B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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機人のコーヒーとクロスカウンター

「どうぞ」

 

 自分とセブンスとの間に、無機質な声と共に義手が伸びてきた。義手の先には二つのカップが握られており――恐らくまだ力の加減が難しいのだろう、カップを握る手は小刻みに揺れている――イスラーフィールは机の上にゆっくりとそれらを置いた。

 

「毒など盛っていないだろうな?」

 

 自分の質問に対してはイスラーフィールは無感情な瞳でこちらを見つめてくるだけだ。むしろ反応したのは目の前に腰かける銀髪の少女だった。

 

「T3さん! どうしていつもそう発想が物騒なんですか!?」

「元々敵なのだから、警戒するのは当たり前だ」

 

 無意識と善意で毒に近いものを生成し、それを周りに食わせるよりはマシだろう、というのは言わずに呑み込んでおいた。ただでさえ怒り顔の少女の機嫌をより損ねる必要もないだろう――ひとまず怒りは収まるだろうが、代わりに意気消沈してしまいかねない。

 

 そんな風に思考する自分をよそに、セブンスはイスラーフィールの方へ向き直って「そんなことしないよね?」と質問していた。すると、水色髪の第五世代型アンドロイドは無感情な瞳を自分の方へとむけてきた。

 

「毒殺することに対するメリットがありませんね。ここで毒を盛ってアナタ達を亡き者にしたとて、嫌疑は真っ先に私に掛けられるし……何より、私の目的が達成される可能性が低下しますから」

 

 目標の部分に関しては真偽が分からないので納得しかねるが、前者に関しては納得できる――どの道、先ほどからイスラーフィールに怪しい動きが無かったのは監視していたし、端《はな》から毒が入っているなどと思っていた訳ではない。

 

 アシモフによる処置を受けて目覚めたイスラーフィールが最初に発した一言が「ジブリールを助けてあげて欲しい」だった。主君の命令に絶対服従という制限はあったものの、高度に発達した人工知能を持つ彼女らはルーナに対して懐疑的な思考を持ち続けていたらしい。

 

 ゲンブの調査によりルーナがこの星で悪逆の限りを尽くしていたのは――というよりは、堕落していたという方が正しいのだろうが――知っていたが、イスラーフィールの報告を聞いたことにより新たに浮き彫りになった部分もある。

 

 元々のルーナは――ローザ・オールディスは、旧世界においては社会心理学を専攻し、DAPAによるデマゴーグを担当していたらしい。とはいえ、旧世界においては彼女なりに社会を良くしようという意識はあったようだ。

 

 惑星レムにおいても、元来は高次元存在の降臨よりは、寡頭による管理社会を実践することで、自由は無いが平等な社会を作るという意識から、月と教会の管理という面倒を買って出ていたほどらしい。魔王征伐による人口の剪定についても反対意見を出していたほどとのこと。

 

 しかし、何度か器を乗り換えているうちに、段々と肉の欲に溺れていってしまったのだ。管理の効率をあげるために若い器を用意してそれを繰り返すうちに、若く美しい自分の肉体に溺れるようになり――社会の管理は杜撰になっていき、己の快楽に耽ることに腐心するようになってしまったと。

 

 ローザ・オールディスは、最初は我々の中で最も誠実で真面目な人だった――というのはアシモフの談。同時に、そういった人間が神に近しい力を持ち、創り出した命に対して絶対的な支配権を持つ場合、抑えられていた欲求が倫理という枷を破って享楽にふけるというのはゲンブの談だ。

 

 何より、ルーナは他の七柱を出し抜いて、高次元存在の力を独り占めしようとしていたというのはイスラーフィールから聞かされた初めての報告だった。ゲンブとアシモフの見立てでは、アルファルドとアルジャーノンが抑止力になって野望を抑えているだろうと予測はしていたが――ルーナが七柱の中で圧倒的に性根が腐っているというのは間違いなさそうだ。

 

 ともかく、そんな主の下で露払いとして長らく使われていたのだから、イスラーフィールらが主人に対して納得できなかったという部分は理解できる。同時に、苦難を共にしてきた僚機を救いたいというイスラーフィールの思考も納得できないではない――むしろ意外に思うのは、第五世代型アンドロイドに仲間を思いやる感情のような物があるという点か。

 

 確かにジブリールなどは憎悪や傲慢といった感情や個性が現れていたように思うが、それは第六世代型アンドロイドや旧世界の人類に対する優位性から現れる攻撃的な思考の処理のように思う。

 

 一方で、イスラーフィールのジブリールを救いたいという想いは、他者に対する憐憫から来るものだろう。アシモフ曰く、人と近い容姿を持ち、自然言語処理を可能とする熾天使は人に近い感情を抱くというが、まさしくその通りなのかもしれない。

 

 お人よしで感情的なセブンスなどは、仲間を救いたいという想いに共感して、イスラーフィールに力を貸したいなどと言っている。自分としては仇敵は七柱であり、第五世代型アンドロイドの趨勢など知ったことではないから邪魔をする気もないし、先日ジブリールと激戦を繰り広げたホークウィンドなどは「ナナコの好きなようにするがいい」と寛大な態度を見せている。

 

 しかし、イスラーフィールを快く思わないものが、この船には間違いなく三人乗っている――その三人とはイスラーフィールの暗躍が原因で、近しい者を窮地に追いやられたものたちだ。

 

 結果としては、クラウディア・アリギエーリの主人格はイスラーフィールと関係ない所で喪失されたわけだが――それでも感情は別だろう。アガタ・ペトラルカなど露骨にイスラーフィールがいる空間は避けるし、残りの二人は艦内に今はいない。

 

 しかし、そろそろ帰ってくる頃合いか。そう思いながらカップを煽って時計を見ると、ちょうど休憩室の扉があけ放たれた。

 

「あ、アランさん、ティアさん! おかえりなさい!」

「あぁ、ただいまナナコ……」

 

 セブンスが身を上半身を扉の方へと向けて手を上げるが――振り向かずとも気配で分かる、アラン・スミスはイスラーフィールの方を見てあからさまな殺気を向けている。セブンスもその異様な気配を感じ取ったのだろう、机に視線を落としながら肩をすぼめて縮こまってしまった。

 

「あの、イスラーフィールのことは私がお願いしたことで……この子は悪い子じゃないんです」

「あぁ、そうだろうな。悪いのは命令した奴だ」

「そ、それじゃあ!」

 

 相手が理解してくれたと思ったのだろう、セブンスは再び元気よく扉の方へと向き直った。しかし殺気が収まっていないことに気付いて、また椅子にかけて小さくなってしまった。

 

 イスラーフィールはそんなセブンスを見かねてか、カップを運んできた盆を抱きながら、室内に向けて怒気を放っている男の方を向いた。

 

「原初の虎。別に私はアナタに許してもらおうなどと思っていません……ジブリールを助けられたら、私のことなど好きにすればいい」

「ふざけるんじゃねぇぞ! テメェを壊せば、エルとクラウは戻ってくるのか!? ソフィアは生き返るのか!? そんな風な自己犠牲に酔いしれていい気分かもしれねぇが……お前らのせいで戻ってこないものが多すぎるんだよ!!」

 

 男の怒声が艦内に響き渡る――イスラーフィールも気圧されているのか、一歩引いてどことなくたじろいだ表情を見せている。セブンスなど完全に委縮してしまい、目を閉じながら小さくなっており――振り返って後ろを見ると、アラン・スミスの背後にいるティアですら、青年の鬼気迫る様子に困惑の表情を浮かべていた。

 

 さて、アラン・スミスの言っていることはもっともだろう。癪ではあるが、この中でただ一人、自分だけがこの男の感情を理解できる。大切なものを奪われた喪失感に、奪った者に対する怒り、そう言った感情がまぜこぜになって、感情の処理の仕方も分からなくなっているのだ。

 

 それに、イスラーフィールの言い分も良くなかった。先ほど幾分か感情があると感じたが、やはり真に人間の思考を慮ることなどできはしないのだろう――奪った側の者が裁かれる覚悟はあるなどと言ったところで、奪ったという事実は変わらないのだ。むしろその冷静な態度が火に油を注ぐことなど、機械である彼女には分からなかったのだろうが。

 

 そういう意味では、自分としてはアラン・スミスを糾弾する理由など何一つない。この男は奪われたものが見せる正常な反応をしているだけなのだから。

 

 しかし――。

 

「……見るに堪えんな」

 

 気が付けば、自分は男に対する皮肉を口にしていた。男のヒステリーなど見たくもないというのは事実だが――それ以上に気に食わない点はある。

 

「今まで正義漢のような面をしていたのに、奪われた側になってヒステリーを見せるとはな……みっともないことこの上ない。人が人を裁くべきでないと言っていたのは貴様だぞ?」

「……なんだと?」

 

 自分の皮肉が効いたのか、アラン・スミスがイスラーフィールに向けていた殺気が丸々こちらへとぶつけられる。とはいえ、そんなことはどうでも良い――言ってやらねば気もすまないのだから、遠慮などせずに言うだけだ。

 

「大方、貴様は自分の実力を過信して、自分が奪われる側に回るなどと思っていなかったのだろうな。それ故に普段は綺麗ごとを口にして、周りに正論を振りまいていたのだ。

 それがどうだ? いざ自分が仲間を失えば、綺麗ごとや正論などかなぐり捨てて、感情のままに殺気をむき出しにしている……ハッキリ言って失笑ものだ」

「テメェ!!」

 

 アラン・スミスはやおらこちらへと近づいてきて、左手でこちらの外套を掴んで引っ張り上げる。自然とこちらも立ち上がる形になり――怒りで頬を痙攣させていている男の顔が近づいた。

 

「テメェにだけは言われたくねえぜ、T3。復讐のために全てを捧げたって面してた癖に、最近は随分落ち着いちまったんじゃねぇか? 何せ……」

 

 そこでアランは一度言葉を切って、セブンスの方を見た。この男が言わんとすることを察した瞬間、思わずこちらも頭の中が真っ白になり、気が付けば右の拳を男の顎を目掛けて突き出していた。

 

 そして、相手も同様だったのだろう。互いの腕が交差し ――そして拳が互いの顎を打ち抜いた。脳が振動した影響だろう、視界がぐるりと回り、数歩下がったタイミングで互いに体制を立て直し、再び間合いを詰めようとした瞬間、自分とアラン・スミスの間に二人の少女が割って入ってきた。

 

「アラン君、止めてくれ!」

「T3さん、落ち着いてください!」

 

 自分の正面にセブンス、アランの前にクラウディア・アリギエーリが立ったことで、自分も相手も拳を降ろした。

 

「……クソ野郎が」

「同じ言葉、そっくり返すぞ……」

 

 互いに少女の肩越しににらみ合うと、アラン・スミスは踵を返して休憩室から出ていった。クラウディア・アリギエーリもその後を追い――二人の気配が遠ざかったのを確認してから椅子へと腰かけ、今更になってきた痛みに顎をさすっていると、セブンスが立ったままじっとこちらを見つめているのに気が付いた。

 

「その、私を庇ってくれたんですよね。ありがとうございます」

「勘違いするな……アイツが気に食わないから言ってやっただけだ」

 

 実際の所、セブンスがこの場に居なくても同じような指摘を返していただろう。とはいえ、手が出たのはセブンスが原因であったのには違いないか。

 

 正確には、こちらの指摘がアラン・スミスに対してクリティカルであったのと同様に、奴が言おうとしていたことも自分にとって突かれたくない部分であったのも間違いないのだ。自分がセブンスにナナセを重ねてしまっているせいで、以前ほどの燃えるような復讐心が無くなってしまっているのも確かだから。

 

 そしてそれは、ナナセに対する裏切りでもあるように感じられ――そんな不甲斐ない自分が許せないのと同時に、そのことを指摘されるのが耐えがたいことだから、思わず手を出してしまったのだ。

 

 とはいえ、その責任がセブンスにある訳ではない。それを理解するくらいの分別は自分にだって残っている。そもそも、あの男の存在が気に食わないのだから、一発くれてやったくらいは問題ないし、むしろ殴り返されたことを癪に思うくらいだ。

 

 そんな風に今しがたの事態を自分の中で納得させるが、セブンスの方は相変わらず申し訳なさそうに口をへの字に曲げている。

 

「そんな顔をするな。貴様がしょ気ていると、こちらまで滅入ってくる」

「……そうですね、私の取り柄は元気なことくらいですから……」

 

 言い終わると同時に少女は両手で自らの頬を叩いた。かなりの力で叩いたのだろう、部屋中に小気味の良い音が響き渡り――そしてセブンスは開いていた掌を握ってガッツポーズを取った。

 

「よし! 気持ちを切り替えました!」

「そんな単純にいくものか?」

「もう、T3さんがそんな顔をするなって言ったんですよ!? でも、確かに気落ちしてても仕方ないですし……ともかく、私からアランさんにも謝らないと」

「止めておけ。余計に話がこじれるだけだ……あぁいう時はな、放っておいてやるのが一番だ」

 

 今のアイツは怒りの炎に身を焼かれているものの、それを自覚していない訳でないだろうし、セブンスに謝られたら余計に感情が複雑になるだけだろう。時間が奴の傷をどれだけ癒してくれるかは分からないが、下手に刺激をするよりはマシなことは間違いない。

 

「そう、でしょうか」

「あぁ、そうだ……間違いない」

「そうですね……アランさんのことを良く分かってるT3さんが言うのなら間違いないですね」

 

 セブンスはそれだけ言ってようやく席に戻り、放置されていたコーヒーに角砂糖を何個も入れ出した。アイツのことを良く分かっているということに反論すべきか、そんなに砂糖を入れては健康に良くないと突っ込むべきか、どちらから言うべきか一瞬迷っているうちに、自分とセブンスの間に立っているイスラーフィールがこちらに向けて頭を下げてきた。

 

「アルフレッド・セオメイル。私からも礼を言うべきですね」

「T3だ……貴様からの礼などいらん。私は貴様ら第五世代型アンドロイドを……」

 

 快く思っているわけではない、そう言おうと思った瞬間、また正面から強烈な視線を感じた。別に言いたいことを言っても良いのだが、さっきの今で変な空気を混ぜ返す必要もない――そう思いながら自分も目の前にあるカップを手に取り、口元で仰いだ。

 

「……貴様の淹れたコーヒー、悪くない味だ」

「そうですか……」

 

 本当は口の中を切っていたらしく、痛みが先行して味も良く分からなかったのだが――それを言う必要もないだろう。ひとまず、二人の少女が自分の言葉に安堵の表情を浮かべているのだから。

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