B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
アランとリーズが去って後、管制室には自分と右京のみが残った。右京のみと言った方が正確ではあるが――自分の姿はホログラムであり実態もないのだから。
とはいえ、自分が意識を目の前の男に注いでいることには変わりない。本来は自分の管理者である右京を捕えておくには、リソースの多くを彼に対抗するのに割く必要がある。天才ハッカー星右京は、こうしている間にもこちらの術式を破り、レムのモノリスのプログラムを突破しようと電脳戦を仕掛けてきているのだから。
しかし、水面下では恐ろしいほどの速度で拘束を解く演算をしているはずなのに、右京は涼しい顔をして笑っていた。
「何がおかしいんですか?」
「ふふ……いや、君のそういうところは、改めて良いなと思ってさ」
「そう……私はアナタのそういうところ、改めて良くないと思いますよ」
自分の返答がお気に召したのか、右京は微笑んだまま頷いた。
「しかし、こう夫婦水入らずで話すなんて、実に三千年ぶりか。どうだい、調子は」
「……まだ私のことを妻と思っているんですね、アナタは」
「もちろん。君は自分をAIだと思って謙遜しているようだが、あの頃と何一つ変わらない……芯が強くて、なかなか僕の思い通りになってくれない」
微笑む少年の顔を見るのは、胸が痛む思いがする――その理由は余裕な表情を見せていることに対してというよりも、彼の姿そのものにある。
「……怒っているのかい? この素体を利用していることをさ」
「気分が良いとは言えませんね。何せ、生まれてこれなかった我が子の遺伝子から創り上げた素体に、他人の脳が移植されているのですから」
右京が宿っている素体の正体はそれだ。元々、自分のオリジナルである晴子の身体が事故の後遺症により母体として適切でなかったということもあり、死産してしまった我が子――その遺伝子を培養し、少年の姿を取っているのが、今の星右京という訳だ。
彼が自分たちの子を脳を移植した理由も推察は出来る。彼は恐ろしいまでに自己肯定感が低かった。だから、自分自身のクローンを素体とするのは耐えられなかったのだろう。同時に、死産したこの成長した姿を知る者は誰もいなかったのも、此度の偽装工作に一役買っていたのだ。
そして、自分がDAPAに与していたのはこのことも無関係ではなかった――そのきっかけ自体が彼であり、向こう当然こちらの事情だって認識している。
「君だって一度、いや二度は高次元存在を追い求めたんだ。まさか、今更になって罪滅ぼしっていうのも、都合が良いんじゃないかい?」
「それは、アナタが誘ったから!」
オリジナルである晴子がDAPAに与したのは――この星に来てまで高次元存在を求めたのは、兄と我が子を蘇らせたかったからというのが理由だ。旧世界においては兄のため、星間移動中には我が子のためと動機が変わっていったが――確かに彼の言うよう、晴子が高次元存在を求めたのは事実だ。
しかし、レムのモノリスと繋がった時に事実を知り――そもそも兄を殺したのがこの男であるということを知り、星右京に着いて行くことに疑問を抱いた。同時に、この星で行われている管理社会が、伊藤晴子の倫理観を元にすれば正しいとも思えなかった――それが、自分がアラン・スミスを蘇らせ、此度の反乱を企てた動機だった。
視線を戻すと、右京はこちらの荒げた声に対してバツの悪そうに「それはそうだけれど……」と呟き、そのまま押し黙った。いつもそうだ――こちらが少し感情的になると「議論は無駄だ」と言わんばかりに、彼は押し黙ってしまう。
「……無知は罪、とでも言いたいんですか?」
「そこまでは言ってないさ……でもまぁ、自分の行動には責任を持つべきだと思うけどね」
相手の言い草が気に食わなくて――正論ではあるのだろうが、それ故に納得できない時だってある――彼を拘束している術式を強める。右京は一瞬苦しそうに呻き、額に汗を見せながら、しかしまたすぐに不敵な笑みを浮かべながらこちらを見据えてきた。
「……権利者である僕に対して君が出来ることは、こうやって拘束することくらい……先輩が戻ってくるまで時間稼ぎをするつもりかな?」
「えぇ、半分は……アナタの処断に関してはその通りです。ですが、残り半分は……私の手で決着をつけます」
「レムのモノリスの全機能を停止するつもりかい?」
やはり、この男ならそれくらいは読んでいるか。右京の言う通り、レムのモノリスを停止させれば、高次元存在を降ろす檻が無くなる。本来なら他の七柱を――とくにアルファルド、アルジャーノン、ルーナ、ハインラインの四名を止めてから停止するのが望ましいが、緊急手段としての切り札とはなりうる。
正確には、未だ全容の掴めないモノリスを停止する手段はない。より正確に言えば、モノリスをコントロールしている海と月の塔の機能を停止させる――仮に停止させたとしても、右京ならばその機能を復活させるくらいのことはするだろうが、幾分かの時間稼ぎにはなるだろう。
とはいえ、わざわざこちらの意図を言う必要もない。こちらが押し黙っていると、右京は瞼を閉じながらゆっくりと首を横に振った。
「それはあまりお勧めはしないかな……わが身可愛さで言ってるってわけじゃない。仮に君がそうした場合、この星に降りかかるリスクをしっかりと勘定するべきだって言いたいんだ」
確かに、今すぐにモノリスの機能を停止するのはかなり危険な行為だ。月の管理権を奪取しなければ、人工の月の軌道を維持できなくなって星の自転や公転速度に師匠が出て、惑星レムは人が住めない星に戻ってしまう。
月の軌道を保てたとしても、三千年の間は管理されてきたこの星においてモノリスを停止するというのは、他にも様々な悪影響が出ることも懸念されるが――しかし、星の起動に関するコントロールを除き、いずれはモノリスの機能は停止するべきなのだ。
「遅いか早いかの違いです。この星は、レムリアの民たちに任せるべき……我々のような管理者がいなくなり、自分たちの意志と力で、彼らが未来を切り開いていくべきなのです。
そうなれば、モノリスの力は……私たちが創り上げたこの箱庭の裏側にある機構は、今のレムリアの民たちにとってはオーバーテクノロジー。どの道、いつかはその機能を停止すべきなんですよ」
「成程、それらしいことを言うね……ただ、君の動機はそうじゃないだろう?」
「えぇ、それは否定しません……私の目的は七柱を……アナタを止めることですから」
こちらがそう断言すると、右京はわざとらしく嘆息し、静かに首を横に振った。
「決意は固いようだね……一応聞くけど、考え直す気はないかい?」
「いいえ、もはやアナタの言うことを聞く気はありません。そもそも、他人の希望なんか聞く気が無いのはアナタでしょう?」
そう、彼は伊藤晴子の希望を叶えるつもりなんかなかったのだ。彼は彼の願望を叶えるため――宇宙に完全なる沈黙をもたらすために、人智を超えた力に手を伸ばそうとしているだけなのだから。
「ふぅ……取り付く島もないようだ。それで? いつから計画していたんだい?」
「三千年前から……先ほども言いましたが、アナタが兄さんを殺したという事実を知った時からです」
「成程……実は僕も、こうなることは予想していたんだよ……三千年前から、全部ね」
少年が不敵な笑みを浮かべた直後、海と月の塔で異常事態が起こった。海底に接する最下層、自分のオリジナルである晴子が眠る棺を――脳と神経のみが眠るシリンダーを護る天使が、どこからともなく現れた光に呑み込まれた。
「くっ……ミカエル!?」
「空間を作り変えてJaUNTが出来ないようにしていたんだろうが……君がルーナと電脳戦をしている隙をついて、君とミカエルのセンサー類を秘密裏にジャックしていたんだ。
ちなみに、彼はずっとそこにいたよ。映像とレーターでしか空間を認識できない君たちは、本来なら子供でも気付く距離にいた彼に気付けなかったんだろうけれどね」
右京の言葉を横に、棺の周囲を確認する――流石は熾天使と言うべきか、ミカエルは魔術神の奇襲にギリギリで反応していたらしく、片腕をやられただけであったようだ。
とはいえ、状況は一切改善しなかった。魔術を躱して避けた先で、もう一発の光線が背中から彼の上半身を打ち抜き――姿を現した壮年が動けなくなったミカエルの頭部を右手で掴むと、特殊金属を一瞬で溶かすほどの熱が発生したらしい、頭部が溶けて、熾天使は膝をついて動かなくなってしまった。
「まったく、人使いが荒い……いつだって君は、僕に対して面倒ごとを押し付ける」
「はは、いや……それだけ君が頼りになるって証拠だよ、ゴードン」
「君に褒められても嬉しくもなんともないね。そもそも、夫婦の喧嘩に他人を巻き込むことがナンセンスだ」
アレイスター・ディック扮するダニエル・ゴードンは、忌々し気に右京に対して返事を――二人のみの通信が繋がっているのだろう――すると、魔術杖から排莢しながらシリンダーの横にあるコンソールの方へと移動を始めた。
「ゴードン、良いのですか!? 右京は、アナタの願望など叶える気は無いんですよ!?」
「ははは、知っているよ。僕らはそれを分かった上で手を組んでいるんだ。僕と彼の望みは近いし、最短で高次元存在を降ろすには彼と協力するのが早い。とはいえ、最後には絶対に相容れない。そうなれば、最後に殺し合うのは僕と右京だろうね」
ゴードンが笑いながらコンソールの操作を始めた。ダニエル・ゴードンの興味の一切は魔術に向けられたが、それでもその卓越した知識は、ほとんどの領域において専門家と並ぶかそれ以上のものがある――要するにプログラムなどお手の物であり、右京を縛っていた術式が解除されてしまう。
「さ、これで良いんだろう?」
「うん、上出来だ」
ゴードンの言葉に右京が頷くと同時に、自分の姿を現しているホログラムにノイズが入り始める――そして少年が自分の方へと歩いてくると、彼は右手でこちらの映像の左腕を掴み――自分には実体が無いはずなのに、確かにつかまれている感覚がある――どこか悲し気に笑いながら口を開いた。
「さぁ、晴子……いや、女神レム。相応しい舞台に行こうか。そして、真実を白日の下に晒し、全ての者たちの心に絶望を降ろしてやるんだ」
少年が左手で空間をなぞると、空間に亀裂が入り――その先にはヘイムダルの中央、最上階にある尖塔部分が見えた。そして、右京はこちらの左腕を掴みながら、その亀裂の先へと移動した。
◆
ルーナと第五世代型の軍隊との戦闘は熾烈を極めた。ルーナによる指揮による天使たちの連携が強力なのは勿論のこと、ルーナは第五世代型専用の補助魔法を用意しているらしく、天使たちはその速度を――さすがに伸縮できない機械の身体ゆえに、防御力や攻撃力は増していないようだが――増しているようだった。
せっかく神聖魔法を取り戻したというのに、中々手が出せないのも歯痒い想いがする。とはいえ、ホークウィンドが言うように冷静さを欠けば、実力の足らない自分は足手まといになりかねない。目の前のことに専念しなければ。
戦闘を開始してやや経つと、ナナコとゲンブが合流した。それで形成を逆転できるかとも思ったが、状況はそこまで好転しなかった。というのも、ゲンブは人形故に攻撃力に乏しく、またミストルテインのエネルギーは七柱を倒すのに使いたいため、ナナコの持ち前の火力も出し惜しみせざるを得ず、殲滅力が大きく向上することは無かったためだ。
もちろん、自分たちの中では巨大剣で複数体を一気に倒せるナナコの殲滅力が最も高いことは変わりない――ゴッドイーターとやらを使えば七星結界ごとルーナを落とせるだろうが、セレナという器の身体能力もかなり高い。予備動作の大きいミストルテインでの一撃を当てるには、一度彼女の足を止める必要があるのだ。
「T3さんが居れば……!」
ナナコが敵の飛び道具を切り払いながら呟くのが聞こえた。彼女が意味するのは殲滅力を向上させるためなのか、トリニティ・バーストを使うためなのか――多分どちらも違う。恐らく、ナナコは彼が居ると力が出る、ということなのだろう。
T3という男の自分としての評価は、出会った当初のモノと大分異なる。最初はエルの親族の仇であるし、アランの腕を切り落とし、王都を襲撃した敵であり、合流してからも協調性が無く、攻撃的な態度を見せる彼のことを好意的には見ていなかった。
とはいえ、今としては大切な人を奪われたという気持ちは理解できるし、T3からは節々に仲間を想う優しさが見えるのも事実――ナナコはそう言った彼のことを信頼しているということなのだろう。
彼が居ない事実が彼女を焦らせているのか、また殲滅力があるせいで自然と足が前へ出たのか、ナナコだけが少し前へ出すぎているようだ。そして、ルーナはそれを目ざとく見つけ――銀髪の少女の方へと向けて手を振り下ろした。
「飛んで火にいる夏の虫……まずはうっとうしい過去の亡霊を落としてくれる!」
ルーナの号令に合わせて第五世代たちがナナコの背後に整列し、同時に建物の窓から今まで潜んでいた個体たちが現れ、四方八方から銀髪の少女に向かって攻撃の狙いを定める――彼女の身体能力なら前後を囲まれるくらいなら問題ないはずだが、立体的に上からも狙われているのは厳しいはずだ。
響き渡る轟音――しかしそれは、ただ一点から聞こえてきたものだ。その音が聞こえるのと同時に、ナナコを狙っていた第五世代型達が居た建物が光の矢に呑まれ、同時に少女の背後を囲っていた天使たちも光の一閃に焼き払われて消えていった。ルーナに向かってもしっかりと一射放たれていたが、彼女はそれに反応したらしく、七星結界でそれを防いだ。
そして後に残るのは、未だ敵に囲まれている銀髪――ただし、それは一人にものでなく、背を預けるように二つ分になっていた。
「T3さん!?」
「惚けているなセブンス、調停者の宝珠を!」
「は、はい! T3さん、ゲンブさん、ホークウィンドさん、いきますよ! トリニティバースト……」
「……そこまで」
天から降り注いできた声に、自分やアガタ、それにホークウィンド達も動きを止めた。聞き覚えのある声、その調子は柔らかかったが、同時にこの場を一変させる絶対的な何かが潜んでおり、皆動きを止めてしまったのだろう。ルーナも結界のために掲げていた手をゆっくりと降ろし、振り返って空中要塞の一番上を見上げた。
「ふん、やっと準備が終わったか……」
ルーナの見つめるその先には、二人のシルエットがあった。一つは見覚えのある少年で、もう一人は見たことのない、長い黒い髪の女性だった。足を尖塔の上に乗せているのは少年だけであり――女性のほうは片手で首を締められる形で、空中に浮かんでいるようだった。