B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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星の神と原初の虎

 着地と同時に声のしたほうを見ると、右京はやはり微笑みを浮かべながらゆっくりと手をたたき――そしてそれを終えると、ため息交じりに首を振り始めた。

 

「アナタの動きを見て確信したよ。やはり。力ではアナタを倒すことは出来ないと。アナタ自身の能力も卓越したものがあるけれど、それ以上に……やはりクラークの言うように、アナタには高次元存在の導きがあるに違いない」

「そんなことは記憶はないね。俺は、俺の意志で……」

「いいや、先ほどの動きは完全に攻撃の軌道を読んでいた。それも、目に見えない全方位からの攻撃だ。それを人間の脳で思考しながら避けるなんて、いかに優れた戦闘センスがあると言えども、本来は不可能なはずなんだ。

 ともなれば、答えは一つ……アナタは予め、攻撃の軌道を知ってるんだよ。いや、知らされていると言った方が正しいかな……要するに、アナタは生かされているんだよ。高次元存在にね。

 エディ・べスターがアナタにADAMsを授けたのは、全くの僥倖だったと言って良いだろう。アナタの未来予知とその高速機動とが、絶妙なまでに噛み合っていたのだから」

 

 右京の言うことに対しては、全く心当たりが無い訳ではなかった。時おり、気配を察することも出来ないような場合でも――例えば密閉された空間の奥が分かるとか、妙な胸騒ぎが起こった時は実際に悪いことが起こるとか――状況を何となく把握することは出来るのだ。

 

 しかし同時に、右京の言葉に納得できない部分もあるのも確かだ。

 

「俺に未来予知なんかあるものか。もし、完全に未来が読めているのなら……」

「誰も失わずに、全てを救うことが出来る、かな?」

 

 こちらの思考を完全に読まれ、思わず二の句を継げなくなってしまった。右京の言う通り――もし高次元存在が自分に未来予知の能力を与えており、未来が見えるというのなら、七柱によって未来を奪われた少女たちを護ることができたはずなのだ。

 

 しかし、実際はどうだ? エルは右京に攫《さら》われて、スザクは激戦の後に右京に殺され、ソフィアとクラウは自分を逃がすためにその魂を捧げた。この世界に降り立って、自分がもっとも護りたかったものを、自分は護りとおすことが出来なかったのだ。

 

 改めて彼女たちを失ったという事実に心を乱され、拳を強く握りしめて気を鎮めようとする――そんなこちらを見かねてか、右京は悲し気に瞳を伏せて、また首を小さく横に振った。

 

「それはね、アナタの傲慢だよ、先輩……アナタがどれだけ速く走ろうとも、世界の裏側の悲劇を止めることは出来ないんだ……アナタの身体は一つしかないんだから」

 

 右京はそう言いながら自分の方を指さした。実際の所、コイツの言う通りだ――自分がなんでも出来るなんて言うのは傲慢であるに違いない。

 

 我ながら意外であったのは、敵である右京に哀れみの言葉をぶつけられても怒りが沸かなかった点だろうか。コイツの言ったことは間違いなく正論であり、言語化できていなかったこちらの欠点を的確に表現してくれたおかげで、むしろ少し思考が整理されたまである。

 

 もちろん、この男を見逃すつもりはないが――同時に不思議な感覚ではあった。ここでケリを付けるという意識に変わりはないのだが、それでも自分は右京を見たら、もっと逆上するのではないかと思っていたのだ。

 

 しかし実際に対峙して湧き出てくる感情は怒りではなかった。この感情を上手く表現することは難しいが――強いてを言えば無感情に近い。より正確に言えば、この男の目的が見えない分、それを知りたいと思うが故、幾分か冷静になっている、というのが近いか。

 

「ともかく、互いに無駄な暴力は止めないかい? 僕の攻撃はアナタに届かないし……対して僕はJaUNTを使って安全圏に逃げ続ければいい。何なら、この場から退散したっていいんだ」

「いいや、テメェはここから退散するわけにはいかねぇはずだ。ここを制圧できれば黄金病の進行を抑えることが出来る……そうなれば、高次元存在を降ろすことは出来なくなるんだからな」

「ふふ、そうだね……むしろ、僕がここを離れるのは先輩が困るんだろう?」

 

 右京の言葉は図星だった。右京がここに居るということは、それだけ他のメンバーの負担を抑えられることに他ならないからだ。瞬間移動を使うコイツが自由になれば、仲間たちは死角からの攻撃に対応できないだろう。

 

 むしろ、右京がこの場に居ることは僥倖だと言って良い。どの道、黄金病の進行を止めるにはアシモフの演説が必要――自分の目的はあくまでもこの場の制圧であって、今右京を倒したとしても、直ちにこちらの目的が達成されるわけではないのだから。

 

『べスター、アイツの目的は何だと思う?』

 

 カランビットナイフを降ろさず、少年の一挙一動に注意を払いながら――とはいえ、不気味に微笑んでいるだけなのだが――相棒にそう問うた。

 

『恐らく、時間稼ぎだろうな』

『あぁ、俺もそう思う』

『……レッドタイガーを出し惜しんでいるのは、ハインラインを警戒してか? しかし、奴がこの場に居るは限らん……右京を倒すのに全力を出しても……』

『いいや、俺の勘が言っている。アイツも近くに潜んでいるってな』

 

 むしろ、右京の言う未来予知が自分にあるというのなら、リーゼロッテ・ハインラインが潜んでいるというのは恐らく間違いない。この場にはもう一つ、強烈な意思の存在がある――べスターの言うよう、レッドタイガーを使えばもう少し右京に肉薄できるかもしれないが、それこそが右京の狙いであり、JaUNTでのらりくらりとされて消耗した所にハインラインが出て来れば敗北は必至だ。

 

 いや、実際の所、右京としてはどっちでも良いのだ。もし自分がこの場で刃を収めれば、それだけで時間稼ぎは完了する。同時にレッドタイガーを使えばこちらを消耗させることが出来る――この場に来た時点で、自分は相手の術中にはまっていたというのが正しいのだ。

 

 ともなれば、少しでも消耗を抑え、ここぞというタイミングに備えたほうが良いだろう。そう思い、両のナイフをベルトに収めると、右京はまたシニカルに微笑みながら頷いた。

 

「少し話を聞いてくれる気になったみたいだね」

「勘違いするな……俺はテメェとゆっくり歓談しに来たわけじゃないんだからな」

「別に構わないさ……ともかく、僕は先輩に礼がしたかったんだよ」

「……礼だと?」

「あぁ、そうさ……旧世界において、先輩がいたからクラークを排除できた。高次元存在を降ろすことには失敗したけれど、彼がいる状態では僕も目的を達せられなかっただろうしね。

 それに、ブラッドベリとの戦いも……先輩が居てくれたから、僕はあの窮地を乗り切ることができた。以前の器には脳を移植していなかったからJaUNTを使うことができなかったし、実はアレは大ピンチだったんだよ……ともかく先輩が居なければ、ここまで上手く計画も進まなかっただろう」

「ふざけるんじゃねぇ……俺はテメェのために戦ってきたわけじゃねぇんだ」

「ふざけているつもりはないんだけど、先輩が怒るのも分かるさ。誰だって、利用されたって聞かされて気分は良くないだろうしね。

 ともかく、言い訳はしないよ……僕は何度も何度もアナタを利用してきた。アナタの強さと優しさに付け込んで……自分の目的を達成するために、ね」

 

 右京は腕を組み、最後には俯きながら独白のようにつぶやいた。しかし、やはり気になる――先ほどレムに聞けばいいと啖呵を切ったが、出来れば本人の口から聞き出したい。

 

「右京、答えろ。テメェの目的はなんだ?」

「それは知っての通り、高次元存在をこの星に降ろすことさ」

「いいや、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。俺が知りたいのは、高次元存在を降ろして何がしてぇのかってことだ」

 

 コイツが多次元の力を得て、何を求めているのか――なんだかそれが気になった。

 

 自分から見た右京は――もしシンイチと心を同じくしているとするのなら――無限の可能性に手を伸ばすタイプには感じられないのだ。むしろ、本当は目立たず、静かに居たいタイプのように思う。

 

 そうなると、高次元存在を降ろそうという動機がイマイチ掴めない。どの時点で右京が高次元存在の存在を認知したのか――旧世界においてべスターたちを裏切った後にDAPAから知らされたというのが自然なはずだが、この仮説には違和感がある。

 

 何となくだが、コイツはかなり早い段階から高次元存在の存在を認知していたのではないか。そして、それ故に障害になるクラークと自分のオリジナルを同時に排除した。自分の勘が――右京曰く、高次元存在の助力のある自分の思考が――そう言っているのだ。

 

 しかし、そこまでが確定だとしても、動機までは見当がつかない。仮にどんな目的であったとしても、もはや自分たちは敵同士であるのは間違いないが――それでも、この男の真意だけは知っておきたかった。

 

 こちらの質問に対し、右京は微笑みを崩さないまま小首を傾げた。

 

「逆に聞くけれど、それを知って先輩はどうするつもりなんだい?」

「どうもこうもしない。どの道ぶっ殺してやるだけだ」

「あはは、それじゃあ秘密さ。言ったところで何も変わらないんだからね」

 

 右京が皮肉気に目を細めて言い終わったタイミングで、上の方から何か雑音が聞こえ始めた。それは、空間上部に備えつけられているスピーカーの電源が入った音であり――。

 

「……その人の目的は、宇宙の完全なる沈黙ですよ、アランさん」

 

 スピーカーから漏れだしたその声は、実に半年ぶりに聞く女性の物だった。そして右京の背後にある機材が動き始めると同時に、自分の正面に埃のような粒子が集まっていき――そして夢の中で見た姿そのままの女神レムが姿を現したのだった。

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