B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「さて……私は、幼少のころからレムの声を聞くことが出来ました。本来なら、そう高頻度では彼女も語り掛けてこないらしいのですが、ちょうど私たちの世代で魔王が復活し、併せて想定されるチェン・ジュンダーの暗躍に備えて、早めに私とコミュニケーションを取っておこうと考えたようです」
「ふぅん……ちなみに、君はレムのことをどう思ってるんだい?」
「変な神様ですわ」
アガタはあっけらかんとした声色で、しかも滅茶苦茶に良い笑顔で答えた。自分で聞いておいてなんだが、信仰する神を評価するなど恐れ多いとか言いそうなクラウとは正反対の対応と言える。
「おいおい、良いのかい? 自分の信じる神をそんな風に言って」
「正確には、面白い神様と思っていた……が正解でしょうか。私が幼少の頃は優しく声を掛けてくれましたが、同時にユーモアに溢れて、不思議な言葉を使って……きっと、幼い私に気を使ってくれていたのでしょうね」
「ふぅん……表向きは慈愛の女神と吹聴しているどこぞの不届き物とは正反対だ」
「そうですわね。厳格な神と言われるレムですが、実態としては優しく気さくなのですから。ですが、気さくなだけではありません……最初の内こそ面白くて好きな人という認識でしたが、彼女は私が本当に小さいころから、一人の人として尊厳を持って接してくれました。そういった真摯な想いは、幼いうちにも理解できるものです……ですから、次第に彼女への想いは尊敬に変わっていきました。
正直に言えば、今でも私は彼女のことを、絶対唯一の信奉対象とは見なしていません。ですが一方で……親愛なる我が主君、という風には認識しています。レムが神だから仕えているのではなく、レムという人格に親愛を覚えているから……私は彼女のために戦えるのです」
本当に、どこぞの神とは正反対だ。クラウも最初からレム派であれば良かったのにと思ってしまうほどだ。そんな風に思っていると、アガタが一息ついてから口を開いた。
「ちなみに、魔王征伐に関しては、当初は私は参加しない予定でした」
「そうなのかい?」
「えぇ……チェンの暗躍に備えるのなら、私自身が自由に動ける方が良いですから。しかし、海と月の塔に召還された勇者が右京だと知り、レムは急遽予定を変更せざるを得なかったのです」
「レムはチェン以上に、右京のことを警戒していたから……かな?」
こちらの質問に対し、アガタは頷き返した。
「恐らく、右京自身もチェンを警戒しての受肉だったのでしょうが……元々七柱の計画に無かったことですから、レムは右京に対する一層警戒を強めました。
同時に、右京と共にあればチェンにも接触するだろうからと、急遽私が入れ替わる形になったのです」
「なるほどね……まぁ、腑に落ちたよ。君が勇者のお供にになるつもりなら、もっと早い段階で選ばれるように動いていただろうし、最初からクラウが候補に挙がることすらなかっただろうしね」
「えぇ……ルーナがレム派の伸長を嫌ったのは事実ですし、夢野七瀬の代ではレム派が魔王征伐に参加していたので、そう言う意味でも本来ならルーナ派から勇者のお供を出せば良いかなと考えていました。
ですから、元々はアナタに……クラウディア・アリギエーリに勇者のお供を任せようと思っていたのです。それで……」
「……もう謝らなくていいからね」
「……えぇ、ありがとう、ティア」
こちらの言葉に、アガタは胸に手を当てながら微笑を浮かべる。そして一息ついて、普段通りの目つきに戻った。
「さて、後のことは大体お伝えしているかと思いますから、この話はこれくらいに……」
「いいや、まだ聞いてないことがあるよ」
「なんですの?」
「そんな重大な使命を持っている君が、田舎娘であるボクらに親しくしてくれた訳を教えて欲しい」
自分としては、改めてアガタのクラウに対する感情を確認しておきたい。別に無理に把握しなくても良いのではあるが――彼女は今まで自身の本心を、使命という名のベールで覆い隠していた訳であるので、今ならその裏にある本心が聞けるかと思った形だ。
しかし、自分の予想に反して、アガタは表情を強張めた。もう少し照れるなり、本心を語るのを恥ずかしがると思ったのだが――何故だか淡々とした調子で語り始めた。
「何のことはありません。単純に、同世代で最も優秀なルーナ派の者と懇意にしておこうと思っただけです。魔王征伐を任せる訳ですから、何かあった時に連携を取れるにこしたことはありませんから。
そう言う意味では、クラウは適格者でした。田舎から出てきて教会内のいざこざも知らず、権力闘争にも興味がありませんでしたから、レム派の私とも分け隔てなく接してくれましたし……」
アガタはそこでハッとした表情になり、今度は柔らかい笑みを浮かべながら話を続ける。
「……そう、分け隔てなく接してもらえたのは、正直嬉しかったです。私はペトラルカ家の者ですから、ルーナ派はおろか、レム派にも親身に接してくれる者がいませんでした。前者は闘争の敵として、後者は権力者の娘として私を見ますから……どうしても敵対者や迎合すべき相手として、私は遠慮される存在でした。
そう言う意味で、単純に同世代の友だちとして……私と接してくれるクラウのことを、私はありがたく思っていました」
「……実際の所は、君もなかなか独特だから、他の人たちと話が合わなかったっていうのもあるんじゃないのかい?」
ちょっと意地悪をしたくなってそう質問してみると、アガタは「否定はしませんわ」と軽い調子で笑った。
「要するに、私にとってクラウディア・アリギエーリという存在は……使命を果たすうえで必要なピースである以上に、気の合う友人でもありました。
それに、内なる存在であるアナタ……ティアのことを知ると、私はアナタ達のことを他人とは思えなくなりました。私と同じく、声を聞くことのできる存在……そしてそれを誰にも言えないという境遇の一致……。
私はアナタ達にレムのことを話すことは出来ませんでしたが……これに関しても謝らなくていいんですわよね?」
「そう聞かれるとダメだよって言いたくなるなぁ」
「もう! アナタも大概良い性格をしていますわよね……」
こちらの言葉に対して、アガタは肩を落としながら頬を丸めた。やはり、この子は隠しているようで感情豊かで可愛い所がある。そして同時に、やっとアガタの気持ちを――使命のために自らの本心を殺し続けた少女の本心を聞けて嬉しいのと同時に、ホッとした気持ちになった。
クラウも表面上ではアガタのことを恨んでいるようにふるまっていたが、同時に心の奥底では疑いきれず、ずっと本心を聞きたがっていたのだ。本当はクラウ本人に聞かせてあげたかったけれど――しかし、クラウの片思いでなかったことが証明されて、これで自分としてもやっと胸を撫でおろすことが出来る。
そう思っていると、アガタははにかむ様な笑みを浮かべて、こちらをじっと見つめていることに気づいた。
「……クラウと同じように、私はアナタのことも友だちと思っていますよ、ティア」
「うぅん、なんだかむずむずするね……」
普段はちょっときつめな彼女から真っすぐに見つめられ、こちらとしてもなんだか恥ずかしくなってきてしまう。しかし、同時に胸が温かくなるのも確かだ。彼女はクラウのことだけでなく、きちんと自分のことも一人の人格と認めてくれているのだ。それは自分にとっては嬉しいことに違いない。
そうなれば、こちらもきちんと礼をすべきかも。そう思って返事をしようとすると、アガタは「ふん、先ほどのお返しですわ」と後ろ髪をすくい上げながら態度を切り替え、また真面目な表情になってから頭を垂れた。
「ですが、これだけは謝らせてください。アナタ達は私を信頼して自らが解離性人格障害であることを打ち明けてくれたのに、それを逆手に取った告発は、裏切り以上の不貞です。謝って済む問題ではありませんし、このことに関して許してほしいとも言いません」
諸々の事情を聞いた後では、別段彼女を責める気もないのだが。しかし、一応はアガタは他言無用という約束は破った形にはなる。そして、今の謝罪は許してほしいというよりも、彼女がけじめをつけるための謝罪なのだろうから――こちらとしてもとくに訂正はせず、ただ頷いて返すことにした。
「逆に、私からも伺ってよろしいでしょうか? クラウのこと……アナタは消えてはいないと言っていますけれど、どういう感じなんですの?」
「何というか、言葉通りの意味でしかないんだけど……本当に微かに、この身に彼女の気配を感じるんだ。元々がクラウの身体だから、当たり前のことなのかもしれないし、ボクが彼女のことを諦めきれていないから、そう感じているような気がしているだけかもしれないけれど……」
アガタにはそう返すが、自分の中にある種の確信はある。クラウとは十年以上、文字通りに寝食を共にしてきた間柄だ。彼女のことはアガタやアランよりも自分の方が詳しい自信がある。そんな彼女の気配は、本当に微かだが、胸の奥底に残っている――だから、クラウは完全に消滅したわけではないはずなのだ。
自分が胸に手を当ててクラウの気配を手繰っていると、アガタの方は顎に手を当てながら視線を落とし、何か考え込んでいるようだった。
「そもそも、黄金症に罹ったものは、解脱症と同じく元に戻った前例は無いと聞きます。ですが……私はアナタのその感覚を信じたいです。
この戦いが終わったら、アナタは……きっとクラウを元に戻す方法を模索するつもりなのですよね?」
「あぁ、そのつもりだよ」
「でしたら、私も協力させてください……それが私にできる罪滅ぼし。いいえ、私ももう一度クラウに会って、本人にキチンと謝罪をしたいですから」
アガタはそこで顔を上げ、また微笑を浮かべながら――その笑顔は、どちらかと言えば悲しげなものだったが――そう言ったのだった。