B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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散り行く花

『クラウ、どこへ行こうって言うんだ!?』

 

 急に体のコントロールをクラウに奪われてしまい、彼女はそのまま艦内の通路を一目散に走って行く。何度も声を掛けるが、クラウは答えてくれない――以前のように自分のことを忘れてしまったというよりは、また他の何者かが彼女の意志に介入しており、自分の声が聞こえていないみたいだった。

 

 階段を降りてしばらく直進し、突き当りにある厳重なドア――それは以前にナナコに案内されて、入れなかった艦内の最奥だった。

 

 クラウが立ち止まって扉をかざすと、まるで扉は意志を持っているかのようにすんなりと開いた。その先には、幾重ものパイプが走り、中央の装置へと繋がっている光景がある。

 

 そして、クラウは部屋の中央に鎮座する黒い直方体の元へとゆっくりと歩み始める――近づいて分かったが、その黒い物体は直方体というより板という方が適切な大きさをしていた。縦の長さはそれなりにあるのに、厚みはほとんどないからだ。

 

 また、その佇まいもなんだか奇妙だ――辺りには警告を表す様な赤い光に包まれているのに、その板は一切の光を反射させず、ただ全てを呑み込むように、漆黒のままにそこに存在している――成程、これが噂に聞くモノリスというヤツか。

 

 クラウがモノリスに対して腕を伸ばすと、彼女の腕が――自分からは見えないが、恐らくは全身が――淡く白い光に包まれ出す。少しすると、クラウは誰に向かうわけでもなく、自分の手首を掴んで「分かりました」と小さくつぶやいた。

 

『……クラウ?』

『ティア……ごめんなさい』

 

 ようやっと魂の同居人から反応を得られた訳だが、彼女の調子は以前のものに――退行する以前の状態に戻っているように感じられた。そして、事態を教えてもらおうとした瞬間、背後から二人分の足音が近づいてきて、アランが「クラウ!」と少女の名を呼んだ。

 

 そして、身体の主はゆっくりと――俯きながら背後へと振り返った。

 

「アラン君、ごめんなさい……私は、アナタに酷いことをしました」

「……クラウ?」

「全部、全部思い出したんです……皆を傷つけてしまったことも。それに……私が、ティアにどんな酷いことをしてきたのかも……」

 

 クラウは一度言葉を切り、胸元に両手を当ててから、絞り出すような小さな声で言葉を続ける。

 

「私は、自分が幼い時、辛いことを全部アナタに押し付けてしまった……それを忘れて、大切な友だちなんて言っていたなんて……」

『そんな、そんなことは良いんだ。代わりに、君はボクにたくさんのものを与えてくれたじゃないか……名前も、優しさも、強くなりたいって夢も、ボク一人じゃ得られないものを君は与えてくれたんだ。だから……!』

「うぅん。私は、一人では耐えきれない苦痛という生の重さをアナタに押し付けてきただけ……そして、同時にやっかみもしていた。自分にできないことを平然とやってのけるアナタに、嫉妬している時もあった。

 ティアは私のそんな感情なんて、全部気付いてたと思う。でも、それでもアナタは私の全部を受け入れてくれて……私は、ただその優しさに甘えていただけなの」

『そんなことはない……ボクは君が居なければ存在できない、弱い存在なんだ……』

 

 打算的なことを言えば、結局彼女の祈りが自分を形成しているのだから、自分は彼女無しにはあり得ない――そう思えば、保身的な意味合いでクラウを支えていた部分だって間違いなく存在するのだ。

 

 でもそれ以上に、何者かになろうと手を伸ばす君の姿が美しかったから。だから、ボクは君を支えようと思った、それだけなのに――ボクの意を介さず、身体の主は追いかけてきた二人の方をじっと見つめた。

 

「皆に酷いことをした私、女神に騙されていた愚かな私に出来る、ただ一つの償い……私の全ての精神力を使って、迫りくる破壊の光に対処します」

「……おい駄目だ! 無茶をするんじゃない!!」

「アラン君、私、嬉しかったんですよ……レヴァルの地下で私の悩みを聞いてくれて、海都で迷子になっている私を探し出してくれて……それからは気が付けばいつだって、アナタの背中を追い続けてきました。

 でも……アナタを大切に想っているはずなのに、私はアナタを信じ切ることが出来なかった。だから、ルーナに心の隙間を突かれてしまった……」

「違う! 俺がキチンと話せなかったのが悪いんだ! 俺が君に信用してもらえるように行動できなかったから……!」

「うぅん……アナタは悪くない。アナタはいつだって、私たちを護るために全力を尽くしてくれました。もちろん、もう少し私のことを信じて欲しいって、やきもきしたこともありましたけれど……それは、私が弱くて愚かだったから、仕方ないんです。

 私は、幼心に強制された信仰という鎖から逃れることが出来なかった……ひたむきに何かを信じていれば、きっといつか報われると思っていたんです」

 

 懺悔を続ける少女の視界は徐々に滲《にじ》んでいき――それでも、アラン・スミスからは目を離さなかった。まるで、彼の姿を瞳に焼きつけようとするかのように――。

 

「それなら……アナタが私の神様で、アナタだけを信じていれば良かったのに。愚かな私は、刷り込まれた慣習から脱却することが出来ずに、皆を傷つけてしまった……これは、その報いなんです」

 

 そこまで言って覚悟を決めたのか、クラウは涙を拭いながらモノリスの方へと振り返った。

 

「止めてくれ……君まで失ったら、俺は……!」

 

 アランの声と共に、背後でバチ、という音が聞こえる――再度クラウが振り返ると、アランが驚いた表情で手を引っ込めていた。そしてすぐに彼は体当たりを始める――しかし、何やら見えない薄い壁に阻まれ、彼はこちらへ来れないようだった。

 

「アガタさん、アラン君……たくさん助けてくれてありがとうございます。いつも受け取ってばかりだった私には、二人に何かを言う権利もないのかもしれませんが……一つだけ、お願いを聞いてほしいんです。

 それは、ティアのこと……ティアは凄く大人びていて、いつだって私を支えてくれましたが、一方で誰に似てしまったのか……結構寂しがり屋なんです。そして、私の我儘……いいえ、私の幼い残虐さの犠牲者であるティアには、幸せになる権利があると思うんです」

「……ダメよ、クラウ。お願い、そんな最後みたいに言わないで」

 

 彼女自身混乱しているのだろう、いつもは信念に溢れて筋の通っているアガタも、今ばかりは恐る恐る、といった調子でこちらへ手を伸ばしている。それに対し、クラウはゆっくりと首を横に振って応えた。

 

「もうあまり時間もなさそうです……繰り返しですけど、アガタさん、本当にごめんなさい……アナタはいつだって私を救ってくれる、大切な友だちでした……これからはティアのことをお願いしますね」

 

 そして、クラウはまた振り返り、再び直方体の神へと向き合う。

 

「私を呼んだ声……きっと、アナタが主神なのですね? この魂をアナタに捧げます。ですから、どうか……最後に、皆を護れる力を貸してください」

 

 そう言いながらクラウは跪き、瞳を両腕を込めて祈り始める。本来は真っ暗になるはずの視界には、一杯の青空と、外から見たピークォド号が浮かんでいるのが映った。

 

 しかし、青かったはずの空は、すぐに禍々しくも様々な色に染め上げられ――巨大な光の渦がこちらに接近してくるのと同時に、淡い光がピークォド号を覆うように広がった。

 

 その光の幕は幾重にも広がり、襲い来る禍々しい光から船体を護っている。大気が揺れ、その影響からか瞼の裏に映っている光景も激しく揺れているが――ただ、鮮烈に咲く結界が、まるで弁の重なる巨大な花のようであり――自分はそこから目が離せなかった。

 

 あの花の名前は、果たして何というのだったか。ただ、あの美しい花が、魂の同居人たる少女の魂の輝きなのだろうという直感だけが働き――同時に、これほど温かな力を扱う少女の魂が、彼女自身が言うように愚かであるはずがないと――それだけは間違いのないことだった。

 

 そして、空を染め上げる無数の光が消え去る瞬間、「ティア」と呼びかけてくる声を聞いた。

 

『……ティア、二人のことをお願いね。二人とも、優しいから……私なんかのために心を痛めてしまうと思うの。だから……ティアも二人を支えてあげてね……』

 

 穏かなような、同時に寂しそうな彼女の声が聞こえると、視界が一気に暗くなる――どうやらこれは瞼の裏のようだ。同時に右目に猛烈な違和感を感じた。なんとか左瞼だけ開けると自分の膝が見え、そしてすぐに魂の同居人の名を繰り返し呼ぶが――。

 

 ◆

 

 クラウが黒い板に向かって祈りを始めた直後から、船は大きく揺れ出した。恐らく、アルジャーノンの第八階層魔術が放たれ、その影響だとは思うのだが――とはいえ、船が落ちるようなイヤな揺れ方はしなかった。

 

 ただ、近づくことのできない薄い膜の向こうで、傅《かしず》いて祈るクラウディア・アリギエーリの後ろ姿が美しく、儚く――そして揺れが収まるのと同時に、自分と彼女とを隔てていた膜が無くなり、自分とアガタはすぐにクラウの方へと近づいて行った。

 

「クラウ!」

 

 ぐったりとうなだれるクラウの肩を握って彼女の名を呼ぶが、反応は無い。呼吸はしているから命に別状は無さそうだし、倒れ込んだわけでもないから意識はありそうだが――。

 

「……ないんだ」

 

 そう、小さな声が隙間から聞こえてくる。緑の髪の隙間から僅かにのぞく左眼は赤いが――同時に彼女の右目の辺りが金色の羽毛に覆われているのが見えた。

 

 ティアは呆然自失といった様子で顔を上げて、ただどこへとも焦点の合わない目線で辺りを見回し――。

 

「もう、聞こえないんだ……クラウの声が」

 

 最後にそれだけ言い残し、またうなだれてしまったのだった。

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