B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
話が進むにつれ、セブンスの表情が段々と暗いモノになってきた。魔族のみすぼらしい集落を見て、レムリアの民と魔族とが手を取る道を模索できないかナナセが真剣に考えていたことなどを話したタイミングであったので、何か思うところがあったのかもしれない。
セブンスが話の内容を咀嚼している間、自分は手持無沙汰の解消のために既に空になっているカップを手に取る。底の端に僅かに残った黒い液体を飲み干してから再度少女の方を覗き見るが、まだ神妙な表情を崩していないようだった。
「聞き役にってするのも疲れるだろう……ここまでにするか?」
「あ、いえ、続けて欲しいです……T3さんの方が、きっと話し続けてお疲れですよね? 何か飲み物を取ってきます!」
「水で良いぞ」
「え、でも、せっかくなので何か淹れてきますよ?」
「言い換えよう、水が良いんだ……喉が渇いているんだ、味付けなどいらん」
「は、はぁ……分かりました」
セブンスは二つのカップを持って立ち上がって休憩室を後にした。事実として話し続けて喉も乾いていたので、飲み物を持ってきてもらえるのはちょうど良い。アレだけ念を押せば、妙なアレンジを加えてくることもないだろう。
厨房へとセブンスが移動している空きに時計を見ると、どうやら一時間ほど話をしていたようだった。自分はあまり口が上手い方ではなく、盛り上げるのも得意ではないので、ただ事実を淡々と伝えるだけではあったが――逆にそれ故に話も進んだが、気が付けば大分話し込んでいたようだった。
それから時計をぼぅっと眺めていると、秒針がちょうど二周した程度の時間で休憩室の扉が再度あけ放たれた。そして目の前にガラスのカップが置かれるのと同時に、「少し、歩きながら考えてたんですけれど……」とセブンスが口を開いた。
「私はきっと、悲しいんだと思います」
「何故?」
「その、T3さんは、私と夢野七瀬は別の存在だって言ってくれましたけれど……でも、なんだか大切な思い出が、自分から抜け落ちてしまっていたようで……」
銀髪の少女はそう言いながら、胸に手を当てながらゆっくりと移動し、再び自分の正面の席に腰を降ろした。
「なんとなく、本当に何となくなんですけれど、T3さんのお話を聞くと、なんだかどこか懐かしいような気持ちになってくるんです。
もちろん、私が夢野七瀬のクローンだから、そう錯覚しているだけかもしれません。でも……私が皆のことを忘れてしまっているかのような気がして、申し訳なくって」
「……ナナセのことは、私が覚えている。私の命の限り、彼女の記憶は失われることは無い」
ほとんど無意識のうちに、自分の口からそんな言葉が飛びだした。我ながら訳が分からないことを口走った――自らの失敗に目を手で覆って後悔していると、正面からくすくすという笑い声が聞こえ始める。
「……何がおかしい?」
「ふふ、すいません。なんだか、全然フォローになってないなって思って、それがおかしくって……! でも、なんだかうれしいです。正確には私のことではないですけど……きっとずっと覚えてくれている人がいるって、ナナセも喜んでいると思います」
目元から手を話すと、セブンスは柔らかい笑みでこちらを見つめていた。あぁ、やはりそっくりだ――その事実を受け入れ始めてしまっている自分が居る。
ともかく、聞き手がしょぼくれているよりは良いだろう。そう思い直して話を続けることにする。
「……どこまで話したか」
「えと、魔王ブラッドベリと戦って直前まで聞きました!」
「そうだったな……ナナセは魔王ブラッドベリに停戦を申し込んだが、その願いが受け入れられることは無かった。
とはいえ、レムリアの民と魔族は、七柱によって本能レベルで争い合うように作られている……そうなれば、どの道共存の道はあり得なかったはずだ。その時のブラッドベリは七柱に仕組まれていることまでは知らなかったはずだが、事の本質は理解していたのだろう……それ故にブラッドベリはナナセの提案を拒み、同時にレムリアの民を護るため、勇者ナナセ・ユメノは魔王に剣を向けた」
自分の言葉に、セブンスはまた悲し気に視線を伏せた。同じく七柱の掌で踊らされている者同士、争わなければならなかったことに心を痛めているのか――いや、単純に戦わなければならなかったという事実が悲しいのだろう。
「……激戦の末、我々は魔王に勝利した。そしてブラッドベリは、自らが封印されている間は……もしナナセが魔族を救えるというのなら頼むと、そう言い残して封印された。ナナセも、魔族が世界に受け入れられるように七柱に頼んでみると……ブラッドベリに約束したんだ。そして……」
「ナナセの願いが受け入れられることは無かった。それどころか、夢野七瀬は七柱の創造神に亡き者にされた……ですよね」
この先は話すのを止めようか、そう想っていた矢先にセブンスに先手を打たれてしまう。ナナセもそうだったが、セブンスは普段はお茶らけていて鈍いのに、妙な所で勘が鋭い――こちらが話をはぐらかすのを見越して、こちらの退路を塞いで来たのだ。
セブンスは真剣な面持ちで、こちらをじっと見つめている。その先こそ知りたいのだという気持ちが表情に現れているようだ。こちらとしては、話さないという選択肢もあるのだが――話したくもないのだが――どうやら話すまで納得もしてくれなさそうだ。
セブンス、ナナセのクローン、それが自分の内側の深い部分に踏み込んで来ようとしている。この先を思い出すことが自分にとっては重荷であるものの、彼女の視線自体は不快ではない。
ここで話をはぐらかしたとしても、聞き出すまで自分に付きまとって来るだろう。それならば――こちらも覚悟を決め、自分の中にある最もおぞましい記憶を言葉として紡ぐことにする。
「……ナナセは、元の世界に戻る決断をした。帰る場所など無いのにな。だが、そんなことはナナセも私も知らなかった……だから、私は元の世界へ帰ろうとするナナセを見送るために海と月の塔へと着いて行った。本来なら勇者しか立ち入りできないのだが、無理を言って最後まで付き従ったのだ。
そして最上階に待ち構えていたのは、ルーナとアルジャーノン、それに他の七柱共もホログラムとして鎮座していた。
ナナセは最上階に着くなり、ブラッドベリとの約束を……魔族とレムリアの民の共存を申し入れた。共存が不可能なら、せめて魔族に土地を与えて、人と魔族が互いの生存権を脅かすことなく、永久の停戦ができないかとな。
しかし、七柱共はナナセの意志など聞く気はなかった……そうだろうな、魔王征伐という剪定システムが無ければ、第六世代型アンドロイドの管理コストが上がってしまうのだから……」
話しているうちに、自らの鼓動が速度を増しているのを感じる。目を閉じると、瞼の裏にあの日の光景が鮮烈に蘇ってくる。そう、一日だって思い出さなかった日はない。三百年の間、何度もリフレインした記憶。復讐の虎の行動を動機付ける、忌まわしくも忘れてはならない、彼女との最後の思い出――。
「いち早く異変に気付いたのはナナセだった。私は、そもそも魔族との共存には最後まで懐疑的だっただけでなく……もちろん、ナナセとの旅を通して、その理想自体は否定すべきものではないと考え始めていたが……そもそも、七柱の創造神たちを疑う脳を持っていなかった。それ故に対応が遅れたのだ。
ことが起こった時には、ナナセは私を庇い……私も無傷では居られなかったが、しかし致命傷は避けることができた。ナナセは、もう手遅れだったが……最後の力で私が逃げられるように聖剣で壁に穴を開け、そして……」
『アナタだけも生き残って、アル……』
彼女の体から吹き出た鮮血の温かさは、まだ頬に残っていると錯覚するほどだ。最後まで私を安心させるべく、重傷を負いながらも笑顔で自分を逃がしてくれたナナセ――この光景が自分の原動力である。ナナセの高潔な願いを無下にし、いともたやすくその命を奪い去った七柱の創造神共――奴らを絶滅させるまで、この身を復讐の刃とすることを誓ったのだ。
「……傷を負った状態で天を衝く塔から落下したのだから、私の命もそこで潰えるはずだった。しかし、復讐に燃える心が、執念が……何とかこの魂を繋いでくれた。
そこで、視察のために付近に潜伏していたゲンブに拾われて、一命を取り留め……七柱に存在を気とられないために、生体チップの除去手術を行い……三百年の間、潜伏していたのだ。
そして……この身に付着していた勇者の血液を元に、神殺しのミストルテインを成業するために創り出された第七世代型アンドロイドの生成を進めた。筋力と骨格を増強し、同時に勇者ナナセ・ユメノと同じ剣術を扱う戦う人形……それがお前だ」
話が終わり、自分はグラスの水を見つめながら正面に指を突き出した。そう、セブンスは戦うための人形なのだ。
元々、自分はナナセのクローンを創ることだって反対した。それは、彼女の死を冒涜することに他ならないように思ったからだ。しかし、七柱の創造神が持つ七聖結界を破れる武器を扱えるだけの人材が必要だったのも確かであり――サークレットで人格を矯正するということで、セブンスを創り出すというゲンブの提案を認めた形であった。
情動をコントロールすることができれば、彼女は戦うためだけの道具に過ぎないはずだった――そしてこの事実を告げれば、セブンスは私に対して怒りをぶつけ、同時に自身の出自に絶望するのではないかと思った。
本来なら、怒りをぶつけられようと問題ないはずだ。如何に彼女が絶望しようとも、それだって知ったことは無いはずだった。しかし、今のセブンスは確かな人格を持つ、一人の人間である――それ故に、彼女を直視することが出来なかったのだ。
「私はアナタを一人にしませんよ、T3さん」
予想外の返答に、自分の視線は自然と上がった。蔑まれるかと思ったのだが――それどころか、セブンスは海と月の塔で自分を護った時と同じような笑顔を浮かべ、じっとこちらを見つめていた。
「……貴様はナナセではない」
今の言葉は、セブンスに対してというより、自分を納得させるためのものだったのかもしれない。ナナセは死んだ――今目の前に居る少女は、自分と共に旅をして、苦楽を共にした相手ではないのだと。
セブンスはそんな自分の気持ちを汲んだのか、「はい、分かってます」と小さくこぼし――顎に人差し指を当てながら左右に首を傾げ始めた。
「私は果たして誰なんでしょう? 夢野七瀬のクローン? セブンス? それともナナコ……? きっとどれでもあって、どれでもない……少なくとも、T3さんの言うように、夢野七瀬でないことだけは確かです。
でも、アナタを一人にしないのに、私が夢野七瀬である必要もありませんよね?」
そこまで言って、セブンスはまた思い出の中の彼女と同じ笑顔を浮かべてと両手を伸ばし、こちらの右手を握った。恐らく力を込めているのだろうが――自分の腕は義手なので、セブンスの手の柔らかさを――もしくは硬さを――感じることは出来ない。
しかし、その手の温もりだけは、微かにだが感じられるような気がする。きっとそう錯覚するのは、目の前の少女の笑みが温かいからに違いない。
「私は、私の意志で、アナタを一人にしないと決めただけです。仮にどれだけ邪険にされても、私はアナタの側にいます」
握られた手を握り返そうか、一瞬迷いが生じた。恐らく、握り返せばセブンスは喜んでくれる――そんな気がした。
しかし、握り返すことは出来なかった。セブンスは自身がナナセではないと断言したが、むしろ自分が混乱してしまっているのだ。それ故に、ゆっくりと手を引き、そのままグラスを手に取って、気分を落ち着かせるために残っている水を一気に喉へと流し込んだ。
「……勝手にするがいい」
「はい、勝手にしますね!」
邪険に扱ったというのに、セブンスは不機嫌な様子はどこにもなく、元気に敬礼をして笑った。そしてその手を下げることをしないで、今度はまた不思議そうに視線を泳がせながら首を傾げだした。
「……あれ? そう言えば、重要な所を聞けてないかも?」
「そうか? 粗方は話したと思うが……」
「いいえ、T3さんから見た夢野七瀬のことをあんまり聞けてないかなと思います! 変な奴って聞いたくらいで、あとは出来事を聞いただけですので」
「それこそ、説明する必要もあるまい。貴様は、ナナセではないのだからな」
「えぇ、でも気になります!? 本当は着いて行ったらダメな場所まで着いて行ったんですよね!? それこそ、大切に想ってたんじゃ……」
「話は終わった。私は自室に戻るぞ」
そう言いながら立ち上がり、自分はセブンスを残して休憩室を後にした。そして、廊下を歩く傍らで、混乱する思考を落ち着かせようと努める。しかし、少女に握られた義手を見つめると、どうしても胸に温かいものが――復讐の刃が抱いてはならないはずの感情が――湧いてきてしまのだった。