B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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神薙の巫女

「ホークウィンドも、誰かを思って戦っていたのかい?」

「私の場合、それは任務と祖国への忠義であったのだろう」

「でも……アナタの故郷は既になく、任務を下した人だって、既に亡くなっているんじゃないのかい?」

 

 こちらの質問に対して、ホークウィンドは「その通りだ」と頷き――どこか遠い目をしながら続ける。

 

「そう言う意味では、私もT3や今のアラン・スミスと変わらない。亡き者の無念を晴らそうという己の願望が……そして全てを奪った者たちへの怒りの炎が、私に戦う力を与えてくれていたのだ」

「復讐かい?」

「うむ……しかし、それは強い想いでもあるが、同時に脆さもある……復讐とは奪ったものを打ち滅ぼすということに対して持てる力の全てを注ぎ込むことに他ならない。そう言う意味では、我が身を顧みない諸刃の刃であるな」

 

 復讐は諸刃の刃という言葉は、自分の胸にすとんと落ちてきた。今のアランについて自分が感じている懸念はまさしくそれだ。元々無茶をするタイプではあったけれど、それ以上に今の彼には脆さがある――それが自分にとっては心配なのだ。

 

「ねぇ、ホークウィンド。つまらない悩みだと思って聞いてほしいんだけれど……ボクは、アラン君に復讐のために戦って欲しくないんだ。もちろん、彼の心を否定したわけじゃないし、ボクもアラン君本人にはそれで良いって言ってしまったけれど……」

「何故、そなたは虎に復讐を求めぬのだ?」

「それは……」

 

 予想外な問答に、一瞬返答に窮してしまう。先ほどから答えを明示してくれていたホークウィンドから、まさか質問が飛んでくるとは思わなかったのだ。

 

 繰り返される質問に、自分の疑問を何とか言語化しようと試みる。中々上手く言葉にできないが、ホークウィンドはじっと待ってくれているが――ひとまず、思いついたことを口に出してみることにする。

 

「きっと、今の彼が痛々しいからだと思う。うぅん、ちょっと違うな……彼らしく感じないから、かな」

「ふむ、成程……それでは、彼らしいとは何だろうか?」

「えぇっと……うん、誰かのために一生懸命で、自分のことなんか顧みないで走り抜けるのが彼らしいというか……」

 

 ホークウィンドからの問答が続くにつれ、自分の思考が段々と言語化出来るようになってきた。なるほど、彼はこうやって、自分が答えに辿り着くのを手助けしてくれていたのだろう。

 

「ボクはきっと、アラン君の復讐を否定したいわけじゃないんだ。ただ、今の彼は誰かを護るというよりも、敵を滅するために戦っている……それがなんだか、怖いんだと思う。

 でも、復讐のために戦うのは止めて、なんてボクには言えないし、生ぬるいことを言ってるって言うのは分かってる。ボクだって、ルーナ達を許せないって気持ちは変わらない……でも、それでも、今のアラン君は、ボクが見てきたアラン・スミスじゃないんだ」

「そうか……なればこそ、やはり彼の側に居てやるといい」

「どういうことだい? それだけじゃ、根本的な解決にはならないと思うけれど……」

「うむ。実際、そなたの悩みが直ちに解消されるわけではない。同時に、今の原初の虎は、何を言っても心が晴れることもない。

 だが、いつか気付くときも来るはずだ……失ってしまった物は取り返せはしないが、残っているものは護らなければならないという時がな」

「ふぅ……なんだかそれって男の勝手って感じがするな」

「むっ……」

 

 率直な意見だったのだが、思いのほかホークウィンドには効いたらしい――男は珍しく小さく呻いて押し黙ってしまった。とはいえ、自分の意見もまた一理あるとは思う。

 

 そもそも、彼の力になりたいという己の願望に対して、ただ付いて行って護られるのでは本末転倒だ。こちらとしては、破滅に向かっているように見える彼を何とかしたいのだから。

 

「仮にアナタの言う通りの選択をしたとしても……今、クラウの気持ちが良く分かるよ。ボクは彼の役に立ちたいと思っているのに、結局護られる選択肢をするだなんて、なんだか納得いかないよ」

「……確かにな。ではこういうのはどうだろう? もしそなたがアラン・スミスの在り方に本当に耐えられない時は……いいや、彼の心が闇へと落ちそうな時には、頬を叩いてでも正気に戻してやるというのは」

「えぇっと……良いのかな?」

 

 叩いてでも止める、というのは少々我が強すぎる気がして思わず質問を返してしまったのだが、ホークウィンドは腕を組んだまま大きく頷いた。

 

「良いのだ。復讐に心を縛られて、目が曇り大義を失うことがあってはならない。互いに滅し合おうというのだ、そこに貴賤や善悪などもあり得ぬが、同時に人として超えてはならぬ一線があることも確かなことなのだから」

「……なるほど。うん、そっちの方が、なんだかボクに向いていそうだ」

 

 正確には今の自分には、ではあるが。少なくとも、受け身で居るよりはずっと良いはずだ。心の中で反芻していると、師は腕を解いてこちらを見据えてきた。

 

「話は戻すが……鷹風流の極意、確かに伝えたぞ。無論、先ほどのように素手で金属を断ち切るなどしなくてもよいが……」

「あぁ、重要なのは望むこと……限界を超えようという意志を持つこと」

「うむ、そうだ」

「でも、もしゼツエイとやらを使うとなれば、タカカゼ流とやらを襲名したほうが良いかな?」

「質問を返すようだが、何故そなたの技はカンナギ流と言うのだ?」

「それは、クラウがそう名付けたからなんだけれど……」

 

 恐らく、彼女がハマっていた絵本に登場したニンジャが使っていた流派だったような気もするのだが――割とこだわりの強いクラウのことだから、自分なりに名づけたような気もする。

 

「……カンナギとは、どのような字を当てるかにもよるが……概ね、神と交信し神意を慰める者を指す言葉だ」

 

 そう言いながら、ホークウィンドは立ち上がり、先ほど使っていた黒板に「神凪」という記号を――恐らく旧世界の文字なのだろう――表した。その文字は、信心深く敬虔な信徒であるクラウには当てはまるだろう。しかし――。

 

「ボクにはしっくりこないね」

「そうであろうな。だが……カンナギという音には、もう一つ当てられる漢字がある」

 

 男はその更に隣に、今度は「神薙」という文字を付け足し、顔をあげてこちらを見据えた。

 

「この薙、という漢字には薙ぎ払うという意味がある。もちろん、これも前述の意味で使われるのが一般的だが……拡大解釈してみれば、神を薙ぎ払う者、という意味として取れなくもない」

「なるほど、カンジというのは面白いね。ボクにはそっちの方がしっくりくる」

 

 神を薙ぎ払う、今の自分にはぴったりだろう。もちろん、七柱の創造神というのも実体としては古代人がこの星を管理するのに都合の良い肩書に過ぎず、拡大してみれば敵は神などではないのかもしれないが――しかし自らを神と呼称し、レムリアの民を管理していた偽りの神々の打倒を目指す自分にとっては、神薙という響きはピッタリなように思われた。

 

「うむ。言葉や名前にも魂は宿る。使い慣れたモノが良いだろうし……それに、言葉の意味を知らぬのに付けたにしては数奇な名前だ。そなたの神薙流に、私の技を応用して付け加えていくのが良いだろう」

 

 そう落ち着いて話す我が師匠の声色は、穏かそのものだ――今のアランやかつてのT3など、触れれば切れるような復讐者とは一線画す達観が見えるというか、どこか忘我の境地にあるように見える。

 

「……アナタからはあまり復讐しようという気概を感じないね」

「そうだな……より大切なモノが出来たからだろう」

「……大切なもの?」

「あぁ、それは仲間だ。思い返せば、私はこの復讐の旅路の中においても、仲間には恵まれていたように思う。べスター、グロリア……長らくゲンブと二人であったが、次第に仲間が増えていき……T3やナナコ、それにティア……そなたらに会えたからな。

 今の私は復讐だけではない。若い者たちが一人でも多く生き残れるようする……それが私の最後の願いだ」

「止めてくれよ、最後の願いだなんて……アナタからは、学びたいことがまだまだある」

「そうか……そう言ってもらえればありがたいのだがな」

 

 ホークウィンドは一度言葉を切って、息を潜めて辺りを見回した。この様子だと、誰か周囲にいないか確認しているのだろうが――自分の方でも意識を集中させて周囲の気配を手繰るが、一応格納庫内には自分たちしかいないことは間違いないようだった。

 

「少し言おうか悩んでいたのだが……この体はもう長く持ちはすまい」

「でも、アナタのような旧世界の人間……最後の世代は、人格を転写すればまた活動できるんだろう?」

「うむ……とはいえ、イブラヒムの肉体は諸々と好都合だったのだ。我が忍術に耐えられる素体はそう多くはないし、既に死んでいる素体だからこそ人格を上書きする必要もない。

 私としては、いくら大義のためとはいえ、何者かの尊厳を奪ってまで活動するのは本意ではない。同時に……本体がやられては、どの道そんな選択肢すら出なくなる」

 

 男は座ったままの姿勢で右の人差し指で格納庫の床を二度ほど叩いた。

 

「私の本体は、このピークォド号の中……ちょうどこの下辺りに安置されている。次の作戦行動や、続く戦いの中で……この船が落ちぬとも限らん」

「それを言い始めたら、皆いつやられるかは分からないと思うけれど……」

「そうだな……しかし、本当に言いたいのは自分のことではないのだ。チェンからは口止めをされているが、真実を知る者がいなくなっては困るだろう。もし我々に何かがあった時のために、そなたには真実を伝えておこう」

 

 ホークウィンドから聞かされた話の内容は、自分にとって――それは確実に他の者たちにとっても――朗報と言えるモノだった。しかし、それは有事の際における切り札であり、知る者が少ないほど良いということだった。

 

「……この話、他の人には言わない方が良いってことだよね?」

「一応、目先はな……とくにアラン・スミスとナナコには言わぬ方が良いだろう。彼らは真っすぐなのが長所であるが、裏返せば単純とも言える……少しの態度の変容が、敵に知られる可能性を生み出してしまう」

「逆を言えば、とくに知らせてあげたい二人でもあるけれどね……ともかく了解だよ」

 

 そこまで話をして、本日の鍛錬は終了となった。まだ決戦までの数日間、彼からは学べることはあるが――願わくば、彼もこの戦いを乗り越えてくれることを何者かに祈るばかりだった。

 

 しかし、自分には祈る神などいない。そうなれば、祈るではなく願うこと――願うのなら望み、自ら切り開くこと。もうこれ以上大切な人を失うまいと――祈りではなく誓いを胸に偽りの神々と戦い続けよう、そう覚悟を決めたのだった。

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