B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
セブンスが無敵艦隊の主砲を退けた後、自分もイスラーフィールが操縦する偵察機でヘイムダルを目指した。その道すがらでは戦闘機の追跡と、戦艦からの誘導ミサイルによる攻撃はあったものの、それらは精霊弓で撃ち落とすことには成功した。
とはいえ、戦闘しながらの移動になった以上、ピークォド号には遅れて空中要塞に到着する形になった。こちらの着地点は平坦な高台で、ピークォド号から離れており――すでに眼下では激しい戦闘が開始されているのが視認できた。
「もう少し近くに寄せられなかったのか?」
「無茶を言わないでください……浮力で制動しているピークォド号と違って、偵察機は止まるのに拓けた場所が必要なのですから」
自分が精霊弓の弾倉を入れ替える傍ら、イスラーフィールが偵察機の長細いガラス蓋を開けながら答えた。自分だけならADAMsを使えばすぐにピークォド号の方へと合流もできるが、超音速移動の機構を備えていない、それも例の反物質バリアもないイスラーフィールを取り残していけば、彼女だけやられてしまうだろう。
「……貴様、体重は?」
「女性に体重を聞くとは、良い趣味をしていますね? まぁ、お察しの通りです」
彼女を抱えてADAMsを起動することも考えたが、その考えは棄却することにした。特殊合金で出来ている彼女を抱えること自体は自分の義手を使えば不可能ではないだろうが、片腕で抱えられるほど軽くもないはずだ。いくら音速と言えども、両腕が塞がっている状態で空中要塞を移動をするのは危険だろう。
「とはいえ、体表はシリコンで出来ていますから、結構柔らかいんですよ?」
「どうでも良い情報だ。ともかく、早くピークォド号の所まで移動して、合流しなければな……」
ローブを翻しながら無表情で一回転する熾天使を横目に、ピークォド号までの道筋を模索する。同時に、神経を集中させて辺りの様子を伺う。ここは既に敵陣の真っただ中であり――ここに来るまでも随分と戦わされたが――不可視の怪物がどこに潜んでいるとも限らないのだ。
臨戦態勢に入ったのは僥倖だったと言えるだろう。神経を研ぎ澄ませていなければ、眼下の鉄火に紛れた無邪気な殺意に気付かなかっただろう――すぐに奥歯を噛み、斜面にある屋根を移動しながらこちらへ接近してくる薔薇色の髪の少女に対して迎撃態勢を取る。
現在はトリニティ・バーストによる強化がないので、熾天使との接近戦は最後の手段だ。音速同士でぶつかれば、義手にダメージが入って弓を引けなくなる――先ほど弾倉を入れ替えたばかりの弓を番え、移動しながら熾天使の移動する軌道を読み、光の矢を放つ。
敵もこちらの攻撃パターンを学習しているのだろう、ジブリールは屋根をジグザグに移動しながら放たれた波動を躱し――そして一気に高台まで躍り出て、こちらには目もくれずにイスラーフィールの方へと突撃してきた。
『ちっ……!』
ジブリールがこちらに眼もくれていない間、イスラーフィールごと仕留めれば良かったものを――気が付けば自分は水色髪の少女の前へと移動しており、真正面から迎撃する形を取っていた。
ジブリールはこちらの攻撃を避けたものの、そこで加速に限界が来たのだろう――こちらも神経に限界が来て、世界に風の音が戻ってくる。正常な時の流れの中で改めてジブリールを見ると、どこかアイセンサーの焦点があっていないように見えた。
「イスラーフィール……アたシを裏切っタのねェ……」
「ジブリール、違うよ、私は……!」
アナタを救いに来た、そう言いたかったのだろうが――感動の再会といった雰囲気でないことは明確だ。
確かに、イスラーフィールはDAPAを――僚機を裏切ったとも取れなくもない訳だが、それにも増してジブリールの様子がおかしい。元々感情的で情緒の安定しないアンドロイドではあったが、以前にも増して挙動や情動が不安定に見える。
その答えは明白だ。恐らく、ジブリールはルーナより絶対の命令を受けているのだろう――僚機であり、敵に補足された裏切り者であるイスラーフィールを倒す様にと。そしてそれを証明するかのように、ジブリールは首から上をガタガタと揺らしながら、焦点の合わない瞳でイスラーフィールを見つめていた。
「壊しテやる……コワしてヤるこワしテやルコワシテヤル!!」
「ジブリール!」
相手が動き出す気配を察知し、こちらも再びADAMsを起動し、襲い掛かってくるジブリールを迎え撃つ。とはいっても、出来ることは先ほど同様に弓で牽制することくらいだが――それらは自動学習によって対応されてしまうので、致命傷を与えることは出来ずに追い払う程度のことしかできない。
こんなやつに足止めを食らっている場合ではない。自分はどこかに潜んでいるであろうアルジャーノンに対処しなければならないのだから。それならば、加速の切れたタイミングを狙い、一気に仕留める――多少無理をしてADAMsを引っ張れば不可能ではない。しかし、相手の加速が切れる直前、脳内のイスラーフィールの声が聞こえだした。
『止めてください! ジブリールは操られているんです!』
『加減できる相手ではない!』
『……お願いです』
あまりにか細い声で懇願されたため、思わず弓を引く手が止まってしまった。そしてジブリールの加速が切れるのに合わせてこちらも一度加速を切り、イスラーフィールとの会話を続けることにする。
『……何か策はあるのか?』
『首筋から直接端子を繋げられれば、ジブリールの電脳に直接干渉できます。私の権限では出来ることは限られますが……少なくとも今の暴走状態を止めることはできるかと』
暴走状態を止められたところで、ジブリールがこちらを敵視していることは変わりない。そもそも、首筋に端子を繋げるなど悠長なことが出来る訳がないが――もしジブリールの電脳に干渉さえできれば、僚機であるイスラーフィールに対する攻撃は止めてくれることは想定できる。
とはいえ、加減が出来る相手でないのも確かだ。先日はトリニティ・バーストがあるから優位に立てたものの、現状は単純な戦闘力で言えば向こうがこちらを凌駕しているのだから。
『……四肢を破壊するくらいは許容しろ』
『はい、構いません』
『あと、繰り返しだが……』
『T3、頼みます』
そう、今の自分は虎。ナナセを護れなかった弱い男ではない。T3という名は、過去との決別の意味を孕む。
しかし、思い返せば軟弱なことをしているとも思う。復讐の鬼として、手段を選ばず、ただ七柱を滅ぼす刃としてだけ自分は存在すればいいのに――どうしてこんな煩わしいことになってしまったのか。
理由は単純明快で、やはりセブンスのせいだろう。正確には、自分と同じく手段を選ばないゲンブ以外の者たちと組み始めたからだ。虎は狩りを単独でこなす――本来、復讐を達成するのには仲間など居ないほうが良かったのかもしれない。
そんな自分の甘さが、こんな苦戦を引き起こしているのだ。五体満足での生け捕りは諦めたと言っても、本来はスペックで負けている相手に手心を加えている余裕など無く――なお悪いことに、ジブリールは頑なにイスラーフィールを狙っているようで、後ろにいる少女型のアンドロイドを護りながら戦っているせいで、自分はかなりの苦戦を強いられているのは間違いない。
厄介なのは射撃よりも近接戦闘だ。同じ超音速の中であれば、相手の銃口から射線を読むことは可能だが――相手も学習してきてるのだろう、射撃はあくまでも距離を取りたい時やこちらの行動を制限したい時に限り、こちらが頑なに避けている白兵戦も、今はなんとか撃退できているものの、徐々に距離を詰められてきている。このままいけばいずれ近づかれ、接近戦により仕留められてしまうだろう。
なお悪いことに、徐々に他の敵の気配が近づいてきているのだ。戦闘が長引くほど、こちらへ合流してくる第五世代型も増えてくる。旧型なら音速戦闘は仕掛けてこないだろうが、敵の数が増えるほどADAMsが切れた時のリスクは上がるし、いくら遅いと言えども射線が増えれば回避行動も取りにくくなる。
『一般的な第五世代型なら、今の私でも対応できます……アナタはジブリールに専念してください』
前に出るな、そう言おうと思ったが、その心配は杞憂だった。自分の横をすり抜けるように――超音速の中で見ても中々の速度で――接近する第五世代型達に向けてイスラーフィールの放ったチャクラムが飛んでいき、相手の動力を的確に落としているようだ。流石、腐っても熾天使といったところか。
しかし、状況は悪くなる一方だ。囲まれればジブリールの攻撃からイスラーフィールを守りにくくなる。いや、そもそも守るなどという発想がノイズなのだが――。
いや、考え事などしている暇はない。現に加速の限界が近いというのに、ジブリールに対して再加速をするのに安全な間合いが取れていない。なんとか距離を離そうと拡散する矢を放つが、すでに手の内を見せすぎたのかもしれない、ジブリールは身をかがめてこちらへと突撃してきた。
精霊弓の一撃を完全に躱すことは出来なかったものの、同時にジブリールは致命傷を避けながらこちらの懐へと潜り込んできた。
音速を超えて燃えて揺らめく髪が近づいてくる――二の矢を継ぐことが出来ず、こちらは相手の至近距離からの銃撃を寸でで躱すことで手一杯だった。そのタイミングで互いに限界が来て音が戻ってくるが、同時にこの距離なら人の身を遥かに超える力を持つ熾天使の方が圧倒的に有利だ。
ジブリールはすぐにこちらへ向き直り、腰からビームダガーを出してこちらへ突き出してくる。しかし、その刃がこちらを貫くことは無かった。痛みの代わりに自分の視界に水色の髪が現れ――イスラーフィールが自分とジブリールの間に割り込んできたのだ。
そのわずかな隙を縫って、こちらは再度奥歯を噛み、加速して弓を構えながら二人の少女の側面に回り込んだ。弦を引きながら二人の様子を見ると、凶刃はイスラーフィールを貫くことは無く――ジブリールは驚愕に目を見開いて、僚機の眉間にダガーを押し込めずにいるようだった。
『……もらった!』
範囲を絞り、しかし熾天使の装甲を貫けるほどに出力を上げ、イスラーフィールを巻き込まないようにジブリールの足を狙って光の矢を放つ。ジブリールも再加速をしてイスラーフィールから距離を取ったものの、それを予想して偏差射撃を行った――ジブリールはこちらの攻撃を避けることは叶わず、圧縮された光の矢によって右の膝下を撃ち抜かれた。
もう、音速戦闘の脅威はないだろう――ADAMsを切った瞬間、足を失った熾天使はその場に倒れ込み、しかしすぐに両腕を使いながら上半身を起こして頭上の僚機を見つめだした。
「ぐっ……イスラー……フィール……」
「……どうして? 私を壊すんじゃなかったの?」
「そうよ……壊して……でも、アナたは……あたシの……たった一人の、大切な僚機……」
見つめ合う二人の熾天使を見て、成程、イスラーフィールがジブリールを救いたいと言った動機もなんとなくだが理解した。強力な指令によって敵対していても、最後には僚機を貫けなかった所を見るに、あの二人の絆は本物なのだ。
以前、アズラエルを見た時にも近い感情を持ったことがあるが――第五世代と我々第六世代との差とは何なのだろうか? 彼らは高次元存在を降ろす器としては適合しなかったらしいが、時おり見せる感傷的な立ち居振る舞いは、肉の器にある第六世代型と大差も無いように見える。
元々は七柱の尖兵として敵視していた天使達ではあるが、結局のところは第五世代も七柱の被害者に過ぎないのだ。彼女らは彼女らなりに世界を認識し、一定の自我を持っているのだから。
もちろん、ある種の同情と共感、憐憫を覚えたことに違いは無いが、だからと言って他の天使たちに手心を加えるつもりは無い。自分の目的は七柱を倒すことであり、それを邪魔をするのなら容赦はしない。
とはいえ、今回はこれで良かったのだろう。足を破壊してしまったのは自分であり、傷ついたジブリールと戦力の落ちているイスラーフィールを連れて他の者たちと合流する難易度は上がってしまったが――彼女らも七柱に在り方を歪められた存在なのだから。
ともかく、ここは敵地であり、他の天使たちがこちらへ向かってきている。イスラーフィールがジブリールのプログラムを書き換えている間に、自分は防衛をしなければならない。
そう思って二人の少女から視線を離して防衛行動に移ろうとした時――イスラーフィールが倒れ込むジブリールに近づいたまさにその時、二人の少女の間に鈍色の亀裂が走った。文字通り、空間に突如として現れたその亀裂から、恐らく魔術であろう光線が跳び出してきた。
イスラーフィールはそれを素晴らしい反応速度で躱すが、それと同時に亀裂と、倒れていたはずのジブリールの姿が忽然と消えてしまったのだった。
「……何が起こった!?」
思わず叫ぶ自分に対し、イスラーフィールは肩を落とし――ややあってから頭を振り、自分の方へと歩いてくる。
「……私のカメラをスローモーションで再生しても、ジブリールは忽然と消えました……恐らく、アルファルドのJaUNTで、瞬間移動させられたのだと思います」
「成程……しかし、何故?」
「もし今日中に決着が付かなかった時に、こちらの戦力が増強されるのを恐れたから……ないし、アルファルドがルーナに対して恩を売りたかったから、というのが私の考えにはなりますが……」
イスラーフィールは自信なさげに答える。合理的に考えれば彼女の考えは正しくありそうだが、自分としても腑に落ちないのも確かだった。何なら、敢えてジブリールを捨ておいて、彼女を護りながら移動する自分とイスラーフィールの邪魔をする、くらいのことを右京はしてきそうに思うからだ。
ともかく、この場に残ったのはジブリールを救い出すことは出来なかったという結果だけだ。もし自分が警戒を怠らずにADAMsを起動していれば、こんな風に――目の前の少女が落胆することは無かったかもしれない。
「……すまなかった」
気が付けば、自分の口から謝罪の言葉が出ていた。それが意外だったのか、イスラーフィールは悲しげな表情はどこか唖然としたものに代わり、すぐに口元に微笑を浮かべて首を横に振った。
「謝る必要はありません。むしろこちらこそ、私の我儘に付き合ってくれたことに礼を言わねばなりませんね」
「ふん……では、ピークォド号に合流するぞ。貴様はアシモフの護衛をしなければならないのだろう」
「はい、そうですね……急ぎましょう。露払いには、私も参加しますから」
イスラーフィールは無表情に戻り、袖からチャクラムを出して回しながら、眼下から忍び寄る天使たちを見つめる。自分も気を引き締めなおし、弓を構えて敵の気配を手繰り――そして自分たちは襲い来る敵の魔の手を迎撃しながら一気に斜面を降り始めたのだった。