B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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The Boy and the Tigers

 海と月の塔の最下層、海底に位置するその場所で、少年は無数のモニターと機械に囲まれて一人作業を続けていた。本来ならばAIの力を借りるべき作業量なのだが、彼はそれをしない――少年は自分以外の何者をも信じないからだ。

 

 とはいえ、彼はこの状況を三百年前から予見していたのであり、モノリスを動作し高次元存在を海の降臨させるための無数のプログラムを製作していた。彼はそれらのプログラムを起動し、制御し、時に修正するだけで良い――それ故に一人でどうにか作業を進められる形を取っていた。

 

 惑星レムの海に高次元存在を降臨させると言っても、全時空間を股に掛ける絶対的存在の全てを降ろせるわけではない。しかし、まずは全体の内の幾分かを捕らえるだけでも良い。高次元存在の欠点は、全ての時空間に存在するという点にあるのだから。

 

 どこにでも存在するが故、本来ならばどこからでも介入できるはず――それこそ、少年に宿る魂からでも動作は出来るはずなのだ。しかし、人一人の存在は全宇宙、全時間、全空間という規模間に対して余りに無力であり、神に働きかけるには一定の規定値を超えるだけの量を捕らえる必要があったのだ。

 

 同時に、魂を――便宜上魂と読んでいるが、実体としては世界に意味をもたらす理性という方が正しい――能動的に捕えて制御することは難しい。主神から分けられた理性というものは光よりも微細な素粒子と考えられており、それを一つの場所に捕らえられるだけの器は本来存在しないのだ。ただ一つ、光の巨人という存在を除いて。

 

 そして、その規定値はもう少しで超えそうだった。惑星レムに置ける知的生命体のうち、既に全体の六割が既に魂を返し、高次元存在がそれらを取りまとめている。規定値を超えるにはもう少し――それも、次第に肥沃化していく巨人に当てられれば、残りの第六世代たちも生きる希望を失い、その理性を神へと還すだろう。少年はモニターに表示される、第六世代型アンドロイドが黄金症に罹る数を現すデジタル盤を見ながら満足げに頷いた。

 

 ようやく自分の宿願が果たされる。それは正常な倫理観からはかけ離れており、何度かその願いを諦めようと思ったことはあった。しかし、結局は巡り巡って、少年の心はある種の積極的な破滅願望へと立ち返ってしまう。

 

 それは主に彼自身のためであるが、同時に少年は心のどこかで、その破滅は全ての知的生命体の救済に繋がるとも確信していた。妻を愛していたのも本当だし、子を不憫に思う気持ちだって嘘ではない。

 

 それと同じくらい、少年には虎を悼む気持ちがあった。アラン・スミスを存分に利用したのは自分自身であっても、同時に彼の在り方があまりにも不憫だった。願ってもいないのに蘇らせられ、しかし不平の一つも漏らさず、誰かのために走り続けなければならないなどと言うのは、あまりにも不条理であるようにも思っていたのだ。

 

 それだけが本心なわけではないのだが――そしてそのことは、聡明な少年は自覚しているのだが――それでも我が宿願は彼を救い出すことでもあるのだと自身を納得させ、かような決断をしたのだった。

 

 少年の本当の目的を知っているのは、世界でたった三人しかいない。正確には、現存するのは一人――魔術神アルジャーノンこと、ゴードンだけだ。彼に本心を伝えたことがある訳ではないが、彼と自分は幾分か性質も近い部分もあり、また万年という時間もあったのだから、彼ならば察しているだろう、少年はそう確信していた。

 

「首尾はどうだい?」

 

 作業を続ける傍ら、少年の顔の近くに通信用のホログラムモニターが現れる。そこにはアレイスター・ディックに宿るゴードンの顔が、広大な空を背景に映し出されていた。

 

「順調さ。想定通りの動きを指し示している。そちらは?」

「ホークウィンドとアズラエルは仕留めた……というより、両者とも自爆だがね。女子供は脱出したようだ」

「アルフレッド・セオメイルは?」

「今から追うところだが……屋内だと探すのが大変だ。君の方で何とかできないか?」

「残念ながら、こちらは手が離せない。位置は教えるから……」

 

 少年はそこで言葉を切って、エルフの復讐者を探すために別のモニターに視線を戻す。その瞬間、デジタル盤に浮かぶ数字の上昇スピードが露骨に低下していることに気付いた。ゴードンの「どうしたんだい?」という質問に対して少年は振り向かないまま、ただじっと数字を凝視し続けた。

 

「第六世代型達の魂が収束するスピードが落ちている。これは一体……」

「……まさか、アレが原因か?」

 

 ゴードンの言葉に別のモニターに視線を移すと、そこには光の巨人が映し出されていた。正確には、光の巨人の周りを走る、燃えるように走る赤々とした流線が眼に入ってきたのだ。

 

「……先輩!?」

 

 予想外の光景に、少年は珍しく驚愕の声を上げた。まだ動けたというのか。それより、どうして彼はあんな所にいるのか――少年に思い当たる節は無かったが、ゴードンにはあるようであり、モニターの奥の壮年は顎鬚を撫でながら口を開いた。

 

「先ほど、リーズがヘイムダルの残骸を撃ちだしているのが見えた。決着を台無しにされて、腹いせに物にでも当たっているのかと思ったら……」

「つまりリーズが、アラン・スミスに助力したと?」

 

 そう互いに話しながらも、音速を超えて燃え続ける虎から視線を離せなかった。世界の終焉に絶望することなく、神にすら抗い、たった一人で走り続けるその姿は、あまりにも強く、峻烈であり――世界を終わらせようとした側の少年ですら、その力強さに心を打たれるものがあった。

 

(あぁ、アナタは本当に……)

 

 自分ですらこみ上げてくるものがあるのだから、この映像を見ている他の知的生命体達も同様の気持ちを抱いているに違いない。ともかく、第六世代型達の絶望を加速させるために映像を世界中に流していたのだが、それが仇になった訳だ。

 

 そうとなれば、この映像は早々に切るべきだ。少年はそう判断し、ヘイムダルのコントロールから映像を切るよう操作を始める。世界中に流されている映像は、ヘイムダルのシステムで撮影されたものを世界中に映し出しているものだからだ。

 

 しかし、何者かがヘイムダルのメインシステムを動作をしているらしく、こちらからのコントールを受け付けなくなっていた。本気でハッキングを仕掛ければ、わざわざ出向く必要もないのだが無いはずなのだが――焦りもあったのだろう、少年は直々にメインシステムを操作している者を止めるため、先ほど妻とその兄と邂逅したヘイムダルの最深部へとJaUNTした。

 

 空間の亀裂から覗くのは、荘厳な機械群の前で機材を操作する銀髪の男だった。

 

「アルフレッド・セオメイル……!」

 

 少年がその名を呼んだ瞬間、銀の流線が室内を走り――高速演算によりその速度に反応し、再度JaUNTをして跳躍して機材の方へと飛ぶと、エルフの男と位置が入れ替わる形になる。

 

「貴様に刃を向けるのは、これで二度目だな」

 

 エルフの男は外套で口元を隠し、冷静な声で弓を番えている。しかし、その声色とは裏腹に、その眼には怒りの炎が燃え上がっていた。

 

「何故、アラン・スミスの映像を世界中に流し続けたんだい?」

「何故だろうな……私にも分からん。だが、生きとし生ける全ての者達が、あの声を聞く価値があると……そう思ったのだ」

「……声?」

 

 音速で動いているアラン・スミスの言葉は、音にならないはず――そう少年が訝しく思っているのと同時に、頭の中に聞きなれたあの人の声が聞こえ始めた。

 

『……俺は諦めねぇぞ!!』

 

 何故突然あの人の声が聞こえ始めるのか――詳細は不明だが、少年は一つの仮説を立てた。恐らく、健在した高次元存在を通して、今この星に残る全ての者たちに対してアラン・スミスの声が――正確に言えば思考が共有されているのではないかと。

 

 その仮説は正解だった。虎の声は、この星の全ての者たちに聞こえている――それは虎が旅してきた全ての村や街で黄金症に落ちずに残る僅かな人々や、脱出ポッドの中で目を覚ました銀の髪の少女も例外ではなく――セブンスは意識を取り戻すとすぐに、脱出装置の小さな丸い窓に張り付いた。

 

 彼女は直感から、今の声がアラン・スミスの物であることと、彼が命を掛けて最後の戦いに挑んでいることに気が付いた。同時に、友であるソフィアとの約束を――彼の支えになるという誓いを反故にしてしまったことを悔いた。

 

『この世界は終わりなんかじゃない! この世界に生きる人々は、愚かなんかじゃない! ただ、そう見せかけられたいただけだ!』

 

 同時に、狭い脱出装置の中で、エルフの老婆は自らのしわがれた手をじっと見つめながら男の声を聞いた。我が子らの本来あるべき成長の姿を阻害していた自分を責められているようで顔を上げられなかったのだ。

 

 しかし、それでは道を切り開いてくれた者たちに申し訳が立たない。アズラエルの言う通り、何の因果か残ってしまったこの命にも、きっとまだ役割がある――それに、本来は同じ世代を生きた原初の虎は、自分の子供たちの未来を諦めていないのだ。

 

 それならば、今ここで後悔に溺れて潰えるのではなく、子供たちの可能性を信じなければならない。そう決意を新たにし、老婆は顔を上げた。

 

『確かに、この星の人々は過ちだって犯すことだってある……まだ己の力で立つだけの強さはないかもしれない。それでも、きっといつか成長して、自分の足で立ち、進んでいくことが出来るはずなんだ!』

 

 雲を突き抜けて落下を続ける二人の少女にも、虎の声は届いていた。ティアは彼の最後の時に駆けつけられなかった悔恨を感じつつも、彼の強さに熱い物がこみ上げてきていた。絶対的な存在に対して、ただ一人駆け抜ける赤い炎を見つめていると、まだ世界は終わっていないのだと――いや、終わらせるものかという想いが沸いてくる。

 

 刹那、聞こえなくなったはずの半身の存在を強く感じた気がした。心の中で彼女の名を呼んでも返事は返ってこないが――きっと、クラウもどこかで彼のことを感じているのだ。大切な半身を取り戻すまで潰えるわけにはいかない。

 

 ティアの手に力が籠ると、アガタは頷きながらその手を強く握り返す。そして海面に激突する直前で、アガタは友の体を強く抱きよせ――水面に六枚の結界を展開させたのだった。

 

『俺が可能性を見せてやる……だからこの星から立ち去れ! 光の巨人!』

 

 その声が聞こえたと同時に、なお一層熱く燃える輝きが光の巨人の心臓部分へと突き刺さる。虎の咆哮に呼応するように、集合していた金色の粒子が分裂を始めている。このままでは全てが水泡に帰す、少年はそう判断し、次善策を打つために海と月の塔へと戻ろうとする、その瞬間――。

 

「星右京、覚悟!」

 

 空間へと亀裂を作った瞬間、少年の背後でもう一匹の虎が吠えた。復讐者の矢は少年を穿つことなく、右京は跳躍に成功し――波動砲がヘイムダルのメインシステムを呑み込み、同空中要塞の最下層で大爆発が巻き起こった。

 

 その爆発に巻き込まれるよりも早く、T3は奥歯を噛み、先ほどリーゼロッテが切り開いた穴から外へと脱出した。

 

「アルフレッド・セオメイル……やってくれたね」

 

 T3は聞こえてきた声の方へと振り向くと、魔術神アルジャーノンが笑いながら――そう、計画を邪魔された怒りでもなく、夢の実現が遠ざかった悲しみでもなく、ただ純粋に楽しそうに目を細めている――レバーを引きながら杖の先端を突き出してきた。

 

「僕らは君たち二匹の虎にしてやられた訳だけれど、これは偏に僕らが慢心し、君たちを過小評価していた報いってわけだ……しかし、僕の時間を奪ったその罪、命を持って償ってもらおうか!」

 

 叫ぶのに合わせ、壮年の周りに七つの魔法陣が浮かび上がる。空中戦では足場がない分、こちらの分が悪い。絶体絶命か――T3の脳裏には一瞬だけ諦めが浮かんだが、先ほどのアラン・スミスの諦めの悪さを思い出すと同時に、反射的に奥歯を噛んでいた。

 

 見れば、先ほどの爆発のおかげか、辺りには足場になりそうな破片が舞っているではないか。魔術神に肉薄するには位置が遠く、同時に奴は精霊弓の一撃を曲げるので、この場は退散を選ぶべきか――T3はそう判断し、近場にある足場を蹴って、下へ下へと跳躍を繰り返した。

 

 アルジャーノンの側としても、虎が撤退することを考慮に入れ、追尾性の高い光弾の渦を発射していた。それらの内、何発かはエルフの青年の身体に命中した手ごたえはあったが、同時に大半は波動弓により相殺されたようだった。

 

「……やったかい?」

 

 少年から入った通信に対し、魔術神はため息混じりに首を振った。

 

「いいや、逃げられたようだ……だが、何発かは当たったし、この高度から海に激突するんだ。無事では済まないだろう」

 

 アルジャーノンは杖から排莢しつつ、隣に浮かんでいる小さなホログラムのディスプレイに視線を移す。その先では、星右京が海と月の塔のコンソールに向かって何かを高速で打ち込んでいるのが見えた。

 

「それで? 今回の実験も失敗かい? この星のモノリス群を考えれば、今回以上の好条件は中々厳しいと思うが……」

「いや、こんなこともあろうかと、策は用意しているよ」

 

 少年がキーボードを強く打ち込んだ瞬間、海面が妖しく煌めき始める――正確には、深海に群立しているモノリスが、少年の出した指令を基に何かの動作をし始めたのだろう。

 

 少しすると、霧散しかけていた金色の粒子たちが、海に誘われて溶けていき――空の青を写していたはずの海面は、淡く金色の光を放って輝きだした。

 

「ひとまず、霧散しそうになった第六世代たちの魂をモノリスを利用して海に封じたよ」

「ふぅん……それは使い物になるのかい?」

「少し待ってくれ……今解析するから」

 

 少年が解析を進める間、アルジャーノンは空中で胡坐をかき、頬杖をつきながらヘイムダルを眺めた。メインコントロールをアルフレッド・セオメイルに破壊されたものの、あの巨大要塞が空中に浮かべるのは人工の月からの特殊な重力と引力の操作によるものであり、落下は免れているようだった。フレデリック・キーツの助力なしには修復も大変そうだが――ひとまずは通信系が使えないだけで、軌道エレベーターとしての役割は保持できるだろう。

 

 同時に、魔術神はヘイムダルに置いてきたルーナの動向を手繰った。先ほどのアズラエルの爆発に巻き込まれたはずだが、寸でのところで結界を張り、何とか生き残ったようだ。そこまで確認が済むと同時に、モニターの向こうから「簡単な試算は済んだよ」と少年の声が上がった。

 

「やはり想定していた量を確保できなかったせいか、このまま高次元存在の全容を捕まえるのは厳しそうだ。一応、魔術的なエネルギーに転換することも出来そうだけれど……」

「安易に使うのは止めておいた方が良いだろうな。折角集めたものを無為に消費することもあるまい……それで、計画の再開は可能なのかい?」

「残った第六世代たちの魂を採集出来れば、再開は可能だ。しかし、次はそう簡単にはいかないかもしれない……残った者たちは恩寵が一から三の者だけだからね」

「はは、恩寵、恩寵ね……僕らにとっては都合の良い数値だけど、第六世代たちにとってはそうでもあるまいに」

 

 七柱の創造神たちは、管理しやすいように第六世代たちの各々の能力を数値化していた。その中でもとりわけ、恩寵とは信心深さを表す指標だ。高いものほど神や権威などの言葉に流されやすく、低いものほど己の信念を持っており流されにくい――ソフィア・オーウェルなど理性的で懐疑的なタイプが低く設定されているのはそのためだ。

 

 実際に、黄金症に優先的に罹っていた者たちは、恩寵の数値が高い傾向にある。ジャンヌ・アウィケンナ・ネストリウスなど、恩寵が高くとも世界の真理に気付いた場合も例外ではない。彼女は世界から排斥されて育ってきた自らの出自を、チェン・ジュンダーの言葉を信じ込むことで正当化しただけなのだから。

 

 此度の計画においても、恩寵の数値が一の者は高次元存在に取り込めないと試算はされていた。逆に、二以上の数値の者達を全て取り込むことで規定値に達すると見込んでいたので、今回は高次元存在を自在に操れるほどの数に満たなかったという訳だ。

 

 ともかく、二匹の虎により、七柱の創造神たちの計画は中断を余儀なくされた。再開可能と言えども、障害もあるはず――ゴードンはそう思いながら後ろ髪を掻いた。

 

「今回生き延びた第六世代たちは、アラン・スミスの足掻きを見て生き残ろうと決意した者たちだ。かなりしぶといんじゃないかい?」

「あぁ、そうだね……とはいえ、彼らが迷える子羊であるということは変わり無いよ。感情なんて一時の物だ。今は強く心を持っていても、明日がそうとは限らないさ」

「ま、君のいうことも分かるがね。そう言った慢心が今回の失敗を招いた。その事実も認識しとかなきゃあなるまいよ」

「……楽しそうだね、ゴードン」

 

 少年にそう言われて、魔術神は自分が自然とにやけていたことに気付いた。あと一歩のところで高次元存在を閉じ込めるという目的を達せなかったというのに、どうして自分は笑っていたのだろうか?

 

 ゴードンは少し思案して、聡明な頭脳を持ってすぐに答えを見つけた。

 

「アンドロイドの爆発力には目を見張るものがあるからね。研究に明け暮れるのではなく、もう少し彼らを観察しておくんだったな」

 

 元々、彼の目的は高次元存在を利用することではない。むしろ、永久に封印しようとしていただけ――彼の宿願は、絶対の存在と同等の力と知識を得ることであり、アンドロイド達の見せた爆発力こそ自身の目的に関する糸口になるのではと感じていることに気付いたのだった。

 

 別に慌てることは無い。計画自体はあと一歩のところまで来ているのだから。自分はそれまでの間に、残ったアンドロイド達を研究するのも悪くない、ダニエル・ゴードンはそのように思い立ったのだ。

 

 同時に、アンドロイド達がその魂を失墜させないかった原因を作った男――原初の虎に関して、ゴードンには不可解な点があった。

 

「しかし、高次元存在と繋がりがあると推定される彼が、なんでその高次元存在に歯向かったんだろうね?」

 

 もう少し、彼のことを知っていれば判断もできたのかもしれないが――DAPA時代のゴードンは、アラン・スミスとの接点が無かった。旧世界においては魔術という存在がようやっと解明され始め、実戦投入されたのは彼の死後であり、きちんと会話をしたのは時計塔が初めてであったと言っていい。

 

 ともかく、彼は何故《なにゆえ》に高次元存在の化身たる光の巨人に対して攻撃ができたのだろうか。高次元存在ならば彼の思想そのものに介入し、反抗するなどという考えを持たなくさせることもできたはずだが。

 

 もちろん、高次元存在がアラン・スミスに力を与えているというのは、遥かの昔にデイビット・クラークがたてた仮説の一つにすぎないのであり、実際の所は違うのかもしれない――仮説の信奉者である少年もゴードンの疑問は解消できないのか、口元に手を当てて何かを考えているようだった。

 

 そんな折、ゴードンの隣にもう一つのホロモニターが姿を現し――「そんなの簡単よ」という女性の声が聞こえ始めた。

 

「アナタ達と一緒で、親にたてついてるのよ。別に関係が良好だからと言って、喧嘩しない理由にはならないじゃない? まぁ、危険思想を管理していたアナタ達からすれば、高次元存在の考えなんて分からないって話でしょうけれど」

 

 モニターに映る女性、リーゼロッテ・ハインラインは皮肉気に口元を釣り上げた。彼女の言葉が気に食わなかったのか、少年は無表情で――彼は平静に努めようとするとき、不愛想になる癖がある――口を開いた。

 

「リーズ……厄介なことをしてくれたね」

「虎を送り出したのは、私じゃなくてエリザベートよ」

「しかし、君はそれを止めることもできたはずだ」

「私の決着の邪魔をしたアナタがそれを言うの?」

 

 女の返答に対して反論が思い浮かばなかったのか、はたまた何を言っても無駄と判断したのか、星右京はため息を吐いて口をつぐんだ。一方、リーゼロッテ・ハインラインは星右京に眼もくれず、先ほど光の巨人が健在していた方角を見つめ、光悦した表情を浮かべた。

 

「やっぱり、彼は最高だわ。まさか本物の神に喧嘩を売るだなんてね」

 

 リーゼロッテはそう呟いて後、しばらく虎が消えた虚空を見つめ――自嘲気味な笑みを浮かべてから、モニターの方へと視線を戻した。

 

「それで、これからなんだけど……アナタ達に協力することにする」

「どういう心境の変化だい?」

「理由は単純。高次元存在を利用すれば、全時空間を掌握することが出来る……つまり、全盛期のアラン・スミスを蘇らせることだって可能よね?」

「……それを僕が許すとでも?」

 

 旧世界における彼の活躍を見ても、先ほどの奇跡を見ても、原初の虎という不確定因子があることは――感情は別として――計画において望ましくない。合理的な星右京がそのように考えるのは自然な流れだった。

 

 同時に、少年がそのように考えていることなど、リーゼロッテ・ハインラインは見透かしている――それ故、女は肩をすくめながら首を振った。

 

「思わないわ。でも、どうせ我々は蠱毒の虫……人類の持つ欲望の坩堝の中で生き残り、己の欲を満たすためにたった一つの空席を狙っている卑しい存在に過ぎない。どうせアナタ達も事が終われば周りを欺き、邪魔者を排除しようとしているのでしょう?」

「……違いない。要するに、高次元存在を降臨させるまでの協力関係か」

「えぇ……まぁ、そんなことは今に始まったわけではないけれど」

 

 そう、最初から七柱の創造神たちの協力関係など、見せかけの物であった――この世界のシステムに懐疑的だった伊藤晴子に欲のないフレデリック・キーツ、研究欲から協力していたファラ・アシモフを除いて、星右京、ダニエル・ゴードン、ローザ・オールディスら残った者たちは、己の目的を満たすために相互に各々を利用していた。ただそこに、高次元存在に興味のなかったリーゼロッテ・ハインラインが加わったに過ぎない。

 

 要するに、最後に笑う者は一人という構図に関しては、何一つ変化はないのだ――むしろ、レムのAIを停止してしまった今、星右京はモノリスの制御に手一杯であり、高次元存在を降ろすまでは協力者が増えるほうがありがたいのは確かだった。

 

「それじゃあ……今しばらく、見せかけの協力関係は継続だ。どうか頼むよ、ゴードン、リーズ」

 

 二人が頷いたのを見送ってから、少年は宙を指で切ってモニターを閉じた。そしてただ一人残る塔の最下層で、永久に眠る妻の棺の前までゆっくりと歩き――自分のしたことに吐きそうな心地になるのを抑えながら、宇宙に沈黙をもたらす決意を新たにするのだった。

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