B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
モノリスを活用したバリアにより、ゴードンの第七階層魔術による一撃に対抗を図る。しかし威力を一点に集中された影響か、完全に防ぎきることは出来なかった。
それでも自分にまだ息があるのは、バリアが砕ける直前にアズラエルが自分を運び出してくれたからだ。アズラエルがブリッジの床を破壊して下へと移動した直後、魔術が艦の半分を焼ききり――アズラエルが自分に覆いかぶさるように庇ってくれなければ、その力の奔流に巻き込まれて絶命していただろう。
「レア様、ご無事ですか?」
「えぇ、貴方のおかげで」
こちらの心配をしていたアズラエルは、自分の返答に対して頷き、先に立ち上がってこちらの手を引いて起こしてくれた。そして風通しの良くなった瓦礫の山から辺りを見回していると、機械音声による演説が始まり――そして海に巨大な光の柱が立ち上がりだした。
「……彼らの目標は、達されてしまったのね」
この光景を見るのは長い人生で二度目のことである。以前は制御に失敗し、今回はどうなるかはまだ不透明だが――依然と比べ物にならないだけのモノリス群を制御しているのだし、人工の数も旧世界と比べて少ないためコントロールはしやすいはずだ。それ故に、今回は高次元存在の降霊に成功する可能性は高いと言える。
況《いわん》や失敗したとしても、それはこの星の終わりを意味する――どちらにしても、この星と自分たちが終わってしまうことだけは既に確定してしまったのだ。
「レア様、参りましょう」
呆然と光の柱を見守っていると、いつの間にか我がアズラエルは自分の足元で跪いて、こちらが動き出すのを待っているようだった。
「アズラエル、もういいのです……全て終わってしまったのだから」
「本当にそうでしょうか?」
我が従者はそこで言葉を切って、顔を上げてこちらを真っすぐに見つめてきた。
「私の使命はアナタを守り抜くこと……仮に世界が終わるとしても、その瞬間までは使命を果たします。それと同様に、まだアナタにも何か出来ることはあるのではないでしょうか?
ひとまず敵の精鋭が揃っている今は逆転が難しいと判断します。一旦、脱出を試みるのがよろしいかと」
「しかし、世界が終わっては……」
「まだ終わると決まったわけではありません。それこそ、アルファルドたちの目的が達されたのなら、この星は旧世界のように人の住めない星にしまうわけではない……生き残る意志さえあれば、再起を図ることも可能だと思います」
アズラエルは「主君に意見を申し上げるなど、失礼なことと存じますが……」と続けて、再び顔を下げた。
しかし、何と言うことだろうか。第五世代型である彼が、まだ希望を失っていないとは。むしろ機械的であるからこそ、最後まで絶望せずに自らの使命を全うしようとしているとも取れるが、彼の言葉にはそれ以上の意味が込められていたように思える。
同時に、彼の言葉は耳に痛いものだ。この状況でも諦めず、抗い続けろというのだから。もちろん、自分のしてきたことの贖罪に、同時にフレディやグロリアに――目を背け続けていた癖にと、あの子には今更と言われそうだが――報いるためにも、このまま終わって良い訳が無いというのも分かっている。
だが、既に自分にやれることは無いのではないか――そう思っていると、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。アズラエルが警戒していないのを見るに、恐らくは味方だろう。
「……レア様、ご無事ですか?」
「イスラーフィール……他の者たちは無事ですか?」
足音の主たる水色の髪の少女は、無表情のまま小さく頷いた。
「はい。ジブリールの回収は出来ませんでしたが……アルフレッド・セオメイルが尽力してくれました。今は、外でルーナたちとの戦闘に参加しています」
「そうですか……」
まだ、他の者たちは諦めていない。それに、アルフレッド――夢野七瀬について行く前は、自分を敬愛してくれていた優しい青年。自分のせいで大いに捻くれてしまったが、それでも根本の部分は、未だ変わりないのだろう。
そう、失った者だけではない。まだ諦めていない者たちに対しても、自分には責任がある。大きく息を吸い、少しだけ気分を落ち着かせて――やはり、気持ちは揺るがない。既にやれることが無かったとしても、諦めることはいつだってできるし――。
「……私にできる贖罪は、抗い続けることだけなのでしょうね」
そう呟くと、二人の熾天使も同意なのだろう、こちらを見ながら頷き返してくれた。
「それではレア様、撤退いたしましょう」
「いいえ、チェンたちの援護へ向かいます。この老体でも、弾避けくらいにはなるでしょう」
戦闘行動こそ厳しいが、自分も七星結界と回復の魔法は使用できるのだから、傷付いた者のサポートくらいは出来るはず――そう思いながら一歩踏み出すと、アズラエルが胸に手を当てて頭を垂れたまま、自分の進行方向へと躍り出た。
「再度意見を出し恐縮ですが、私はそれを推奨できません。原初の虎が戦えなくなった今、アルジャーノンにルーナ、ハインラインを同時に相手にして勝てる見込みはほとんどゼロに等しいでしょう。
仮に今ここで三柱を倒したとしても、彼らの本体は全て月におり、根本的な解決にはなりませんし……結局は海と月の塔のコントロールを奪い返さなければなりません。
宇宙船ピークォド号が破壊された今、月に向かうにはどのみち海と月の塔を制覇する必要がある。恐らく、チェン・ジュンダーも同じように考えているはず……それならば、ここは撤退を選び、一人でも多く生き残り、次の戦いに備えるべきです」
「しかし……」
「端的に申し上げれば、音速ないしそれに準ずる速度で行われる戦闘行動に対し、レア様ではついていけません。それに、アナタの価値は生きていればこそ発揮される……右京達が第六世代たちを見限った今、もしこの先に残るアンドロイド達がいれば、アナタはその者たちの生きる希望になるかもしれない……全ての創造神が、この星に生きる者を見捨てた訳ではないと」
アズラエルの言うことは一理あるだろう。旧世界でも自分たちやチェン・ジュンダー達が黄金症を発症しなかったことを鑑みれば、幾許かの第六世代達も生き残るかもしれない。
そしてその者たちが心を鼓舞すれば、高次元存在が完全となる時間を遅らせられるかも――とはいえ、以前と今では状況も違う。今回の高次元存在の降臨は、より成功確率が高い状態でこの星に降り立っている。右京達の目論みが完遂されれば、もはやそれこそ全てが手遅れという構図に変わりない。
しかし、確かに自分がルーナたちの前に出たところで、無駄死にをするだけか――少し悩んでいると、アズラエルが顔を上げてこちらを真っすぐ見つめてきた。
「どうしてもと言うのなら……一人でも多く生き残るため、私がチェン・ジュンダーの元へと向かい、他の者たちが逃げる時間を稼ぎます。どの道、アナタの退路を作るのには、敵対している第五世代たちを倒さねばなりませんから」
表情はそう動いているわけではないが、確かにその顔には決意が満ち溢れている――アズラエルはそのまま首を回し、水色の髪の少女の方へと向き直った。
「イスラーフィール、レア様を頼む」
「アズラエル、アナタは……」
恐らく、イスラーフィールと自分が考えていることは同じだろう。確かに、対消滅バリアを欠いているイスラーフィールのことを考えれば、この場にいる三人の中で戦力になるとするなら彼しかいない。
「アズラエル、貴方の言う通りにします……ですが、死ぬことは許容できません。必ず生きて戻ってください」
自分がそう声を掛けると、アズラエルは一瞬押し黙り――すぐに瞳を大きく見開いた。
「死ぬ、生きる……」
「そうです。死とは、単に機能を停止して動けなくなることだけを意味するわけではありません。残った者たちの心に、何か影響を及ぼす……そういった意味では、アナタがこの場で果てるということは、我々にとってはアナタの死を意味するのです。
同時に、生きるということも、何者かに作用することを意味する……アナタは自身が思っている以上に、周りに影響を及ぼしているのですよ」
自分の口から出ている言葉を過去の自分を知る人が聞けば、とんだ偽善を吐いている、と揶揄されるかもしれない。しかし、今のは噓偽らざる本心だ。自分にとってアンドロイドは息子であり娘であり、こちらが作用すれば何かを返してくれる、まさしく生きている存在なのだから。
こういったことを彼に話したことは無かったが――しかしこちらの言葉に何か感じる所があったのか、アズラエルの瞳には何か燃えるような光が宿り、そして僅かに口角をあげて微笑んだ。
「確約はしかねますが……全力を賭し、再びあなたの元に駆けつけられるよう善処します!」
アズラエルは一歩引いてから一秒ほど大きく頭を下げ――瞳に炎を宿したまま顔を上げ、格納していた鎌を取り出してから跳躍して自分たちの前から姿を消した。そして今度はイスラーフィールが自分の前に立ち、自身のローブの裾を掴みながら小さくお辞儀をした。
「それではレア様。参りましょう。恐らく、第二格納庫の脱出装置が残っているはずです」
「えぇ、分かったわ」
移動を始めて少しすると、先頭を務めるイスラーフィールが「あの」と小さく声を上げる。
「……私も生きているんでしょうか?」
「えぇ、そうよ」
「ジブリールも?」
「もちろん……アナタが大切に想っているのだから、彼女も生きているのよ」
「……はい」
その返事は小さかったが、少女型のアンドロイドにも確かな感情が籠っているように感じられるのだった。
◆
ピークォド号が破壊されてしまった。自分は人格を魔族の体に転写しているため本体が無くなっても幾分かは動くが――それでも恐らく長くはもたないだろう。
ともかく、現在は地でルーナと、天でアルジャーノンとの交戦中だ。主にアルジャーノンの相手はT3が精霊弓にて務めているが、戦果としては芳しくなかった。
「ははは! いや、君の能力は高く買っているよ……しかし、やろうと思えばこんなこともできる訳さ!」
アルジャーノンの高笑いと共に、幾重にも撃ちだされた光の矢は黒い球体の前で屈折し、空の彼方へと消えていった。宝剣ヘカトグラムと同じような力場を自身の周りに発生させ、無理やり光を屈折させているのだろう。
アルジャーノンの居る位置が高いため、この中で攻撃が届くのはT3しかいない中で――本当はゴッドイーターを当てたいが、如何せんあの速度では捕捉が難しい――精霊弓が届かないとなると、魔術神に攻撃を届かせるのが難しいのが現状だった。
「あの映像を止めなければ……皆さん、ヘイムダル最深部の破壊を……!?」
ゲンブが言葉を切ったのは、操る機械布袋戯を拡散する光線に堕とされ、人形の体が魔術神の方へと引き寄せられ始めたからだ。二人は掌を向けあい――アルジャーノンは自らの方へと引き寄せようと、ゲンブはその力に反発し、離れようと――互いに念力をぶつけ合っているようだが、本体でないが故に力で押し負けたのだろう、二つの力の拮抗は破られると同時に、人形の頭がアルジャーノンの手のひらに引き寄せられてしまった。
「船を堕としても人形を遠隔操作できるということは、やはり本体をどこか別の所に隠しているんだな……どこにあるか教えてくれないかい? 言う気はないと思うけどさ」
「えぇ、もちろん。私の諦めの悪さは、アナタもよく知っているでしょう?」
「結構!」
左手に持つ杖が光るのと同時に、アルジャーノンの右手から稲妻が走り――人形の頭は焼ききれて消滅し、残った胴体が下へと落下してきた。人形を制御するためのチップは頭部に入っていたから、もはやゲンブも人形を動かすことは出来ないだろう。
同時に、自分たちの身体を覆っていた金色の粒子は霧散してしまった。一人欠員が出たことにより、トリニティ・バーストが消滅してしまったのだ。
「ゲンブさん!」
「待て!」
胴体に走り寄ろうとするナナコに対し、T3は大きな声を出して少女の動きを止めた。
「セブンス、ここは退くぞ!」
「でも……!」
「ヤツなら無事だ! アルジャーノンの言うよう、まだ本体を別の所に隠しているからな!」
直後、ソニックブームの轟音が響き、宙に浮かぶ魔術神の方へと無数の光の筋が走った。しかし、魔術神の方も既に予期していたのだろう、再び重力波を発生させてそれらをいなし、再びヘイムダルからやや距離のある中空に陣取って、こちらに向かって魔術を撃ち始めた。
ナナコは機構剣で魔術を切りながら、自分は魔術を躱しつつティアの方へと集まるアンドロイド達を牽制しながら――レム亡き今、彼女たちは魔法を使えない――互いに距離を近づけ、そこに狙撃から戻ったT3が合流し、三人で背中を守り合うように密集する形になる。
「T3、ナナコ。お前らはヘイムダルの中心部の破壊に向かうのだ。あの映像が映っている限り、レムリアの民たちの絶望は止まらん」
「ホークウィンドさんは!?」
「そなたらが往くための時間を稼ごう」
「でも……!」
「……大丈夫だ。時間さえ稼げばすぐに離脱し、そなたらを追う」
今、ナナコには嘘をついたことになる――もはやここまでだろうから。しかし、察しの良い子だ、下手に感情を見せれば残ると言い出すだろう。だから、なるべく自信を持って――無論、自分の最後の使命を果たすということには揺るぎはないが――落ち着いた声色で語り掛けることにする。
自分の真意に気付いているであろうT3は、珍しく一瞬悲痛そうな表情を浮かべ――だがすぐにいつもの無表情に戻り、ナナコに対して諭すように語り掛ける。
「……セブンス、どの道この場に居てはじり貧だ。それならば、ホークウィンドの言うよう、誰かがヘイムダルを破壊せねば」
「うぅ……分かりました。ホークウィンドさん、必ず生きて合流するんですよ! 絶対ですからね!」
T3が精霊弓で道を切り開き、ナナコはまばらに襲い来る第五世代を迎撃しながらヘイムダルの奥へと走り出した。後は――巨大八方を握ったまま振り回しながら、再び囲まれている緑と紫色の髪の少女の元へと急ぐことにする。
「ティア、アガタ……そなたらは脱出を。レムの加護が亡き今、神聖魔法もつかえぬだろうからな」
実際の所、ティアは既に魔法を使えなくなっているようだ。アガタの方は少々妙である――彼女の鉄棒は、神聖魔法の補助があって初めて振り回せるものだと思うのだが、彼女は未だにそれを握っているのだから。
とはいえ、ゲンブが落ち、T3とナナコが離脱した今、残りの戦力でルーナとアルジャーノンの相手をするのは現実的ではない。彼女たちにもここを離脱してもらわねば――少女たちの近くへと辿り着くと、ティアが悲し気な瞳でこちらを見つめていた。
「しかし、ホークウィンド。アナタは、既に……」
「長い時と旅路の果て、復讐のためとここまで来たが……最後にそなたらと会えたことで、大切なことを思い出した。それに、まだ世界は終わってなどいない……未来に託すためこの身に残る魂の篝火を燃やし尽くそうではないか」
そう語りかけるが、ティアはまだ納得は出来ていないようだった。彼女には本体がピークォド号に保管されていたことを告げていたので、こちらの腹積もりを見抜いているのだろうが――しかし、彼女は一度ヘイムダルの鐘楼を眺めてから小さく頷き、改めてこちらへ向き直った。
「ホークウィンド……いいや、師匠……うん、ここは任せるよ」
恐らく、ティアは最後の時を迎えようとしているアラン・スミスのことを気に掛けたのだろう――本来ならば彼女のやろうとしていることは止めたいのだが、それをする権利は自分にはないか。自分が命を燃やそうとしているのと同じように、彼女もまた覚悟を決めたのだろうから。
ともかく、離脱する二人の少女が離脱できるように振り返り、襲い掛かってくる第五世代型達の迎撃に移る。とはいえ、追撃の手は意外なほど手ぬるかった。恐らくは、自分が一人になったことで勝利を確信しているのか――ルーナは相変わらず高所に構えており、こちらを二やつきながら見下ろしてきていた。
「……その身一つで、妾とアルジャーノンの二柱を相手にする気か?」
「いいや、一つではない」
声のした方へと視線を向けると、ラバースーツの優男がこちらへ近づいてきて、そして鎌を構えながら自分の隣へと並んだ。
「アズラエル……」
「どうしてかな。貴殿の何者かを護るため、その魂を賭けるといういう在り方に……どうしようもなく共感してしまったのだ」
「ふっ……そなたもまた忍《しのび》なのだな」
「忍ではなく騎士だが……主君に使える武芸者という点では共通だな」
そう言いながらアズラエルは巨大な鎌を取り出し、自らの創造神である二柱に対して武器を構えた。
「だが、私は死ぬ気はないぞ!」
「うむ、その意気や良し!」
自分も騎士の隣に並び、身体に残る気と魂とを燃やし、こちらを見下ろしている二柱を見上げて構えを取った。