしめく基地内を移動したくはない。
いや、本当は分かっているのだ。ヴァルカン神と一緒に移動をすれば、第五世代型アンドロイドに狙われることは無いということは。きっと本音を言えば怖いのだ――故郷を捨て、継承の儀式から逃げて、ゲンブと一緒に行動していたことを責められてしまうのではないかと。
ともかく、自分の曖昧な態度を見かねてか、ダンは大きくため息を吐き出した。
「そうは言ってもな、クラウディアのお嬢ちゃんは動力室って言ってもピンとこねぇだろうし、ファラは……見ての通り、しわしわのおばあちゃんだ。走るのには向いてねぇからな。それに、お前の言う通りここまでオレが無事に来れたんだから、道中の心配はねぇよ」
「でも、以前に砂漠の地下でアイツらに追い詰められたのがトラウマで……」
「かぁー! 男なんだ、みみっちいこと言うんじゃねぇ! 苦手と向き合わねぇと、いつまでたっても克服出来ねぇぞ!?
何より、猫の手でも借りてぇ所なんだ。一人でもプログラムが出来るやつが欲しい……それに家出したテメェのことを責めてるわけじゃねぇからな、安心しろ」
「くっ……馬鹿にして」
「テメェの御託に付き合ってる時間はねぇ! ほら、とっとと行くぞ!」
ダンは怒鳴り気味の大声でそう言った後、扉の方へと振り向いた。着いて行きたくはないが、辺りを見るとアシモフとティアが神妙な表情でこちらを見ており、この場で親父に着いて行かなければいくじなしと言われてしまいそうなのが恐ろしくて――着いて行くのも恐ろしいが――半ばやけくそ気味に「あぁ、分かったよ!」と言いながら自分も立ち上がることにした。
背中を追って行こうとすると、ダンは扉の前で立ち止まっている。そして、老ドワーフはそのまま上半身だけ回して背後に座る老エルフの方を見た。
「ファラ……コイツが終わったら一杯やろう。チェンたちに挟まれてちゃ、針の筵だっただろう? 愚痴を聞いてやるぜ」
「……えぇ、久しぶりにね」
ダンはまた気障な仕草を取り、威勢よく廊下へと出ていった。自分もそれを追いかけて行くのだが、後方の扉が閉まった瞬間にダンは急に立ち止まって、鼻の頭を掻きながら振り返った。
「……おい、シモン。どっちに行けばいいんだ?」
「あー……僕が前に出るよ」
「いや、オレの側から離れるな。あんまり先行して、ハチの巣にされてもしらねぇぞ?」
親父の側から離れないなど気持ちが悪いことこの上ないのだが、第五世代型アンドロイドに殺されるよりはマシか――そう思いながら老ドワーフの横に並んで移動することにする。
ピークォド号から降り、戦闘を続けるアズラエルを横目に、動力室へと進んでいく。主電源が落ちているため辺りは暗く、非常灯の薄青い仄かな灯りだけが移動の頼りだ。自分には第五世代型アンドロイドは見えないし、気配も感じないのだが――辺りの暗さも手伝ってか、なんだか禍々しい雰囲気だけは続いており、きっとダンから離れた瞬間に自分など一瞬で穴だらけにされてしまうのだろう。
ともかく、いつ何かおかしなことが起こって自分が狙われることに怯えながらも、少し歩いてとある部屋へと辿り着く――自分も基地内の構造をすべて把握しているわけではないが、ここからでも問題は無いはずだ。
「おい、ここが動力室か? ずいぶんと簡素に見えるが……」
「いいや。でも、直結はしている……メインシステムはかなり下層にあるし、エレベーターが使えない今じゃ移動にかなり時間が掛るからな。死ぬほど階段を降りる覚悟があるっていうなら別だけど」
「成程、機転を利かせたってわけだな……上出来だ、ここから何とかできないかやってみよう」
そう言いながら、ダンは鞄から自前のコンソールを取り出し、機材の蓋を開けて配線を繋げた。そしてその場に屈んだ瞬間、腰を抑えて呻き声を上げ――やはりこちらへ連れてきたのは正解だっただろう、この老体では二十階相当の階段を降りることは出来なかっただろうから。
「おい、シモン。テメェも手伝いやがれ」
ダンは顎で室内のコンソールを指し、自分も頷き返してそちらへ移動する。親父の言うことを聞くことは癪だが、流石にここまで来て仕事をしない訳にもいかない。動力を復活させるのが自分のみの安全にもつながるし、自分だってここに集ったメンバーに愛着が無い訳ではないのだから。
作業を続けているうちに、ふと先ほどの父の態度が気にかかり――それは、幼少の頃に一度抱いた疑問に通ずるところがある――手を止めないながらも質問してみることにした。
「なぁ、親父……アンタ、アシモフとはどういう関係なんだ?」
「どうもこうも……オレとファラは、ただの腐れ縁だ。それも、一万年クラスのな」
「本当かい? なんだか、そんな風には見えないんだよな」
まだ自分が幼かった時に、一度だけ家族で世界樹へと訪問したことがあった。その時、父とアシモフが楽しそうに話しているのは自分も見ていたが――あの時は自分自身がそう言うことに対する知識がなく、古い付き合いで本当に仲が良いくらいに思っていたものだ。
しかし、今は亡き母が、二度と世界樹に行きたがらなかったことを――ガングヘイムに帰ってからしばらくの内は、母はナイーブになっていたのを思い出す。今にして思えば、母は二人の間に特殊な感情があることを見抜いていたのではないだろうか。
そう、我々ドワーフが長命と言っても、それはレムリアの民と比べて長いだけで、あくまでも数百年規模の寿命でしかない。それは、一万年規模の絆に比べればあまりにも短い。
一瞬だけ作業を止め、背後でうずくまって作業を続ける父の横顔を覗き見る――ダンは手は止めないものの、なんだか自嘲的な笑みを浮かべていた。
「そんなんじゃねぇって。お前も聞いているかもしれないが、アイツにはグロリアって娘が居るんだ……既婚者だよ。未亡人ではあるがな。それも、二人も旦那を失っているんだ」
「別に……それは社会的な規範の話で合って、人の感情ってやつはそうじゃないだろう?」
「けっ、妻を娶ってもいねぇヤツが偉そうな口をききやがる」
ダンはそれだけ言って、しばらく無言でキーボードを打ち始めた。実際のところ、二人の関係性は気になるが、確かに今は緊急事態であり、変に追及する時でもないか――自分も父に続いてシステムの回復に努めることにする。
しかし、自分も一緒に作業をしているから分かるが、ダンのおかげでシステムの修復が進んでいた。ガングヘイムでの主な父の仕事は物づくりであり、コーディングに関しては出来ることは知っていたが、まさかここまでとは知らなかった。
「凄いな。こっち方面にも明るかったとは」
「けっ、何を言ってやがる……まぁ、電脳戦はオレより優秀な奴は居るが、ウリエルに出来る範囲のことは分かっているからな。それで対処もできるって形だ」
「成程ね……その優秀な奴って言うのは、アルファルドのことかい?」
「あぁ、その通りだ。アイツが仕掛けてきてるなら、オレの力じゃ及ばねぇ……アイツが敢えて手抜きをしているなら別だがな。
そのほかにも、チェンとファラも外からシステム修復に周ってくれてるおかげだ。ウリエルが正確無比なプログラミングが出来ると言っても、四対一なんだから勝たなきゃなるめぇ」
成程、それは確かに。プログラムは組み立てるよりも壊す方が簡単なはずだが、それでもウィルスの癖が分かっており、同時に四人で対策をしているのだから負けるわけにはいかないのも道理だ。そう思いながら作業に集中していると――。
「……アイツは、オレの夢を応援してくれたんだ。宇宙開発を進めるって夢をな」
「えっ?」
作業に集中している折に突然に声を掛けられて、思わず間の抜けた返事を返してしまう。ダンを見ると、しっしと手をおり――話はするが、作業は続けろということか。
「オレがDAPAに所属する前の一世紀前は、ロケット開発が盛んだった」
父は喋りながらも作業を止めていない――そのため、こちらも作業は続けつつ、父の話に耳を傾けることにする。
「とはいえ、それは人々が宇宙に進出したいからという純粋な思いからじゃない。相手の国にミサイルを叩き込める技術力を誇示するため……つまり、戦争の一部として人は初めて宇宙に出たんだ。
戦争は手を変え品を変え続いたが、大国同士の戦争はしばらく起きなくなり、今度は経済戦争が起きるようになると、エコだなんだと言って互いの発展を足止めし合う世の中になったんだ。
ともかく、人類が宇宙に進出するという夢は長らく停滞した……旧世界では百年もあれば、技術はビックリするくらい進んでたのに、宇宙に関しては無人の探査機を飛ばす程度。 もちろん、宇宙技術自体は発達してはいた。通信技術の発達に合わせ、人工衛星を打ち上げることは不可欠で、数多く宇宙に飛ばされたが……未踏の地へ足を運ぼうという方向性では中々発展しなかった。初めて人が宇宙に出た時には、百年後にはもっと遠くまで行っていることが予想されてたってのにだ」
ダンは思いのほか饒舌だ。今までこんなに話してくれたことがあっただろうか――とはいえ、システムの復旧はペースを落とすことなく進んでいるし、何より過去の話が気になったのは自分だ。それならばと、こちらも作業を進めながら話を聞き続けることにする。
「そして……宇宙技術は再び戦争の道具として活用されるようになった。旧世界においてある一国が宇宙からミサイルを飛ばせるように核弾頭付きの衛星を打ち上げると、抑止力のために各国もこぞって打ち上げ始めたんだ。
それで、一国が打てば、あとは連鎖的に……地上での爆発は無かったものの、代わりに連鎖的な高高度爆発が起こり、母なる大地は無数の宇宙塵に包まれることになった……」
宇宙塵、スペースデブリ――親父の書籍で見たことがあった。文字通りに宇宙の塵とも言えるそれらは、人工衛星や宇宙船などの破片から構成される。それらは凄まじい速度で惑星の軌道上を漂っており、宇宙開発をするのに大きな障害になると――こんな所だったか。
ダンの言葉が止まったため、何をしているのかと気になり顔をあげると、老ドワーフは作業を進めながらも、どこか遠い目でキーボードを叩き続けていた。
「オレは、小さいころから宇宙に憧れてた……もっと遠い宇宙の果てに行ってみてぇと思ってた。だが、オレが成人する前にスペースデブリが蔓延していて、宇宙技術に関しては地上からロケットを宇宙へ飛ばす様な宇宙船を作るより、失った通信インフラの再建をすることが優先されていた。
そんな世情だったから、ひとまず自分が宇宙に出ることは諦めても……ひとまず宇宙に関わる仕事をしようと思ってな。猛勉強したつもりだが……中々興味のないことは覚えられなかった」
「はは、それじゃあ思ったような職にはつけなかったってことかい?」
「あぁ……だが幸か不幸か、就職先が世界最新鋭の大手企業……の子会社で働くことになったんだ。ま、端的に言えばオレは技術屋で、お偉いさんの指示書通りに物を作る仕事だ。
そんなある日、DAPAは宇宙船の開発と惑星間航行を出来る人材を募集した。なんでそんなことをしたかって、DAPAが出資していた月の監査プログラムで、モノリスを発見したからなんだが……要は国際機関よりも先に、月に埋まってる未知の物体を掘り当てようとしたわけだな。
人材募集にはもちろん応募しようと思ったが、オレなんぞ子会社の技術屋だ……応募権が無かったんだ。そこで、親会社のおえらさんに直談判しようと思ってよ。そこで出会ったのがDAPAが一角、アシモフ・ロボテクスカンパニーの副社長だったファラ・アシモフだ」
そこで一度だけ、モニターから視線を外して――父の方も今度は手を止め、過去のことを思い出すためにか、どこかぼぅっとした目で暗い部屋の奥を見つめていた。