B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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リーゼロッテ・ハインライン

 翡翠色の剣閃は壁を容易に切り裂き、自分の背後には人一人通れる分の外へと続く亀裂が出来た。レム一人を置いて――右京を倒さずに離脱するのは得策ではないと思う一方で、この狭い空間でへカトグラムの相手にするのは無理がある。そう判断して、自分は思い切ってリーゼロッテが穿った亀裂の方へと走り出し、一気にそこから外へと跳躍した。

 

 元々いた場所はヘイムダルの最下層だが、その周りには衛星のようにいくつかの岩石が浮遊しており、ひとまず一度そこに着地する。しかし一息つく暇もなく、上方から恐ろしいまでの殺気を感じて上を見ると、既に建物の切れ目まで移動しているリーゼロッテがこちらを見下ろしており――左手の宝剣から漆黒の球体が射出されるのを見て、こちらもすぐに次の足場へと跳躍する。

 

 次の足場に着地すると同時に一度加速を切ると、先ほど自分が乗っていた足場が重力波に呑まれて雲海の下へと落下していくのが見えた。再び奥歯を噛んで加速をして次の足場へと飛び乗った瞬間、今度は翡翠色の太刀が二つ目の足場を真っ二つに両断していた。

 

 一度距離を取って方策を考えることにしよう。リーゼロッテ本来の力に神剣の加護、その上にパワードスーツの力が加わってかなりのスピードはあるだろうが、こちらが重力波に呑まれさえしなければADAMsの方が速度は上なはずだ。狭い空間では重力波から逃げるのが難しいから外に出る選択をしたのであり、移動に集中すれば漆黒の檻に捕らわれることは無い。

 

 そう判断したはずだったのだが――浮遊する岩場を移動するがてら、亀裂から身を乗り出している黒い剣士の方を見ていると、彼女も躊躇なくその身を空中へと投げ出した。そして、発生させた力場を足場にし、リーゼロッテも空中をジグザグと跳び始める。

 

 自分は足場が無いと動けないのに対し、彼女はどこでも足場を作れる――つまり、彼女は自分に接近するのに最短距離を詰めることが出来る。さらに、武神はこちらの軌道を読み、先立って足場を神剣の光波で破壊することも可能であり、想定よりも距離を稼ぐことが出来なかった。

 

『くそ、なんでアイツは俺を目の敵にしているんだ!?』

 

 冷静に思い返せば、以前エルもスザクと空中戦をしていたのだから、リーゼロッテにはこれくらいは朝飯前なのだろうが――あまりにも鋭い、同時に絡みつくような執拗な殺気を感じ、思わず脳内で叫んでしまう。

 

『リーゼロッテ・ハインライン、DAPAの私設傭兵団の隊長。要人警護が任務だが……お前は何度もその警護を打ち破って暗殺を成功させている』

『それじゃあ、逆恨みってことか!?』

『いいや……先ほど奴自身が言っていたが、お前が何度も見逃してきたのが原因だろうな。

 お前は、ターゲット以外は殺さないと制約を掲げていた。彼女との戦いの中で、何度もその命を奪うチャンスがあったのにも関わらず、その制約を守ることを優先した……それが、彼女の戦士としてのプライドを深く傷つけていたのではないかと思う。

 極めつけに、さっきの一言は良くなかったな。リーゼロッテが最も嫌った言葉だ』

 

 そんなことを言われても、自分としては記憶にないのだが。しかし、べスターの言っていることは理解はできる。命のやり取りをしているのに手を抜かれるというのは、そこに対して真摯であればこそ、オリジナルのやっていたことをリーゼロッテは許せなかったのだろう。

 

 同時に、少し安心した部分もある。自分のオリジナルは暗殺者として、誰振り構わず殺して回っていた訳ではないということは分かったのだから。人殺しという事実は覆らなかったとしても、不要に命を奪うことをしていなかったのを知れただけでも、多少は気持ちも楽になる。

 

 とはいえ、オリジナルの行動の結果のツケを、一万年の時を超えてクローンである自分が払わされる時が来たとも言える。それは皮肉なこととも思うが――しかし、リーゼロッテが旧世界で生き延びなければ自分はエルと出会うことも無かったのだろうし、そう思えばこそ色々と複雑だ。

 

 宙に浮かぶ岩石を乗り継ぎながら――乗り捨てた岩は重力に引かれて次々に雲の下へと落下していっている――相手から距離を放すことに専念していると、再び脳内にべスターの声が響き渡る。

 

『だが……何度も見逃していたと言っても侮れる相手ではないぞ。彼女の戦闘に関するセンスは本物だ。身体能力に関しては、以前対峙したヴェアヴォルフエアヴァッフェンと同程度なはずだが、あくまでもそれはスペックの話だ。

 リーゼロッテ・ハインラインが宿ったというのなら、そこに上乗せして卓越した戦士としての直感が上乗せされると思っていい。奴はホークウィンドと同様、お前ほどでないとしても完全迷彩を見抜くほどの嗅覚を持っているんだ』

『それに、あのエグイ角度のハイレグ、パワードスーツだよな?』

『あぁ。アレがあれば、ヘカトグラムで速度を奪わずとも、超音速の一撃と打ち合うことも可能だ。一言で言えば、この星で戦ったものの中で、リーゼロッテ・ハインラインは最強の相手になるはずだ……どうするアラン』

 

 旧エルフの集落で戦ったエルよりも強いとなれば、最強の相手というのに偽りはないだろう。あの時の彼女は――重力の檻を使っているので相対的にだが――自分が戦ってきた相手の中でも最も早く、もっとも鋭かった。あの時はまだ幾分か動きが機械的だったから対処できていた部分があるのに対し、本能的な戦闘センスが上乗せされれば、もはや手加減などできる相手ではないのは間違いない。

 

 旧世界においてオリジナルがリーゼロッテと対峙していた時には、宝剣ヘカトグラムが無かったから加減が出来ていたはずなのだ。今となっては十全の力を持って戦って、それでも勝てるかどうかという相手なはず。

 

 なればこそ、本当はリーゼロッテが望むように、今回こそは全力で戦う必要があるのだが――やはり、彼女に手を上げることはできない。岩を乗り継いで、なんとか広めな場所へと先に着地すると、すぐに彼女も追いついてきて、こちらが加速を切るタイミングも察しているのだろう、女は口を開いてこちらに話しかけてきた。

 

「逃げ回ってばかりね、タイガーマスク。そこまでして私と戦いたくないというの?」

「その体はエルの物だ」

「ふぅ……成程。この娘の外見が理由で、私と戦えないと言うのね? それなら、他の素体を……と言いたいところだけれど。残念ながら我が氏族はこの器を除いて残っていない。

 それにこの器、悪くないわ。私のオリジナルと背丈がほとんど同じ。何より……」

 

 リーゼロッテは言葉を切り、短剣を持つ左手で胸のあたりを抑えて、風に髪をなびかせながら微笑みを浮かべる。

 

「アナタに対する感情の重さが最高。私と同じで、アナタに恋焦がれているの。私はアナタと決着を付けたくて、この子はアナタと一緒に居たい、言い分は別物であっても……アナタを独り占めしたいという感情の本質は一緒よ。

 心身ともに、アナタと全力で戦うには、これ以上の素体は無いと言っていいでしょう。それでも、アナタが戦えないというのなら……」

 

 リーゼロッテは神剣を鞘に戻し、結っている長い後ろ髪を右手で掴んだ。何をするつもりなのかを察し「待て」とという制止したものの、女は聞かずに短剣を後ろへと押し込み――彼女の美しい髪が、風に乗って青い空へと消えていった。

 

「……これで、少しはやりやすくなるんじゃない? 私も、長すぎてうっとうしいと思っていたところだし」

「いいや、変わらないさ。髪を切っても変わらず綺麗だからな」

「そう言うアナタは相変わらず気障ね……坊やのくせに!」

 

 リーゼロッテが再び神剣の柄に手を掛けるのと同時に、こちらも奥歯を噛んで移動を始める。エルの外見で坊やと言われるのもなんだか違和感があるが、リーゼロッテはオリジナルよりも年上だったのだろうし、そう言う意味では妥当な呼び方でもあるのだろう。

 

 とはいえ、自分が彼女を傷つけられないというのは変わらない。以前にエルフの集落で戦ったのは、むしろ彼女の暗示を解除するための積極的な行動だった。一方で今回は、エルを取り戻す算段がついていない――そんな中でいたずらに彼女を傷つけるのは避けなければならない。

 

 こんな思考そのものが甘いというのも分かっている。今は一刻も早く敵対する七柱を倒すのが先決である訳であり――世界と少女の命をを天秤に掛けた時に、量的にはどちらが重いかなどは明白だ。

 

 それだけではない。以前聞いた話によれば――。

 

『……アイツが、お前の仇だというのは分かっているぜべスター。だが、それはエルの体を奪っている怨霊の話だ。俺は……』

『ふぅ……そんなことを気にしているのか? まぁ、リーゼロッテに対して思うところがない訳ではないが……言ったはずだ、オレは今度こそ、お前の正義に協力すると決めたと。

 確かに、あまり時間的な余裕が無いのは確かだが、旅の仲間を斬ってまで、オレの無念を果たしてくれとは言わんさ』

 

 べスターの寛容な返答に安堵しつつ――口を開けば皮肉ばかりだが、彼はいつもこちらの意志を尊重してくれる――同時に自分を殺した相手を前にこのような態度を取れるのは、ある意味ではべスターの寛容さは菩薩か何かかと思うほどだ。

 

 とはいえ、状況は何も改善されてはいない。とくに自分は直感に頼ることが多いので、難しいことは分からない――ともなれば、知的な相棒の意見を聞くべきだろう、そう思って脳内の友に語り掛けることにした。

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