B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

209 / 419
絶望からきたる病

「さて、それでは各々集めた情報を共有していきましょうか」

「ゲンブさん、ちょっと待ってください」

 

 集まった一同を仕切るゲンブの言葉を遮り、自分の隣に座るセブンスがピークォド号のデッキの中をきょろきょろと見回している。そして一通り周囲を見てから、中央の機材の上に座る人形の方に向けて手を上げた。

 

「やっぱり、アランさんとティアさんが居ないみたいです」

「それに関しては問題ありません……会議は欠席すると事前に連絡がありましたから。代わりに、こちらの決定には従うと約束してくれていますので」

 

 どうだかな、アイツがそういった類の約束を護るとも思えないが。自分の脳裏にそんな考えがよぎったが、敢えて口にすることもないだろう。そんなことは恐らくここにいる全員が承知の上だろう。

 

 ともかく、あの二人が居たところで会議の内容に変わりが出る訳でもない。そうなれば、ただ一人セブンスを説き伏せて話を進めたほうが早いだろう。

 

「作戦を練るのはゲンブの役目だ。それなら、奴が居ようと居まいと関係あるまい」

「それは、そうかも、ですけど……でも、心配じゃないですか」

「放っておけ。アイツは頭を使うより、足を動かしているほうが落ち着くタイプなんだろうからな」

 

 実際、アラン・スミスは各地で暴れる第五世代型アンドロイドを倒して周っているらしいとのこと。それはあの男の中に残る正義感からなのか、それとも仲間を失った怒りの矛先を探しているのかは不明だが――どの道、会議に居合わすよりは現場にいる方が性にあっているのは間違いないはずだ。

 

 自分の言葉に対して、セブンスは煮え切らないながらも「そうですね……」と俯きながらも頷いた。次いでゲンブが「ともかく、直ぐに彼らも戻ってくるはずですよ」と続けたことで、状況の確認が始まった。

 

 極地基地の襲撃から一か月ほどが経過し、自分たちは現状の調査のためにレムリアで情報収集を行った。とはいえ、各々の口から出る情報にそう大差は無かった。

 

 まず、第十代勇者パーティーは古の神々に敗北したということがレムリアの情報ネットワークを利用して流布されていること。そしてそれに合わせるように各地で魔族が狂暴化し、社会不安からレムリアの民も暴徒と化していること。アルジャーノンの第八階層魔術により世界各地で災害が起こり、更なる混乱を助長していること。そしてそれに合わせて不可視の怪物も暴れまわっており――最後に、世間で黄金症という新たな病が流行りだしたこと。

 

 要するに、七柱の計画は目論み通りに進んでいるということになる。つい先日までこちらの方がやや優勢と思われていたのにも関わらず、ただ二人、アルファルドとアルジャーノンが現れただけで戦況は覆されてしまったのだ。

 

 ゲンブがとくにこの二柱を警戒していた理由も頷けるというものだが――同じ七柱であるはずのレムとアシモフですら欺かれていたのだから、この二柱が潜伏していたことは誰にも責められるものではない。

 

 ただ、今はこの劣勢にどう抗うか、それが重要だ。そしてそのための策を巡らせているであろう人形の軍師は、自分の想定を他所に――既に何個もアイディアを考え、それを話すために自分たちを集めたと思ったのだが――俯いている。

 

「これは非常にマズい状況です。まさか、本当に黄金症が現れ始めるとは……」

 

 ゲンブはそう意味深に呟いた。先日、クラウディア・アリギエーリが部分的に――右目を中心として皮膚が硬化し、そこから金色の羽毛のようなものが現れている――発症した際にもその名を呟いていたが、まだ自分は正確なことを共有されていない。

 

「貴様、知っているのか?」

「はい。黄金症は旧人類も罹った病……正確には病というより、高次元存在との同化が始まったことを意味します。今はまだレムリアの民の内、数パーセントに蔓延しているに限りますが……」

「……これが全体に蔓延し始めたら、高次元存在の降臨は成就されるでしょう」

 

 ゲンブの言葉を切って、アシモフが瞼を閉じながら静かに呟いた。

 

 元々自分たちと行動を共にするようになってからアンニュイな雰囲気を纏っていた彼女だが、先日の基地襲撃からはとくにそれが顕著なように思う。彼女はフレデリック・キーツとは懇意にしていたようだし、あとはグロリアの件――恨まれていたとしても肉親を失ったのであるから、何か思うところはあるのかもしれない。

 

 アシモフはそんな自分を鼓舞するためか、息を大きく吸い込んでから首を横に振り、デッキに集まっている面々の方を一瞥した。

 

「とはいえ、状況は最悪というわけではありません。当初の計算よりは、黄金症が広がるペースは遅い……本来なら、海底のモノリスの演算を使って一気に稼働させるはずだった第五世代型アンドロイドや魔族のコントロールが出来ていないのです」

「そうだ……レムは無事なのか?」

 

 そう言いながらアガタ・ペトラルカの方へと向き直ると、彼女もまた目を瞑って――恐らく、彼女の信じる神とコンタクトを取ろうと努力しているのだろう――少しして首を振り、瞼を開けてこちらを見据えてきた。

 

「私の方へ声は聞こえませんが、レムはまだ健在です。そもそも、右京が倒れていたというのが……見せかけではありましたが……予定外のことだったのです。レムは元々、右京のコントロールからしばらく逃れる準備をしていたと聞いています。

 また、私を護るレムの加護は健在……まだ、彼女は落ちていないと断言できますよ」

「とはいえ、あまり悠長にしていられないのも確かです」

 

 アガタの言葉尻にゲンブの声が重なった。

 

「高次元存在を降ろすのに、レムの力は必須……計画を進めているということは、右京の方ではレムのコントロールを奪う算段はついているということでしょう」

「では、これからどうする? レムを護るために海と月の塔に乗り込むか?」

「いいえ、それは得策ではないでしょう。もちろん、海と月の塔を奪取できればレムの援護にはなるでしょうが……右京なら遠隔からでもレムのプロテクトを破ることが出来るはずです。

 そうなれば、海と月の塔を抑えるより、黄金症の進行を遅らせるべきかと考えます」

「抑えることは可能なのか?」

 

 こちらの質問に対し、人形の首が音を立てながら縦に振れた。

 

「黄金症とは、ある意味では心の病です。高次元存在と魂が同化し始めた反動で、肉の檻が結晶化する……そしてその原因は、世界に対する深い絶望です。

 絶望しきってしまった魂は、もはや世界に抗う術をもたない弱い存在。そういった魂から原初へと還っていく、そういった症状だと考えられています」

「……話の腰を折ることになるが、クラウディア・アリギエーリは世界に対して絶望しきってしまったのか?」

「いいえ、あの子は世界に対して絶望などしていませんでした!」

 

 アガタの叫び声がデッキ内に響き、自分もゲンブも口をつぐむ。確かに絶望していたというのなら自分たちを護って魂を消失させることもなかったというのは理解できるが、それだけでは理屈に通らないから質問をしただけなのだが。

 

 アガタが俯いてしまい、場を何だが神妙な雰囲気が包む。隣を見ると、セブンスが「もうちょっと言葉を選べないんですか?」と唇を尖らせており――そこでアシモフが咳ばらいを一つしてくれたおかげで、一同の視線は自分の方から老婆の方へと移った。

 

「アガタの報告によれば、クラウディア・アリギエーリの本来の人格は、その魂を高次元存在に捧げることで強力な結界を健在させた。つまり、彼女の場合は魂の同化が先に起こり、結果として黄金症を患った……このように推察されます」

「それだけでは、身体の一部分だけに発症した理由にならないと思うが……」

「そこに関しては、ティアという人格が残っているおかげでしょう。これも予想にしかすぎませんが、彼女の人格の半分が高次元存在へと還り、半分が残っていることにより、全身に発症することを免れているのだと思います」

 

 成程、アシモフの考察が正しいとするならば、それらしい筋道は立つだろう。そう自分が納得していると、アシモフの隣で人形がカタカタと口を鳴らし始めた。

 

「話を戻しますよ、T3。ひとまず我々がすべきことは、第六世代型アンドロイド達の黄金症の蔓延を止めること……そのため、空中要塞ヘイムダルを制覇することを次の目的とします」

 

 空中要塞ヘイムダル、それの存在は以前から認知自体はしていた。赤道に存在する起動エレベーターの中継地点であると同時に、巨大な電波の基地局であり、各地の教会や軍事拠点に通信を飛ばすことを目的として作られている施設とのこと。

 

 月や人工衛星、その他に海底からでも電波を飛ばすこと自体は可能らしいのだが、幾分か発生するタイムラグが発生するほか、第五並びに第六世代型アンドロイドたちを統制するのには巨大な通信装置が必要になるため、建設されたのだろう。

 

 元々空中要塞の存在を認知していたのに無視していたのは、そこに七柱の本体が存在しなかったからだ。今となってそこの制覇を目的とするということは――。

 

「……成程、いい加減な情報を流す基地局を破壊しようという算段だな」

「正確には少し違いますね。破壊でなく制圧です。我々にはレア神がついていますので、DAPA急進派の陰謀を彼女からレムリアの民たちに伝えてもらうのです」

「それで、黄金症の拡散を止められるか?」

「肝心なのは情報ですよ。最も恐ろしいことは、分からないこと……情報が統制され、恐怖を煽るだけ煽り、右京達はレムリアの民に肝要なことは何も伝えていない……それがもっとも人を絶望に貶める手段だと知っているからです。

 もちろん、我々が情報をレムリアの民に伝えたところで状況は劇的に好転するわけではありませんが、状況を正しく認識することが出来れば、人はその対処法を考え行動に移すことが出来ます」

「一理あるか。レムリアの民たちは今は何をすればいいのかも分からないから、ただ恐怖と絶望の坩堝に陥っているのだろうからな。

 しかし、アラン・スミスは黄金症の原因を知っているのか?」

 

 大局としては電波ジャックが有効そうというのは理解したものの、根本的な要因としては、第六世代達の心が絶望に染まらないことが重要になる――そうなると、アラン・スミスはそうするべく、各地の第五世代型と戦っているのではないかという予想が自分の頭をよぎったのだ。

 

「成程、確かに今の彼はレムリアの民の絶望を少しでも取り除こうと動いているようではありますね。とはいえ、私は伝えていませんが……」

 

 ゲンブがアシモフの方へと視線を向けるが、老婆は静かに首を振るだけだった。

 

「可能性として考えられるのは二つ。一つは知らず知らずのうちに行動しているのか。もしくは彼の中にいるエディ・べスターが情報を与えているかです。恐らくは後者でしょう」

 

 アラン・スミスの中には、パワードスーツT2の本来の持ち主である霊が宿っているとは聞いていた。そして、その声を聞くにはアドレナリンの分泌が必要とも――その者は旧世界の顛末をある程度は知っているのだから、確かにその者から情報を共有されていてもおかしくはないか。

 

 もしかすると、その者と会話をするため、アラン・スミスは戦いを求めているのかもしれない――自分がそんな風に考えている傍で会議が続くのだった。

 

 ◆

 

『……すまない、アラン』

 

 農道を走っていると、脳内にべスターの声が響きだした。

 

『もういいって……仮にお前がシンイチの正体を俺に伝えてくれていたところで、恐らくほとんど結果は変わらなかったさ』

 

 せいぜい、魔王討伐の瞬間にべスターがシンイチの正体を見破って、その場で仕留めるくらいしか好転する術は無かっただろう――それなら、記憶を次の器に移しておくという作業そのものを止められただろうから。

 

 それより後に気づいたとしても結果は変わらなかったはずだ。それに、仮に魔王討伐の瞬間に自分が勇者を亡き者にしていたら、むしろ自分も捕らえられて処刑されていただろう。

 

『そんなことより……少しでも情報を教えてくれ。黄金症のことでも、星右京のことでもいいぞ』

 

 自分がピークォド号に留まらず、なるべく外で第五世代型アンドロイドと戦いまわっている主な理由はこれだ。戦闘中と戦闘後の興奮状態が続く間は、幾許かべスターから情報をもらうことが出来るから。

 

 自分等が情報を持っても有効活用できないかもしれないが、それでも右京と戦うなら少しでも情報は欲しい。それに、艦内で大人しくしていても気分は落ち込むばかりである。それなら、身体を動かしているほうがマシという判断もあった。

 

『あぁ……次からは謝るのは止めることにする。とはいえ、粗方はチェンが言っていた通り……むしろ、オレはこの一万年の間のことは分からないんだ。それこそアシモフの方が情報を持っているだろう』

『俺が知りたいのは、お前しか知らない情報だ、ベスター。右京がDAPAに行く前のことを教えて欲しい』

『それは構わんがな……とはいえ、何を話せば……も……』

『おい、べスター、聞こえないぞ……ダメか』

 

 既に敵の気配は無くなっており、自分の緊張状態も落ち着いてしまったせいでべスターの声も聞こえなくなってしまった。それと同時に変身も解け――べスターと会話するという目的は達せなかったが、ひとまず知り合いの窮地を救えただけでも良しとするか。

 

 黄金症が絶望からくる病だというのもべスターから聞かされたことだ。それをティアに話したところ、ピークォド号が聖レオーネ孤児院の近くに船舶している間に一度状況を見に行こうと提案された形だ。結果としては向かって正解だった訳だが――とはいえ、自分もティアもステラ院長に真正面から会うことは出来なかった。会えば必ず、クラウのことを聞かれると思ったからだ。

 

 事実を伝えずに去るのは臆病で卑怯な行為だったかもしれない。だが、上手く状況を説明するのも難しかったのも事実――孤児院は全体としてルーナ神信仰が強く、下手に事情を話しても混乱を招くだけだろう。

 

 べスターの声が聞こえなくなり歩調を緩めたタイミングで、ちょうど葡萄園の終点に一人の少女が立っているのが目に映る――少女は緑色の髪の下に包帯を巻いて片方の瞳を覆い、もう片方の赤い瞳でこちらをじっと見つめていた。

 

「アラン君、ステラ先生たちを護ってくれてありがとう」

「あぁ……間に合ってよかったよ」

 

 目の前まで到着すると、ティアは口元に微笑を浮かべた。しかし、すぐにその表情には陰りが見え――笑みを浮かべているのは変わらないが、どこか自嘲気味で寂しげに瞳を伏せてしまう。

 

「なかなか、上手くはいかないね……」

「うん? 何かあったか?」

「いいや、こっちの話さ……気にしないでくれ」

 

 そう言いながらティアは自分の横へ並んだ。

 

「……その後、どうだ?」

「やっぱり、クラウの声は聞こえないね。でも、やっぱり微かに気配を感じるから……まだ、消えてはいないはずなんだ」

 

 そう言いながら、ティアは胸に手を当てながら俯いた。クラウが巨大な結界を張ってピークォド号を護ってくれて後、黄金症を発症している以上、クラウの人格はもう存在しないというのがゲンブの見立ててはあるのだが――ティアはそれに納得していなかった。

 

 ティアは大切な半身を失ったことを認めたくないだけかもしれない。理論的に考えれば、クラウが消えていないということを信じるのはナンセンスなのかも――悲しいかな、自分には彼女の気配を感じることは出来ないので、ゲンブとティア、どちらの言い分が正しいかは判別できない。

 

 しかし、自分としてはティアの言うことを信じたかった。そうでなくては――いや、そうでなくとも、自分は右京のことを――。

 

「……アラン君、怖い顔をしているよ」

 

 自分が考え事に没頭していると、ふと横から悲し気にこちらを見つめてくる赤い瞳があった。

 

「……すまん」

「謝らないで……その感情を悪いものだと断ずることは、ボクには出来ないし……」

 

 ティアはそこで言葉を切る。どう言葉を繋げるべきか分からない――正確には、こちらになんと言葉を掛けていいか分からない、というのが正しいのかもしれないが――ともかく頭を振って、夕暮れの空を見つめながら再度口を開いた。

 

「……えぇっと、さっきゲンブから連絡があったよ。やるべきことが決まったから、船に戻ってくるようにって」

「あぁ、了解だ」

 

 短く返事を返すと、ティアはまた俯いてしまい――互いに無言で歩き続ける。ティアはただ黙々と、自分の横にぴたりとついて、片時も離れようとはしなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。