B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「貴方は強いわね、アラン・スミス」
「そんなことはないさ……俺があまりにも酷いもんだから、T3に殴られたところだ。それに、アンタだって戦うための準備をしているじゃないか」
彼女の背後にある機材を指さすと、アシモフは一度頭を振ってから椅子を回し、再びキーボードに何かを打ち込み始めた。
「自分でも驚いているわ。あの子を改めて失って、しばらくは呆然としてしまったけれど……今は、せめてこの凄惨な実験に終止符を打たないといけないと、やっと本気で向き合うことが出来たから。
レムに打診されて付いてきたけれど、私は今まで上の空だった……もちろん、右京達を止めなければとはずっとどこかで想っていたけれど、グロリアを二度失って、やっと本気になれたの」
それでは、あまりにも遅すぎたかもしれないけれど――老婆はそう付け足して自嘲気味に笑った。
娘を二度失うなどという経験をした母親は、彼女をおいて他にはいないだろうが――娘を失ったのが本気になる契機であったとするのなら、自分が想定していた以上にアシモフはグロリアに対する愛情があったのかもしれない。
いや、それでは人体実験などをさせた理由にはならないか――しかし、時間が経って考えが変わった部分もあるだろう。ともかく、その辺りは本人に聞いた方が早そうだ。
「今更だが聞いていいか? なんで、アンタは自分の娘で人体実験なんかをしたんだ?」
「……あの子から、目を背けたかったから」
「はぁ……?」
予想をしていなかった解答に対し、自分は素っ頓狂な返事を返してしまう。一方、こちらの反応などお構いなしと言った調子で、アシモフはキーボードを打ち込みながら話を続ける。
「私の本来の専攻は、アンドロイド心理学なの。彼らは……私が携わった第三から第五までの世代は、概ね人間がプログラムしたように動く。人が定義した概念が矛盾を起こして、エラーを生じさせたり、予想外の行動を取ることがあるけれど……それを防いだり、改善するのが私の学問であり仕事だった。
アンドロイドが人と生活をするのに、危険があったら困るでしょう? それを未然に防ぐために、DAPAの一角であるアシモフ・ロボテクスカンパニー社は、アンドロイド心理学の研究室を置いていたのよ。
彼らの心理を研究するのは楽しかった。乱暴に言えば言葉遊びだけれど、ある概念がアンドロイドにどう影響を及ぼすのか、同時にエラーを起こさずに実装するにはどうコーディングすればいいのか……それがぴたりとハマった時が快感だったの。
言ってしまえば、アンドロイドの思考にはある程度の整合性があり、エラーを起こさないようにするのにも一定の答えがある。私は、ずっとそう言う世界で生きてきたのよ」
アシモフは淡々と話していたが、ここで一度言葉が途切れ――キーボードを打つ音も止まり、老婆は視線を落として背中を丸めた。
「……本当は、子供が欲しかったわけではないけれど。一時の気の迷いで身ごもってしまった私は、夫の願いもあってグロリアを出産した。でも、私の子供はあまりにも不条理で、答えのない存在だった……だから、私はあの子が嫌いだったのよ」
「アンドロイドの方が素直で従順だったから?」
「えぇ、そういうことよ……それで、私はDAPAの能力開発室にあの子を押し付けたのよ。そこに押し付ければ、私はあの子の我儘に振り回されずに済む……また、思いっきり研究が出来ると。
夫も最初の内こそグロリアを可愛がっていたけれど、すぐに娘に対する興味を失っていたわ。それに、あの子は能力開発でも優秀な成績を収めていたし、その子がモノリスに触れる影響を見たいという研究者は多かった……」
先ほどの予想が当たっていたということなのだろう。元々、ファラ・アシモフは我が子のことを疎ましく思っていた。正確に言えば、距離の取り方が分からなかったのかもしれない。
グロリアより以前に彼女が手がけた第五世代までのアンドロイドは理性的な存在であり、ファラ・アシモフにとっては御しやすい存在だった。そして、彼女にとっては子供とはそう言う存在であった――それがアシモフ親子の不幸の始まりだったのかもしれない。
同時に、先日クラウがモノリスに触れた時のことを思い出す。天変地異を起こすほどのアルジャーノンの魔術から船を護り切ったのだから、高次元存在が残した遺物に触れるということは、確かに超越的な力を人に授けるようであり――科学者として、倫理観よりも研究欲が勝ったため、疎ましく思う我が子に超常的な力を押し付けるのが当時のアシモフにとっては正解だったのかもしれない。
だが、それが今のファラ・アシモフにとって正解とは限らない――彼女は作業を続けながらも静かに話を続ける。
「モノリスに触れることで飛行能力という稀有な能力を授かったあの子は、重要なサンプルとしてDAPA極東支部の最上階……通称鳥かごに封印されていたの。虎がその鳥かごをこじ開けてしまうまでの間はね」
「それで……復讐者となった我が子の腕だけ残したのはどういう了見だ?」
「あの子の遺伝子情報を残したいといったのは私ではなく、右京とゴードンよ。ゴードンに関しては、彼女の飛行能力を研究したかったようね……それで、実際に飛行の魔術も編み出したようだけれど。
右京に関しては、もしかしたらあの子と共同生活をしていた時間があったから、少し情があったのかもしれない……まぁ、そんな男でもないと思うけれど。ともかく、第六世代に融合させて、精神の状態を研究していたのは彼と、私の部下の生物学研究者たちよ。それが、人格の転写という技術に対して一定の成果をあげた訳ね。
一方、当時の私は、むしろあの子の完全な消失を願った……だから、本当ならあの子の肉体を完全に消去させたかった」
キーボードを打つ音が止まり、辺りを静寂が支配する――エルフの老婆は両腕をだらんと下げながら首をあげ、どうやら虚空を見つめているようだった。
「一万年という時間の中で、度々あの子のことを思い出すことはあった。エルフの長として過ごすようになってから……とくに最近は、あの子のことを思い出す頻度が増えていた。
きっと、肉の器にある第六世代型アンドロイド達を数多く見てきたおかげで、やっと子供というものが理解できて来たおかげなのでしょうね……いいえ、理解する必要なんか無かったんだわ。子供というものはそういうものだと、受け入れるだけで良かったのよ」
「……後悔してるんだな」
「後悔などという言葉で片づけられるほど、私の罪は軽くない。きっとあの子が生きていたら、今は私が言ったことを欺瞞、偽善と笑ったでしょうね」
果たして、アシモフのグロリアに関する推測が正しいかは分からない。自分から見たグロリアは、気は強いものの根は善良であり――ここまで後悔している母を許さないというのは想像できない。
しかし、それはあくまでも自分から見たグロリアであり、真にあの子の心中を察せているわけではないだろうから――そしてもうそれを知る機会も失われてしまった訳だが――アシモフの推察が正しいとも言えるのかもしれない。
何にしても、もはや全ては過ぎ去ってしまったことであり、実際の所はもう分からない。スザクが極地基地に散った以上、母子の関係性が修復されることは永久に無くなってしまった――それだけなのだから。
そんなこちらの思考をよそに、アシモフは自嘲的な笑みを浮かべながら話を続ける。
「レムには感謝しているわ。もし彼女に誘われなかったら、私は罪を贖う機会すらなかった。もはや、自分のしでかしたことを清算してすら許されないでしょうけれど……せめて自らの罪に終止符を打って、彼と一緒に永久に眠ろうと思う。
ただ……せめて、もう少しあの子と話す時間を取るべきだった。ナナコに話し合いの時間を取ったらどうかって、言われていたのだけれどね」
そこまで言って、アシモフは再び作業に戻った。おおよそ聞きたかったことは聞けたし、これ以上話しかけると作業の邪魔になるから、そろそろ退散すべきか。自分は席から立ち上がり、扉の方へと歩いていく――その時ふと、あと一つだけ聞きたかったことがあったのを思い出し、振り返って老婆の背中に疑問を投げかけることにする。
「最後に……アンタは、俺を恨んでいるか?」
自分の質問に対してアシモフは一瞬だけ手を止めたが、すぐに作業へと戻り、淡々とした調子で語りだす。
「少なくとも、感謝をする義理はありません。見せかけのモノであったとしても、アナタは私の家族を滅茶苦茶にしたのだから。
ただ、アナタはあくまでも原初の虎のクローンということも理解している。だから、娘の件も夫の件も、アナタに対してとやかく言う気はないわ。今のアナタに……その身に刻まれている遺伝子に期待しているのは、右京たちの首を狩ることだけ。かつてDAPAの要人を殺して回ったその殺しの術を、存分に発揮して頂戴」
「……了解だ」
それは、望まれるまでもない――どれだけ取り繕うとも、胸に燃える怒りの炎は収まることは無い。極地基地に散った仲間の仇のため、奴らに復讐してやろうというのは変わりないのだから。そう思いながら、自分はデッキを後にすることにした。