B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「レム!」
突如として現れた少年の姿を見て――首を絞められるように佇む妹の写し身を見て、大きな声でその名を叫んだ。彼女に肉体など無く、アレがホログラムであると分かっていても、その様子は痛ましさに叫ばずにいられなかった。
実際、レムは苦し気に表情を歪めており――アレは首を絞められているせいではなく、恐らくは右京によるハッキングの影響だろうが――抵抗もできないのか、ただ空中で為されるがままになっている。対する少年は微笑のまま女神を見つめた後、自分の方へと向き直っていつもの笑みを浮かべた。
「外に出張る意味も本当は無いんだけれど……お礼を言いたくてね。ありがとう、アランさん。アナタがここに来てくれたおかげで、レムは自らの居室から意識を割いて、アナタの援護へ来た……そのおかげて、やっと捕まえることができたよ。
ついでに、アナタにはキチンと説明しておいた方が良いと思ってさ。これからその身に降りかかる異常の原因について……」
右京はそこで言葉を切り、急に姿をくらました。彼が立っていた場所には翡翠色の剣閃が走り、尖塔もろとも真っ二つになっている――そして再び現れた気配の方を見ると、また別の塔の上に少年は立ち、自分の近くにいるリーゼロッテは忌々し気にその姿を見つめていた。
「右京、邪魔をすれば殺すと言ったはずよ」
「ははは、君にも謝らなくっちゃ……でもね、全力で戦ったとしたら、勝つのはアランさんだよ」
「そんなの分からない……いいえ、別にそれだって構わない。私は、決着をつけにきただけなのだから」
リーゼロッテは一度こちらを寂しげな瞳で一瞥した後、すぐに右京の方へと向き直り、少年の方へと殺気を向けた。ともかく、彼女の意識が――殺意が自分から外れてくれるのならありがたい。今はレムを助けなければ。
「おい、レムから手を離せ!」
右京の方へ指先を向けながら叫ぶが、少年はこちらの声など無視してレムの方へと意識を向けている。レムを離す気が無いのなら、この場で決着をつけてやる――奥歯を噛んで加速し、幾つかそびえたつ塔の屋根を蹴り、跳びながら少年の元を目指す。
本来なら音速でぶつかれば、その衝撃で味方もろとも吹き飛ばしてしまうだろうが、ホログラムを救うならば、そこまでスマートに努めなくても問題ないはずだ。同時に、右京に対しては遠慮することは無い――ただ全力で駆けつけるだけだ。
虎の爪を握りながら、少年の姿を目掛けて突撃する。もちろん、右京がJaUNTするのは読んでいる。恐らく背後に来るであろうまで先読みし、空中で身を翻し、右京の消えた塔の屋根を蹴りながら、次に少年の姿が現れた塔に向けて一気に跳躍する。
しかし、右京は加速した時の中でも微笑みを崩さず――自分が追撃する所まで相手も読んでいたのだろう、今度は思いっきり振り抜いた虎の爪は宙を切り――次の場所に右京が現れたタイミングで加速を切ると、先ほど蹴った塔が崩落を始めて巨大な音を立てた。
「くっ……!」
「言ったろう? 僕の攻撃もアナタに届かないし、同時にアナタの攻撃も僕には届かないんだ。やったところで時間の無駄だよ……それより、少しでも無茶を抑えることをお勧めするけどね」
声のしたほうを振り返り、再度加速しようと顎を下げると、レムは制止のためなのか、こちらに向けて掌を向けてきた。
「アランさん、彼の言う通りです……変身を解いて、もうADAMsは使わないで」
「何を言ってるんだ! 待ってろ、俺が助けに……!?」
言い切る前に、自分の体に異変が起き始めた。右京が腕に力を込めているのか、レムのホログラムにノイズが入り始めるのに合わせ、体中に激痛が走り始めたのだ。そのまま硬化した皮膚が剥がれ落ち始め――自分は体の痛みに対し、思わず屋根の上で膝をついてしまう。
「アラン・スミスの肉体は、ジャド・リッチーの屍に遺伝子情報をコピーして生成された……それは、屍肉《しにく》である他、他人の遺伝子を結合していることによる拒絶反応を、レムの加護によって再生能力を引き上げることで無理やりカバーしていることを意味する。
レムが力を失えば、アナタの再生能力は失われて、今までの負荷と拒絶反応に耐えられなくなり……すぐに自壊を始めるだろう。」
そう言いながら右京は一度こちらを見て、そしてすぐにレムに視線を戻した。
「そういう意味では……アナタは女神レムが見ていた夢に過ぎないんだよ、アランさん。レムがこの星の在り方を是正しようと、一縷《いちる》の望みを託した儚い夢……しかし……」
右京の言葉が進むにつれ、レムの身体の周囲にノイズが増えていき――彼女は既に言葉を発することもできないのか、ただ申し訳なさそうに、泣きそうな眼でこちらを見つめ――。
「今、その夢は終わる」
そして、少年が両手で彼女の首を握ると、その手の先で光が弾けて、女神の姿は消え去ってしまった。同時に、身体の痛みは鳴りを潜め――しかし、これは悪い兆候だ――気が付くと、自分の右腕の袖から、炭化した細胞がボロボロと落ち始めだした。
腕が無くなった衝撃に、思わず大きな叫び声をあげてしまう。そして今度は自分の発声による振動に身体が耐えられなかったのか、袖から覗く左腕にすら亀裂が入ったのが見えた。
「……許してくれとは言わない。愛していたなんて言ったって、きっと納得もしてくれないだろうけど……僕も直ぐに同じ道を辿る」
声に顔を上げると、少年は僅かに残る光の粒子を悲し気に見つめており――しかし首を振るといつもの顔に戻り、微笑を浮かべながらこちらを見てきた。
「まだアナタに役目はある……夢の残滓である第十代勇者。レムはアナタに、この星では自由に生きて欲しかったようだけれど……アナタ達兄妹は、何度も僕に利用される定めにあるだなんて、何とも皮肉だね」
恐ろしく傲慢に聞こえる言葉ではあったが、不思議と自分の胸には怒りは沸いてこなかった。アイツのせいで、極地では多くの仲間を失い、今はレムを――妹を失った。星右京という男は必ず倒すという冷静な殺意こそは胸の内にあるものの、しかし同時に、この男を絶対に許せない、という感情がどうしても沸いてこないのだ。
それは、自壊を始めた自らの肉体がもたらす心身の不和が原因かもしれない。はたまた、笑う彼が寂しげで、傲慢な言葉とは裏腹に、どこか懺悔めいた様子であることに起因しているのかもしれない。
いや、きっとそのどちらも正しくあり、同時に正しくない。きっと、自分は知らなければならないのだ。それは――。
「もう一度聞く……右京、お前の目的はなんだ?」
自分がこの男に対して燃えるような殺意を抱けないのは、高次元存在を望む理由が分からないからだ。シンイチという少年に宿っていた時の彼の言葉に偽りがないのなら――彼が絶対なる力を求めているとは、どうしても思えないのだ。
彼には力がある。それは、天才的なハッキング能力であり、空間を超える力であり、卓越した知能を備えている。聖剣を振るう力であり、人の心を掴む弁舌をする力があり――その他に何を望むというのだろう?
むしろ、彼は何も望んでいない様にすら見える。彼の持つ力のすべてが、別に彼が好き好んで得たものでなく――恐らく、単純に出来たから使っているだけ。だから驕《おご》ることも無ければ、同時に力があることに歓びを見出すこともできないのだろう。彼が力を振るうのは、単に「そうすると何かと円滑だから」以外に理由は無いからだ。
星右京は、きっと世界に対して何も望んでなどいない。だからこそ、彼が高次元存在の降臨を目論む理由が分からない。
こちらの質問に対し、右京は俯き、諦観の表情を浮かべながら首を振った。
「それはね……遥かの昔に、一度アナタには言ったんだよ。まぁ、厳密に言えばアナタに対してではなく、アナタのオリジナルに対してだけれど」
少年が次に顔を上げた時には人差し指を突き出し、空間に一本の線を走らせた。その指の軌跡に出来た亀裂の向こうから、アレイスター・ディックの姿が現れ――二人は一切顔を合わせず、右京は亀裂に向けて片足を踏み入れた。
「僕はモノリスのコントロールに集中する。露払いを頼むよ」
「君に利用されているようで癪だが、まぁ僕も君を利用しているつもりだからね……それに、これが君の最後の願いになることを考えれば、まぁ受けてやってもいいだろう」
あの語り口調は間違いない、本当にアレイスターの身体にアルジャーノンの人格が入っているのだ――亀裂の向こう側に右京が消えて、アルジャーノンは魔術杖のレバーを引くと、彼の足元に魔法陣が生成された。そして陣が光ると同時に、男の身体は重力を無視したように浮きはじめ、ゲンブ達が居るほうへと飛翔していった。
向こうにはルーナと多くの第五世代型がおり、そこにアルジャーノンまで合流したらかなり不利な展開を強いられるだろう――そう思って奥歯を噛もうとした瞬間、『止めろアラン』とべスターの待ったがかかった。
『だが、このままでは仲間が……!』
『諦めろと言っているわけじゃない。ただ、次が最後だ……お前が音速の壁を超えられるのは、あと一度が限度。その時を見極めなければならない。辛いだろうが、今は耐える時だ』
確かに、後一度ADAMsを起動すればこの体は限界を迎えてしまうだろうという感覚はある。とはいえ、どこが切りどころになるかなど想像も出来ない――自分の判断が遅れれば、それだけ仲間を危機にさらすことになるかもしれないのだ。
ともかく、鞄から劇薬を一本取り出し――これが最後の一本であり、もはや気休めにしかならないが――蓋を開けて飲み干す。いつも感じていた舌への刺激を感じることも出来なくなっていたが、身体の崩壊が少し緩和されたような気がする。
そして改めて視線を下へと向けると、空中から放たれた複雑な色の光がピークォド号に浴びせられているのが見えた。アレは、王都で龍たちを薙ぎ払ったアルジャーノンの魔術、それを圧縮し、範囲を狭めながら威力を増強させているようで――ピークォド号もバリアを貼って対抗しているが、その障壁も一枚、また一枚と割られていき、最終的にはブリッジを含めて多くの部分が損壊してしまったようだった。
幸か不幸か、仲間の大半は外に出ていたから、まだ無事のようだった。船の中にはアシモフが残っていたはずだが――そう思っていると、膝をつく自分の近くにリーゼロッテが降り立った。