B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
ホークウィンドとの座学は、ピークォド号の格納庫を利用して行っている。座学と言えども演武など軽く動き回ることもあるし、そのためには比較的広い空間が必要だからだ。
格納庫の中には、何個か乗り物のようなものが陳列されている。以前ナナコに聞いた話では、いわゆる脱出用の乗り物らしい。大型の帆船に取りつけられている小型のボートと同じようなものと考えれば、空という海を漂うこの船にそういった機械が搭載されているのも納得できる話でもあるだろう。
ともかく、先ほど軽い組み手を終え、今は座学としてホークウィンドの忍術講習を受けている。彼は機械を好まないのか――使えはするのだろうが――わざわざ移動式の黒板を運んできて、そこにチョークで絵や文字を力強い筆圧で刻んでいた。
「これが火遁の術だ。実戦では、導火線に一斉に火をつけて投げることになる」
「ふむ……クラウが作ってた爆薬を使えば、同じことが出来るかな? まぁ、術というか、発破を投げつけているだけな気がしないでもないけれど」
「細かいことは気にするな。大切なのは炎が巻き起こるという事象だ」
「うぅん、忍術とやらは奥が深いねぇ」
そもそも、袖から一気に投げ出した発破に同時に火をつけるということからして難しそうだ――というか、何か根本的に間違えているような気がしないでもない。ともかく、忍術の奥が深いということ自体はきっと間違えてないだろう。
ホークウィンドの講習が終わり、今度は瞑想を言い渡され、胡坐をかきながら瞳を閉じて精神を統一しようとしていると「感謝しているぞ、ティア」とホークウィンドの声が聞こえてきた。目を開くと、いつの間にか目の前で男も胡坐をかきながら瞳を閉じていた。
「瞑想中なのに会話していいのかい?」
「むしろ、今が良いだろう……そなたの心に迷いが見えるからな。その辺りを払拭してからの方が精神も統一しやすいはずだ。ただし、姿勢はそのままで、呼吸もそのままで……その方が、雑念に振り回されずに思考ん集中しやすくなる」
言われるがままに再び瞼を閉じて、呼吸を意識する。するとなんとなくだが気分も落ち着いてくる。確かに、この状態で話すのも悪くなさそうだ――そう思っていると、正面からホークウィンドが「私は」と切り出し始めた。
「所帯を持つこともなく、ただこの生を任務と戦いに捧げたのだが……まさか、私の技を継いでくれる相手が居るとは思わなかった」
「ボクはあまり良い生徒じゃないさ。アナタの技を再現できるだけの技量は、今のボクには無いんだから」
ホークウィンドの技が無茶苦茶であるのは大前提にあるとしても、以前の自分ならある程度のトレースならできたはずだ。クラウが望んでさえしてくれれば、それを自分は体現することが出来るから――多少は無茶な動きでも再現できるはずなのである。
しかし、今の自分にはその原動力そのものがない。学ぶことは出来ても、おっかなびっくりにマネすることくらいしか出来ない。しかし、瞼の奥で巨漢の首が横に振れる気配を感じる。どうやら師の考えは違うようだ。
「いいや、そんなことはない。短時間の修練で第五世代型の気配を見破ったのだから、才能は間違いなくあるし……何より、出来ないと思うことは避けたほうが良い。
人間が想像できることは実現できる……旧世界のある著作者が残した言葉だ。私はこの言葉に胸を打たれ、その通りに実践してきた。
もちろん、文字通りにすべてが可能だったわけではない。どれだけ望もうとも時間を超えることは出来ないし、光の速さで動くことなども不可能だ。だが……同時に、望まなければ進歩はないし、進まなければ実現もあり得ない。
そう言う意味では、我が忍術でもっとも重要なことは、望むこと……自分には不可能と諦めず、可能となるまで研鑽を続けることなのだ」
「ははは、出来ると思って実際に分身したりしているから、あながち嘘でもないんだろうけれど……」
ホークウィンドが自分に対して言ってくれたことは、かつて自分が誰かに言ったことがある。それを思い返し――すると胸がざわつくので、改めて再び目を閉じて呼吸を整える。
「ボクも同じようなことを、クラウに言い続けたよ。実際に、アナタの言う通りだと思う……でも、ボクは文字通りに半人前なんだ。一人で完結した人格じゃない。望むことはクラウに任せていたし、自分一人じゃ何を望めばいいのか分からないんだよ」
「私から見れば、そうは見えんがな。もし、そなたに望む心が無いとするならば、私に技を教えてくれと懇願してこなかったはずだ。それこそ、黄金病に罹った人のように、絶望して動かぬ彫刻のようになっていただろう。
それでもそなたが行動するのは、本当は望む心があるから……そのように思うがな」
そこでホークウィンドも瞼を開き――こちらが瞑想を中断してしまっているのを咎めるでもなく、どこか悟ったような瞳で天井を眺め出した。
「不思議なものよな。人は、自らを勝手に規定し、その限界を勝手に決めつけてしまう……いや、自然言語処理できる知的生命体は皆そうなのかもしれない。
肉の器に無い第五世代型アンドロイドも、七柱の決めた規定のルールの中で可能、不可能を決めてしまうし……全ての歴史を刻み、莫大な知識を持つレムも、自らがAIだという理由で善悪の判断を出来ぬと自己規定していると聞く。
なまじ言語による定義が出来てしまうせいで、自らに限界という名のラベルを貼ってしまうのだろうな……逆に、可能を定義し、可能性を追究すればいいと思うのだが」
そう言いながらホークウィンドは立ち上がり、こちらにも立ち上がるように促してきた。そのまま大きな背に着いて行くと、格納庫の端にある放置されたままの機材の前まで辿り着いた。
「ティア、お主は素手でこれを真っ二つに出来るか?」
古びて多少はもろくなっていると言えど、自分にとっては未知の金属で出来ているそれを、神聖魔法や武器も無しに両断することは出来なさそうだ。
「いや、厳しいかな。へこませることくらいは出来るかもしれないけど、真っ二つとなると……」
話の流れ的には、ホークウィンドなら一撃で破壊できると言うことなのだろうが――案の定、黒装束の男は頷いて後、構えを取って大きく呼吸を吸い――そして目にも止まらなぬ速さで縦一閃、いつの間にか巨体が手刀を振り下ろしているという結果が残り、同時に金属の間に流線が走った直後、機材は真っ二つになって床に転がった。
「加減はしたが……これが鷹風流奥義、絶影。全力で放てば、第五世代型アンドロイド……熾天使の装甲すら破壊し、断ち切ることが可能だ。内なるチャクラを練り、手先に集約して放つという動機付けはしているが……何のことは無い、切れると思うから切れるのだ」
「いや、それは滅茶苦茶な気がするけれど?」
「肝心なのは、己を信じること……勿論、日々の修練や技の鋭さそのものが基礎にあるのは間違いない。だが、それらを爆発的に高めるのは、己なら可能であると信じ抜くこと……そして、そうあれかしと望むことだ」
ホークウィンドは倒れた機材の間に座り込み、自分も再び男の正面に座り込む。
「このように自分になら出来ると信じることで、世界は自らの望む形となる。これが我が鷹風流忍術の極意……火遁などの他の術など些末なことで、重要なのは想いを形にすることだ。覚えておくが良い」
「なんだか難しいな……ボクは自分のことを、そこまで信じられそうにないし……そうあれかしと望むことも、ボクには出来ないんだ」
「それなら、もっとシンプルにしよう。望むというのは、自身のためでなくとも良い……誰かのためであったって良いのだ。そなたは元々、主人格の幸せを望んでいた……これでなにも望めぬというのは、おかしな話であるまいか?」
「なるほど……いや、確かにそうかも……」
ホークウィンドの言うことは、確かに一理あるように思える。とくに自分に関しては――自分はクラウに付属する従属的な人格に過ぎないと自己を規定してたから。望むのはいつだって彼女のものだと思い込んで、自身の気持ちを見つめなおしてこなかったのかもしれない。
「そなたの心中を、分かるなどと安易なことは言いはするまい。主人格を失ってしまったというのは、主君を失うに等しい……そこには深い絶望があるはずだ。
しかし同時に……今そなたの中には、未来へと向けた願望があるはず。その想いを糧とし、前に進んでいけば良い」
ホークウィンドの言葉を改めて胸に刻み付け、自分のやりたいことを考えてみる。とはいっても、答えはすぐに見つかった。先ほど抱いた想い――この場に自分が居ると、確かに定義してくれた彼に報いるため――。
「……ボクはアラン君の役に立ちたい。クラウとの約束でもあるけれど……それ以上に、ボク自身が彼の支えになりたいと思う」
言葉にした瞬間に胸がチクリと傷んだのは、きっとこの願いを抱くことがクラウに対する裏切りだと思っている自分が居るせいかもしれない。以前にクラウをからかうように言ったこと――君がアプローチをしなければ自分が取ってしまうと言ったこともあったが、アレは本心ではない。むしろ、クラウに発破をかけるための言葉であり、本当に自分がクラウに代わって彼を支えることになるなど、思ってもいなかったのだから。
しかし同時に、確かな事実も存在する。クラウが好ましいと思う相手は、自分も同様に好ましいと思うと。クラウの影から、自分だってずっと彼の背中を見続けてきたのだ――仲間を想い、強く駆け抜けていくその後ろ姿に惹かれていたのは、何も我が主だけではなかったのだ。
そんな葛藤に悩む中、自分の言葉を聞いたホークウィンドは、目尻に皺を寄せて大きく頷いてくれた。
「うむ。良い願望だ……己に向く願望よりも、他者を思う気持ちはより技を研ぎ澄ませてくれる」
他人に肯定されることで、自分の抱いた想いが間違えていないと思え、少し安心し――同時に、しみじみと語るホークウィンドに対する興味が沸いた。それ故、ここからは彼に過去について質問してみることにした。