B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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私たちの旅路の果て

 頬を撫でる冷たい風に眼を開くと、目の前には彼の顔があった。その視線ははるか遠くの彼方を見つめており――気配に敏感な彼にしては珍しく、こちらが目を覚ましたことに気づいていないらしかった。

 

「アラン……」

「……エルか」

 

 声をかけると、アラン・スミスはこちらへ視線を落として微笑みを浮かべた。ベアヴォルフエアヴァッフェンを使用していた時と同様に、今回も意識はずっとあった――武神リーゼロッテ・ハインラインが見た風景や聞いた音、そしてその感情もずっと共有されていたのだ。

 

 本来、器である自分の人格は消すことも可能であるとリーゼロッテからは言われていた。しかし、敢えてそれはしないと。

 

『私の邪魔をしないのであれば、わざわざ人格をイレースする意味もない。それに、アナタのぐちゃぐちゃな感情、結構好きだからね……敢えて消さないでおくことにする。

 もちろん、アナタが消滅を望むのなら、いつでも人格と記憶を消去してあげるわ。消えたくなったら言って頂戴』

 

 情けをかけられているとも思ったが、同時に自ら消えたいと言うだけの勇気もなく――結局こうやって、いつものようにただ流されるままここまで来て、リーゼロッテが意識を失ったのと同時に現れた形だ。

 

 そんな浅ましい自分に自己嫌悪を感じつつも、目を覚まさずにはいられなかった。これが、最後のチャンスだと思ったから――彼に謝るのも、そして彼と話せるのも。自分を抱えてくれている彼の身体がボロボロなことも、自分は既に知っているのだから。

 

「えぇ……その……」

「謝らなくていい。君は君にできる全てのことをしたんだ。悪いのは七柱と……君を護れなかった俺自身だ」

 

 彼は首を振りながら自責の言葉を口にするが、それに関しては釈然としないものがある。敵に利用されている自分が何かを言う権利もないのかもしれないが、彼だって自身にできる最善を尽くしてきたはずなのだから。

 

 単純に、彼の最善が星右京に届かなかっただけ――いいや、そんな風にも思いたくない。事態はもっと単純なのだ。アラン・スミスはその身一つには有り余る程の奇跡をたくさん起こしてきた。要するに、足らなかったのは彼の実力ではなく、むしろ彼の周りに居る者の実力という方が正確なように思う。

 

 もちろん、一万年の時を生きてきた七柱の創造神という存在は、ただの地方領主の娘に過ぎなかった自分の手に負えるものではなかったと言えばそれまでかもしれない。ソフィアだってクラウだって、そんな中で出来ることはしてきた――そのうえで、自分たちの力が届かなかっただけと言えばそれまでかもしれない。

 

 それでも――彼が自分を責めることだけは違うと思うのだ。一番ボロボロになりながら戦い続けた彼が責められるのは――それが自責であっても――違うと思うのだ。そして同時に釈然としない気持ちが沸いてくるのは、恐らくだが彼の傲慢に向けられたものでもあると思う。

 

 アラン・スミスという男は、自分さえ頑張れば世界を変えられると思っている節がある。いつだって俺が悪いと言う彼は――ある意味では優しく自責の念が強い人とも言えるが、それは同時に誰のことも信用していないことの裏返しでもあるのではないか。だから、彼は他人を責めることはしないのだ。

 

 とはいえ、他人を変えることは難しいし、結局自分しか世界は変えられないと言えばそれまで――そのうえ、彼にはそれだけの実力もあったのだから、こんな風に怒りの感情を覚えるのも違うかもしれない。

 

 結局、彼が背中を預けられるだけの実力のある者が、自分たちの中に居なかったのが悪い。だから、彼は全てを一人で背負いこみ、一人で走り続けるしかなかったのだ。

 

 そもそもとして、彼や仲間たちに憤ることだって筋違いなのだろう。七柱の創造神たちがこのような計画を立てなければ――リーゼロッテ・ハインラインと記憶が共有されたことで、ある程度の事情は自分も認識済みだ――誰も彼もがここまで苦しむこともなかったのだから。

 

 しかし、その苦しみだって、今終わる。感情は落ち着かないまま思考が一巡し、彼の腕から離れ、座ったまま彼が真剣な眼差しで見つめる先を自分も眺めた。

 

「光の巨人……世界の終りね」

 

 自分はこの光景を見るのは初めてのはずだが、記憶の中には類似するものが存在する。リーゼロッテ・ハインラインがエディ・べスターを倒した後、終わり行く世界の中で一人眺めた金色の巨人。正確に言うと、その身体の密度はそこまでではなく、目を凝らしてみれば透けて見えるほどだ。粒子が流体のように蠢いており、皮膚を剥き出しにした動物のようなグロテスクさと、同時にどこか神秘的な雰囲気を併せ持つフォルムをしている。

 

 人智を超えた存在を形容するのには、自分の語彙では少々足らないように思えるが――ともかく、アレが世界に終わりをもたし、本来なら自分たちになど扱えない絶対的な存在であるということは、本能的に察知することが出来た。

 

 しかし、こんなことを思うのは不謹慎かもしれないが、自分は幸運であったと思う。世界の終わりを彼と見届けることが出来るのだから。もちろん、この後は右京達がアレを海に閉じ込めようと画策しているのだし、本当に全てが終わるわけではないのだが――彼の最後の時に、自分は側に居られるのだから。

 

 最後の時が終わったのなら、後はリーゼロッテに意識を消去してもらうように頼めばいい。もし彼女も消滅を望むのなら――今度こそ勇気を出して自刃するのも覚悟しなくては。結局いつも自分は優柔不断で、最後の最後には決意も揺らぐかもしれないが――ともかく、今は彼との最後の時を大事にしたい。

 

 そんな自分の気持ちも知らないで、アラン・スミスはおもむろに立ち上がった。そしてあろうことか、残っている左腕をゆっくり回し、拳を開いたり握ったりしていた。何より、巨人を見つめるその眼には、絶望の色も諦念の色も浮かんでいなかった。

 

「ちょっとアナタ、何をするつもり?」

「あと一回だけ、ADAMsを起動できる……それなら、最後まで抗って見せないとな」

「……もういいじゃない!」

 

 相手の言葉を脳内で処理するよりも早く、感情が自分の口を動かしていた。先ほどの釈然としない気持ちが尾を引いていたせいか、はたまた一緒に終わろうと思っていた所を台無しにされたことに自分は逆上してしまったのか――いや、もっと単純な理由だ。

 

「アナタだって、出来ることをやってきた……いつだって、誰かのために必死で、何度も死にかけて……なんでアナタばかりが辛い思いをしないといけないの!?」

 

 そう、もう彼にこれ以上の無理をして欲しくなかったのが一番。いつだって誰かのためにボロボロになっている彼だけが、まだ諦めずにいる。それが理不尽で、悲しくて、切なくて、つい大きな声が出てしまったのだ。

 

 こちらの必死の言葉にアランは一度驚いた表情を浮かべるものの、またいつもの微笑に――私を安心させるために、無理してないという調子の作り笑顔で口を開く。

 

「ありがとう、エル。でも、俺は何もしないまま終わりたくないんだ」

「馬鹿! アレを相手に何をしようっていうの!? あんな巨大で、実体もない、光の塊を相手に何ができるって言うのよ!」

「そんなの、やって見なきゃわからないさ」

「分からない……分からないわ。私は、アナタのこと、全然分かってなかった……」

「何って、誰かが一人でも生き残れるように……」

「私が聞きたいのはそんなことじゃない! アナタは、なんでそんな風に……誰かのために戦っているのよ……アナタに何の得も無いじゃない……」

 

 度々不思議に思っていた。それを、彼はそういう人だからと考えないようにしていたのだが――実際の所、彼の正義感は行き過ぎているように思う。我欲が無さ過ぎると言い換えても良いだろう。

 

 貴族の生まれであり、同時に冒険者稼業もそれなりに長かった自分としては、人見知りなりに多くの人々を見てきたはずだ。彼はその見てきた人々の中でも、群を抜いて欲が無いのだ。

 

 もう少し正確に表現するならば、彼の一挙一動は誰かのためにあろうとする。それも徹底的にだ。口調や態度は乱暴な面もあるが、それでもその行動のほとんどが滅私奉公であり、自分の願望というものが見えない。

 

 乱暴な言い方をすれば、彼は異常だ。それはある意味、類まれなる暗殺術を操り、武神と対等に渡り合うほどの実力を持っていること以上にあり得ないことのように思う。

 

 万年を生きてきた七柱達だって、己の欲を捨てきれていないのに――いや、それはむしろ健常なことだろう。誰だって願望があるから生きている。それは、死にたくないとか、消滅することが恐ろしいとか、消極的な願望だって良い。しかし、己が傷つくことを恐れず、時には心臓すら捧げる彼には、生物として最低限の欲求すら希薄であるように思う。

 

 そう、彼はいつだって自分のことは後回しなのだ。彼の主体性はただ「誰かのため」という一点にあり、自身のことなどついでくらいにしか考えていない。むしろ誰かのためなら己の危険など顧みず、渦中に踏み出していってしまう。

 

 そんな思考が一気に押し寄せ――怒ればいいのか、憐れめばいいのか、悲しめばいいのか――感情を処理しきれなくなったせいか、気が付けば視界がにじんでしまった。同時に、涙の先にある彼の不器用な作り笑いをしているのが、ありありと想像できた。

 

「……あるさ。俺は、この世界と、君たちのことが好きだからな。まぁ、守れなかったモノもたくさんあるが……」

「そんなの理由になってない! 誰がアナタに戦ってってお願いしたの!? この世界の終わりに……いいえ、だってもう一度走ったら、アナタは、もう……!」

「俺にはそれしかないんだ。記憶のない俺にとっては、この星で目が覚めて、君たちと出会ったことが全てなんだから」

 

 そこまで言って、彼は跪いて自分の頬を伝うものを残った右手で拭ってくれた。そして再び立ち上がると、また寂しげな笑顔を浮かべながらどこか遠くを見つめた。

 

「もしかしたら、オリジナルには夢があったのかもな……それがなんだかは、なんとなくだが分かってるんだ。でも、それは俺の夢じゃない。名も知らないオリジナルが見たものであって、俺はその夢の残滓に過ぎないんだ」

 

 ふと、今更になって思い出す――私は、彼が絵を描いている時が好きだったことを。それはきっと、彼の人間性が垣間見える時だったからだろう。絵を描いている時だけは、彼は自分のためだけの時間を過ごしていたから。

 

 大自然を背景に、カンバスに向かっている時だけが、唯一彼の人間性が垣間見えた瞬間なのかもしれない。そしてきっと、それこそが、彼の言う夢の残滓なのではないか。

 

(別にいいじゃない……オリジナルは既にいないのなら、アナタがその夢を引き継いだって……)

 

 そう喉から出掛かったが、そんなことを言うことは今の状況において余りにもナンセンスだろう。今、まさしく世界が終わろうというのに、夢だ何だというだなんて、余りにも悠長過ぎる。

 

「今の俺は、原初の虎……アラン・スミス。旧DAPAの幹部を暗殺するために磨いた暗殺術と、戦う力を引き継いだ、ただのクローン……そんな男の願いはただ一つの願いは、この世界の破滅を防ぐこと……それだけだ」

 

 男はそう言いながら、金色の巨人を真剣な面持ちでじっと見つめていた。その顔を見ていると、癪な気持ちがふつふつと湧き上がってくる――彼は結局、自分だけを見てくれなどしてはくれない。

 

 彼の優しさや親愛の情は、公平なのだ。独り占めなどできない。それが最後の時であっても――いや、最後の時であるからこそか。

 

(でも、私はそんなアナタのことが……)

 

 結局、私が求め続けたアラン・スミスとは、こういう男なのだ。いつだって誰かのために一生懸命で、何かを守るために走り続ける――そんなところに惹かれたのだから。

 

 こちらの気も知らないで、アラン・スミスはなんだか間抜けな表情で、巨人の方を指さし始めた。

 

「それに、全く勝算が無い訳でもないんだ。光の巨人……高次元存在は、この星の人々に進化が見られないと判断するから降臨するんだろ? それなら、その逆をやってみせりゃ良いんじゃないかってな……諦めの悪い奴が居るってことを、神様に見せつけてやるんだよ」

 

 彼の作戦が功を奏すかどうかの判別は自分にはできない。しかし、なんだか上手くいく気もする。一応、星右京の言葉を借りるなら、アラン・スミスには高次元存在の恩寵がある――逆説的に言えば、彼はこれから起こりうることを直感しているのだし、その証拠に彼の勘はいつでも的中してきた。

 

 なにより、この最後まであきらめない姿勢が、何とも彼らしいではないか。自分だって、彼には最後まで彼らしくあって欲しい。その選択は自分にとっては覚悟のいるものであることは分かっていても――。

 

「……それで? どうやってあの距離にいる高次元存在の元に辿り着くつもりなの?」

「いやぁ、それに関してはだな……今から考える」

「ふぅ……アナタはやっぱり馬鹿だわ。でも、そんな馬鹿なアナタのために……私が道を作ってあげる」

 

 そう言いながら自分も立ち上がり、腰から二対の神剣を抜き出して、辺りの鐘楼に向けて翡翠の刃を振りかざす。そしてすぐに宝剣で重力を操作し、尖塔が落ちる前にそれらを宙へと浮かべる。

 

「重力を操作して、これらの尖塔を光の巨人に向けて撃ちだすわ。距離的に、完全には届かないでしょうけれど……」

「いいや、途中までで十分さ」

 

 そう言いながら、彼は近くに浮遊する一つの鐘楼へと飛び乗った。彼に馬鹿と何度言ったか分からないけれど、今の自分の方がよっぽど愚かだ――こんなことをしなければ、最後の時を彼と共に過ごすという、ささやかな望みを叶えることが出来るのに。

 

 しかし同時に、世界の終りのこと時だからこそ、少しでも彼の喜ぶことをしてあげたい。そして、振り向いた彼がこの後に何を言うかも――共に旅をしてきたのだから予想もつく。

 

「ありがとうエル。やっぱり、君はいつでも俺の背中を押してくれるんだな」

「えぇ……全く癪だけれど。どうやらそういう役回りらしいわ」

 

 今にして思えば、自分が彼を信用できたのは、遠い祖先の記憶が遺伝子に刻まれていたせいなのかもしれない。原初の虎ならば、どんな過酷な任務だってやり遂げることが出来ると――それを本能的に悟っていたのだろう。

 

 そう思った直後、自分は首を横に振った。こんな風に遺伝子であるとか因果であるとか、そんなことに縛られたくはない。

 

(……私は、私の目で彼の背中を見てきた。だから……彼を信用したのも、この胸の想いも、誰のものでもない、私だけの物よ)

 

 彼への想いを噛みしめるように、胸の前で左手の宝剣を強く握りしめる。対する彼はこちらなど見向きもせず、向かっていくべき標的を、ただまっすぐに見据えているだけだった。

 

「……覚悟は良い?」

「あぁ、いつでもいいぞ!」

「それじゃあ……行くわよ!」

 

 左腕を思いきり振り払うと、その動きに連動して、計五本の尖塔が屋根を前にして金色の巨人に向けて撃ちだされる。家宝の剣、武神の遺産の力が凄まじいおかげか、鐘楼は凄まじい勢いで遠ざかり――見えなくなるまで、最後の時まで、彼の背中を見届けたいのに――すぐに自分の目では視認できないほど小さくなってしまった。

 

「なんて馬鹿なのかしらね、私は……」

 

 もう答えてくれる人など誰もいないはずなのに、気が付けばそう独りごちていた。最初に来たのは虚無感、そしてすぐに取り返しのつかないことをしてしまったという喪失感が襲ってきて、思わず膝から崩れ落ちてしまった。

 

「うぁ……うぁあああああ……!」

 

 本当に、自分は何て愚かなのだろう。愛しい人と最後の時を迎えるどころか、自らの手で――たとえ彼が望んだとしても――死地へと送り出してしまったのだから。

 

 

 結局、可愛らしさや女らしさなど微塵もない自分には、彼に安息であるとか、安らぎであるとか、そういったものを提供できなかったのだ。自分が彼にあげられるものは、いつだってこんなものばかり――虎を戦場へと駆り立て、送り出すこと。そんなものしかあげられなかった。

 

 これが、自分たちの旅の終着点。あの森でアラン・スミスと出会い、ソフィアによって纏め上げられた即席のパーティーだったはずが、気が付けば随分と遠くまで来たものだ。いくつもの激戦を繰り広げ、仲間を失ってすら辿り着いたここが――世界の終わりに辿り着いた、私たちの旅路の果てなのだ。

 

『……馬鹿な子ね。折角、最後の時をアナタに譲ってあげたというのに……でも、そんなアナタを誇りに思うと同時に、愛おしく思うわよ、エリザベート』

 

 内なる声が脳内に響くのと同時に、なんだか意識が遠くなってきた。それは、甘美なる誘いであると同時に、自らの過ちからの逃避でもあるような気がして、胸に重い罪悪感が圧し掛かってくる。 

 

『ねぇ、良いことを思いついたの。その実現が叶うまで、アナタは眠っていなさい。大丈夫、きっとアナタも喜ぶから……』

 

 そしてその言葉を最後に、自分の意識は暗く深い闇の底へと落ちていくのであった。

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