B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
休憩室を去り、ティアの制止も聞かずに艦内の廊下をしばらく歩き続ける。T3の言うことももっとなことは分かっているし、自分が禄でもないことを言おうとしてしまっていたことの自覚はある。とはいえ、感情が邪魔をして上手く情動をコントロールできず――結果として手を出してしまったし、かといって謝ることもできず、あの場から逃げるように退散することしかできなかった。
「アラン君、待って……」
最初の内こそ大きな声で自分を止めていたものの、ティアの声は徐々にか細くなってきている。そのか弱さが少し自分を冷静にしてくれ、同時に申し訳ない感情が湧き上がってきた。
「アイツの言う通りだ……すまなかった」
足を止めて振り返り、ティアに向かって頭を下げることにする。顔を上げると、ティアは悲し気な微笑を浮かべながら「いや、良いんだ」と頭を振った。
「ボクだって、イスラーフィールに対しては複雑な感情があるし……でも、そうだね……」
ティアは少し考え事をするように天井を見上げる。そして視線を降ろしたときには、少しいつもの調子に戻った様子で、右手の人差し指をぴん、と立てて微笑んだ。
「ねぇ、アラン君、一つ頼みがあるんだけれど」
「えぇっと……急な用事か?」
「急な用事だよ。アラン君にしか出来ないことなんだ」
「ふぅ……ティアにはさっき喧嘩を止めてくれた借りがあるからな。いいよ、言ってみてくれ」
「うん、ありがとう。それで、お願いの内容なんだけど……ボクのことを描いてほしいんだ」
「えぇっと……」
「そんな気分じゃない、っていうのは承知の上さ。でも、ずっと不公平には思っていたんだ……何せ、ボクだけアラン君に描いてもらっていないからね」
ティアはそこで一度言葉を切って、不安そうに視線を落とした。
「……ダメ、かな」
もちろん、彼女の言うように絵を描きたい気分でないのは確かだし、むしろこんな気持ちでモデルになってもらうのも申し訳なさすらある。
とはいえ、いつものティアだったら見せないような健気な雰囲気に、こちらとしてもイヤとは言い出しにくい。それに、彼女の言う通り少し気の紛れるようなことをすべきなのかもしれない。
確か、以前もこんなことがあった――アレは南大陸に向かう馬車の途中で、自分がシンイチのことで悩んでいた時だった。あの時は、三人の少女たちが気晴らしにと画材をプレゼントしてくれたのだっけ。
シンイチと言う名と、もう戻ってこない少女たちの笑顔が脳裏をよぎったせいで、再び胸の奥にどす黒いものが吹き出そうになるが――それをなんとか堪え、不安そうに赤い瞳を揺らす少女に向かって頷き返すことにした。
「分かった。ただ、画材があるのは俺の部屋だな」
「うん、二人っきりになりたいし……アラン君の部屋へ行こうか。ボクの部屋だとアガタが居るだろうしね」
「えぇ? いや……」
「いいからいいから」
ティアは自分の後ろへと歩いて行って、こちらの背中を押しだした。そのまま抗うこともせず、促されるまま自分に割り当てられた部屋へと向かう。そのまま到着して中に入り、自分は部屋の片隅に投げ出されている荷物の元にしゃがみこんで画材を探しながら、扉の所に突っ立っているティアに向かって声をかけることにする。
「それじゃあ……そうだな、そこの椅子に腰かけてもらって良いか?」
「うぅん、長時間座るならベッドの方が柔らかくて良さそうなんだけど……なんなら、隣に座って描いてくれても?」
「あのなぁ……」
「ふふ、ごめんよ。アラン君を困らせたら、折角のチャンスをふいにしてしまうかもしれないからね」
ティアは椅子を引いて腰かけ、自分は画材を持って彼女の正面にあるベッドに腰かける。さて、どんなポーズをお願いしようか――そう思っていると、ティアは顔に巻いている包帯が目立たぬようにするためだろう、少し身をよじって斜め下を見るようなポーズを取った。
「……この角度でお願いしていいかな?」
「あぁ、了解だ」
「それで、重ねてもう一つお願いがあるんだけど……今は、他の子のことを考えないで欲しい。ボクだけを見て欲しいんだ」
「それは……」
「あのねアラン君、さすがのボクだって、今のを言うのは恥ずかしかったんだよ?」
ティアは顔をこちらに向けて、珍しく頬を赤らめながら頬を膨らませてこちらを見てくる。確かに長時間同じポーズでいてもらう訳だし、モデルに向かって真摯に向き合うべきというのは間違いない。
しかし、以前のティアなら今のようなことも恥ずかしげもなく言ったような気もするが――それも、クラウの声が聞こえないせいかもしれない。案外、自分よりも初心な者が側にいると、大胆になれたりすることもあるものだ。そういう意味では、今のような積極性を見せるのに躊躇するのが、実はティアの本性なのかもしれない。
それに、今のは彼女なりの気遣いでもあるだろう。ソフィアたちのことを考えると、どうしても気分も落ち込んでしまうから。だから今は気晴らしに専念できるよう、恥を忍んで提案してくれたのだろう。
「あぁ……善処する」
「ふふ……頼むよ?」
ティアは悪戯っぽく笑って後、先ほどと同じように斜めを向いて口を結んだ。自分も紙に彼女の憂い顔を描き込んでいき――そのまましばらく無言の時間が続いた。
描き進めるための当然の作業として、彼女のことを可能な限り隅々まで見つめる。そうなると、改めてクラウとの差異が浮き彫りになるような印象を受ける――もちろん、同じ肉体を共有しているのだから、以前クラウを描いた時と外見的な違いはほとんどない。
しかし、纏っている雰囲気はやはり違う。普段の姦しい様子とは裏腹に、静謐な聖職者の様相を見せたクラウとは違い、ティアは普段こそ落ち着いていて知的だが、同時にどことなくあどけない印象があるような気がする。
もちろん最初に出会った時の印象はミステリアスであったし、その雰囲気自体は今もあるように思うが――その神秘的というベールの向こう側には、年相応、というよりそれよりも幼い印象が隠れているようにも見えるのだ。
表面的な関係性を切り取れば――それは恐らく、クラウとティアもそのように認識していただろうが――ティアの方がクラウの世話を焼いており、同時に気にかけていたのだから、どちらかと言えばティアの方が姉的な立ち位置であったに違いない。
しかし、実際の所はそう簡単な話ではないのかもしれない。クラウは人の心の機微に良く気付き、周囲に気を使ってくれていた。そう言う意味ではクラウは大人であったように思うし、しっかり者の側面もあった。
一方で、今のティアはどこか揺れに揺れ、吹いたら消えてしまいそうな儚さがある。それは、一人で心細いという子供のような――なるほど、彼女が今見せているのは、憂い顔というよりも不安に怯える、という表現の方が正しいのかもしれない。
いずれにしても、ティアが沈んでしまっているのはクラウの声が聞こえなくなってしまったせいだ。そして、その遠因を作ったのは七柱の創造神であり、同時に彼女を護れなかった自分――。
そんな風に考えながら筆を進めていると、少女は少しだけ顔をこちらに向けて真紅の瞳でこちらを覗き込んでくる。
「早速、約束を破っているね?」
「流石ティア、鋭いな……」
「というより、アラン君は結構表情に出るからね……それじゃあ、ボクの話を聞いてくれないかな?」
「これでお願いは三つ目だな」
「うん、ボクは欲張りだからね」
ティアは言葉を切って視線を落とし、そのまま小さくかぶりを振った。
「うぅん、自分で言うことではないのかもしれないけれど、ボクは欲が無いのかもしれない……だから、どうすればいいのか分からないんだと思う。ボクの願いはただ一つ、クラウが幸せになることだった……つまり、ボクの願いはクラウと常にあったんだ」
そう言いながら、ティアは右手を胸に当てて瞼を閉じる。
「……アラン君は信じてくれるか分からないけれど、確かにクラウは消えてないはずなんだ。でも、もう声は聞こえない……彼女の望みが分からない今、果たして自分は何をすべきなのか分からないんだ。
もちろん、七柱の創造神と戦うことには協力するつもりだよ。クラウやソフィアちゃんを奪ったアイツらを、エルさんを奪った偽りの神々を、ボクは許しはしない。でも、魔法も使えない今のボクは足手まといかもしれないし……それに、ホークウィンドも言っていたように、以前ほど思った通りに動けないのもあるし……」
つらつらと話し続けているうちに、ティアの声は段々と小さくなっていく。最終的には無言になってしまい――そしてしばらくしてから、顔を上げて悲しそうな笑顔をこちらへ向けた。
「ごめんよ。ボクはボクで、全然思考がまとまってないや」
「いや、大丈夫だ。俺も似たようなもんだし……いや、俺と同じってのは大丈夫じゃないな」
「はは、そうだね……うぅん、少しだけ安心かな。ボクだけが混乱しているって訳じゃないってことだからさ」
ティアは少し安心したように笑い、再び視線を落としてポーズを取った。そこからは互いに無言で、自分は絵に集中しはじめた。下書きが終わり、筆を取って色を塗り始め――艦内の照明の機械的な明るさに照らされるティアの色を紙に表していく。
筆を進めることに集中するのと同時に、不思議とティアとの思い出が蘇ってくる。最近は自分が一人にならないように着いて来てくれていること、月の夜にクラウの生い立ちについて話してくれたことなど――そんな中、以前にティアが言っていたことで引っかかる部分を思い出し、質問をしてみることにした。
「今更の質問ではあるんだが……初めてティアと出会った時、君は俺の魂が後から定着された感じがするってい言ってよな?」
「あぁ、その件か。まぁ、言ってしまえば言葉通りの意味で他意はないんだけど……そうだね、アラン君も七柱の創造神と同じように旧世界の人間だから、人格の転写とやらと近いことが行われているのかもしれないね」
「うん? それは違うと思うぞ。この体は、旧世界の俺をそのまま模して作られているようだし……えぇっと、クローン技術っていうのがあってだな。元々の生物と瓜二つの生物を創り出す技術なんだが……」
「まぁ、ボクにはその辺りの難しいことは分からないけれど……でも、そのクローン技術とやらを使って、丸々大人の君を……ボクらと出会った当初のアラン・スミスを創り出せるのかい?」
その辺りに関しては自分が科学に明るくないので明確なことは言えないが、確かクローン技術で丸々同じ人間をコピーするのは不可能なはずだ。クローン技術は、言ってしまえば特定のDNAをコピーするのであり、個体としては胎児から始まるものだったと記憶している。
自分の知る範囲での技術が正しいとするのなら、確かにティアの言う通り――レムはどうやってこの成長済みの個体を創り出したのか? もちろん、自分が知らない間に丸々コピーする技術が出来たとか、もしくはもっと前からアラン・スミスを培養していたという可能性もあるが――どちらの仮説もしっくりこない気がする。
気が付けば、思考に耽って筆が止まっていた。そしてふと顔を上げた瞬間、ティアはまた顔を上げ、赤い瞳でこちらを真っすぐに見据えていた。
「もう少し踏み込んで言おう。きっと君のその体は……君のその肉の器は、元々誰か他人の物だったんじゃないかと思うよ」
この身体が元々他の誰かの物だった――要するに、成人した男性、背丈格好の近い個体に原初の虎の細胞を移植したとするのなら? それなら、一からクローンを作成するよりも手早くコピーを作成できそうだ。
ふと、以前に学長ウイルドが、自分の身元を調査していたことを思い出す。遭難したセントセレス号、見覚えのあった甲板、そこに居合わせた暗殺者ジャド・リッチーという存在――そしてそのレポートで魔術神アルジャーノンは「答えを得た」と言っていたのだ。
そしてそこに重なるティアの言葉、そこから導き出される答えは恐らくこうだ。この身体は、この肉の器は、ゼロから生成されたものではない。恐らく、ジャド・リッチーの死骸に、オリジナルの遺伝子を移植して造られたのだ。
もちろん、この仮説が確定したわけではないし、まだまだ不明な点もある。どうしてリッチーの物だった肉体に、前世的な知識が備わっていたのか。そもそも、なぜ死肉を使わなくてはならなかったのか――疑問は尽きない、尽きないのだが、自分の直感がこの仮説はひとまず正しいと告げている。
今にして思えば、アルジャーノンにレポートを渡された時に陥ったおぞましい感覚の正体はこれだったのだ。あの時から、自分は直感部分では本質を理解していたのだろう――自分の身体が死肉であると同時に、元々何者かであったものを乗っ取ってしまったということが、退廃的で冒涜的で、そのことに恐ろしさを感じていたのだと今更ながらに思う。
「……ごめんよ。折角気晴らしのためと思って誘ったのに」
ティアの声が聞こえて現実に引き戻され、思考も僅かにクリアになる。一旦筆をパレットに置いて、右手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。まったく、レムの施術は完璧だと言って良いだろう。身体の動きや感覚に対しては違和感がないのだから。
「いや、良いんだ……色々と、疑問は氷解したしな」
ティアにそう返事を返し、改めて筆を取って少女の姿を紙に写し始める。この事実を認識するタイミングは、今がちょうど良かったのかもしれない――もっと早ければ誰かの身体を奪った事実に耐えきれなかったかもしれないし、レムの口から聞いてしまえば彼女にどんな反論をしてしまったかも分からない。
そもそも、自分の素体として転用されなければ、ジャド・リッチーの身体は海の藻屑に化していただけという見方もある。もちろん、それは死者の尊厳を奪うことになるかもしれないが、レムは死者を踏みにじるという冒涜を犯してでも自分を蘇らせた――それだけ緊急の事態でもあったとも取れる。
そして、レムの判断は間違えていなかったとも思いたい。今この星は、この宇宙は、もっと重大な危機に瀕しているのだから。そして、自分が蘇ったことにはきっと意味がある。
先ほどT3に言われたように、自分の力で世界の危機をどうにかできるかなどと言うのは傲慢なのかもしれないが――自分には戦う力があり、今この場に自分が残っているのは少女たちに繋げてもらったおかげでもあるのだ。
そんな風に思考を続けていると、大分気分も落ち着いてきた。もちろん、七柱の創造神を許すことが出来ないのは確かなことで、そこには憎しみの気持ちがあるのは否定できない。そして、これが復讐でないと綺麗ごとを言うつもりもない。
しかし同時に、今この場に自分が居ることの意味を考えれば――戦い抜くことにはきっと意味があるのだ。先ほど孤児院の人々を救えたのと同じように、まだ救える命はたくさんあるはずなのだから。