B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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始まりの依頼に対する回答

 姿を現したレムは――といっても、どうやら周りの映写装置の物で健在しているだけで、ホログラムのようだが――こちらを見ながら微笑んだ。

 

「アランさん、お久しぶりです……まぁ、私はずっとアナタを見ていましたが。同時に謝罪を。私は当初、アナタにこんな苦難を押し付けるつもりはなかったのですが……」

 

 彼女の微笑みは次第に深刻な表情へと代わり、最終的にはレムは大きく頭を下げた。そしてその背後で、右京はため息を吐きながら、どこか諦観の表情を浮かべながら口を開く。

 

「来たかい、レム……いいや、晴子」

「……晴子?」

 

 初めて聞くなのはずなのに、なんだか妙に懐かしく感じる。しかし、やはり思い出すことはできない。こちらが不思議そうに声をあげたせいか、右京は一度レムから視線を外してこちらを見ながら小首をかしげた。

 

「何だい、先輩は聞かされていなかったのかい?」

『そうか、やはり……』

 

 右京の言葉の最後を、脳内の声が遮った。べスターはここに来るまでにレムの正体に心当たりがあると言っていたことを思い出す。

 

『べスター、どういうことだ?』

『アラン、落ち着いて聞けよ。女神レム、あの姿をオレは見たことがある……彼女の本名は伊藤晴子。お前の妹だ』

 

 べスターから告げられた事実に対して、意外と自分の心は動揺しなかった。どちらかと言えば少し納得がいったくらいだ。

 

 レムが――晴子と呼ばれる彼女が自分を蘇らせたのは、恐らくだが自分が原初の虎だったからではなかったのだ。彼女はオリジナルのことを良く知る人物であり、同時にこの世界の在り方を見て、判断を下すのに相応しい人物であると、そう判断したのだろう。

 

 もっとも、自分の倫理観が特別に優れているとは思わないが――同時に、スザクが言っていたことを思い出す。妹は兄のことを信頼していたと。だから、彼女は自分を選んだのだろう。一万年の時の中で築き上げたこの世界の在り方の裁定者として。

 

 強いて動揺した点を挙げるとするなら、よりにもよって自分の妹が、背後で糸を引く黒幕と一度は契ったという所か。

 

 そう思いながら、自分はレムの姿をじっと見つめる。ふと、レムの顔が誰かに似ていることに気づいた。それは、血縁者である自分のことではなく――彼女の後ろに居る少年の顔立ちと、どこか似ているということに今更ながらに気づいたのだ。

 

『べスター、お前が気付いたもう一つのことって言うのは……』

『あぁ……シンイチという少年は、恐らくだが……晴子と右京の息子だ』

 

 つまり自分は、これから甥にあたる少年を斬らなければならないのか? それだけではない、レムの心情を思えば――我が子の身体に夫の人格が入っているというのは、それも倒さなければならない相手の魂が宿っているというのは、かなり堪えるのではないか。

 

 もちろん、右京が宿っている器がレムの息子であるというのは、自分とべスターの邪推に過ぎない。もしくは、シンイチが二人の子孫であるとしても、晴子自身が産んだ子供とは違うかもしれない。ハインラインのように血族を受け継がせているだけの可能性だってある。

 

 しかし、それにしては――少年の顔にはあまりにも晴子の面影がありすぎるように思う。それに、実の息子であろうと血族であろうとも、自分の血を分けた者と対峙しなければならないというのは辛いことのはずだ。

 

 そんなこちらの心配を他所に、晴子は――いや、女神レムは毅然とした視線を右京の宿る器に浴びせている。

 

「アランさん……この星を見て周って欲しいという私の願い、覚えていますか?」

「あぁ、覚えている」

「私はずっとアナタを見守ってきました。ですから、アナタが何を思っているかは知っています。そのうえで、改めてアナタの口で、アナタの意見を教えて欲しいのです……この星の在り方が正しいかどうか。我々七柱の創造神が作ったこの箱庭が、存続すべきものなのかどうかを」

 

 そう、全ての始まりはそこからだった。レムが自分に課した使命――それは、もはや自分にとって使命以上の意味を帯びている。仮に右京の器が自分の予想通りのものであったとしても――自らの胸に宿る決意を揺らす訳にはいかない。

 

「そんなの決まってるぜ、レム……この世界の在り方は間違っている。この世界は神々によって造られた箱庭なんかじゃない、こじらせたエゴイスト共に管理されるディストピアだ!」

 

 この世界を見て回って、辿り着いた答えはこれだった。思い返せば、かなり早い段階から答えは出ていたように思う。しかし、疑念が確信に変わるだけの時間も必要だったことも確かだった。

 

 自分が出した答えに対し――始まりの依頼に対する回答に対し、レムは真剣な面持ちで大きく頷き返した。

 

「分かりました……私はレム。この星の始まりにして、海のモノリスを統べる者。すでに伊藤晴子としての自我を喪失した私は……人としての願望を失ったAIである私は、己で善悪を判断することが出来ませんでした。

 ですが今、一つの答えを得ました。アラン・スミス、アナタの意見が絶対的に正しいとは言いません。ですが同時に……晴子が誰よりも信頼したアナタの出した答えなら、私は自信を持ってそれに準じることが出来ます」

 

 レムはそこで言葉を切り、右京の方に向けて右手をかざした。すると、光の輪のようなものが右京の腰の辺りに現れ――そして一気に収縮し、彼の身体を腕ごと締め付けたようだった。

 

 対する右京は、その光の輪の締め付ける力が強いせいか、一瞬苦痛に表情を歪めた。JaUNTを使えば抜け出せそうだが、それをしないということは――同時にレムが切り札として出したということは――あの輪には瞬間移動を封じる機能が備わっているのだろう。

 

「……細工は流々というわけかい」

「えぇ……JaUNTを使用するには、精神の集中が必須になる。その輪は高速術式であると同時に脳波に干渉し、精神集中を妨げる効果がある。

 私は三千年の間、ずっとこの可能性を検討し続けていました。確かにアナタは私の権利者ですが……同時に惑星レムが誇る量子コンピューターが紡ぐプロテクトと魔術演算、天才ハッカーである星右京とて、簡単に敗れるとは思わないで」

 

 右京とレムは、無表情のまま互いに見つめ合っている。自分からしてみれば、一万年にも及ぶ二人の関係性など推して知ることなど不可能だが――なんとなく、互いが互いに対して単純らしからぬ感情があることだけは、その重々しい雰囲気から察することはできた。

 

「レム、そいつは俺がやる」

 

 その肉の器が彼女の血族の肉体と言うのは分かっている。それを斬るというのは、どれだけ残虐な行いなのかも理解しているつもりだ。

 

 しかし、きっと母が我が子を手に掛けるよりはマシに思うし――何より、ソフィアの記憶を一度は改竄し、同時に命まで奪う手引きをしたこの男は、自分がケリを付けなければ気が済まない。

 

 短剣を握りながら一歩足を進めると、右京はもがくのを止めて、またいつものようにシニカルに笑った。

 

「ふぅ……アナタが僕を許せないというのは理解できるけれど、同時に晴子だってアナタに結構な仕打ちをしているんだよ?」

 

 話など聞く気はない――更に歩みを進めるが、右京はお構いなしに話を続ける。

 

「晴子が先輩にしたことはこうだ。アナタが海岸に打ち付けられる前、セントセレス号が海難事故にあった。晴子はその事故で海に投げ捨てられた屍に、アナタのオリジナルから抽出したDNAを植え付けて、再生させ……そして、自然治癒の魔法で無理やり滅びゆく肉体を存続させているんだ。

 アナタの素体は……ゴードンから報告は受けているだろう?」

 

 右京がそこまで一気に話し終えると、レムは悲痛そうな表情を浮かべ、こちらに向かって「少し待ってください」と切り出した。

 

「そう、右京の言う通り。セントセレス号が難破した時、私は一つの決断をしました。海の中であれば私の領域……他の七柱たちに気とられず、アラン・スミスを蘇らすことが出来る。

 同時に、仮にチェン・ジュンダーの暗躍が本当であるとするならば、これがきっと最後のチャンスになると……我々の過ちを是正できる唯一無二のチャンスだと思ったのです。

 だから私は、体格の近いジャド・リッチーを素体として、アナタを蘇らせました。アナタに本来の記憶を与えず旧世界の知識のみを与えたのは、公平な目線でこの世界を見て欲しかったから……再生能力は、死骸である素体を無理やり生かすためでした」

「公平な目線で見て欲しいというのは違うだろう? 先輩を蘇らせた時点で、こうなるなんて目に見えていたんだからさ。つまり君は恣意的に答えを操作したんだよ……最初から、僕と敵対する腹積もりでいたんだ」

「それは否定しません。私は、この星の海と溶け合った時……薄れゆく自我がモノリスと融合し、DAPAの持つ全てのデータベースに……星右京のみが知る情報にもアクセスできるようになったとき、原初の虎の真実を知りました。

 事故で死んだと思っていた兄は、オリジナルである伊藤晴子の知らないところでずっと戦っていた。それも、私の医療費を稼ぐために……それになのに、私は右京の口車に乗せられて、兄が敵対していた組織に身をやつし……」

 

 話を続けていくと、レムは段々と俯いていき――しかし、首を振って顔を上げた時には、決意を秘めた表情に切り替わっていた。

 

「いいえ、そんなことはもはや良いのです。ただ、私は……自分がしでかしてしまったことを、兄に裁定してほしかったのです。きっと私は……お前たちは間違えていると言って欲しかった……」

 

 そこで一度言葉を切ると、レムはこちらをそのダークブラウンの瞳で見つめてくる。

 

「そして、アナタは私の欲しかった答えをくれました。繰り返しですが、アナタに戦ってほしかったわけではないのは本当です。アナタから答えを得た後は、第六世代達に知られることなく、チェンとアシモフ、キーツらと共にことを済ませるつもりでいたのです。

 生前に過酷な運命の元に亡くなったアナタには、この世界で自由気ままに生きていて欲しかったのですけれど……やはりアナタはいつだって災難に飛び込んでくるんですね、兄さん」

 

 そう言って微笑む彼女を見た瞬間、なつかしさが一気にこみあげてきた。兄さんという呼び方がしっくり来た、というのが正しいかもしれない。以前にナナコにも冗談で兄と呼ばれたことがあったが、その時に違和感があったのもこのせいだろう――自分は妹に兄さんと呼ばれていたのだから。

 

 同時に、改めてレムに対する親しみが沸いてきた。客観的に見れば右京の言うよう、死骸を素体にクローンを作るというのもぶっとんだ倫理観であるとも思うし、レムはある意味では死者を――自分とジャド・リッチーを――冒涜したとも言えなくもない。

 

 しかし、一万年という時を経てなお、モノリスとかいう人智で解明しきらない装置と融合してなお、困った時に兄を頼るというのも、可愛げのある話ではないか。リッチーには申し訳ないかもしれないが、今しばらくこの体を使わせてもらうことにしよう。

 

 何より、右京はレムが自分にひどい仕打ちをしたと言うが――。

 

「一つ言っておくぜ、右京。俺は、自分自身がクローンであろうが、死骸であろうが、そんなことはどうでも良いと思っているんだ」

「しかし、こうやって墓場から掘り起こされ、都合のいいように使われているんだよ?」

「あぁ、そうかもな……だが、それが何だっていうんだ? 俺はこの星で神だとか名乗って、何も知らない人々を苦しめているお前らが許せない……それだけだ」

 

 それだけ言って、自分は虎の爪を強く握りながら肩の高さまで上げて見せた。同時に、背筋に悪寒が走る――これが自分に宿る未来視によるものなら、邪魔が入る前にこの男の首を切り落とさなければ。

 

「やれやれ、二対一とは分が悪い。それなら……!」

 

 こちらが奥歯を噛むのに合わせて、右京は嘆息交じりに首を振った。バックルに手を駆けて音速の壁を超えようとした瞬間、横の壁が崩落し――音速の壁を超えて変身が済むのと、こちらの身体を重力波が包み込むのはコンマゼロゼロ以下でほとんど一致した。

 

『……だが、このまま!』

 

 決着を付けてやる。重力の中でそのまま走り、右京の首にナイフを振り抜ける瞬間、翡翠色の刃がその往く手を阻んだ。

 

 刃を止めた剣の持ち主は、自分が良く知っている相手だ。長い髪に、女性としては高身長の美しい女剣士。相変わらず黒に身を包んで居るものの、今はコート姿ではなく、エグい角度のハイレグを――いや、恐らくはパワードスーツなのだが――着こんでいる。

 

 こちらが身を引いて体勢を立て直そうとした瞬間、相手の左手にある宝剣が怪しく光り、直径一メートルほどの漆黒の球体がこちらへ向かって放り出された。それを寸でのところでしゃがんで躱すと、すぐに黒衣の剣士は間合いを詰め、その長い足でこちらの顎を砕かんと蹴り上げてくる。

 

 短剣を交差させて蹴りを防ぐが、その脚力の恐ろしいこと――自分の体はそのまま背後へと吹き飛ばされてしまう。そのまま間合いを詰めることもできたのだろうが、相手はあえてそれをしてこない。恐らく、少し話をしたいといったところか。

 

「まさか出鱈目の預言書の通り、邪神ティグリスが復活するとは……本物のアナタともう一度出会えるなんてね……」

 

 ADAMsを切った瞬間、長い前髪から僅かに双眸を覗くことが出来た。美しかった彼女の琥珀色の瞳は、今は銀色に染まっており――同時にどこか蠱惑的な色を帯びながら、じっとこちらを見つめている。

 

「会えて嬉しいわ、タイガーマスク。アナタは私を覚えていないのでしょうけれど、私は夢の中で、ずぅっとアナタを想い続けてきた……夢の中で私は何度もアナタの首を跳ね、同時に私は心臓を抉られ……」

 

 女は一度言葉を切って小さく首を振った。彼女の動きに合わせて、結われた長い髪も左右に揺れ――そして、エルに宿った何者かは、そこでやっと顔を上げた。

 

「でも、それも私の願望に過ぎない。どっちだっていいの……アナタに殺されるのも悪くはないわ。本物のアナタはいつだって、私のことなんか眼中になくて……それが、私にとってどれだけの屈辱だったか、アナタには分からないでしょうね?」

 

 そう淡々と続ける彼女の喋り方は、なんだかエルに似ていると思った。もちろん、エルは殺し合いを好むタイプでないし、そう言う意味では別人ではあるのだが――口調が似ているというのもあるかもしれないが、どこか自虐的な調子がそっくりなようにも感じられる。

 

 しかし、どうするか――出来れば彼女を傷つけたくはない。何とか無力化出来ないか、そう悩んでいるうちに、右京が女の方を見ながら口を開いた。

 

「悪いね。でも、言った通りになっただろう?」

「えぇ。控えて居ろと言われた時には殺してやろうと思ったけれど、アナタの予測は外れたことが無いからね……ちなみに、次に声を掛けたら本当に殺すわよ。私の邪魔をしないで頂戴」

「あはは、了解だ……僕もそれどころじゃないしね」

 

 右京は黒衣の剣士から視線を外すと、宙に浮かぶレムの方へと向き直った。同時に、女は二対の神剣を構えなおし、こちらに向けて纏わりつくような殺気放ってきた。

 

「さぁ、構えなさいタイガーマスク。私は、七柱の創造神が一、武神ハインライン……リーゼロッテ・ハインライン! アナタが眼の敵にする者の一人なのだから!」

「お前は俺のターゲットじゃない」

「……アナタがその気にならないのなら、その気にさせてあげるわ!!」

 

 こちらの返答が気に食わなかったのか、リーゼロッテ・ハインラインは瞳に怒りの炎を灯し、右手に持つ翡翠色の太刀を振りかぶってきた。

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