B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
アランとスザクがエルを移送する準備をしている間、自分はアガタとナナコと共に襲ってくる第五世代との戦闘を続けていた。ナナコが来てからは、スザクに代わってナナコが前衛に立って敵と戦ってくれている状態だ。
『先ほどの一発で、第三階層の魔術弾も残弾がゼロに』
『第四も打ち止め……でも、もう敵の数自体が大分減っているみたいだね』
脳内に創り出したもう一つの思考領域と会話をしながら魔術杖を振り回し、まだ一発ずつ残っている第二と第五を再装填する。以前は強力な敵と戦う時には第四から第六までの消費が多かったものだが、今は妨害も並行するので第七を除いて全ての階層の魔術弾が均等に消費していくケースが多い。
ともかく、残り使えるのは第二が一発に第五と第六が一発。第一と第七は八発残っているが妨害魔術には使えないし、第一階層については機械の体を撃ち倒せるほどの威力は無いので使うのは厳しく、第七は威力がありすぎて、本来なら狭い空間では使いにくい――そう思えば、これ以上の戦闘は自分には厳しいといった状況だった。
「……ナナコ、残弾が多くないの! 少し頑張ってもらって大丈夫!?」
「うん! あと残りも少ないみたいだし、任せて!」
ナナコは元気に答えてくれ、結った髪を振りかざしながら虚空に向かって巨大な剣を一薙ぎにする。切り裂いた後には空間が歪み、両断された第五世代型が現れて動かなくなっていた。
『ナナコは頼りになるね』
『うん。もはや敵対する理由もないはずだし、彼女の剣と技は確かだから』
『それに、アランさんのことも大丈夫そうだしね』
『……うん』
元々、自分はナナコのことをかなり警戒していた。セブンスとして現れた時に彼女に敗北したことは純粋に悔しかったし――王都襲撃後、七柱の創造神とゲンブ一派、どちらとも戦うことを想定していた時には、最悪の場合は彼女の息の根を止めることだって想定していた。
ガングヘイムでその場面に立ち会ったあの時、エルやクラウがいなければ、自分はあのまま彼女に向かって無慈悲に稲妻を浴びせていただろう――魔族を倒すことに躊躇のない正常なソフィア・オーウェルなら、そうしなければ七柱に違和感をもたれるという判断もあったから。
あの当時としては、彼女を生かすも殺すもどちらでも良かったのだ。要するに、自分の精神に干渉されるリスクを抑えるため、自分は一つの命を躊躇なく奪ってみせようとしていただけ。そして、別にそのことを後悔しているわけでもない――自分には絶対に護らないといけないものがあり、そこに対して合理的な決断を下していただけなのだから。
ただ、彼女が記憶を失って、快活な少女になるとは全く想定していなかった。思い返せば、初めてあった時にもアランに対して旧知であるようなことを仄めかしていたし、その視点でももっと警戒をしておくべきだったかもしれないが――その辺りでまた警戒してしまったものの、彼女が自分の味方をしてくれるということで解決した。
ともかく色々とあったが、結果的には今の彼女は頼れる仲間と思っている。同世代とのやり取りが少なかった自分の不器用さも受け止めてくれるし、そう言う意味でもありがたいのだが――それでもたまに、彼女は自分のコンプレックスを刺激してくるので、そう言う意味では厄介なことには変わらなかった。
『ナナコは私と違って優しいから。見ていると辛いときはあるよね』
『うん……』
さて、自分が勘違いで生み出した二重思考だが、こと魔術を扱う場合には合理的であったとも思う。怪我の功名と言えばそれまでだが、おかげでこのように魔術を二連続で扱えるようになったのだから。
自分の主人格は機械的な方である。社交性を持っている思考領域を切り離して、人との会話やそれらしい情動に当てているという形である。端的に言えば人間らしい思考領域でこの世界の歪みを追究する客観的な自己をカモフラージュし、七柱に思考を読まれるのを避けていた訳だ。
元々、自分の社交性というもの自体が虚像だった――大人と接するのに円滑にするには、どのように言葉を選んで、どのような態度や表情を作れば良いのか、それらも経験と計算から行っていただけなのだから。そう言う意味では、計算された自己を切り離すのはそんなに難しくもなかった。
『……本当の私は冷たい人間?』
本来の自己が機械的であり、人間らしい感情を持っていないというのなら、自分は他の人と比べたら冷血な人間なのだろう。もちろん、如何に人間らしい部分を切り離したと言っても、本来的な自己に感情が全くなかったわけではない――シンイチに追放された時のやるせなさや、母に対して感じる怒りや悲しみは、自分でコントロールできない感情だったから。
しかし、それも肉の器の防衛本能みたいなものかもしれない。快か不快かを判別する脳の機能が無ければ、自己を守るためにをどう行動するべきかという判断軸が生まれないからだ。
そう思えば、多かれ少なかれ、自分以外の人だって本能に従属する機械みたいなものなはず。ただ、それを俯瞰して見るか見ないかの差であって――むしろ、自己の思考に対する分析が甘く、本能の奴隷になっている人ほど感情的な人と言えるかもしれない。
同時に、そう言う人ほど自己の感情が豊かで情動にあふれている人間だという錯覚に陥ってるとも――そこで自分の思考は一時中断されることになった。理由としては二点あり、一つはナナコが大剣を置いて一息ついていることと、もう一つはそのナナコの視線の先――要するに自分の背後から、誰かが慌てたように掛けてくる音が聞こえたからだ。
「皆、急いで移動するわよ!」
「えっ? 移動するのは賛成ですけど……ピークォド号に戻るってことですか?」
ナナコの質問と同時に自分も足音の方へと振り返ると、そこには顔を青くしたスザクが眉をひそめて厳しい表情をしており、そのまま彼女は壁のモニターに向かって口を開く。
「チェン! アランはどこに連れていかれた!?」
「実験室です。とはいえ、施設内の装置のコントロールが奪われている今、エレベーターが使えませんので、階段を使う必要がありますね。
それだけではありません。奴らは基地の最下部に爆弾を設置したようです。恐らく器を回収できたので、もはや爆破しても問題ないという判断でしょう」
二人の口調や言っていることの内容から、尋常でないことが起こったのは間違いない。それに、彼が危機的な状況にあるのなら、すぐに手を打たなければならない――ともかく、まず状況を確認しなければ。
「スザクさん、どういうことですか?」
「どうもこうも、全部罠だったのよ……右京のね」
「そんな!? でも、そうですね……あの人なら、全て計画の内だったとしても、おかしくはないかも……」
スザクの言葉から大体のことは察した。要するに、昇降機のコントロールを右京に取られて、エルは奪われ、アランは隔離されたということなのだろう。そして、自分の知るシンイチに宿っていた魂ならこれくらいのことはやってのける――そもそも、死んだということすら自分たちを欺くための罠だったのだ。
『もっとあの人のことを警戒するべきだった……』
『そうだね……身動きが取れないって言われて、それを鵜呑みにしちゃったのは間違いだったかも』
元々は尊敬していた相手ではあるが――それも実は本心ではなく、記憶を改竄されただけで、元からどこか警戒はしていたのかもしれないが――今となってはシンイチに宿っていた魂は自分の敵。メンバーの中では彼との付き合いも長い方だし、自分がしっかりと警戒しておく必要があっただろう。
ともかく、今は反省よりも行動だ。アランのことを早く助けに行きたい気持ちもあるが、先ほど爆弾と言っていたことも気にかかる。同じように思っているのか、スザクは手元に当てていた手を降ろして、モニターに映る人形の方を再び見つめた。
「チェン、爆弾の解体は可能?」
「どのように作られているか不明な分、安易な解体は出来ないでしょうね。それよりも、一気に冷却して無力化し、その間に離脱するのが合理的かと」
「そう……一応確認するけれど、爆弾を放置しての脱出は可能そう?」
「エレベーターの使えない今、全員の離脱の時間が確保できなさそうです……アナタだけは中央の空洞を飛べば瞬時に離脱できるでしょうけれど」
「了解よ」
通信が終了するのと同時に、スザクが振り向いて自分の方を見てくる。彼女の言いたいことはもう分かっている。
「それじゃあ、私はスザクさんと一緒に爆弾を処理しに行けばいいんですね?」
「話が早くて助かるわ……大丈夫、離脱の際には私がアナタを抱えて飛んでいくから」
「私の方は残弾が心もとないですが……」
「そのための私よ。アナタは、さっきの超低温魔術を一発だけでも残しててくれれば十分」
そう言いながら、スザクは腰の神剣に手をかけて微笑んだ。もちろん、アランのことが心配だし、彼の元に一刻も早く駆け付けたいのが本音ではあるが――そもそもの話、この基地が爆弾で吹き飛んでしまって全滅という事態を避けなければならない。
それに、その辺りはスザクも同じだろう。彼女の中にいるグロリア・アシモフは、アランの元に駆けつけたいに違いない。同時に、彼女の中にいるテレジア・エンデ・レムリアが、シンイチの残滓を求めているからこそ、敢えて危険な方へと身を投じようとしてるかもしれないが――。
そんな風に考察している傍らで、ナナコがスザクに向かって「あの、私とアガタさんはどうすれば……?」と小さく手を上げた。
「アナタ達二人はアランの救出に行って頂戴。爆弾を解体できない以上、基地を脱出するための時間を延長することくらいしか出来ないわ……どの道、そんな重い物を持ってるアナタたちを、何人も同時に抱えて飛べないしね」
確かに、あの巨大な鉄塊やミストルテインを持っている二人を抱えるのは大変そうだ。というか、彼女の飛行能力は重力の影響を受けるのだろうか? 炎の羽が生えても、アレはどちらかというと見た目だけであり、あの翼で羽ばたいている感じではないから、質量なり重力に干渉する技術なのだと思っていたが。
何なら本当は重さは問題ではなく、スザクなりの皮肉なのかもしれない――事実、二人の持つ巨大武器の方呆れた調子で指さしている。指されたついでなのか、今度はナナコに代わってアガタが口を開いた。
「右京が居るというのなら、危険なのではありませんか?」
「その辺りは、確実なことは言えないわね……一万年の間に、アイツがどんな力を手に入れたのか分からないから。
ただ、元々の右京は非戦闘員だったし、そうなれば危険度は人格を転写している素体に比例する程度。シンイチと同程度と仮定すれば、レヴァンテインも調停者の宝珠もない今なら、私とソフィアで対処できると思う。それにどの道、少しでも多くのメンバーが生き残るには、他に道はないわ」
「そうですわね……それではナナコさん、参りましょうか。お二人とも、御武運を」
アガタは巨大な鉄棒を一回転させて肩に担いで移動を始め、その後をナナコが「アランさんのこと心配だと思うけど、私に任せて!」とこちらに言って同じく巨大な剣を肩に担いで二人は去っていった。
二人が居なくなるのと同時に、スザクは通路にある機械を操作しており――基地内のマップが映し出されているから、爆弾の位置を確認していたのだろう――目的地を指さすと、振り返って「ソフィア、私たちも行きましょうか」と言って歩き始めた。