B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「御歓談中に申し訳ありませんが、こちらも撤収の準備を進めましょう」
「ゲンブ、そっちの状況は?」
「外ではイスラーフィールを撃破しました。ジブリールには逃げられましたが……先日、ホークウィンドがセレスティアルキャノンを破壊していたおかげか、今はあの超巨大レーザーは撃たれずに済みそうです」
「なるほど……それじゃあ、後はエルを回収するだけだな」
「えぇ。ついでに、外が一段落したのに合わせて、セブンスもそちらへ向かっていますので、合流してください」
「あぁ、了解だ」
そこでゲンブの通信は終わった。しかし、T3達は熾天使を二体相手にして勝利したのか――自分はその二体とはほとんど戦っていなかったが、ウリエルよりも戦闘向きに作られている二体を相手にすると考えれば、自分でどうにか出来るイメージはあまり沸かない。
つまり、T3達の練度が高かったとも、外のメンバーの連携が取れていたとも言えるのだろう。王都襲撃のメンバーが四人集まった時の力はそれだけ凄まじいということか。同時に、復讐者たちの執念がDAPAの技術の結晶に勝ったとも言えるのだろう。
そんなことを思っていると、ちょうど通路の突き当りの方から一人の気配がこちらへ移動してくるのを察知する。第五世代の様に隠れているわけでないし、がむしゃらに走ってくるこの気配には馴染みがある――姿を現したのは、やはりナナコだった。
「みなさーん! 良かった、みんな無事ですね!」
ナナコは手を振りながらこちらへ合流し、巨大な剣を平たい切っ先を床に置きながらソフィアの前で立ち止まった。
「ナナコも! でも、その剣があるということは……」
「うん! ダンさんが運んできてくれたんだよ!」
なるほど、ミストルテインを彼女が持っているのはそう言う理由か。同時に、イスラーフィールのバリアを突破できたのはこの剣のおかげだろう――更に言えば、停電の修理にもダンは協力してくれたのかもしれない。
そうなれば、結果としては諸々とこちらにとって有利に事が運んでいると言っても良さそうだ。五体いるうちの熾天使を二体撃破し、内二体は味方で、最後に残るジブリールもかなり損傷が激しいはずだ。こちらは基地にかなりの打撃を受けたが、人的な被害は――前回の旧エルフ集落での顛末を考えなければ――無かったのであり、その上にダンまで合流してきたのだから。
後はエルを無事に連れ出し、月にいる七柱達を倒せば良いだけだ。そうすればエルだって起きて良くなるし、きっとクラウだって元に戻る――そんな風にポジティブな思考が脳裏に浮かぶ傍らで、何か神経に冷たいものが走るのを感じる。
(……いや、上手く行き過ぎているんじゃないか?)
突如として脳内に現れたネガティブな思考は、何か虫の知らせのように自分にそう告げてきた。なんだかあまりにも自分たちに有利にことが運びすぎているような気がするのだ。
もちろん、こちらには七柱であるレアにヴァルカン、それに今は通信できないと言えどもレムもいるし、同時に最後の世代であるゲンブやホークウィンドもいるのだから、同じ七柱と敵対するのに申し分ないメンバーが揃っているとも言える。
だが、もし自分の楽観的な思考がそのまま当てはまってしまうような相手であるのなら、きっと旧世界の時点で旧DAPA幹部たちは滅んでいたのではないか――直感を言語化するとするならこんな感じか。
何にしても、まだ油断は出来ない状況なことは間違いない。確かに熾天使たちの撃退には成功したが、まだ基地内には多数の第五世代達が残っている。
それに、先ほどのソフィアの件――ウリエル達が少女を頑なに狙っていなかった理由だって分かっていない。アレは、何か天使達の背後にある強大な意志が働いていた結果なような気もする。今回の基地襲撃はまだ終わっていないのだ。
虫の知らせに気を引き締めなおし、改めて少女たちの方へ視線を戻す。そしてちょうどそのタイミングで、ソフィアが自分の方を見上げて口を開いた。
「アランさんはスザクさんに着いて行って、エルさんの眠る機械と一緒にピークォド号に合流して? 私たちは、スザクさんの操作が終わったら、四人で格納庫まで移動するから」
「いや、しかし……」
確かに、エルのことも心配だ。奴らはハインラインの器の回収を目的にしているのは確実なはずだから。同時に、ソフィアのことも気にかかる。先ほどのウリエルたちの不可解な動きを想定すると、実は彼女にも何か不穏なものが近づいていないとも限らない。
そんな自分の思惑を他所に、ソフィアは首を振る――表情こそ笑顔だが、先ほどの自分のように気を抜いている感じではない。むしろ、まだ何かあることを想定したうえで最善手を打とうとしてくれている、という雰囲気だ。
「こっちなら大丈夫だよ! 第五世代型の対処なら、施設内の機械も復活したし、おおよその気配ならナナコも察知できる……むしろ、アランさんの役割も大切だよ。
運搬中に連れ去られてしまう可能性を考慮すれば、エルさんを運ぶ運搬用のエレベーターに護衛は絶対に必要。でも、エレベーターはあと一人しか乗ることが出来ないほど狭い……私やアガタさん、スザクさんは敵が来ても分からないし、ナナコは……」
「……狭い所じゃ、この剣を振り回すのは難しそうですねぇ」
ソフィアの言葉に、ナナコは身の丈に合わない巨大な剣を持ち上げて苦笑いを浮かべている。ソフィアもナナコの仕草を見て小さく苦笑いを浮かべ、またすぐにこちらへ向き直った。
「それに、今のアランさんはもう変身する力を残してないから……でも、消去法ってわけでもないんだよ。アランさんなら第五世代型の気配に素早く気付けるし、敵もエルさんを傷つけないようにするために、そんなに激しい攻撃は出来ないはずだから」
「確かに、それなら変身が出来なくても迎撃できるだろうな」
確かに、逆説的に言えば、エルの護衛が出来るのはこの中で自分しかいないのだ。そうなればソフィアの言うように役割分担をするしかないということになるのだが――安易にそれを実行するのも危険な気がする。少なくとも、先ほど感じた違和感は彼女に伝えておいた方が良いだろう。
「ソフィア、気付いていたか? さっきのウリエルの襲撃時、敵は君を狙っていなかったように見えたんだが……」
「うぅん……それは気付かなかったかな。敵の位置は把握できても、細かい動きまでは見えなかったから。でも、アランさんの言うことが事実だとして、ウリエルたちはどうして私を狙わなかったんだろう?」
「それは俺にも分からん……むしろ、ソフィアの方で何か原因は分からないかなと思ってな」
そこまで伝えた後にスザクに来るように声をかけられ、自分は保存室の方へ向けて踵を返す。
「ともかく、ソフィアの方も警戒を怠らないでくれ……釈迦に説法かもしれないが」
「しゃか……? うん、でも分かった。いつも以上に注意することにするね」
この世界には七柱がいるせいで釈迦が存在しないから、明晰なソフィアにも珍しく言葉が通じなかったが――ともかく、普段から鋭い准将殿が今以上に警戒してくれるというのなら、ひとまずこの場は彼女たちに任せることにしよう。どの道、エルとソフィア双方に護衛が必要なのなら、ソフィアは他の三人のフォローも期待できるし、エルを護れるのは今自分しかいないのだから。
部屋の中へと戻ると、すでにスザクがキーボードを打ち込んで室内の装置を動かしてくれていた。とくにゲンブからの指示も無しで迷いなく動作させているところを見るに、彼女の中のグロリアという人格はプログラムなどの知識を相当に持っているのだろう。
「凄いな、プログラムも出来るのか」
「べスターに教えてもらったのよ……元々、アナタがフロントで私はバックだったからね」
喋りながらもスザクは操作の手を止めず――壁に設置されている昇降機らしきもののシャッターが開き、エルの眠るシリンダーが室内のコンベアに乗せられて移動を始める。
「……皮肉ね。先日殺し合った女を救うことになるなんて」
「やっぱり、納得いってないか?」
「納得はしているけど……感情は別よ。エルとやらに罪が無いのは分かっていても、アナタとテレサが居なかったらこんな風に協力しないわ……ゲンブ、格納庫の様子はどう?」
ガラスシリンダーがエレベーターに載せられると同時に、スザクはモニターに向けて声を掛ける。少し間があり――モニターには何も映し出されないままであったが、スピーカーからはゲンブの声が流れ始めた。
「はい、はい。格納庫の方は問題ありません。アズラエルが侵入する敵を倒しているので、比較的安全でしょう」
「……ですって。後はアナタが乗るだけよ、アラン」
スザクは振り返ってこちらを見て、昇降機の方を指さした。そちらへと移動し改めて昇降機の中を見ると、シリンダーに繋がれている太い配線などの専有面積を見ると確かに人一人乗るくらいが限界のようではあった。
しかも、運搬用で人を載せることを想定していないのか――または、人形の身ではこれで十分な高さであったのか――天井も低く、腰をかがめながらでないと中には乗れなさそうだ。
「ひぃ……こりゃ閉所恐怖症だったら泣くだろうな」
「くだらないことを言ってないで、さっさと乗りなさい」
スザクに施されるままに昇降機に中腰になりながら乗り、そのまま振り返って亜麻色の髪の少女に向かって手を振った。
「スザク、色々とサンキューな……また上で会おう」
「まだ礼を言うには早いわよ……でも、アナタの役に立てたのなら嬉しいわ。それじゃ、閉めるわよ」
キーボードの操作を終えると、スザクも微笑みを浮かべながらこちらに向けて小さく手を振った。シャッターで見えなくなる前に、こちらも手で挨拶を済ませ――そして扉が閉まり切ると、昇降機はゆっくりと動き出したのだった。
◆
『グロリアさん……お義姉さまを救ってくれてありがとうございます』
アランが昇降機に乗って去っていった後、脳裏にそんな声が聞こえた気がした。既にテレサとグロリアの思考の融合は進行しており、実際にはこんな風に声が聞こえているわけではない。これは融合しきる前の二つの異なる人格が、それらしくコミュニケーションを取るためのある種の幻聴に近い。
とはいえ、生まれも育ちも違う者同士が突如として結合した分、何かが起こった時にはグロリアとテレサの分の二つの反応が生まれる。その反応が――その時の感情がより大きい方の擬似的な人格が正面に出ているように周りからは見えているのだろう。
『……ただのついでよ。さっきも言ったけれど、アランが気にかけてなかったらこんなことはしないわ』
本当は相手がいないことを考えれば返答すること自体がナンセンスだ。とはいえ、グロリアの人格に生じた感情――お人よしであるテレサの人格に対する面映《おもは》ゆい想いを和らげるために、つい返事をしてしまったというのが正しかった。
『グロリアさんは、アランさんのことがお好きなのですね』
『……えぇ、彼は私のすべてだったから』
『お義姉さまが聞いたら、きっと困惑されますね。またライバルが増えたのかって』
正味な所で言えば、だからこそ助けるのがイヤと言う部分はあった。ただ、それは敢えて返答はしない――融合した人格に対しては隠し事が出来る訳でないので無意味なのだが、敢えて返答しないことで自分の浅ましさを少しでも緩和したかったのかもしれない。
アラン・スミスは年下の女性を見ると、その相手を妹かのように接する。とくに自分に対しては顕著であったし、この世界で出会った少女の中ではソフィアが顕著なように思う。
それは、単純に歳が離れているせいもあるだろう。ソフィアと彼とでは――クローンに年齢と言うのもおかしいのかもしれないが、彼のオリジナルとの比較で見れば――十近い歳の差がある。逆説的に、エルは彼ともっとも年齢も近く、傍から見ている感じだと、アランは最も彼女に気心を許しているようでもあった。
だからと言って、罪もないエリザベート・フォン・ハインラインという女性が危険な目に会うのは違うというくらいの分別はあるつもりだ。だから、彼女を助けるのにだって協力したのだ。
何より、グロリア・アシモフという人格は、すでに真っ当な人間ではない。だから、彼に対して変に期待を抱いているわけではない。ただ、数奇な因果に導かれて、クローンと言えども同じような優しさと強さを持っている彼の役に少しでも立てたらと思っているだけ。
しかし、やはり感情は別だ。エルを助けるということの諸々の複雑さを加味すれば、胸が晴れないことぐらいは許してほしい――そう思っていると、コンソールのモニターが急に動き出し、今度は人形姿のチェン・ジュンダーがそこに映し出された。
「スザク、聞こえていますか!? 今、ハインラインの器を移動させるのは危険です……動作を中止してください!」
「えっ? でも、さっきアナタが、格納庫は安全だって……」
「いいえ、私は通信をしていません……しまった、まさか!?」
チェンの焦りの原因はこちらには全く分からない。窮地にあってすら冷静、というよりひょうきんな態度を崩さない男だったはずであり、彼がこんなに取り乱すのは珍しい。
「ともかく、そちらから昇降機を戻せませんか!? 私の方も手一杯ですので!」
「えぇ……分かった」
ひとまず言われた通りにコンソールを動かすが、先ほどまでいうことを聞いていたプログラムが反応しなくなっていることに気付く。
「コントロールが効かない……!? ハッキングは解除したんじゃなかったの!?」
「要するに、こういうことのようです。敵は二重のハッキングを試みていた……我々が片方を解除した気になって油断したところを、本命で乗っ取る算段だった」
「で、でも……すでに襲撃者は倒したんでしょう? それに、そんな芸当が出来るヤツがいる訳が……」
いや、一人だけいる――報告では身動きが取れないと言われていたから完全に油断していたが、ある意味ではそれこそが奴の狙いだったのだろう。
『グロリアさん……奴とは?』
『……アナタの想い人よ、テレサ』
要するに、奴は自分の死すら偽装していたのか――もしくは、こちらの想定よりも早く復帰したのか。どちらにしても、もしヤツが基地の襲撃に関与しているのなら大変なことになる。そう思ってすぐにコンソールから離れて、通路で第五世代達と戦っている少女たちに合流することにした。