B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
『どうすればアイツを……リーゼロッテを追い出せると思う?』
『力技なら、月に居る本体を倒すことだろうが……どうだ、月まで行けそうか?』
べスターが軽口を叩いた瞬間、重力波がこちらまで広がってきた。足場が落ちる前に何とか離脱し、次の足場へと移動するが、こちらの着地点を読んでいたのだろう――僅かに身を引いたおかげで翡翠の剣閃を避けることには成功するが、鼻先を掠めたせいで背筋に冷たい物が走った。
『冗談を言っている暇はないぜべスター!』
『あぁ、そのようだな……だが、人格投射というのに関してオレは専門家ではないからな。手っ取り早そうなのは、レムに方法を尋ねることだろう』
『それじゃあ、それまでの間は……』
『何とか無力化して、もう一度冷凍睡眠に入っていてもらうのが関の山だろうな』
確かに、べスターの意見はもっともな様に思う。しかし同時に、リーゼロッテを無力化すること自体が難しいだろう――体よく気絶させてもピークォド号まで運ばなければならないし、冷凍睡眠に入る前に起きられたら反撃されるのは必至だ。二対の神剣を奪ったとて、今の彼女の闘争心を見れば、徒手空拳でも戦いを挑んでくるだろう。
そもそも、無力化しようということ自体が自惚れも甚だしいと思われる。今は逃げに徹しているからなんとかなっているのであり、近接戦闘に持ち込んだとして絶対に勝てるという見込みは無い――むしろ、至近距離での打ち合いは、接近戦のプロフェッショナルであるリーゼロッテに対しては不利とすら思う。
恐らく単純にいえば、向こうの方が実力は上だ。自分はADAMsによる速度とそれに乗算された破壊力、また右京の言う未来予知による先読みのおかげで戦えているのであり、戦士としての技量自体はリーゼロッテが上回っているのだから。
二対の神剣により、こちらの速度と攻撃力を抑えられる彼女との戦いは、全力でいって勝つか負けるかの瀬戸際なのだ。そこに手心を加えるなどという余裕は無い。
何より、もうエルに氷の棺で眠って欲しくないという想いもある――そう、リーゼロッテを無力化できたとしても、その身体がエルのモノであるという事実は変わらないのだ。
考え事をしているさなかにも、重力波はどんどんと広がり、神剣の光波の精度も上がってきている。このままでは逃げ場が無くなる、そう判断して空中要塞の外壁から飛び出る僅かな足場を移動して駆けあがり、一旦拓けた場所に躍り出る。
同時に神経に限界を感じ――背後から凄まじい勢いで飛び掛かってくる女剣士の方へと加速が切れる前に振り返り、振り下ろされる神剣を短剣を交差させて受け止める。
加速が切れるのと同時に、刃がぶつかり合う轟音が響き渡り――平地を覆う草が吹き飛び、自分の足元には相手の馬鹿力のせいでクレーターが出来上がった。それほどの力で押し込まれたのだから、身体が真っ二つになるかと思うほどの衝撃が身体を走る。変身による強化が無ければ、本当に身体が真っ二つになっていただろう。
そのままこちらも力に任せ、なんとかアウローラを押し返し、後ろにバク転しながらEMPナイフを一本放り投げる。自分が投擲した短剣は、リーゼロッテが振りだしていた宝剣に当たり――なんとか重力波の発生を止めることが出来た。
そして着地をした瞬間、自分はすぐに「リーゼロッテ!」と声を掛ける。相手もこちらの話を聞いてくれる気があるのか、投擲を弾いて重力波を発生させようとしていた左手の動きを止めてくれた。
「どうしたらエルの体から出て行ってくれる!?」
「方法は二つあるわ……私がアナタを殺すか、アナタが私を殺すか……いずれかよ」
「それ以外に満足してもらう方法はないのか!?」
「そういう所が気に食わないのよ!」
こちらの質問がお気に召さなかったのか、リーゼロッテは眉をひそめて不機嫌そうに怒鳴った。そしてすぐに宝剣が妖しく煌めき――手遅れになる前にADAMsを起動し、すぐにその場を離脱することにする。
前言撤回、話など聞いてくれる気など彼女には無い。武神ハインラインにあるのは、邪神ティグリスとの決着だけなのだから。
もちろん、頼んでその身体から出て行ってくれるなどと安易に思っているわけではない。とはいえ、交渉次第では停戦くらいには持ち込めるかもしれない。先ほどのリーゼロッテと右京の会話を見るに、七柱の創造神たちは結束した仲間という感じではなかった。
彼女は本当に自分との決着以外に興味は無い――勝負することさえ確約できれば、ひとまず休戦くらいには持ち込めるのではないか。そう判断し、相手が距離を離すこちらへ重力波を投げつけるタイミングで踵を返し、一旦身体に溜まったエネルギーを放出して、バーニングブライトで漆黒の球体に飛び込んだ。
体中が悲鳴を上げるが、この身に蓄えられたエネルギーは確かな推進力となって、重力波を抜けることに成功した。そのまま加速を切って――とは言ってもリーゼロッテに近づく速度はそのままだが――爪を振り下ろすと、今度は相手の二対の剣に虎の爪を止められることになる。
「別に今でなくたっていいだろう!? 右京をぶっ飛ばしたら、全力で相手をするから!」
「私は一万年待ったの!」
リーゼロッテに押し返されて後方で着地し、次の攻撃に備える――しかし、女は追撃してくることなく、俯きながらぶつぶつと何やら呟きだした。
「そうやって、アナタはいつも私以外のことに執心している。私にはアナタしか見えていないというのに……」
そこまで言って顔を上げ、リーゼロッテは一層不機嫌そうにこちらを見据えてくる。
「決めたわ。私は絶対にこの娘から出ていかない。右京やゴードンのやろうとしていることなんてどうでも良いし、この娘に執心することもなかったんだけれど……アナタが私だけを見てくれるまで、この器を有効に活用させてもらうことにするわ!」
背筋に冷たいものが走り、怒り調子の語尾に合わせてADAMsを起動して大きく横に跳躍する。リーゼロッテが振り抜いた切っ先からは、なんだか彼女の感情が乗っていると言わんばかりの巨大な光波が突き抜けていき、遥か彼方の空を切り裂いて飛んでいった。
『無駄な交渉をしたせいで状況が悪化したな』
『くそっ……何が悪かったんだ?』
『それは本気で聞いているのか?』
べスターの質問に答えている余裕などない。話をするために平坦な足場に移動してきた故、彼女は重力剣で足場を生成する必要が無くなった訳だ。そうなると、彼女を中心にドーム状の巨大な力場が生成され、自分の身体に本来なら立っていられないほどの重みがのしかかってきた。
檻から抜け出すため、ひとまず全力で敵に後ろを向けて走り出す――彼女の攻撃は気配で避けることは出来る。ジグザクに芝生の上を走り、剣閃を避けながら移動を続けて力場を抜け、空中に掛かる石橋を走り抜けた先にある建物の屋根に飛び乗る。
一度加速を切ったタイミングで、石橋が崩落する音が聞こえ――身を翻して光波を避け、またすぐに奥歯を噛んで、今度は上へ上へと移動を始める。上を選んだのは、立体的な構造物の間に身を潜めてリーゼロッテの目線から隠れるのが目的だ。
その目論見は半分うまくいった。尖塔を背に一瞬だけリーゼロッテの死角に入り――その尖塔も一瞬で両断されたが――とにかく相手の視界から一度は消えることに成功した。そのまま一度加速を切って気配を消し、ゆっくりと移動するが、彼女もまた気配に敏感なのか、それとも執念ゆえに自分を探り当てたのか、加速を切ったままでは緑の光に切り裂かれる未来が脳裏に浮かび、またすぐに加速を始める。
ともかく、接近する重力の軛から逃れるため、再度上へ上へと移動する――そして一定の高さまで辿り着いた瞬間に、眼下で戦っている仲間たちの姿が視界に飛び込んできた。
まだADAMsを起動しているので、彼らの動きはスローモーションとして自分には見えるのだが――その中でもただ一つ、銀の流線だけは通常通りの速度だが――かなりの数の敵に囲まれているものの、どうやら今のところはこちらが優勢のようだ。
とはいえ、なんだか妙な胸騒ぎがするのも確かだ。違和感の正体にはすぐに気が付く――アルジャーノンがまだ出てきていないのだ。先日の第八階層はヘイムダルごと吹き飛ばすであろうから使ってはこないだろうが、それでもありとあらゆる魔術を使いこなす魔術神が合流するだけで戦局は一変するだろう。何故、アルジャーノンが出てきていないのか――別の場所で何かをしているのか。その理由までは自分には分からないが――。
それに、結局自分にだって変身のタイムリミットはある。この後に右京を倒しに行かなければならないことを鑑みれば、いつまでもリーゼロッテと鬼ごっこをしている訳にもいかないだろう。
『アラン、そろそろ覚悟を決めなければ』
『あぁ、そうだな……』
もちろん、最後まで彼女を傷つけずに捕らえることを諦めるつもりはないが――丸い屋根の塔の上へと跳躍し、加速を切って虎の爪を構えて武神の到来を待つ。リーゼロッテは数十メートル離れた別の塔の上へと着地して微笑を浮かべた。
「やっと戦う気になってくれた?」
「勘違いするな、仕方なくだ」
「そう、残念……でも、状況ゆえに本気になったのなら、少しは右京にも感謝しないとね」
剣士は自分と同じように双剣を構えて、こちらをじっと見つめてくる――しかし、リーゼロッテはこちらへ攻撃してくるわけでなく、一度殺気を抑えて剣を降ろした。
「ねぇ、坊や」
「……なんだ?」
「アランって呼んでいいかしら?」
「……なんで?」
あまりに場違いな提案に、こちらも思わず間抜けな返事を返してしまう。先ほどまで見境なく殺意を剥き出しにしていたのに、今などいじらしい雰囲気で、リーゼロッテはなんだか恥ずかしそうにしている。
「だって……いつまでもタイガーマスクって渾名呼びじゃ味気ないじゃない? 本当はアナタの本当の名前を知りたいけれど……」
「残念ながら、それは俺も知らないんだ」
今ならべスターに聞けば分かるだろうが、わざわざコイツに教えるために確認を取る必要もないだろう。対するリーゼロッテは「そうでしょう?」と小さく頷き返してくる。
「だからせめて、アナタのコードネームで呼ばせてもらおうかと思って」
「あぁ、そうかよ……好きにしな」
「えぇ、それじゃあアラン……」
女は満足そうに頷いて、再び二対の神剣を構えなおした。今までに見たことがない構え――ハインラインの剣には神剣二刀十文字を除いて特定の型はないとエルが言っていたが、身体を落として力を溜めているあの感じは、何かしらの技を繰り出そうとしている様に見える。
「この技は、夢の中でアナタを超えるために創り出した必殺の剣。一万年の時の中で、音速の虎と踊るために編み出された舞踏……さぁ、漆黒の檻の中で殺し合いましょう?」
妖しく笑う女の方から、強烈な殺気が押し寄せてくる。まるで、身体が両断されたかと錯覚するほど鋭い気配――来る、そう察して奥歯を噛もうとした瞬間のことだった。事態が再び急転したおかげで、自分は奥歯を噛むことも、リーゼロッテが必殺の一撃を放つこともなかった。
「……そこまで」
その声が聞こえた瞬間、自分も、リーゼロッテも、下で戦っている仲間達や第五世代たちも戦う手を止めた。声のした方を見ると、先ほどまでレムに捕らえられていた右京が居り――少年の手は妻であるはずの女神の首を掴んでいるのだった。