B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

199 / 419
鏡合わせの二人

 自分はすぐにその後を追うが、追いつくには小走りが必要だった。目的地は近いのか、それとも敵の警戒をしているせいか、スザクは走らずに早い歩調で歩みを進めている。それに着いて行くのに精いっぱいだった。

 

 この半年間は、レムリア大陸の東西を横断し、南大陸の南北を縦断したのだから、自分は歩きなれているはず――それに、仲間の歩調に合わせて歩いていても遅れることはなかったはずだ。それでも、ずんずんと進むスザクの歩調に合わせようとすると、自分の方は少し走るくらいでないと追いつけないのだ。

 

『私って、歩くのそんなに遅くないよね?』

『もしかすると、皆が歩調を合わせてくれてたのかも……』

 

 今更ながらにそんなことに気付き、なんだか胸が締め付けられるような心地がしてくる。自分は周りを冷静に見ているつもりであったし、むしろいつだって自分を置いて行こうとする彼に対して不満を覚えていたものだった。

 

 なのに、そんな単純なことに気付いていなかっただなんて――そう思って少し気分が沈んでいると、スザクの方が少し歩調を落として自分の隣に並んだ。

 

「ソフィア、私ね……最初はアナタのことを気に入らないやつだと思っていたの。

 あ、勘違いしないでね。テレサがアナタのことを悪く思ったことは一度もないわ。パーティーから外された時も心配していたようだし……同時に、子供のアナタが巻き込まれずに済んで安心していた部分もあったみたいだけれど」

「……半分は嬉しいですけど、半分は余計なお世話です。私は、物心ついた時から魔族と戦うために研鑽を積んできました。私にとっては戦うことは当たり前のことでしたし、勇者のお供を外されるのは自分の存在意義を損なうとの同義ですから」

 

 自分の反論を聞いて、スザクは小さく笑った。こちらとしては真剣な思いでいたのに笑われるとなれば、やはり苛立ちを――機械的な人格であっても――覚えてしまう。

 

「何がおかしいんですか?」

「きっと、アランやべスターも、私に対して同じことを思っていたのでしょうね……今更ながらに分かったわ」

 

 そこでスザクは一度言葉を切って瞼を閉じる――すると、少しきつい雰囲気は鳴りを潜め、自分の良く知るテレジア・エンデ・レムリアの横顔が現れる。

 

「アナタが真剣なことは、皆分かっていました。私も、アガタさんも、それにアナタの師匠であるアレイスターさんも……討伐メンバーから外されたら酷く落胆するのも分かっていましたし、同時に自分たちは恨まれるかもしれないとも思っていました。

 でも、それでも良かったのです。恨まれたっていいやって。それで、アナタが少しでも安全な場所に居てくれるなら、それでいいと……」

「だから、余計なお世話です。私は……」

 

 自分の存在証明のために――と言いかけて言葉を引っ込めた。先ほどから、自分は自分はと子供じみていたことに気付かされたからだ。歩調だってそう、皆の自分に対する思いだってそう――自分ばかり背伸びしていて、周りはいつだって自分のことを気遣ってくれていたというのに――。

 

「……申し訳ございません、テレサ様。私は、自分のことばかりで……アナタ達の優しさをきちんと理解していませんでした」

「いいえ、良いんですよ。私がアナタの立場だったら、きっと同じように思ったでしょう」

「でも……でも、今は違うんです。私は、自分の存在証明なんて、もうどうだっていいんです。私は、アランさんの役に立ちたいんです。どれだけ近くに居ても、どれだけ支えようとしても、全てを背負いこんで一人で戦ってしまうあの人を支えたくて……」

「……その気持ちも分かるわ。私も同じだったから」

 

 いつの間にか下がっていた視線を戻すと、彼女の雰囲気がまた一変していた。

 

 いつもだったら、少しまたムッとしてしまっていたところかもしれない。アナタに私の何が分かるんだと。しかし、彼女は――この世界でグロリア・アシモフだけは、確かに私と同じような体験をしたことがあるというのは理解できる。

 

 自分とグロリア・アシモフは、同じように母に道具として扱われ、同じ人に救われた――そして、同じ人に想いをよせているのだから。

 

『きっと、私は怖いんだね。自分に近いこの人に、私は勝てないんじゃないかって……』

『……それだけじゃない。この人は、私よりもずっとずっと長い時間、アランさんを想っていたから……』

 

 想いの強さで負ける気は無いが、時間の長さだけはどう足掻いても抗いようがない。この人の知らないアラン・スミスを自分だけが知っているのと同様に、私が知らないアラン・スミスをこの人はたくさん知っている――それも、きっと自分だけがもっている以上の量の思い出を。

 

 そうなると、この人にだけは、なんだか太刀打ち出来ないような恐怖感があるのだ。本当に、この人があの人に好意を寄せているなら――。

 

「……グロリアさんは、アランさんのことが好きなんですよね?」

「グロリアさんは、じゃなくてグロリアさんも、じゃないのかしら? そういう風に予防線を張るところが、変に臆病なのよね」

 

 図星を突かれて反論できなくなってしまうが、スザクの方もどこか自嘲気味な笑みを浮かべている――きっと、今のだって鏡合わせのようなものであり、彼女自身の言葉が跳ね返った結果なのだろう。

 

「質問への回答だけど……えぇ、私はアランが好きよ。でも、私が好きなのは、アナタが好きなアラン・スミスじゃないわ。この星に存在しているアラン・スミスは、私の知る彼とは別人……声や性格は凄くすごく似ているし、やはり意識はしてしまうけれど……積み重ねてきたものが違うから、やっぱり別人なのよ。

 だから私は、アナタのアラン・スミスをどうこうする気はないわ。それに、本物の自分は、遥かの昔に死んでいるわけだし……ね」

 

 彼女の口調には、嘘偽りは無かったように感じられるが――果たして本心と言えるのだろうか。今までの彼女の行動を見ている限りだと、その言葉をどうしても鵜呑みにできない。

 

「それじゃあ、どうしてアランさんにべったりだったんですか?」

「それはね……もしかしたら私のことを思い出してくれるんじゃないかっていう淡い期待があったから……眠りから覚めたら、昔のことを話したら、私のことを思い出してくれるんじゃないかって。

 でも、やっぱりダメだった。彼は私の知るアラン・スミスじゃなかった……もちろん、今のアランも悪い人でないと思うけれど……思い出が無いのは、やっぱり悲しいもの」

 

 そう話すスザクの横顔は、あまりにも切なそうで、同時に美しかった。自分のことをふいに思い出してくれないかと、藁にもすがる想いで想い人と瓜二つな人にアプローチを掛ける彼女のことを、どうして笑うことが出来ようか? もし立場が逆だったら、自分だって同じようにしたかもしれない。

 

 そんなことを考えながら見つめていると、ふいにスザクは悪戯っぽい笑顔を作ってこちらを見つめてきた。

 

「あとは、アナタが気に食わなかったからよ。まるで、昔の自分の弱さを見ているような気分になったから」

「むっ……今は自分がしっかりしているみたいな言いぐさですね?」

「そうね……アナタの言う通り、そんなに成長はしていないかも。でもまぁ、こんなこと言ったら余計にむくれるかもしれないけれど、アナタよりは一つ、私は悲しいことを経験している……これだけは確かね」

 

 そんな風に言われると何も言い返せなくなってしまう。私はアラン・スミスを失っていないけど、この人は失ってしまったのだから。

 

 やはり、生きてきた時間の長さと、そこに付随する実体験だけは、知識や思考だけでは覆しようがない。いや、そもそも覆す必要などないのかもしれないが――彼女の背負った悲しみに対して反論しようなどと言うのが、そもそもおこがましいのだ。

 

 そう思いながら横を向くと、スザクはどこか諦念の表情で通路の先を見据えていた。

 

「テレサの人格がもつようならだけど……私は、全てが終わったら消え去るつもりよ。恐らく、グロリアの魂が宿るこの腕さえ切除しなおせば、テレサも元の人格に戻れるはずだから」

「……良いんですか?」

「良いのよ……復讐さえ済めば、後に残った現世《うつしよ》に興味はない……この想いと共に、消え去ることにするわ」

「グロリアさん……」

「ふふっ……今の私はスザクよ。でもまぁ、そんなわけだから、アナタはもう私のことを警戒する必要はないわ。それより、目の前の事に集中しましょう」

「……はい、そうですね」

 

 スザクの言葉に少しだけ安心してしまった自分と、本心かどうかの確証がないと訝しむ自分とが同居しており――そんな自分がイヤでもあった。きっと、彼女が言ったことは本心だし、同時に悲しい決断をしているというのに。

 

『私はいつだって、自分のことばっかり』

 

 そんな浅ましい自分がなんだかイヤになる。周りの人は、いつだって他人を慮って行動しているのに――自分だってそうしたいのに、気が付けば我が身の可愛さに自分の感情に振り回されているのだ。

 

 先ほど、自分は冷たい人間だとか、感情が希薄だとか、そんなことを思っていたはずなのに――これではなお悪い。結局のところ、自分は他人に対して冷たいどころか、自己保身が異様に強いだけの我儘な人間だということになるから。

 

『でも……私は……』

 

 この胸にある一番強い感情だけは、絶対に譲りたくないし、悪いものだとも思いたくない――そう想いながら歩いていると、いつの間にか結構歩いていたのだろう、スザクが「もう少しで目的地よ」と声を掛けてきた。

 

「しかし、襲撃はありませんね」

「えぇ、そうね……アナタは何故だと思う?」

「既に基地内に侵入した第五世代型は殲滅が済んでいるのか、ないし残留している第五世代型は他の所に向かっているか……もしくは、私たちを襲撃する気が無いか、いずれかだと思います」

「襲撃する気がないとするなら、それは妙よね? 理由は何なのかしら」

「それは……明確なことは言えないですけれど、さっきアランさんが言ってたんです。ウリエルは頑なに私を狙っていなかったと……」

「成程、アナタがいるから襲われていないという可能性はあるのね。その理由に心当たりはある?」

「いいえ……スザクさんは、何か思い当たりませんか?」

「状況を整理しましょうか。ウリエルは、アルジャーノンとやら……ゴードンを護るための熾天使だったのよね?」

「えぇ、そのように伺っています」

「もう一つ確認よ。アナタ、アルジャーノンとは接点があったのよね?」

「……はい、ありました」

 

 スザクの口から出てくる質問の一つ一つに答えていくにつれ、自分の思考の中にもある一つの可能性が浮上してきていた。あくまでも仮説にすぎないはずだが、他の可能性も考え難い――同時に、それは自分にとっては余りにもおぞましく、出来れば外れて欲しい可能性だった。

 

 だが、そんな自分の気持ちをよそに、スザクは話を続ける――同時に、一度思い浮かんでしまった可能性を、自分自身が無視することができなかった。

 

「そして、基地の襲撃には右京が噛んでいる……そう考えると、実はアルジャーノンも既に復活しているんじゃないかしら? そして、自らの管轄であるウリエルに対しては、アナタを攻撃しないように指示を出していたとしたら?」

『それは、七柱達が……第五世代型アンドロイドたちがエルさんを襲わないのと同じ理由……』

『もしかして、アルジャーノンは……』

 

 そこまで思考した瞬間、基地内の巨大な吹き抜け部分へと出る――ここはその最下層だ。吹き抜けを支える巨大な柱部分、自分たちの正面に、本来ならここにいるはずのない人が柱の基礎部分に座しており――。

 

「……待っていましたよ、ソフィア」

 

 その声を聞いた瞬間、自分は脳内で魔術の演算を始め――同時にそこに立っているアレイスター・ディックの姿をした何者かは、立てかけていた魔術杖を取って立ち上がり、口元を釣り上げながらレバーを引いたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。