B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「出会ったころのファラは、それは冷たい奴でよ……美人だったがな。まぁ、そんなことはどうでもいいや……ともかく、オレの熱意で押し切って、なんとか宇宙船開発のグループに大抜擢されたわけだ」
「へぇ、凄いじゃないか」
素直な賞賛のつもりで言葉を返すと、ダンは少し照れくさそうに鼻の下を指先で擦った。
「ま、有人で宇宙を長距離の移動をするための技術は長らく停滞していたからな……学歴はそこまでで止まってたオレだが、逆に有人の宇宙飛行に関して滅茶苦茶詳しいということで、副社長からの推薦をいただいたって形よ。
数回話しているうちに、アイツはオレに言ったよ。お前は星屑だって……文字通りの星屑じゃねぇ、宇宙狂いって意味だ。それは、オレにとっちゃ誉め言葉だったがな。
ともかく、同じく何かを追究しようって根っこの部分の波長があったんだろう、アイツもアンドロイドの心理研究に没頭していたからな……アイツはオレに期待して、月の探査部隊に推薦してくれたんだ」
そこから、月へのロケットはすぐに完成したことと、ダンのオリジナルであるフレデリック・キーツが月面探査にも同行した旨を伝えられた。レムにも月はあるが、母なる大地の月はどんなものだったのだろうか――なんだかそんなことをボンヤリと思い浮かべながら、父の話に耳を傾け続ける。
「月のモノリスを母なる大地に持ち帰ってから三年、ダニエル・ゴードンを……アルジャーノンを中心とした解析班による調査が進んだ。その後、とんとん拍子で母なる大地のモノリスを掘り当て、解析を進めているその期間も、DAPAは宇宙開発を進めていたんだ。
何せ、すげぇもんがまだ宇宙の遥かに眠っているかもしれないからな。そして、その予測は当たった。最後のモノリスが、母なる大地から九億キロメートルの距離にある惑星の軌道衛星にあるということが分かったんだ。
月のモノリス発掘で評価されていたオレは、もちろんその惑星への探査部隊にも加わることになった。そのころには、オレも宇宙開発部門の顧問として、ファラとも随分と親しくなっていた……ついでにその間、社長であるファラの最初の旦那が亡くなっていたし、まぁちょっと良い雰囲気になることもあったが、オレの方が何せ往復一年以上の船旅に出ることになったからな。結局、良い雰囲気で終わって、オレはファラを残して意気揚々と宇宙の旅に出た訳だが……戻ってきたときには、アイツは次期社長と再婚して、グロリアを産んでいたよ」
再び父の方を見る。正直、悲しそうな顔をしているのかと思ったのだ。しかし、彼の横顔には微笑が浮かんでいた。何故笑っていられるのだろうか。きっと父は、ファラ・アシモフのことが好きだったはずなのに――そう思っていると、ダンはこちらに振り向き、口角を大きく釣り上げて笑った。
「おいシモン、手が止まっているぜ?」
「あ、あぁ……すまない」
「ま、テメェの言いたいことは分からんでもない。だが、船乗りってのはそういうもんだ。宇宙という大海に出るとなればなおさら、いつ帰れるかもわからねぇからな。
それに、当時のオレが悩まなかったと言えば嘘になるが、そんなのも風化して削れ切っちまうくらいに時間が経ってるんだ……今となっちゃ、それこそ笑い話よ」
確かに一万年も前のことなら、今更アンニュイになることもないのかもしれない。それに、二人の間には今も絆がある訳だし――というか、それこそ今となっては誰憚られることもない訳だし、一緒になる道だってあるように思うのだが。
自分のそんな疑問をよそに、ダンはそこで言葉を切って再びキーボードに視線を落とした。
「ファラの二人目の旦那は、原初の虎に暗殺された。そこから、ファラはもう結婚しないと決めたらしい」
「どうして?」
「旦那を二人とも失ってるんだ……どちらも好きで結婚したわけじゃなかったが、ジンクス的にな。死神になりたくねぇとよ……まぁ、もうそのころにはオレもファラもいい歳だったし、何より旧政府軍との戦いに専念しないといけなかったからな。アイツとはそれきりよ」
「……そうだったんだね」
それきり、というのもまた少し違うのだろうが――現に二人とも、本当に直近までは仕事の仲間だった訳だし、それに今も――父はファラ・アシモフを追いかけてここに来たように思うからだ。
しかし、二人とも安易に一緒になる道は選ばなかった。二人とも不器用で、今更一緒になるという道は選べなかったのかもしれない。そして二人は同じ姓を名乗ることよりも、互いに使命を全うする道を選んだ。ドワーフとエルフと言う、同じ第六世代型アンドロイドであっても、全く別の種族に身をやつし――永久に交わることのない、近すぎず遠すぎずの距離を保ち続けてきたのだろう。
それはもしかすると――個人的な邪推にはなるが――下手に一緒になっているよりは、互いを尊重し続けることの出来る距離を保ち続けたとも言えるのかもしれない。
当の本人たるフレデリック・キーツは、話し終わってからキーボードを打つ手を一瞬休め、なんだか気恥ずかしそうに鼻の頭をかきだした。
「なんでだろうな。ずっと胸の内に仕舞ってたから、つい話したくなっちまったのかもしれねぇ……おいシモン、今の話は誰にもするんじゃねぇぞ?」
「あぁ、誰にもしないよ」
もちろん、母のことを思えば全面的に二人の関係に同意するのも違うように思うが、不思議と自分としては不快感もなかった。それよりも、不思議な尊敬が勝ったのか――なんとなくだが、父とアシモフの関係性が貴いモノのようにも思われたのだ。
だから、父を茶化す様な気も起きなかったし、同時に責めるような気も起きなかった。むしろ、今まで知らなかった父の一面が知れたおかげか、少しだけ自分と父との間の距離が縮まったように思う――きっと誰にも、母にも他の息子たちにも言っていなかったことを、自分にだけは教えてくれたのだから。
改めてモニターを見ると、あともう一息でウィルスの除去は完了しそうな所まで来ている。そんなタイミングで父の方から「後一個、重要な話がある」と声があがった。
「まぁ、これは落ち着いてからでも良いんだが。今回の戦い……他の七柱を倒し終わったら、オレはガングヘイムの地下にある本体を停止するつもりだ」
「……良いのかい?」
「何、オレぁちょっとばっかし長く生きすぎた……もう宇宙に出る元気もねぇしな。それなら、なんでここまで生き残っちまったのかって話にもなるが……まぁ、それも時流ってもんだろう。だから……お前はもう、未来に怯えることはねぇんだ」
「親父……」
父の顔には優しい微笑みが浮かんでいる――それは継承の儀式から逃げていた自分を安心させるために作った笑顔なのか、それとも肩の荷を降ろせるときが近づいて来ているからなのか――きっとどちらも正解だろう。だが気恥ずかしくなったのか、こちらから視線を逸らして、今度はぶっきらぼうな様子で父は笑った。
「強いて言えば、原初の虎と決着をつけてぇな。アイツにはさんざ辛酸を舐めさせられたからな……宇宙に出る元気は無くても、アイツにぎゃふんと言わせなきゃ、死んでも死にきれねぇ」
「アランさんと殴り合うつもりかい? その老体で?」
「うるせー! オレは技術者だからな……別に自分の体を動かして戦う必要はねぇんだっつぅの!」
ダン・ヒュペリオンが乱暴に吐き捨てながらエンターを押すと、施設内の照明が一気に明るく点灯した。それと同時に、部屋の天井につけられているスピーカーからゲンブの声が聞こえ始めた。
「ご苦労様です、フレデリック・キーツ。アナタのおかげで基地のシステムが回復しました。ついでに、先日命を狙ったことをお詫び申し上げますよ」
「けっ、本気で申し訳なく思ってるわけでもねぇくせによ。他にもシモンを誘拐したりだとか旧世界でのこととか、色々言ってやりてぇことはあるが……ま、こまけぇことは後にしよう」
「えぇ、外のせん滅も概ね終わり、アラン・スミスがウリエルの撃破にも成功しました……後はエリザベート・フォン・ハインラインをピークォド号に移送させれば、今回の作戦は概ね成功と言っていいでしょう」
「オレとシモンが船に無事に戻る、が抜けてるぜ」
「はは、そうでした……歓迎しますよフレデリック・キーツ」
「へっ、それならうまい酒の準備でも頼むぜ」
ダンはモニターに向かってそう返事をして繋げていた機材をまとめて立ち上がり、扉の方へと向かった。そして扉を開いた瞬間、明るくなったまっさらな廊下が見え――だが、その廊下は迷彩を外した第五世代型アンドロイド達に一瞬にして埋め尽くされた。
「おぅ、ご苦労さん……一仕事終えたオレを労ってくれるのかい?」
ダンはそう言った瞬間、肩をビクッと跳ね上げさせ――すぐに「シモン、引け!」と叫び、必死の形相でこちらに振り向いた。
別に、親父といれば安全なはずだが――そう思ってしまったせいで自分の反応が遅れたのが命取りだったのかもしれない。第五世代型アンドロイド達は銃口を一斉にこちらへと向けてきたのだ。
「馬鹿が!」
ダンに体当たりされ、自分の身体が床にたたきつけられる。その後、激しい銃声が鳴り渡った。背中を強く打ち付けた痛みと、辺りに響く音のせいで状況が上手く認識できない――ただ、自分たちの頭上で火花が飛んでいることだけは視認することができた。
「ぐっ……チェン、扉を……!」
ダンの苦しげな声に反応したのか、それとも既に対応してくれていたのか部屋の扉が閉まった。引き続き、扉の外からは激しい物音が聞こえる――扉を破ろうとする音と、通路の迎撃装置が作動することで奏でられる騒音だろう。
「ど、どうして……親父が居るのに……」
「……恐らく、限定的に第五世代のAIを書き換えた者が居る……キーツを射撃してしまったアンドロイドは、三原則に反した自己矛盾によって自壊してしまったようですが……」
自分の呆然とした疑問に答えたのは父ではなく、スピーカーから聞こえてくるゲンブの言葉だった。質問したの自分だが、ゲンブが何を言いたいのか理解できない――手に伝わる生暖かい感触と、自分の上で苦し気にしている父の顔を見てようやく事態を認識できた。
「親父!? 撃たれたのか!?」
「あぁ……どうやら、オレも焼きが周ったらしいな……すまねぇ、今退《ど》く」
ダンは苦し気に呻き声を上げながら上半身を起こし、ゆっくりと自分から離れ――予想の通り、彼の腹部が真っ赤な鮮血に染め上げられており、自分の手も彼の流した赤で染まっていた。
「はぁ……はぁ……皮肉だぜ。まさか、安全と思ってた相手にやられちまうとはな」
苦し気に声をあげる父の肩を支えながら壁へと移動して、ゆっくりと降ろす。改めてみると、撃たれている箇所は一か所ではない。その傷の深さを示すように、ダンは口から大量に吐血してしまった。
自分はどうすればいい? つい先日まで、自分は父に対して複雑な感情を持っていた。それは恐怖と尊敬とがまぜこぜになったものであり、それ故に父から逃れたかったというのが本音だ。
だが、父を恨んで居た訳じゃない。きっと、継承の儀式をするのだって、自分が若返りたいという欲求のために自分の体を奪うような人でないことだって分かっていた。それに、先ほどの昔話を聞いて、少し父と打ち解けて、なんだかこの人も人間らしい所があるのだという親近感を感じたばかりの所に現れた目の前の事象は、父の言うようにあまりにも皮肉がききすぎているように思う。
父にどうにか助かって欲しいが、しかしどうすることもできないこの現実――半ばパニックになっている自分をよそに、ダン・ヒュペリオンは呼吸を整え、吐血のせいで赤くなってしまった口髭を拭いながら強い視線でこちらを見てきた。
「おい、シモン……今から重大なことを伝える……レッドタイガーの……リミッターに関することだ……」
「喋るんじゃない! 喋れば、傷が広がる……おい、ゲンブさん、なんとならないのか!?」
「残念ながら……そこに迅速に増援を送ることは不可能です。それに、ダン・ヒュペリオンの老体にその重症では、今から増援を送ったとて……」
「そ、そんな……」
ゲンブから突きつけられた非情な現実に再び脳がパニックを起こしかけていると、目下の老ドワーフは穏かに微笑を浮かべながら口を開く。
「良いんだ、シモン。こいつぁ天罰だよ……長く生きて、悪いことしてきたことに対する……それに、この身体が滅んでも、まだオレの本体は残っている……」
「そ、そうだ! まだ親父が完全に消えちまう訳じゃ……」
「だが、継承の儀式はやらねぇ……そういう意味じゃ、人の身としては、もう終わりだ……」
そこで一度、再び大きく血を吐いてダンはぐったりとして――その間も、外では扉をこじあげようと、第五世代達が必死の攻撃をしている雑音が耳をつんざく――そして父はもう一度力をふり絞るように顔を上げ、こちらの顔をじっと見つめてきた。
「……もう、あんまり長くなさそうだ。良いかシモン……レッドタイガーのリミッターの解除コードは……星になった息子たち……」
「僕に託して満足するんじゃない……自分で解除すればいいだろ?」
父の命が消えかかっているのは分かる――本体のフレデリック・キーツは残るとしても、それは旧世界からの来訪者を指すのであり、正確には自分の父ではない。自分の父は、自分を育てたダン・ヒュペリオンと言う人物は彼だけなのだから。
だからこそ、無理と分かっていても生きていてほしかった。やっと少し彼のことが分かって、尊敬と共感が出来るようになって――もちろん、頑固で偏屈なこの人のことだ、今から親子で仲良くとはいかないだろうが、それでも――共に彼の大好きな酒を呑むことくらいは出来ただろう。
「……僕は、良い息子じゃなかった」
「へっ……オレも良い親父じゃなかった……だから、お互い様だ。ともかく、あとは頼んだぜ、シモン」
せめて、自分の至らなさを責めてもらおうと思ったのに、ダン・ヒュペリオンはそれすら許してくれなかった。目の前が霞んで良く見えないが――きっと、彼は自分に対して優しく微笑みかけているのだろう。
「……チェン、元々敵だったお前にこんなこと、任すのも違うのかもしれないが……オレの息子を、頼む……」
ダン・ヒュペリオンはそう言いながら、弱弱しく手を天井へ――いや、天へと伸ばした。そして、全てを言い切った瞬間、何かがこと切れたかのように腕が下がり――首からも力が抜けてしまった。
父の肩を掴んで姿勢をまっすぐに正して肩を揺らすが、やはり父の体に力はなく、その抜け殻はこちらの腕の動きになされるがままになっていた。
「おい、嘘だろ親父……? 親父ぃぃいいいい!!」
いくら呼んでも、もう父は何も答えてくれない――自分の声が室内に反響して静かになった瞬間、扉の方から一層大きな音が聞こえた。
振り返って見ると、扉には赤い斜めの線が一本走り――直後、扉が吹き飛ばされて、廊下の様子が丸見えになる。そこには、銃口をこちらに向けている全く表情のない銀色の機械人達の赤く光る眼が蠢いていた。