B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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堕ちる片翼

 テレサの名を呼ぶ声はその発生場所を移動させ続け、徐々に上へ上へと誘導されていく。一度は自分も容認したし、こんなのはあからさまな誘導ではあるが、身体の宿主であるテレサは声の主の元へ辿り着こうとする努力を止めてくれなかった。

 

 天井が近くなってきたタイミングで、近くにあるスピーカーから「スザク、少し待って」というファラ・アシモフの声が聞こえる。自分としては、アイツの声など聞きたくはないが――身体のコントロールを持っているテレサの方が右京の声が聞こえなくなったので、どこへ向かえば良いか分からなかったのだろう、通路に着地してモニターの近くで制止し、モニターを見つめた。

 

 モニターの画面に白髪のエルフの姿が映し出された瞬間――彼女の目が開け広げられ、同時に「グロリア!」という悲痛な叫び声が聞こえた。

 

 胸の中心に何か違和感が走る――視線を降ろすと、乳房のちょうど隙間を縫うように、赤く細長い光が突き出しているのが視界に映った。

 

「第五世代型アンドロイドたちを基地に侵入させたのは、君たちを倒すためじゃない。基地の構造を余すところなくアンドロイドたちのカメラを通じて確認することだったんだ」

 

 その声は背後から聞こえ――体の主がゆっくりと背後を振り返ると、どこか涼し気な表情をした少年の顔がある。それは、融合したテレサの記憶にあるシンイチの顔と瓜二つであり――当たってしまいそうなほど近くにあった。

 

『やはり……JaUNT!?』

 

 可能性としてはそれしか考えられない。JaUNT――Jumping at the Unitary Nexus by Trance【精神集中を媒介とする単一地点への跳躍】は、元々はデイビット・クラークの持つ瞬間移動の能力だった。それを、右京がトレースしたのだ。

 

 元々この辺りには誰もいなかったし、接近してくるなら気配や足音が聞こえたはずだ。とはいえ、ADAMsのような加速装置を使えば、ソニックブームの爆音がするはず。音もなくほとんど密着状態の位置に現れるなど、しかも達人の背後を取るなどとなれば難しいはず――そうなると、空間跳躍以外の可能性は思い浮かばなかった。

 

 レーザーブレードが引き抜かれ、宿主の体がバランスを崩してふらふらと後退を始めると、少年は翡翠色の刃の切っ先をつまんでテレサの手から引き抜いた。

 

「神剣アウローラを回収しに来たんだ……悪いね、テレサ。でもこれは、王家に伝わる由緒正しき宝具である前に、ハインラインに必要だからさ……」

 

 つまり、右京は他の熾天使たちを囮に基地内の構造を把握し、自身は安全にハインラインの器と二対の神剣を回収しに来た――恐らくはこういうことだったのだ。

 

 テレサの足取りはふらふらと、徐々に徐々に後ろに下がり――しかし、その視線は真っすぐに少年の顔を見つめている。

 

「……シンイチ、さん。アナタは……私を、どう思っていましたか?」

「優しくて温かくて、頼りになる仲間だった。だからありがとう、テレサ」

「そう、ですか……」

 

 にこりと笑う少年に対し、身体の宿主は少しだけ満足そうに、小さく返答し――そこで身体から一気に力が抜け、背中から後ろに倒れ込んでしまう。渡り廊下には手すりや柵は無い。そうなれば、倒れ込んだ身体は通路から落ち、後は下に落下していくだけになる。

 

 なんとか身体のコントロールを自分のものにしようとするが、肉体の損傷のせいで動かすことは出来ない――見開かれたままの視界に映るのはただ、真っ白い天井だけ――ゆっくりと落下を始める瞬間、通路の方から「でも……」とという言葉が聞こえる。

 

「勇者とお姫様が結ばれるだなんていう、君の夢見がちな恋愛感情には辟易していた……人の心の隙間にずけずけと入り込もうとする君の無神経さには、大分イライラさせられたよ」

『……右京ぅううううううううううううう!!』

 

 声にならないと分かっていても、魂で叫ばずにはいられなかった。コイツは、いたいけなテレサの想いを無碍にし、内心では蔑んでいたのだ――それがどうしようもなく許せなかった。

 

『私は、私は絶対に消えないわよ! 貴様を殺してやるまでは……貴様らを殺しつくしてやるまでは、必ず消えずに残ってみせるんだから!!』

 

 離れていく天井と、絶対に許せない相手がどんどんと遠ざかっていく中、自分は怨嗟の誓いという焔を胸に、更なる地獄へと落ちていくのだった。

 

 ◆

 

 アルジャーノンが大空洞から去って少しすると、体を覆っていた光の屈折の魔術が解けてしまった。とはいえ、時間稼ぎはもう十分。血を失ったことと、無理やり患部を凍らせた影響か、意識は朦朧としているが――ともかく力をふり絞って、自分は大空洞の柱の方へと歩いていく。

 

『即席の策だったけど、上手くいって良かったね』

『うん……そうだね』

 

 やったこととしてはこうだ。自分の得意は冷気と雷の魔術だが、第二階層程度の簡易な魔術なら他の属性も扱うことが出来る――まずは姿をくらませ、次にスザクがアルジャーノンの気を引いてくれている間に自分の腕から吹き出る血を第一階層の簡単な風の魔術で通路側に飛ばす――これで、自分が通路の方へと逃げたと錯覚させることに成功したのだ。

 

 さて、後は何を優先すべきか。右京の声を追ったスザクを遠距離から援護するか、それとも戻ってくるアルジャーノンに合わせてシルヴァリオン・ゼロを叩き込むか――だが、どうやらそのどちらもしている暇は無さそうだ。何故なら、柱に取り付けられた爆弾のタイマーが、あと三分を――表されているのは旧世界の文字ではあるが、ここ数日で文字の読み方と数字、基本的な単語は既に習得している――切っていたからだ。

 

 失った腕の代わりとして、レバーを歯で嚙みながら第七魔術弾を再び装填する。あとは、詠唱を済ませれば全てが終わる。アルジャーノンが戻ってくれば溶かされてしまうだろうが、シルヴァリオン・ゼロで周囲を大気を極限まで凍らせれば、多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 

 上策としては、アルジャーノンが戻って来る前にスザクが自分を回収してくれ、ピークォド号へ戻ることだが――どうやらそれも無理そうだった。

 

 天からひらひらと、僅かに灯る炎の羽が舞い落ちてきて――上を見ると、胸の中心にぽっかりと穴の開いたテレジア・エンデ・レムリアの体がゆっくりと落下してきていた。その光景は凄惨であると同時に、どこか儚くて美しかった。

 

 彼女の体が近くの床に落ちた瞬間に、周囲を舞っていた羽も、背から生えていた炎の片翼も消え去ってしまった――それは、彼女だけでなく自分の終わりも暗示しているようだった。

 

「スザクさん……」

 

 声をかけても、やはり反応はない。立ち上がれば数歩の距離だが、近づく気力も沸かない――とはいえ、すでにピクリとも動かない彼女の身体を見れば、こと切れているか、ないし手遅れである可能性は高いと言えるだろう。

 

「私を連れて逃げれくれるって言ったのに……酷いです」

 

 返事が無いことなど分かっていても、つい悪態をついてしまった。もちろん、彼女に恨みがある訳ではない。敵がこちらの策を上回ってきただけであり、彼女もまた最善を尽くしてくれたのだから。

 

 もはや退路はない。しかし、まだ未練はある。周囲の様子を確認しても、もう周りに何者もの気配は無い。そのうちアルジャーノンが戻ってくるだろうが――ひとまずもう少しだけは時間がありそうだ。

 

 それならと――恐らくこの様子を確認しているであろう観察者とコンタクトを取るべく、しかし自分を探しているであろう魔術神に聞こえないよう小さな声で語り掛けることにする。

 

「……ゲンブさん、聞こえていますか?」

 

 自分の質問に対し、背後から――恐らく爆弾のすぐ隣にあるスピーカーから「はい」と返事が戻ってきた。

 

「申し訳ありません、ソフィア。アナタには辛い決断をさせてしまうことになりました」

「いいんです。今、私にしか出来ないことがある……それを全うするだけですから。でも、最後に、少しだけで良いので……アランさんに声を届けてもらえないでしょうか?」

「分かりました。繋げますので少々お待ちを」

 

 次にスピーカーから声が聞こえてくるのに少し時間がありそうだ――少しぼぅっとしてきてしまい、思わず視線が落ちてしまうと、凍らせた切断面が目に入ってきてしまった。

 

『……こんな身体じゃ、もうアランさんに好きになってもらえないかな?』

 

 分割した思考が、ふとそんな声を上げる。今から自分がやろうとしていることを考えれば、それは大分悠長な話だが――しかし同時に、それは結局のところは自分の本心でもあった。

 

 時間が経って、大きくなって、そうしたら――エルやクラウにも負けないくらい成長すれば、いつか振り向いてもらえるんじゃないか、そんな淡い期待がずっとあった。もちろん、戦っていれば負傷する確率はあった訳だし、この身と魂を勇者に捧げたつもりなのに、随分と弱いことを考えてしまったなとも思う。

 

 しかし、どこかで――自分はまだ大丈夫という妙な確信はあったのかもしれない。あの日、ガングヘイムで見た白昼夢。不吉な預言ではあったけれど、同時にどこかそれが本当になるのではという予感があったのだ。

 

 あの預言を信じるのであれば自分は全てを失うと言われていた――逆説的に言えば、皆が自分を残して行ってしまうのではないかと思っていたのだ。

 

 そう考えれば、これで良かったのかもしれない。自分は、一番大切なものを失うことなく――むしろ護って潰えていくのだから。あの人をこれ以上支えられなくなるのは心残りだけれど、残されていくよりはずっといい。

 

 ふと、背後のスピーカーからアランとナナコの会話が聞こえてくる。良かった、どうやら合流できたようだ。向こうの声が聞こえるということは、こちらの声も聞こえるということなのだろうから――何を伝えようかは全然決まっていないけれど、ともかく息を少し大きめに吸ってから声をかけることにした。

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