B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ティアと共に今後の作戦の詳細を聞くためにデッキへと向かう。扉を開くと、中にはゲンブとアシモフが待っていた。
「いやぁ、お楽しみの所すいませんでしたね」
「……そういうアナタは、のぞき見とは性質が悪いね」
「ははは、今後はプライベートルームの監視カメラは切っておくことにしますから許してください……さ、おかけになって」
ティアにしては珍しく、ゲンブに対して不快そうな視線を投げかけている。
珍しく不機嫌そうにするティアに対し、ゲンブはどこ吹く風だ。
自分とティアが空いている椅子に座ると、空中要塞を襲撃するという作戦をゲンブから共有された。そして、ちょうど人形の話が終わるのとタイミングを同じくして、T3もデッキへと入ってきた。様子を見れば、先ほどの剣呑な雰囲気はなりを潜め、落ちついた表情をしている。
恐らく、自分と同じように、この短時間の内に気持ちを切り替えられる何かがあったのだろうが――とはいえ、先ほどの件は自分に落ち度があったのは間違いない。ともなれば、謝罪の一つでもするべきだろう。
「……さっきは悪かったな」
こちらが詫びの言葉を入れると、T3は意外そうに目を見開いて後、すぐさまいつもの仏頂面に戻った。
「幼稚な貴様の言うことなど気にしていない」
「けっ……そうかよ」
相変わらず気に食わない奴だが、逆を言えばいつもの調子に戻っているとも言える。ともかく、T3も席に着いたのを確認してから、自分たちは中央に鎮座する人形の方を見た。
「それで、決行はいつだ?」
「作戦そのものには反対は無いので?」
「あぁ……正確には、俺には何をするのが最も効果的か判断できるだけの情報が無いからな。強いてを言えば、敵の本体のある月に殴り込みに行くのが早そうだとは思うくらいか」
「以前にお伝えしたと思いますが、月の警備は惑星レムに侵入するのよりも難しい……惑星軌道間迎撃装置マルドゥーク・ゲイザーだけでも、我々は三百年の足止めを食らっていた訳ですから」
要するに、ピークォド号の装備だけでは月に直接殴り込みに行くのに勝算は無いということなのだろう。仮に直接月を目指すとしても、宇宙を渡っていくのだ――自分は到着するまでは船の中で大人しくしている他ないし、そこに関して貢献できることは何一つない。
とはいえ、果たしてその空中要塞とやらを叩くのが最善かどうかという判別はつかない――そう疑問に思っていると、ゲンブに代わってアシモフがこちらを向いて口を開いた。
「それに、ルーナたちを倒す以前に、黄金症の進行を止める必要があるわ。もし先にルーナたちを倒せたとしても、高次元存在が降臨してしまえば、惑星レムは人の住めない星になってしまいます」
「なるほど。それなら確かに、その空中要塞とやらをぶっ潰す価値はありそうだな」
先ほど共有された作戦によれば、ヘイムダルを制覇すれば人々の不安を払しょくすることができる――そうなれば、黄金症を止めるには空中要塞の攻略さえすめば、ひとまず高次元存在の降臨を止めることは可能なわけだ。
そう思いながらアシモフに対して頷き返していると、ゲンブも音を立てながら首を縦に振った。
「反対もないということで……決行日ですが、一週間後を想定しています。悠長と思われるかもしれませんが、ピークォド号の装備の整備に、精霊弓の調整や他のメンバーの武器の調整も必要ですから……そのうえ、その辺りを出来るのが私しかいませんからね。
ひとまず、精霊弓の調整から行いましょう」
T3が立ち上がるのに合わせてゲンブも浮かび上がり、「シモンが居れば任せられるのですがね」と悪態を吐きながら移動を始めた。次いで、ティアもホークウィンドとの鍛錬があるということでデッキを後にした。
都合、自分とアシモフだけデッキに残ることになる。しかしちょうどいい、彼女に確認したいこともあったのだ。
「ダンのことなんだが、アイツはまだ生きてるんだよな?」
作業をするつもりだったのだろう、アシモフは手元のキーボードに何やら打ち込んでいたが、こちらの質問に手を止めて、椅子を回してこちらを向いた。
「その辺りは、生きている、という言葉の定義によるわね。ドワーフの長たるダン・ヒュペリオンは亡くなってしまったけれど、アナタにレッドタイガーを託した人格であるフレデリック・キーツは存命なはずよ。
しかし、彼は既に人格の転写先を失ってしまったから……もう、活動するのは難しいでしょうね」
本体であるキーツの脳は生きており、脳波で機材の遠隔操作などは可能なそうだが、それは右京の妨害によって難しいだろうとアシモフは続ける。肉体があればハッキングの妨害を受けずに活動できるのだが――もし彼に受肉させるとなれば、彼の遺伝子情報から器を生成し、一定まで育てる必要がある。そうなれば、目先の決戦にはフレデリック・キーツの助力は願えないだろうとのことであった。
「酋長の息子であるシモンも亡くなってしまったのなら……ガングヘイムを継ぐ人物はいなくなってしまったわね」
アシモフはそう呟き終わると、どこかやつれた横顔でため息を吐いた。
「ガングヘイムはどうなるんだ?」
「そうね、ルーナたちを倒した暁には、残ったドワーフの中から代表者を立てて街を纏めてもらうことになると思う」
「ダンに次の器を用意するんじゃだめなのか?」
「彼はそれを望まないでしょう。元々、何者かの身体を乗っ取ることだって良しとしていなかったし……我々が勝利すれば、世界を管理する必要も無くなる。そうなれば、彼も復活を望みはしないと思うわ」
「アイツらしいな……しかし、誰かを乗っ取るっていうんじゃなくてさ、一から専用の器を作るんじゃダメなのか?」
「彼が胎児に人格を転写するのを良しとすれば、不可能ではないわね。人格の転写には、元の人格と共存するパターンと、レムリアの民の人格を上書きするか、眠らせて続けておくパターンとがある……前者を採用するのはアルジャーノンだけで、フレディは後者よ。
つまり、フレディが受肉しようとすれば、基本的には誰かの人格を乗っ取る必要がある……それを避けるなら、器に自我のない内に人格を転写しておく必要があるわね」
ちなみに人格がいつから形成されるのかという哲学的な問答は止めて頂戴、アシモフはそう付け加えた。しかし、フレデリック・キーツがもはや誰かの人格を奪う気が無いというのなら、もう彼が肉の器に収まることは無いだろう。
ガングヘイムの地下にあるフレデリック・キーツの本体をこちらに迎えられれば協力はしてくれるかもしれないが、人格の転写先がない。近いうちに決着をつけるというのに、赤子から育てているのでは遅すぎるし――決着が着いた後なら、器に収まる理由が無くなるのだ。
しかし、同時に一つの疑問が生じた。それは、ダンのことでなく――。
「……ハインラインが人格を転写させる場合はどうなんだ?」
恐らく、次に相まみえる時には、エルはリーゼロッテ・ハインラインの器として人格を転写されているはずだ。しかし、月にある本体を倒せば、エルを救うことは可能だと思っていたのだ。
しかし、もしエルの人格が乗っ取られてしまうというのなら――イヤな予感がして質問したのだが、その勘を裏付けるように老婆は瞳を伏せた。
「繰り返しになるけれど、元の人格を残せるのは、アルジャーノンだけよ。人格が複数共存する状態は、互いに協力的でないと身体のコントロールを奪われる危険性がある……それはゴードンも変わらないけれど、彼の場合は複数の思考領域で魔術の演算が可能だから、多少は別人格にコントロールを阻害されても問題ない、というのが正しいわね」
「それじゃあ、リーゼロッテ・ハインラインが起動すれば……」
「えぇ……エリザベート・フォン・ハインラインの人格は失われてしまう可能性が高い。リーズがエリザベートの人格を消さずに眠らせて保管しておいてくれるなら消えることは無いけれど……残っていれば身体のコントロールを奪われる危険性があるから、合理的に判断するならば消去するでしょう」
アシモフはそこで言葉を切り、椅子を回してこちらから視線を逸らしてきた。自分はリーゼロッテ・ハインラインの人となりを知らないので確実なことは言えないが、付き合いの長いアシモフが言い淀むということは、人格を消去されてしまう危険性が高いということだろう。
「なんとか、リーゼロッテを起動させないように出来ないか?」
「それは難しいわね……そもそも、リーズの起動の権限は右京が持っている。恐らく、我々と万全の状態で戦うためにエリザベートを回収したのだろうから」
「起動させないという選択肢はあり得ないよな……クソっ!」
ティアのおかげで少し落ち着いていたのだが、認めたくない事実を知らされたせいで思わずひじ掛けを叩きながら悪態をついてしまう。アシモフはこちらの怒りに対してもどこか落ち着いた様子で「とはいえ……」と話し始める。
「希望が全くない訳ではないわ。グロリアの例を思い出してもらえば分かると思うけれど、リーズがエリザベートに人格を転写したとしても、しばらくの間は二つの人格が共存することになる。
これは、元々の身体の主をすぐに消去してしまうと、拒絶反応が出るケースがあるから。我々最後の世代が身体になじむまでは元の人格を残しておくという処置なのだけれど……グロリアのケースと異なるのは、恐らくリーゼロッテは元の人格を消去してしまうであろうという点ね」
「エルの人格が消去されるまでには、どれくらいの時間が必要なんだ?」
「完全に消去されるまでにはあと一週間といったところ……そして恐らく、ヘイムダルへの攻撃は右京達も予想しています。ですから……」
「なるほど……次がリーゼロッテ・ハインラインを止める最後のチャンスな訳か」
まだ、エルを取り戻すチャンスはある。一度は奪われてしまったが、それなら今度は奪い返すまで――右の拳を左の掌に打ち付けて気合を入れていると、アシモフは眩しそうな視線をこちらへと投げかけてきた。