B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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限界を超える抵抗者

 ホークウィンドの元を離れ、アランが居るはずの鐘楼を目指して上へと移動を始める。追手が来るかとも思ったが、自分とアガタの方には追撃の手は無かった――ホークウィンドとナナコ達の方へ戦力を投下しているのか、自分たちは捨ておいても良いと判断したのか――恐らくはその両方だろう。

 

「ティア、アランさんの元へ行こうというのですか!?」

 

 後ろから追いかけて来るアガタの質問に対して、自分は無言を貫いて、ただ上へ上へと走り続ける。結界の使えない今では、建物の屋根を飛び移っていくのは厳しい。自分は内部構造を把握できていないので、建物の中を行くのは厳しそうだが――そんな風に思っていると、アガタに右の肩を掴まれた。

 

「アナタの気持ちは分からないでもないですが……今から行って何になるというんです!?」

「……クラウと約束したんだ。アラン君を一人にしないって……」

 

 もちろん、動機はそれだけではない。自分自身が、彼の元に駆けつけたいから――アガタの言いたいことだって分かる。せっかくホークウィンドが逃がしてくれたというのに、わざわざヘイムダルの最上部を目指すだなんて、拾った命を投げ捨てるのと同義だ。

 

 それでも、自分の心にも嘘をつきたくない。アガタの手を振り払おうと左手を上げると、アガタはこちらの行動を読んでいたらしく、逆に手首を掴まれてしまった。

 

「ふぅ……やはりアナタは、クラウディアなのですね」

「えぇっと?」

「アナタの覚悟は分かりました……私も微力ながら協力しますよ」

「アガタ……ありがとう」

 

 こちらの礼に対してアガタは微笑みを浮かべ――しかし、すぐにいつもの気難しい表情が戻ってくる。

 

「ですが、厳しいと判断した場合は、アナタを羽交い絞めにしてでも脱出します。ホークウィンドの言った通り、まだ世界は終わるとは限らない……それなら、最後までチャンスを諦める訳にはいきませんから」

 

 アガタの言葉に対しては、すぐには返事は出来なかった。最後までチャンスを諦めないというのなら、むしろ自分は彼のことを諦めたくない。命に代えても、彼の元へ――そんな風に思っていると、下の方から「アルジャーノン!」と声を荒げるルーナの声が耳に入ってきた。

 

「こやつらの相手なぞ、妾一人で十分じゃ……手を出すなよ!」

「ふぅん……先日、手負いの子供に一泡吹かせられた僕からの忠告だが、余り彼らを舐めない方が良いと思うけれどね。ま、折角女神さまがイキってるんだ、ここで少し観察させてもらうとするか」

 

 アルジャーノンは空中で腰かけるようなポーズを取り、事態を静観することに決めたようだ。ルーナの視線の先には、ホークウィンドとアズラエルが居り――熾天使が周囲の第五世代型達の迎撃を始める傍ら、黒装束の男から凄まじい闘気が立ち昇りだした。

 

「ルーナ……いや、ローザ・オールディス! 我が乾坤一擲の一撃、受けるがいい!」

 

 その一言と共にホークウィンドは跳躍し、月の女神に向けて一直線に肉薄する――その速度があまりにも凄まじいせいか、他の天使たちは女神の盾になることもできず、巨漢の手刀が白髪の少女の美しい顔に向かって振り下ろされた。

 

「鷹風流裏奥義! 絶影!!」

「しゃらくさい!!」

 

 ルーナが突き出した手のひらの先に、七枚の結界が現れる。この旅の中で何度も見てきた七星結界――自分とクラウが手を合わせて一度破ったその結界は、わが師より放たれる全身全霊の一撃をもってすれば、破ることもできるのではないかと思える。

 

 しかし同時に、自分は知っている――ホークウィンドの肉体は既に限界が来ているのだと。一枚、また一枚と男の手刀が結界を割っていくが、同時に男の手にもヒビが入っていくのが見えた。

 

 そして、振り下ろされた右手が砕け散るのと同時に、ルーナの顔に狂気の笑みが浮かび――しかし、男の執念に蹴落とされたのか、すぐにルーナは驚愕に眼を見開いた。ホークウィンドは右手が砕けるや否や、今度は左の手刀を結界に対して撃ちだしたのだ。

 

 再び結界が割られ始めると、先ほどの余裕はどこへやら、白髪の少女の顔には恐怖の色が現れ始める。そして残り一枚まで左手が辿り着いた瞬間――今度は左腕が砕けてしまった。

 

 だが、それでもまだ男は止まらなかった。身を翻して着地し、左足を軸に右の回し蹴りを放ち、足が砕けるのと引き換えに、最後一枚を割ったのだった。

 

「……ひぃ!?」

「本体までは、届かなかったが……」

 

 口惜しそうなその声に合わせ、忍び装束の口布が風に流されて飛んでいき――既に顔中にも亀裂が走っているのが見えた。男は四肢を失っているとは思えないほど、左足のみでも綺麗に立ち、天を見上げ――。

 

「……見ていたか、ティア。これが人の持つ可能性だ」

 

 ヒビだらけの顔で不敵に笑うと、男の身体は粉々に砕け散った。彼の背に合った巨大八方手裏剣は轟音を立てながら地面に突き刺さり、纏っていた衣服は風に流れて遠い空へと消えていった。

 

「は、ははは! コヤツ、自滅しおったぞ!」

 

 ルーナは顔を引きつらせながら、ホークウィンドが立っていたところを指しながら無理やりに笑っているように見えた。それどころか、一歩、二歩と前へ出て、彼の象徴たる巨大手裏剣に蹴りを入れ始めた。

 

「アレだけいきり倒していた癖に! 情けない奴め!!」

 

 その言葉、その姿に、髪が逆立つような怒りを感じる。クラウにした仕打ちだけでなく、アナタは私の師匠まで侮辱するのか。思わず飛び出しそうになる自分の肩を、再度アガタが掴み――振り返ると、アガタも悔しそうに口を引き結びながら首を横に振った。

 

「悔しいでしょうが……彼が最後に見せてくれた可能性を無駄にしないためにも、私たちは前に進まなくてはなりません」

 

 アガタの言う通りだ。ホークウィンドは限界に近い状態で、最強の結界を打ち破って見せた。それはホークウィンドが語った、自らの可能性を信じる強さに他ならない。その強さを胸に、前へと進もう――アガタに頷き返し、自分たちは再び坂道を昇り始めることにする。

 

 そして足を進め始めたのと同時に、遠い空からアルジャーノンの声が聞こえ始めた。

 

「ビビり散らかしてたくせに偉そうじゃないか……見たところ、彼は既に限界だったんだ。もう少し元気な時にかち合っていたら、死んでいたのはむしろ君の方だぞ?」

「ちっ……うるさい! 貴様は逃げた虫どもを追うがいい!」

「まったく、手を出すなと言ったり追えと言ったり、言うことがころころ変わって面倒くさいね、君はさ。まぁ……彼に露払いをすると約束してしまったからね。さっさと外にいる不穏分子を倒して、僕はアルフレッド・セオメイルと夢野七瀬のクローンを追うことにするよ」

 

 声のしているほうを少しだけ横目で見ると、アルジャーノンは少しヘイムダルに近づき――杖の先端をアズラエルに向けながら不敵に笑って見せた。

 

「さて、アズラエル……君にも一応質問しよう。アシモフと袂を分かち、僕らに与する気はないかい?」

「騎士は二君に仕えん!」

 

 アズラエルの手から大鎌が投げられ――アレには何かの機構が仕込まれていたのだろう、炎を巻き上げながら加速し、回転しながら魔術神の方へと向かって飛んでいった。

 

 しかし、魔術神の方は冷静そのものだ。空中で右足を投げ出し、その先端から七重の結界を展開している――足から出すとはふざけている様だが、自分もクラウも跳躍する時には利用するし、何より手が空くので彼にとってはアレが合理的なのだろう。結界によって鎌は弾かれ、同時に男の背後から魔術により幾重もの氷柱がアズラエルに向かって照射された。

 

 アズラエルはその軌道を読み、見事に躱しながら跳躍し、空中で弾かれた鎌をキャッチした。対してアルジャーノンは追撃することは無く、興味深げに着地する熾天使を眺めていた。

 

「自らを騎士と思いこむアンドロイドとは、なかなかに愉快だが……しかし今の一撃、予想外のパワーだった。面白い……どうやったんだ?」

「それは私が生きているからだ!」

 

 熾天使は吠えながら踏み込み、もう一度鎌を投げようとする――その瞬間、地面に刺さった氷柱から魔法陣が発生し、地割れを起こしてアズラエルはバランスを崩してしまう。

 

「くっ……!?」

 

 続く追撃を予想したのだろう、アズラエルは再び跳躍して地面から離れた。しかし、彼が上昇するよりも早い速度で、割れた地面から無数の黒い手が伸びあがり――闇属性の魔術だろうか――それらがアズラエルの身体を掴み、空中で磔にしてしまった。

 

 アズラエルは身をよじるが、その掴む力が強大なせいか、なかなか身動きが取れないようだ。なんとか右腕で闇の手を振り払ったがそこまで――対するアルジャーノンは、興味深げに羽交い絞めにされている熾天使を眺めた。

 

「成程、ホークウィンド然り、君然り、何やら自己の限界を超えようとする思い込みが、想像以上のパワーを引き出しているようだ……そうなると、以前のソフィア君の魔術も、もしかしたら似たような現象なのかもしれないな」

「おい、アルジャーノン! さっさとそいつにトドメをさせ!」

「うるさいババアだなぁ……もうやっているよ」

 

 ルーナの怒声に対して、アルジャーノンは不満げな表情を浮かべながら、魔術杖を捕らわれの熾天使へとむけた。同時に、彼の背後と杖の先端に合計魔法陣が浮かび上がる――話しながらも思考を続け、演算の難しい第七階層魔術を編んでいたということか。 

 

「吠えるがいい、魔術杖ムスクェレンス……駆けろ、漆黒の稲妻! アビススパーク・ボルテックス・アサルト!」

 

 魔術神が放った魔術は、アークデーモン・タルタロスが使っていた魔術と同じ名だった。恐らくは、アレはタルタロスの独自の魔術であったのだろうが――魔族すら管轄していた魔術神からすれば、そのトレースも容易ということなのだろう。

 

 しかも強化弾を使っているせいか、以前に見たものよりも高威力であるようだ。幾筋もの黒い稲妻が収束し、宙を駆け、アズラエルの身体を呑み込んだ。その力の余波は離れたこの場所にも届くほどで――身をかがめ、吹き飛ばされないようにするのがやっとだった。

 

 同時に、自分たちが死闘を繰り広げていた石畳やその周囲の建物は、まるで紙か粘土とでも言わんばかりに容易に破壊しつくされておる。魔術神には敵味方など関係ないのか、周囲にいた第五世代型も漆黒の稲妻に巻き込まれ、破壊されてしまっているようだった。

 

 それほどの威力の攻撃に晒されたのだから、アズラエルも無事ではすまないだろう。稲妻が過ぎ去った後には土煙が舞い、しばらくその煙の奥に目を凝らしていると、更地になった土の上で、全身をボロボロにしながらアズラエルが膝をついているのが見えた。

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