B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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九章:旅路の果て
勇者の訃報


 クラウディアが孤児院から発ってから半年近い時間が経過した。その間に起こったことは余りにも目まぐるしかった。

 

 教会よりもたらされた古の神々が復活し王都を襲撃したという知らせと、クラウディアとアラン達がその討伐のため勇者として発ったとという知らせを聞いた時には、心強さよりも心配が勝ったのを覚えている。孤児院の子供たちは自分の知る者たちが勇者として立ち上がってくれたことを喜んでくれていたけれど、彼女の育ての親である自分としては何かイヤな予感が勝っていたのだ。

 

 そもそも、魔王ブラッドベリが倒されてからだってまだ一年も経っていない。本来ならば次の三百年までは平和であるはずだったのに、邪神の復活が近いなどと言われるのは、余りに話が急すぎる。

 

 魔王が復活するまでの期間は、聖典に刻まれた絶対のルールだったはず。それが破られたというのは、聖典の預言が誤っていたことを示すのか、はたまた古の神々が七柱の創造神たちの預言を覆すほどの力を秘めていたのか――どちらにしてもあまり良いことではない。

 

 それからまた数か月が経つ間は、嬉しい知らせよりも悲しくなるような知らせが多かった。魔王復活後、魔族によって荒らされていた土地の開墾もならないままに社会不安だけが増大し、レムリア大陸は慢性的な食糧不足になっているだけに留まらず、行き場のない人々が盗賊と化し、世の中は大いに荒れてしまっている。

 

 クラウディアが教会に親書を届けてくれたおかげで受け取れた修繕費も、高騰する食費の支出にあてがわれ――もちろん、受け取れただけプラスだったとも言えるのだが――孤児院は依然、老朽化したままになってしまっていた。

 

 修繕費を別のことに使ってしまったのだ、いずれ監査が来てしまえば自分の更迭は免れないだろう――まぁ、そんなことは些細なことだ。職員がこの聖レオーネ修道院にさえ残っていれば、きっと意志は継いでもらえるから。

 

 一応、王都からの暴徒鎮圧のための兵士の派遣などは行われており、この辺りはマリオン・オーウェルが――思い返せばクラウディアとともに来たソフィアはこの人の娘だった訳だが――積極的に動いてくれているようだ。しかし、暴徒と化す民衆の数が鎮圧の数を上回っているせいで、社会不安は落ち着かないままだった。

 

 クラウディア達が邪神の復活を阻止してくれれば――十人目の勇者が世界を平和にし、主神が復活なされ、七柱の創造神の元にこの世界に永久の安寧がもたらされるはず。あの子に過酷な運命を背負わせて祈ることしかできないのも歯痒くはあるのだが。

 

 しかし、運命は皮肉にも、自分の望まぬ方に傾いてしまった。クラウディア達が王都を発ってから更に数か月後、勇者達が古の神々に敗れたという知らせがレムリア大陸全体に伝わった――世界各地で突然に起こった大災害と共に。

 

 およそ一か月前に起こった大災害は、この星のあちこちに津波や地震、火山の噴火を引き起こして甚大な被害をもたらした。レムリアの比較的内陸にあるこの場所は影響はかなり少なかったものの、海沿いや火山が近い場所では大きな被害があったらしい。そしてその大災害は、古の神々によって蘇らせられた邪神によるものなのではないかとまことしやかに囁かれている。

 

 クラウディアの死については、自分の目で見た訳でないのだから、もしかしたら誤報なのかもしれない――そう何度も思った。聖典の預言は一度外れたのだから、二度外れることもあるのではないか、頭の片隅にはそんな疑念を覚えることもあった。

 

 同時に、自分にとっては神々の神託は絶対であったのだし、クラウディアの訃報が完全に外れているとも思えなかった。預言が本当であれ嘘であれ、恐らくあの子は無事ではあるまい、その予感だけは当たっているように思われた。

 

 その予感を裏付けるように、各地で魔族の活動が活性化し始めた。先の魔王征伐で人類も魔族も互いに疲弊していた中での再びの戦争――それだけでなく、餓えた民衆が暴徒と化し、都市や農村を略奪する事態まで起こっている。

 

 更に悪いことに、世の中で不思議な病が流行り始めているというのだ。その病に罹った者の症状としては、身体を金の羽毛のようなものに浸食されて動けなくなるらしい。完全に身体が羽毛に浸食されても、かつ飲食を伴わずとも死ぬわけでは無いらしいのだが、意志もなく全く動かない状態になってしまうその状態を生きているとも言い難い――誰が言い始めたのか分からないが、その病は黄金《こがね》症と呼ばれるようになった。

 

 そんな世情を鑑みて、現在孤児院の子供たちは外に出さないようにしている。黄金症は感染症では無いらしく、突発的に症状を発症するらしいのだが――それも、最初は解脱症に罹っていた者から発症していたらしい――それでも外は危険だし、流行り病の者の近くに居て絶対に移らないとも限らない。幸いにしてまだ孤児院の中では黄金症に罹ったものは居ないが、それ以外にも外は危険であるので、買い出しなど最低限の外出のみ大人たちで行い、子供たちには孤児院の中に居るように半ば監視しているような形を取っている。

 

 遊び盛りの子供たちにとっては庭での遊びすらできないのは可哀そうでもあるが、今は先の魔王復活時よりも危険な状態だ。自分は外から何者かが襲撃してこないか監視するため、この頃は玄関ホールの窓際に椅子を置き、今そうしているように外を眺めている時間が多くなっていた。

 

「……ステラ先生。私たちはどうなっちゃうのかな?」

 

 一人の女の子が近づいて来てそう問うてきた。不安におびえる我が子の柔らかな髪にそっと手を添え――自分の不安を隠すように笑顔に努めて言葉を返すことにする。

 

「大丈夫よ……きっと七柱の創造神たちが、今に悪しき者たちに誅を下し、世界に平和を取り戻してくださいます」

 

 クラウディア達が古の神々に敗北してしまったことは心苦しいものの、同時にまだ我々は創造神たちを失っているわけではないのだ。きっと偉大なる神々が旧世界で勝利したように、此度も勝利してくれるに違いない――というより、それを信じる他ない。

 

 偉大なる神々が健在だというのに不安な気持ちが止まらないのは、七柱の創造神たちが邪神達を倒すまでの間に自分たちが危険が及ぶ可能性があるためか、それとも不安な知らせばかりで創造神たちが何をしているのか不透明なためか――これに関してはどちらも正解であり、そして上手く言語化は出来ないが、それだけでないのも確かだった。

 

 ふと眼下の少女に目を向けると、泣きそうな顔でこちらを見つめているのに気づいた。きっと自分の不安が顔に出てしまっていたのだろう――気をしっかり持たねば。しかし、少女の不安を取り除くために声を掛けようとした時、また別の少女が自分の方へと近づいてきてくるのが見えた。

 

「ステラ先生。トト達がいないの」

 

 その言葉を聞き、慌てて屋内に居る者たちに確認を取ってみた。職員たちは少年たちを見ていないらしい。子供たちに話を聞いてみたところ、トト達が裏口からこっそりと外に出たのを見たという証言を得て、近くにいた職員に他の子が出ないよう監視するように言いつけ、自分は慌てて外へと飛びだした。

 

 あの子たちはヤンチャだし、ずっと屋内にいて窮屈な想いをしていたのかもしれないが――同時に魔族や魔獣を見たこともないから、その恐ろしさを理解していないのだろう。もちろん、ある意味では人間が一番怖いということも分かっていない。だから、無謀にも外に遊びに出てしまったのだ。

 

 ひとまず遊具のある園の正面を確認するが、やはり屋内から見えるような場所には居なかった。それなら、どこか――裏山にでも入られてしまったら視界も悪いし、一人で子供を探すのは厳しいのだが。

 

 とはいえ、トト達にも外は危険ということは言ってあるのだから、そこまで土地勘がない場所には行かないようにも思う。もちろん、これは自分にとって都合の良い想像でしかなく、蛮勇たる愛しき子らは、無謀にも彼らにとっての未踏の地に足を踏み入れているかもしれないが――自分の勘に頼って、葡萄畑の方へと急ぐ。

 

 黄昏色に染まる農道を走りながら、葡萄畑を見回す――今は初夏であり、木の葉も生い茂っているもの、葡萄の木は整然と並んでいるため、幹の間に何か動く気配さえあればすぐに気付けるはずだ。

 

「トト、マルコ、ジャック! 居るなら返事をして!」

 

 大きな声で名を呼びながら畦道《あぜみち》を走っていると、ふと茂みの一部が揺れ動くのが見えた。走るのを止めて茂みの部分を注視すると、トトが身をかがめてこちらを見上げていた。

 

「トト!」

「……やべ!」

 

 立ち上がって逃げようとする少年の後を追い――まだ幼い少年の歩幅も狭く、すぐに追いつくことはできた。一人の肩を掴むと皆観念したのだろう、トトは逃げるのを止め、二人の少年も別の茂みから姿を現し、バツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「違うんだよ先生、マルコの奴がどうしても外に遊びに行きたいっていうから……」

「な、なんだと!? お前が魔族なんか怖かねぇって誘ったんだろ!?」

 

 こちらが何かを言い始める前に少年たちは代わる代わる言い訳を始めた。その様子から察するに、何か恐ろしい目にあったというわけではなさそうだ。何なら、今から叱られるのが最も恐ろしいことと言わんばかりだ。

 

「ふぅ……皆、無事でよかったわ。さぁ、戻りますよ」

 

 少年たちが無事だったことに安堵のため息を漏らしながら声を掛けると、先ほどまで何とか叱られずに言い訳をしようとしていた少年たちも申し訳なさそうな表情に変わった。普段の自分は彼らにとって厳しい院長なので、最初は怒られることに怯えていたのだろうが、こちらの真剣な様子を察して反省してくれたのかもしれない。

 

 そう、彼らは少々ヤンチャではあるが、人の心を慮《おもんばか》る優しさは備わっている。これなら素直について来てくれるだろう――そう思った瞬間、今度は遠くから何か激しい物音が聞こえ始めた。

 

「……皆、伏せて!」

 

 咄嗟に集まってきた少年たちに覆いかぶさるようにその場に臥せる。こんな物音を立ててくる者が危険な者でないはずがない――顔だけ上げて様子を伺うと、未だに火薬が炸裂するような音は鳴り止まず、風の魔術のような高速の何かがが葡萄の木を抉っているようだった。

 

 しかし、攻撃を行っている者の姿が見えない――高等な魔族ならば魔術でその身をくらますくらいのことはするだろうが、恐らく音の反響から察するに、今自分たちを取り巻いている者たちは何体も、下手すれば何十体も居るように思う。

 

 音の発生源は、段々とこちらへと近づいてくる。このまま行けば、自分たちの命は無いだろう。何が何だか分からない内に、ただ死が近づいてくるという恐怖に見舞われ、今にも逃げ出したい気持ちに駆られるが――幼い子供たちが腕の下で震えているのを感じ、少しでも彼らが安全になるよう子供たちを抱き寄せる。

 

(……神よ、私はどうなっても構いません。どうかこの子たちは!)

 

 胸の内でそう叫んだ瞬間、なお一層激しい音が遠くから響き――直後、自分たちのすぐ前に何者かが立つ気配がした。

 

 自分たちを襲っている不可視の何者かが、もう正面まで来たと言うのか――神に祈りは通じなかったのか。しかし、いつまで経っても攻撃されることは無く――それどころか、先ほどまで鳴り響いていた音の一切が世界から消えているのに気づいた。

 

「……もう大丈夫だ。この辺りには危険はない……今のうちに、孤児院に戻ってくれ」

 

 静寂を終わらせる超え――聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには顔を真っ黒な仮面のような物で覆ったコート姿の男性の姿があった。その出で立ちは一見するとどこか禍々しく、一瞬は人の言葉を解する魔族の一種かと思った。

 

 しかし、その可能性はすぐに頭の中で打ち消した。魔族であれば自分たちを護ってくれる理由が無いし、何よりも――先ほどの声色が、優しさと悲しさが同居していたから。きっとこの人は自分たちを護るためにこの場に駆けつけ――そしてその裏で、いくつもの救えなかった命のために涙を流したに違いない。

 

「あ、アナタは……?」

「名乗るほどのもんじゃないさ……立てるか?」

「え、えぇ……なんとか……」

 

 差し出された腕を取って――皮膚が硬化しているのだろう、コートの下に僅かにのぞく腕は仮面と同じ黒色で――立ち上がり、自分はすぐに同じく臥していた少年たちへと手を伸ばした。

 

「それじゃあ、俺はここで……」

 

 少年たちが立ち上がると同時に、コートの青年は自分たちの横を通って農道の方へと向かっていた。

 

「少し待ってください、せめてお礼を……」

「アナタ達が無事でよかった……どうか、絶望に呑まれないようしてくれ」

 

 青年はそれだけ言うと、後は農道の奥へと走って消えていった。自分達も少年たちの手を引いて道まで戻り、その背中を見送る――先ほどの襲撃の恐怖はどこへやら、トト達も自分も唖然とした様子で日の落ちる道を見つめることしかできなかった。

 

「……アランの兄ちゃん?」

 

 少年の内の一人、ジャックがそう小さく漏らした。どこかで聞き覚えのある声だと思ったが――そう言われると確かに、以前クラウディアが連れてきた彼の声に似ていたような気がしないでもない。

 

 しかしそうなれば、七柱の創造神たちの預言は嘘ということになる。アラン・スミスは勇者として戦い、クラウディア達と共に散ったはずなのだ。もし彼がアラン・スミスであれば、クラウディア達も生きているのかもという望みもあるが――同時に、七柱の創造神たちがどうして自分たちに嘘をついているのか、その真意が分からなかった。

 

「……ともかく、孤児院に帰りましょう……あの人の言う通り、アナタ達が無事でよかったわ」

 

 自分の言葉に少年たちは泣きそうな顔になり――先ほどの恐怖や安心、戸惑いなど、様々な感情が一挙に押し寄せてきてしまったのだろう、そしてそのまま三人とも大きな声で泣き出してしまった。

 

 少年たちの背を押しながら、ゆっくりと――先ほどの青年の言葉が本当なら、しばらく危険はないはずだ――孤児院へ通じる畦道を進む。一度だけ振り返って葡萄畑の方を見ると、一角の木々が無残にも破壊し尽くされているのが見えた。当院の収入源が台無しにされてしまったことは残念なことではあるが、それよりも少年たちが無事であったことを祝うべきであり――自分は既に見えなくなった青年の背中に向けて一礼をしてから、孤児院への帰路についたのだった。

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