B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「ファランクスボルト!」
魔法陣の先端から追尾性のある無数の電撃が我が師に向かって飛び掛かる。近くにある爆弾を想定すれば、余り広範囲な魔術では危険を伴うし、命中精度の高い魔術なら誤射もない。
しかし、やはり自分の予想通りに相手は普通の人間ではなかった。アレイスター・ディックの姿を取った何者かは、まるでこちらの魔術を読んでいたと言わんばかりに――いや、むしろ読んでいても本来なら対応できない速度で解呪の術式を組んだ。
「な……えっ!?」
スザクは急な出来事に困惑しているのだろう――とりわけ、旧知のテレサの人格は、事態を呑み込めないどころか、何故自分が師匠に向かって自分が魔術を放ったのか理解できない、という驚きの表情でこちらを見ている。
一方、第五階層相当の解呪術式を無詠唱で編み、こちらの魔術を霧散させた男は、本来の彼の温和さに似つかわしくない不気味な笑みを浮かべていた。
「酷いですね、ソフィア……折角の再会だというのに」
「もしアナタが本物のディック先生なら、私がしたことはとんでもない過ちです……ですが、先生が一人でこんなところに来れる可能性は限りなくゼロに近い。
可能性としては考えられるのは、第五世代型アンドロイドが光の屈折で先生の姿を取っているか……もしくは、魔術神アルジャーノンに身体を乗っ取られているか、どちらか……そのどちらであっても攻撃するという判断は間違えていないはずですし、そして恐らく後者であると考えています」
声は先生のモノだったし、そう言う意味ではアンドロイドが化けている可能性は元から低いと考えていた。もちろん、旧世界の科学力があれば、声帯模写など簡単にできるのかもしれないが。
しかし、先ほどのディスペルを見て確信した。第五世代型アンドロイドがディスペルを出来るとは考え難い。出来るなら今までの戦いの中でもされていただろう――何より、我が師であるアレイスター・ディックですら、先ほどのような速度で魔術を編むことは出来ないはずだ。
そうなれば、可能性としては一つしか考えられない。学長ギルバート・ウイルドの肉体を失った魔術神アルジャーノンが、次の依り代にアレイスター・ディックを選定した――そして、今自分の目の前に立ちはだかっている、それで間違いない。
そう推理しながら視線を改めて目の前の男に向けると、先生の姿を取った何者かは杖を肩に掛けながら両手を叩きだした。
「いやぁ、素晴らしい……一瞬でそこまで判断しただけでなく、一応は師の身体を利用されているという後者の可能性を考慮してすら攻撃したという訳かい」
「えぇ……今は一刻を争います。私は師を殺めた罪を背負ってでも、その背後にある爆弾を止めなければなりませんから」
「はっはっは! アレイスター君は泣いて良い! 一生懸命育てた我が弟子が、何の躊躇もなく攻撃魔術をぶっ放してきたんだからな!!」
男は拍手していた手で眼鏡を押さえ、天を仰ぎながら大きく笑い出した。ひとしきり笑い終えてから顔を降ろし、指の隙間から覗く瞳でこちらを見つめてくる。
「だが、僕が気に入っているのは君のそう言うところだ、ソフィア君」
「否定をしなかったところを見るに、私の推測は間違えていないということですね……アナタにも恩が無いとは言いませんが、私はアナタ達と戦うと決めました。ですから、容赦はしませんよ!」
「まぁ待ちなさいって……僕は君と話をしにに来たんだ」
「第七魔術弾装填!」
杖を振り回しながら空いた弾倉に次弾を装填し、自分の持つ最大の魔術を放つ演算を始める。どの道、背後にある爆弾もろとも絶対零度の檻に閉じ込めれば早い話である。もちろん、自分に魔術を教えてくれ、それ以外にも多くのことを教えてくれたアレイスターには敬愛の念もあるが――魔術に関して自分より遥かに高みにいる相手をするのに、手心をくわえる余裕が無いのも確かだ。
『……やっぱり私は冷たい人間なんだね』
一瞬、分割した思考領域にいるもう一人の自分が呟く。きっとこの場にアラン・スミスがいたならば、先生からアルジャーノンを分離させる方法を模索するため、この場では相手をどうにか殺めない方法を選ぶに違いない。
ヒロイックな人なら、この場でも可能性を諦めない。それは、凄く貴いことだと思う。それを応援したい気持ちは間違いなくあるが――。
『加減できる相手じゃない……決断が一瞬でも遅れれば、仲間が皆やられることになる。だから、演算を手伝って』
『うん……そうだね』
そう、自分は英雄でも勇者でもない。ただ、考える可能性の中で、少しでも勝率が高い道を選ぶだけ。全力を賭してでも勝てない可能性が高い相手なら尚更だ。そう思いながら魔術を編んでいると、恐らく自分に共感してくれたのだろう、スザクが翡翠色の刃を抜いて男の方へと駆けて行った。
「ふぅ……多少器が若くなったからと言って、こいつは骨が折れる仕事だ!」
対するアルジャーノンは再び魔術杖のレバーを引き、高速で口を動かしながらその先端を正面へとかざす。空中に浮かんだ魔法陣から強大な一筋の風の刃が放たれ――それをスザクはアウローラでいなしたが、受けるために足は止めてしまった。
スザク側に生じた隙に対し、男は再度レバーを引き、また高速詠唱を行うと、今度は合計六つの魔法陣が乱れ飛び、各々からスザクに向けて真空の刃が襲い掛かった。テレサの剣士としての腕前はグロリアと融合しても衰えていないおかげか、スザクはそれらに良く対応していなし、躱してはいるものの、連続して繰り出される風の刃に進撃は阻まれてしまったようだった。
「くっ……!?」
「スザクさん、下がって!」
こちらの声にスザクは片翼を羽ばたかせながら背後へ下がり、自分は完了した演算を元に爆弾が取り付けられているという柱を目掛けて自分の正面に浮かぶ魔法陣の中心を杖で突き出した。
「シルヴァリオン・ゼロ!」
「ふはぁ!!」
アルジャーノンは瞳孔を広げながら狂気の笑いを見せ、杖のレバーを素早く操作して再び唇を高速で動かし始めた。何をするつもりなのか分からないが、もう遅い。すでに柱の周りまで飛ばした六つの魔法陣に向かって――師匠の体を撃ち貫くように――光線が飛んでいるのだから。
だが、その光線が背後の陣まで届くことは無かった。身体を貫くつもりで撃ちだした光線が、男の突き出した魔術杖の前で霧散すると同時に、柱を取り囲んでいた魔法陣もボロボロと崩れ落ちていってしまったのだ。
「なっ……!?」
「驚いているようだねぇ……そうさ、本来ディスペルというやつは扱いが難しい。相手の演算を見てから後だししないといけないし、構成要素を理解していなければならないんだからね。第七階層ともなれば、第六世代型である君たちに解呪などできないだろう。
だが、君のシルヴァリオン・ゼロを博士課程修了と認めたのは僕さ。だから、君の魔術を解呪することなど、僕には朝飯前なんだよ。さて、これで君は僕にかなわないことが立証されたわけだ、ゆっくり話でも……」
こちらが自分の魔術を無効化されたことにショックを受けている間に、アルジャーノンは早口にまくしたてながらこちらに手を差し伸べてくる――その口上が途中で止まったのは、スザクが剣を持って再び男の方へと切りかかったからだ。
「ダニエル・ゴードン! 覚悟!!」
「おぉい、ヒステリ女が五月蠅くてかなわん……ちょいと引き受けてはくれないか?」
飛び掛かるスザクの剣戟を、再度風の魔術でいなす傍ら、アルジャーノンは面倒くさそうに頭を掻きながらそう呟いた。すると、大空洞の至る所で一気に粒子が巻き上がり――恐らく百は下らないであろう第五世代型アンドロイドたちが一斉に姿を現した。
「……まだこんな数がいたの!?」
スザクが驚愕に声を上げるのと同時に、周囲のアンドロイド達は一斉に彼女に攻撃を仕掛ける。柱にある爆弾を起爆させないようにするためだろう、火器や光学兵器はなく、投擲がメインであることが幸いしたのか、攻撃が届く前に彼女は飛翔した。
「だけど、姿を現したならこっちの物よ……破壊し尽くしてやるわ!」
そして彼女は片翼の翼を閃かせ、上部に居る機人達の迎撃へと向かった。アルジャーノンも、今はそちらへと視線を向けている。今、この隙に――。
「……止めておきなよ、無駄な抵抗さ。それに繰り返し言うが、別に僕は君と戦いに来たんじゃない。ま、やりたいなら止めはしないけど、抵抗は話を聞いてからでも良いんじゃないかな?」
「アナタの話を聞いたら、私は操られてしまうかもしれない。だから……」
「いいや、そんなことはしないさ。信じてもらえるか分からないが、僕は君たち第六世代型アンドロイド達の可能性を摘むのが嫌いでね……だってそうだろう? 操ったり命令だけ聞かせるようにしたら、それは第五世代型と何も変わらない。新しい発見の可能性も見いだせないからね。
ま、そう思って三千年のあいだ君たちを見守ってきたが、なかなかそう優秀な個体は出てこなかった……君と出会うまでは」
アルジャーノンはスザクを見送りながら、こちらも見ずに話を続ける。そして大空洞の上空で激しい物音がし始めたのと同時に、視線を降ろしてこちらを真っすぐに――底の知れない笑みを浮かべながら見据えてきた。
「ともかく、そう警戒しないでくれるかな? 僕は話に専念したいんだ」
「……アナタは、私の身体を人格の転写先として狙っているんじゃないですか?」
ウリエルたちが自分を狙わなかった理由に対する自分の推論はこれだ。恐らく、七柱は自分の器として、より自分の力を発揮しやすい個体を求めている。他の七柱たちは自らの血族を好むようだが、アルジャーノンは魔術的な資質の高い個体を好む傾向にあるように思う――だから、彼は当代最高の魔術師である学院の学長に自らの人格を転写するのだ。
アレイスター・ディックの魔術的な資質は間違いなく素晴らしい物だと断言できる。しかし、その素質は自分の方が高い――元々勇者のお供として彼ではなく自分が選ばれたのは、扱える魔術の種類もあるが、要するに魔術の演算能力が自分の方が早く、より魔術に対する適性が高かったからに他ならない。
そうなれば、先生の身体は仮の依り代として――最初から自分を選ばなかった理由は気にはなるが――人格を転写しているのであり、彼は自分の身体を狙っているのだと、そう予想したのだ。
自分の推論に対し、アルジャーノンは一瞬だけ呆気にとられたような表情を取り――しかしすぐに小さく噴き出して、再び目元を手で覆って大笑いをしだした。
「はーっはっはっは! なるほど、なるほど……そんなことを警戒していたのか! その点は安心していい、そんな気は毛頭ない……僕はね、君と友だちになりに来たんだよ」
ひとしきり笑い終わって落ち着くと、アルジャーノンは口元に微笑みを浮かべながらこちらを見る。その微笑には、いやらしさも嘲りも無いようには見える――目元にも皺を寄せている者の、視線はどちらかと言えば真剣なようにも見え、彼なりに真面目に自分と会話しようという意識は何となく読み取れた。
しかし、友だちになりたいとはどういうことなのか、それはそれでまったく理解できない。万年を生きてきた彼の思考を推し量ることは難しいのか、考えを巡らせても彼の真意を読み取ることはできなかった。
それに、悠長にしている暇はない。スザクが一人で戦っているところで、この男の話に耳を傾けている時間は無いのだ。しかし、確かに彼は自分のありとあらゆる魔術に瞬時に対応してくるし、力推しで勝てる相手でないのも事実――そうなれば、話を聞くふりをして打開策を練るのが良いかもしれない。
「ふふ……いいねぇ、その眼。僕の話を聞いている間に、打開策を練ろうってんだろう? そういう反骨心がまた素晴らしい……ま、何か良い案が思いついたらやって見給えよ。それはそれで楽しそうだからさ」
男はそう言いながら踵を返し、数歩下がって再び柱の土台の方へと下がっていく。背後を狙い打とうとも思ったが、そんなことをこちらが検討しているのは向こうも織り込み済みだろう。
魔術杖を持っている間は太刀打ち出来ない――そうなれば、どうにかして相手の魔術杖を破壊する手段は無いか。そう考えている内にアルジャーノンはこちらを向き、「どっこらしょ」と言いながら土台部分に腰かけた。
「さぁて、まずは一つ種明かし……先に言っておくが、別に恩を売ろうってわけじゃない。ただ、どうして君はアルファルド……星右京に記憶を操作されたのか、気になるんじゃないかい?」
「それは……」
今はそれどころではないのだが、気にならないと言えば嘘になる。どの道、こちらから話すことは無いのだから、こちらは黙って相手の気の向くままに話させるのが良いか――この男の魂が元々学長に宿っていたとするなら、どうせこちらの話なんか聞いてくれないし、一方的に喋繰《しゃべく》りまわすだけなのだから。
「沈黙は肯定と受け取るよ。実はね、彼は最初、事故に見せかけて君を殺そうとしていたんだ。理由は簡単、これは君も気付いているだろうが、君がガングヘイムや世界樹などを見たら、この世界の真理に気付くと彼は警戒したからさ。
ま、そのほかにも酷く個人的な理由もあったようだがね……あの男も中々複雑な精神状態をしているからさ。勇者ごっこは彼なりにまじめにやっていたらしいけれど、君の過度な期待に耐えられなかったんだろう……だからこそ彼は君を恐れたんだな」
「……どういう意味ですか?」
「なぁに、彼はプライドが高いんだよ。いや、正確には恐ろしく小心者で、誰かに失望されるのが耐えられないんだ。実際賢くて抜け目ないんだが、それは人を失望させないように先回りをしているから……だからなるべく人前に姿を現さないのさ。誰かに見られなければ、嘲られる危険性も無いからね。
それでまぁ、きっと君は、その賢さが故に彼が偽りの勇者であるとそのうち見抜いただろう。そして彼は、自身の正義感や思考が君の理想に当てはまらず、失望されるのを滅茶苦茶に恐れた……という個人の感情が半分あったってことさ」
アルジャーノンはとぼけた様子で――その調子は、わが師アレイスターの容姿に似つかわしくないのだが――「こんなことを吹聴したら後で怒られるかな?」と辺りを見回した。恐らく、どこかで彼もこの会話を聞いているということなのだろう。
しかし、アルジャーノンの言っていること自体はあながち嘘とも思えなかった。自身の勇者シンイチに関する記憶は幾分か改竄されているのだろうが、それでも――記憶にある繊細な彼の様相と一致するから。
「ともかく、君を死なせてしまうのは世界の損失だ。それで、僕が直々に彼に頼み込んだわけだよ。勇者シンイチに関する一部の記憶のみを改竄し、それらしい理由をつけて勇者のお供から外す様にと。
本当はそのまま君を学院に連れ戻したかったんだが……そうだろう? 魔王討伐だなんて茶番だからね。さっさと戻ってもらって研究に専念してもらいたかったのだが、まぁ学院きっての英才が出戻りじゃ外面も悪いしね。一年くらい待ってやろうかと思ってレヴァル指揮官の立場までは許したって形だよ」
「……それでは、アナタの意見が無ければ、私はここにはいなかったんですね」
「そう、その通り!」
こちらの言葉に対し、アルジャーノンは大仰に両の手を打った後、こちらを指さしてきた。自分としては彼の言い分は全く納得できないのだが――自分は物心ついた時から魔王と戦うために研鑽を積んできたというのに、それを彼は茶番と言ったのだから。
そんなこちらの感情など無視して、男はマイペースに喋り続ける。
「さっきも言ったけど、だからって恩を売るつもりがある訳じゃないんだけどね……それに本当は、チェン一派なんぞも放っておいてほしかったんだけど、何せ学長の身体は吹き飛んでいた訳だろう? それで、王都を去る君を止めることも出来なかったわけなんだけど……」
「ちょっと待ってください。転写先の素体が死滅すれば、記憶の再構築に半年は掛かると聞いていました……アナタはそれよりも早く復活していますよね? その理由は何ですか?」
「まぁ、その辺は勇者の凱旋式に合わせて襲撃が行われるというアルファルドの読みが当たった形だね。だから、僕もアルファルドも、既に人格の移行作業を済ませていたのさ。
ただ、僕の場合は学院長の格がある者を素体とし、徐々にその者に馴染んでいく必要がある……それで、ちょいとばかし休んでいたという訳だね」
成程、この辺りは半分はゲンブの読みが当たっていた形だ。右京は自分たちとゲンブ一派の対立構造を作るため、わざと犠牲になって見せたのだと。ただ、それは襲撃時における右京の瞬間的な閃きではなく、周到に用意された計画の一部だった――その部分は、自分たちの中で誰も気付けなかった。
しかし、アルジャーノンは先ほど言っていたことと一点だけ矛盾した行動を取っている。それは――。
「……君は今、こう思っただろう? 君の師、アレイスター・ディックの人格を奪って僕が健在しているのは、第六世代型アンドロイドの自立を願うという理念に反すると……まぁ、その意見を否定はしないさ。
だがね、僕が君たちに期待しているのは、新しい可能性を生み出すことだ。アレイスター君は秀才だが、天才じゃない。過去の積み重ねをそれっぽく扱うことは出来るが、新しい可能性を生み出す可能性は限りなくゼロに近い……僕が素体として選ぶのはそういう手合いだよ。だって僕が身体を奪ったところで、魔術の発展を何一つ阻害しないんだからさ」
彼の言い分は理解できるところはある。自分の師を蔑むつもりはないが、アレイスター・ディックは確かに世紀の発見をするタイプではないからだ。
もちろん、第七階層の魔術を作れるだけでも当代の中に一人も現れないこともあるほどなので、アレイスターは間違いなく素晴らしい素養を持っている。しかし――敢えて言語化するとするなら、彼は真っ当すぎるように思うのだ。
師は学院が積み重ねてきた学問を――とはいえ、主要なインフラ部分などは旧世界の技術をこの世界風にあてはめたものなのだろうが――正しく理解しそのまま活用することは出来ても、未知の可能性を生み出すタイプではない。
そう言う意味では、何か可能性を生み出すのは、ある種の狂気なのかもしれない。敷かれた道筋で社会が十分に成り立っているとするのなら、そもそもそこから逸脱しようとは思わないだろうから――逸脱できるのは、社会通念などを無視できる狂気をはらんだ人間と言えるのかもしれないと、そう思った。