B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
昇降機の中にある灯りは、エルの眠るシリンダーが放つ生命維持装置の淡い光のみ。そのために中は薄暗く――ほとんど視覚が役に立たないとなれば、確かにここに乗るのは自分で正解だったかもしれない。
そして、この機械は単純に上下に動くだけのものではないらしい。機材をありとあらゆる場所へ運べるパイプラインの中にあるせいだろうか、時には横にも移動しているようだ。それも、ゆっくりとであり――このペースであると、まだまだ格納庫へは着きそうになかった。
時間が経つのと比例して、先ほどのイヤな感じが増しているようにも思う。このイヤな予感の正体は一体何なのだろうか?
たとえば、第五世代型が眠り姫が居ると知らず、この昇降機を外から破壊するなどの可能性もあるだろう。そうなれば、文字通りこの鉄の箱が自分の棺になる訳だが――しかし自分の不安は、外部からの攻撃の可能性に起因するものではないように思う。
(この基地全体に、何か大きな意志が渦巻いているような……)
そう、この悪寒は、自らの行動を規定できないAIが巻き起こすものではない。同時に、殺意や憎悪といった悪意でもない。ただ、何かを成し遂げようという強い意志が――それは、自分たちにとっては障害となるようなものであり――停電が明けてからずっと、この基地を取り巻いているように感じるのだ。
ふと、昇降機の動きが止まった。上昇分に対しては少々早い到着だ。そうなれば、ここは恐らく格納庫ではないと思われる。スザクが操作をミスしたのか? それもきっとあり得ない。そんな簡単なミスをするくらいなら、そもそも装置の動作を制御できないだろう。
昇降機の扉が開く。予想通り、そこにはピークォド号は控えていなかった。元々、魔獣の生体研究にでも使っていた部屋なのだろう、魔王城のように巨大生物がホルマリン漬けの柱となって陳列している空間――そこに、二体ほどの第五世代型の気配がある。
息を潜めてやり過ごせるか? ダメだ、奴らは何者かから指示を受けて動いているのだろう、徐々にこちらへ接近してきている。このまま中に居れば自分はハチの巣にされるか、最悪の場合はエルにも危害が及ぶ可能性がある。
それなら、迎撃に出てすぐに昇降機に戻るのが最善策か。変身は出来なくても、敵の気配があるならADAMsは使える。二体の動力を切って戻ってくるだけなら、コンマ一秒以内でも可能だろう。
そうと決まれば、善は急げだ。自分は音もなく両脇から虎の爪を取り出し、奥歯を噛む――そして一気に昇降機から抜け出し、左右から接近してきているうちの、まずは右の天使の元へと接近する。
第五世代型は電子の速度で反応こそするものの、超音速の世界に動作は間に合わずに――トリガーに添えた指を数ミリ動かすことが最後の彼の動作になった。首と背部の二か所の動力部を正確に切断し、返す刃で二体目の方へと向かい、同様に天使の動力に爪を突き立てて切り抜いた。
あとは、昇降機に戻るだけだ。振り向き見ると、昇降機の扉は少しずつ閉まり始めている――とはいえ、ADAMsを切らずに走れば十分に滑り込むことが出来る。そう思って走り始めた瞬間、また自分の脊髄に何か冷たいものが走った。
もはや条件反射だった。このまま扉を目指せば死ぬ。慣性が残っている手前、急に止まることもできないため、やむを得ずそのまま上へと飛び、昇降機の遥か上の壁に着地する。
直後、昇降機の扉の前に二本の熱線が降り注ぎ、床を抉っているのが見え――その射線の先には、恐らくゲンブが迎撃用に作っていたブラスターのトラップの銃口があった。
どうして俺はあの銃口に気が付かなかった? 動きさえすれば、僅かな気配でも察することはできたはずだ――そこから導き出される答えはただ一つ。要するにあの銃口は、寸分たがわずに最初から昇降機の手前の一点を狙っていたのだ。
加速を切る前にベルトから投擲用の短剣を取り出し、二つのブラスターに向けて投げ――そこで神経に限界が来たためADAMsが切れ、自分が着地した壁が大きくへこみ、そのまま自分の体は重力に導かれるまま落下することになる。
同時に、銃声とガラスが割れるけたたましい音が鳴り響いた。先ほどの第五世代がこと切れる間際にトリガーを引いていたせいで、機関銃の弾が辺りに散らばっているのだ。次いでブラスターが爆発するボン、という音が聞こえ、最後には薬莢がバラまかれる音と共に自分の体は再び昇降機の前に降り立った。
もはや昇降機の扉は完全に締め切られており――同時に、モーターが動くような僅かな音が壁の向こうから聞こえてき始めていた。
「……おい! クソ、開けろ!!」
そう叫びながら乱暴に昇降機の扉を叩くが、加速も変身も魔法の補助もない自分の腕では、せいぜい少々力のある成人男性程度の力しか出ない。再び加速しようと奥歯を噛もうとするが、想定よりも長く加速したせいか反動が大きく、昇降機の前で大きく吐血してしまう結果となった。
ベルトからクラウの薬を取り出し――これを消費すれば、残りは二本しかない――その液体を乱暴に口から流し込んでから呼吸を整えてから改めて扉の奥に耳を済ませてみても、すでに壁の向こうからは何の音もしなくなっていた。
『くそっ……誰が、こんなことを……』
脳内の共に語り掛けてみるが、すでにどこにも敵の気配はないせいで興奮状態は収まっており、べスターは何も返事をしてくれなかった。
辺りには死した魔獣とホルマリンがぶちまけられたイヤな臭い匂いが充満しており、先ほどの吐血と合わせて気分が悪くなってくる。ともかく、少し身体を休めよう――そう思ってしゃがみ込んだ瞬間、今回の罠を張った人物がようやっと思い浮かんだ。
「おい、いるんだろう? シンイチ……」
昇降機の扉に背中を預け、天井をボンヤリと見上げる――しばらくの間は返信もなかったが、目線を動かしてスピーカーらしきものを見つけた瞬間、天から声が聞こえだした。
「……流石は先輩。僕の気配を探り当てたのかい?」
降り注いできた声は、記憶にあるシンイチの声とほとんど一致していた。本体である右京の声なのか、それともシンイチのクローン的なものに人格を転写しているせいか、何なら以前の声に似せた合成音声辺りをスピーカーから流しているのか、どれかは分からないが――いずれにしても、身動きが取れないと言われていたアルファルド神が、実はレムの目を欺いて復活していた、ということだけは確からしかった。
「いいや……単純な消去法だ。チェン・ジュンダーを欺いて好き勝手出来るやつは、俺の知っている者の中に一人しかいない」
「はは、そうかい……そうだね、先輩も結構頭が切れるから。これだけ材料が揃ってれば推理は容易か」
自分がシンイチと呼んだ存在は以前と変わらず、飄々とした調子で喋っている。一瞬、こちらもその調子に釣られそうになってしまう。ダメだ、今のアイツは――いや、本当は元から――敵なのだから。
恐らくだが、そもそもウリエルの襲撃自体が陽動だったのだろう。熾天使を使ってこちらを消耗させ、基地内のシステムを誰にもバレないように手中に収める――ウリエルやイスラーフィールを撃破されたのは想定内なのか想定外なのかは分からないが、恐らくどちらの場合も想定したいたのだろうし、失っても問題ないという判断をしていたに違いない。
今回の基地襲撃には、それだけの価値があると判断したのだろうし、それを成すのに彼自身の力が必要と判断し、暗躍のヴェールを脱いだのだろうと想定された。
「……どうして俺をエルと一緒に運ばなかったんだ? エルを回収するがてらに、俺を殺せばよかっただろうに」
消耗した自分をこんな風にエルと別れさせるのは、慎重を期しているとしても少々回りくどいように思う。こちらの質問に対して答えるか少し悩んでいるのかもしれない――確かに答える意味もないのかもしれないが――ややあってから再度スピーカーから声が聞こえ始めた。
「ハインラインの器とアナタを一緒に連れて来れば、何が引き起こされるか分からないからね。デイビット・クラークが言っていたんだよ。原初の虎には上位存在の加護があるから、未来視に近い直感を持っているのだろうと。
そう、アナタは自分で自分の道を決めた気になっているかもしれないけれど……アナタの意志は、上位存在によって歪められているんだ」
「……なんだと?」
「そういう意味じゃ、先輩も第六世代型アンドロイドもあまり変わり無いさ……もっと言えば、僕らもね。自分の意志を自分の行動を決められず、そんな中で何とか自己らしいものを見出して、自分という存在を好き勝手している連中を倒そうとしている……ある種、子が親を超えていくのが本能だとでもいうかのように」
この世界で意識を持ってから幾度となく意味が分からないことを言われたが、今のシンイチの言ったことはとりわけ意味が分からなかった。ただ、自分の意志が歪められているという言葉だけが脳内に反響し――何の心当たりもなくても、コイツが言うと何か真実味を帯びているような気がして――不思議な嫌悪感だけが胸に残った。
「さて、お喋りしている暇はなかったね。まだ、僕にはやらなきゃならないことが残っているから……一つ試してみようか。アナタが本当に高次元存在の加護を有しているのか……」
「お、おい待て! テメェ、エルたちに何かしたらタダじゃおかねぇぞ!?」
そう叫びながら立ち上がったが、シンイチからの返答は無かった。そうだ、こんなところで油を売っている暇はない。薬の効果で身体も癒えてきたところだ――立ち上がったままの勢いで昇降機から離れ、この部屋の本来の扉の方へと急いで向かう。
想像していた通り、本来なら近づけば自動で開くはずのその扉はうんともすんとも反応しなかった。とはいえ、向こうに通路があるのは間違いないのだ。カランビットナイフを取り出して乱暴に扉を叩いてもみるが、何の加護もない自分の力では破壊することもできず、肩から思いっきりぶつかってみてもそれは変わらなかった。
「……アラン・スミス。落ち着いてください」
扉を壊すことに没頭していると、スピーカーからゲンブの声が聞こえ出す。声のしたほうを見ると、雪原を背後に浮かぶ人形がモニターに映し出されている――どうやら本物で間違いなさそうだ。
「おいゲンブ! お前の方でこの扉を開けられないか!?」
「残念ながら、その扉のコントロールの回復は難しそうです……代わりにセブンスをそちらへ向かわせています。ミストルテインなら、扉を切断することは可能でしょう」
「……くそっ、他のみんなは無事なんだろうな!?」
自分の質問に対し、人形はただ押し黙っており――そして数秒の後にモニターも真っ黒に戻ってしまった。
「おい、何で答えないんだ!? まさか……!!」
すでに犠牲者が出てしまったのか、それとも単純にこちらに応答している暇がないのか。どちらにしても好ましい状況でないことだけは確かであり――牢獄に捕らえられたままの自分に出来ることは無く、不安と焦燥感は増していく一方だった。