B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
他の者たちが表で戦っている横を静かにすり抜け、自分は役目を果たすためにヘイムダルの奥へと進み始めていた。日の射す列柱の回廊を抜け、空中要塞の最深部を目指す――ヘイムダルは外側は魔法都市とでもいう雰囲気で、一見すると石造りの厳かな雰囲気ではあるが、内部に入ればやはり未来的で無機質な構造になっていた。
最初の内こそは第五世代型アンドロイドと遭遇しないように慎重に移動を進めていたのだが、今は気配を潜めず堂々と歩みを早めている。というのも――。
『……敵は襲ってこないな』
『あぁ……しかし、ずっと見られている気配はする……』
監視されている気配のおかげで自分の緊張状態が続いており、べスターとの会話を出来る訳だが――自分が気配を消さずに移動を始めた理由はこれだった。自分の移動経路に第五世代型の配置が見られないのだ。
『べスター、どうして敵は襲ってこないんだと思う?』
『お前に今さら第五世代型をぶつけたところで無意味だと判断されているか……』
『だが、消耗させるくらいは出来るだろう?』
『分かって聞いているんだろう、アラン』
そう、右京は自分を招いている、そんな風に感じられる。べスターの言うように無駄な消費を抑えているのか、それとも油断させておいて何かしら罠でも用意しているのか。まさか、何か自分と話したい事でもあるのか――合理的に考えれば最後の可能性が一番ないと思うのだが、何となくだがこれが正解なようにも思う。
一応、エレベーターを使うのは避けながら――流石に罠があった時に逃げ場がないのはまずいからだ――下へ下へと移動をしていく。
吹き抜けで下層に飛び移るなど、本来なら隠密機動としてはあり得ない動きだが、内部に敵の気配はないのだから早く目的地に移動できるに越したことは無い――時おり内部にすら届く振動から察するに、外では大規模な戦闘が行われているようだ。早めにケリをつけるべきだろう。
『今更にはなるが……シンイチには右京の面影があったな』
吹き抜けを降りきり、最深部へと続く通路を歩いている時に、ふと脳内にべスターの声が響いた。
『面影があったってことは……似ていたのか?』
『立ち居振る舞いに関しては、成程、昔お前と話している時に近いようではあった……ただ、一応外見は別人だったから、すぐには気付けなかった』
『でも、面影があったんだろう?』
自分の疑問に対し、べスターはすぐには返事をしなかった。コイツは重要なことをもったいぶる癖があるとも思うが、恐らく慎重に言葉を選んでいるのだろう、少ししてから『確か……』と切り出してきた。
『人格の転写とやらは、基本的には自身の遺伝子情報を持つものの方が馴染むらしいな』
『要するに、シンイチは右京の息子か何かだったってことか?』
『その可能性はあると思う。とはいえ、それだと少し違和感もある』
『煮え切らないな、どういうことだ?』
『もしシンイチが右京の息子であるとするのなら、他の七柱……アシモフやキーツはすぐに正体に気付いたんじゃないかと思うんだ。アシモフの口ぶりでは、彼女はレムに事態を共有されるまで、そのことに気付いていなかったのだろう?』
『隠し子か何かで、他の七柱にはシンイチの存在は共有されていなかった可能性は?』
『もちろん、その可能性が高いんじゃないかと思うな。とはいえ、隠す理由も分からないし……何より子供が出来たとするなら、恐らくその息子は旧世界においてか、この星にたどり着くまでにできた子供だろう。それがなんで一万年の間保存されていたのかも気になるし……』
べスターが言い淀んだ後の言葉は恐らくこうだ。もし生まれた子に人格を転写していたというのなら、右京は息子の人格を塗りつぶしていることになる――目的のために手段を選んでいないと言えばそれまでなのだが、そこまでのことをする男でもないようには思うのだ。
そもそも、べスターの言うように、生まれた息子を一万年に渡り保存――あまり良い表現ではないが――していたという理由も分からない。その上、勇者として戦ったシンイチは埋葬されているのだから、今右京が宿っているのはさらにそのクローンと言うことになる――などと自分が考えを巡らせていると、『一方で』とべスターの言葉が続いた。
『レムはシンイチに右京が宿っていることに気付いていたのだろう? だから、アガタ・ペトラルカをシンイチのお付につけた』
『……何が言いたい?』
『アシモフが語っていたな。レムの管理者はアルファルドであると』
『あぁ、そうだな……お前、レムの正体に心当たりがあるのか?』
『あまり楽しくない仮説だ。当たっていて欲しいと思わないくらいだが……レムの正体も、同時にシンイチという少年の実態も、何となくだが察しがつく』
なるほど、べスターの言いたいことの半分は分かった。右京は何かと様々な管理をしているようだが、他の七柱に優先してスーパーコンピューターであるレムを管理しているとなれば、両者の関係性は恐らく深いものだ。そこから察するに、恐らくシンイチという少年は、レムの人格の主と右京の息子なのだろうと。
しかし、それだけならもったいぶらずに言えばいいだけだ。恐らく、べスターの仮説の中に、慎重に言葉を選ばざるを得ない理由が――それも、自分に伝える上で慎重にならざるを得ない理由があるのだろうと推察される。
同時に、べスターはレムの正体も分かったと――ここが自分がまだ分かっていない半分で、べスターが当たっていて欲しくないと思った理由もここにあるのだろうが。
だが、べスターの次の言葉を聞いている暇はなかった。既に自分の足は空中要塞の最深部にまで到達しており――そこは扉もなく拓けた場所であり、中央に巨大な柱状の機械が鎮座していた。
最初、その空間には間違いなく何者の気配もなかった――しかし、自分が歩みを進めて機械に近づくと、突如として背後に覚えのある気配が現れた。
殺気はない。仮に攻撃されたとしても対応は不可能ではなかったとは思うが、そもそも向こうに攻撃の意志は無いのだろう。自分はクラウの薬の残り二本の内、一本を鞄から取り出し、中身を飲み干し――空になった瓶を投げ捨てながらゆっくりと振り返ると、空間を支える柱の後ろから一人の少年が姿を現した。
「やぁ、先輩」
「シンイチ……いや、右京……」
茶色掛かった黒い髪に、中肉中背といった風貌――その姿は、棺の中で横たわっていた少年にそっくりだった。強いてを言えば、身に纏っている衣服が冒険者風の物でなく、未来的なスーツというのが異なる点だ。
右京と呼ばれた少年は、相変わらず掴みどころのない涼し気な微笑みを浮かべてこちらを見ており――しかしこちらが警戒を解かないのを察してか、嘆息を一つ、残念気に首を振った。
「話すことは何もない、って雰囲気だね」
「知りたいことは山ほどあるが、後からレムに聞けばいいからな……!」
それだけ言い捨てて、自分は奥歯を噛んで走り出す。変身は無しで――右京を侮っているからではない、しかしレッドタイガーを使い切れば、恐らく控えているであろうアイツの対処が出来なくなるから――音速の壁を越えながらベルトから虎の爪を取り出し、少年の首を目掛けて右腕を振り抜いた。
だが、手ごたえのないまま拳は宙を切る。こちらが攻撃を繰り出す刹那、右京の体の周りに金色の粒子が現れ――加速を切って気配が現れた方へと振り向くと、空間に現れた亀裂から右京が姿を表していた。
「何故、我々七柱には本体があるにも関わらず、肉の器に人格を転写するのか……もちろん、理由は色々ある。とくにアルジャーノンやルーナ、ヴァルカンなど、時の為政者として世俗に関りを持つ場合は、第六世代型アンドロイドと同じ規格の方が社会に馴染みやすいからね。
理由はそれだけじゃない。有事の際に本体から器に指令を送る場合、電波による指令と言えども、月からのコントロールではどうしてもラグが起きる……そのラグを無くすため、本体の思考と並立させながら、肉の器に人格を転写しているのさ」
そのせいで、器が脳死した場合は修復に時間が掛かるのだけれど――右京はそう付け足した。
「ただ、この器には人格の転写ではなく、本物の星右京の脳が埋め込まれている……JaUNTはクラークが、そして星右京が得た能力だからね。もちろん、防衛プログラムも起動しているから、単純に捕まることもないと思うけれど」
「つまり、その防衛プログラムとやらを突破して、その首を落とせば全部終わりってことだな!」
側頭部を叩く少年に焦点を定めて再度奥歯を噛むと、今度はADAMsを起動したのと同時に少年の姿が消え――すぐに次に現れる場所の気配を手繰る。しかし、現れた気配は一つではなく、それも様々な方向からだ。
何が起こっているのか、それに関しては何となくだが身体が覚えていた。まずは身を翻し、背後の銃口から射出されたビームを躱す。そのビームは室内に設置されているリフレクターにより、角度を変えて反射を続ける。
光線一本だけならそこまで脅威でもないが、その数は段々と増えていき、室内にはどんどん逃げ場が無くなっていく――音速で動けると言っても、光速で動くビームを相手が相手では見てから躱すことなどできない。
要するに、予め軌道を読んでおく必要がある。室内に設置されているリフレクターの位置を直感で把握し、撃ちだされた位置から反射角を感じ、僅かに残る隙間を縫って移動を続ける。
そして、乱反射していた光線は、最終的に安全圏だった一点に向けて一斉に降り注いでくる――右京はこの一点にこちらを誘導していたのだ。
しかし、誘導されていること自体には気付いていたし、向こうの行動も読んでいる。床に収束する光線を躱すために飛び上がり、同時に虚空に向けてEMPナイフを投擲する。その短剣はちょうど現れた銃口に刺さり、右京はすぐにブラスターを放り投げて再び瞬間移動で退避した。
「流石だね、先輩。クラークをその身一つで倒したんだ、これくらいは朝飯前か」
空中で加速を切ると同時に、金属製の床が焼ききられる音、ブラスターが爆発する音がほぼ同時に起こり、次いで右京の声が聞こえ始めた。