B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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そして虎は原初へと至る

 今、自分の身体を取り巻く環境は不思議な感じがする――気が付けば、何やら真っ暗な場所にいるのだが、この暗さはべスターと会う空間と一致しているように思う。同時に不思議な浮遊感があり、これはレムと会話していた空間に近かった。

 

「……よう、アラン」

 

 声がして視線を上げると、暗い空間の一部がスポットライトが当てられているように明るくなっており――そこには椅子の背もたれに顔を乗せている黒いワイシャツの男性がいた。無精髭に黒縁眼鏡、くたびれた雰囲気の顔立ちはアレイスターに近いとも言えるが、幾分か彼よりも若い雰囲気であり、髪も不揃いながら短く切られているのを見ると、三十代半ばくらいの技術者、といったところだろうか。

 

「よう、ベスター……辛気臭い顔してんな」

「とうとう見えるようになってしまったのか……」

 

 べスターは右手の紙巻きたばこを口元へ持っていき、大きく吸ってからアンニュイな表情で大量の紫煙を吐き出した。

 

「それで……俺はどうなったんだ?」

「オレの姿が完全に見えているんだろう? ならば、死んだんじゃないか?」

「……まぁ、元から死んでるようなもんだったけどな」

「おいおい……拗ねるなよ」

 

 べスターの言う通り、拗ねたところで仕方がないのは分かっている。それに、命を掛けてでも高次元存在に立ち向かうと決めたのは自分であり、自分の選択に後悔がある訳ではない。

 

 とはいえ、やはり終わってしまったと実感すると、胸にぽっかりと穴が空いたような心地になる。気分と連動して落ちた視界の中に、べスターが掛けてくれたのだろう、少々汚れの目立つ白衣に包まれて、彼と同様に椅子に座っている自分の身体が映し出された。

 

 高次元存在に突き出した左足が欠けてしまっており、感覚もなかった。同時に視線を右に向けると、やはり朽ちた腕は再生しておらず、白衣の袖がだらんと垂れさがっているのが見える。

 

 四肢が無くなってしまった喪失感も間違いなくあるのだが、同時にまだ自分の身体が存在することが不思議でもある。もちろん、この空間は自分とべスターの精神世界の様なものであり、実物の自分の身体は既に完全に朽ちてしまっている可能性もあるのだが――失ってしまった腕と足を除けば、まだ何となくだが身体は残っている感覚はあった。

 

「……恐らくだが、お前の身体は高次元存在に呑み込まれて、そのまま海に落下したんだろう。今現在の感覚的に言えば、海の中を揺蕩っているという感じだな」

 

 再び視線を上げると、べスターは煙草を吸いながらこちらを眺めていた。しかし、彼の考察は正しいように思う。自分の身体を包む不思議な浮遊感が、海を揺蕩っているとするならば納得がいくし――同時に高次元存在という不可解な存在に取り込まれているが故、何某かの理由で身体の崩壊が防がれているのかもしれない。

 

「アラン、身体に痛みは無いか? 違和感などでも良いんだが……」

「違和感が無いとは言わないが、とりあえず痛みは無いな。夢みたいな所にいるせいかもしれないが……」

「成程……これは一つの仮説に過ぎないが、お前の身体の崩壊は、高次元存在が止めてくれているのかもしれない」

「……何故? どうやって?」

「いっぺんに質問するな……ただ、両方にそれらしい理由を添えることはできる。まず理由に関してだが……星右京の言葉は覚えているか?」

 

 先ほど右京から聞かされた情報はかなり多かったので、べスターがどのことを指しているのか迷ってしまう。しかし恐らく、今のタイミングとなると――。

 

「俺には高次元存在の加護があるってやつか?」

「御名答」

 

 べスターは右手の煙草の火種でこちらを指し、そのまま手を翻して煙を一吸いした。

 

「お前は最後の一撃で、高次元存在の体内に飛び込んだ……それで、高次元存在は庇護者であるお前を己の体内で温存している、とも取れるんじゃないかと思う」

「……俺の行動は、高次元存在によって歪められていたのか?」

 

 せっかくの考察に対する返答よりも、そんな不安が湧き出るほうが早かった。自分は、自分なりにこの世界を――惑星レムを見て、自分なりに判断して道を選んできたつもりだった。しかしそれが超越者によって仕組まれていたとなれば、納得がいかない部分がある。

 

 より正確に言えば、そもそもこの世界の人々は七柱の創造神によって思考と行動を矯正されていた訳だが、もしかすると自分も気付かぬうちに、同じように高次元存在に操られていたのではないか――つまり、自分の自由な意志が侵害されているのではないかという不安がよぎったのだ。

 

 こちらの言葉に対し、べスターはこちらから目を背け、再び煙草を口に運んでゆっくりと息を吸いこんだ。

 

「オレには絶対的なことは言えん。あくまでも右京がそう言っていただけで確信がある訳ではないし、同時に否定するだけの材料がある訳でもない。むしろ、時空間の超越者によって力を与えられていたというのなら、お前の不思議な直感にも納得いく。しかし……」

 

 そこで言葉を切り、男は口から大量の煙を吐き出しながら、皮肉げな笑顔を作ってこちらを見据えてきた。

 

「完全に高次元存在がお前を意のままに操っているというのなら、少なくとも蹴りを入れさせるようなマネはさせないだろうよ」

「……違いない」

 

 仮に高次元存在がこちらを意のままに操っているというのなら、反抗するような思想をもたせはしないだろう。己に蹴りをかました不届き者を守ってくれているというのなら、高次元存在とやらは大層太っ腹な存在に違いない。

 

 と言ったところで、超越者たる高次元存在が何を考えているかなど分からないし、疑念が完全に晴れた訳ではないのだが――それでもべスターの言う通り、少なくともこちらの自由意思を完全に奪っているわけではなさそうだ。

 

 胸を撫でおろしているこちらを見て満足したのか、べスターは微笑を浮かべて頷いて後、真面目な表情に戻って話を続ける。

 

「さて、もう一つのお前の疑問……どうやってという事に関してだが、彼らは時空間を超越する力を持っている。それならば、お前の周囲だけ時を止める、なんてことも可能かもしれない」

「それなら、身体を修復してくれる方がありがたいんだが……高次元存在はなんでそれをしてくれないんだ?」

「オレに聞くな……そもそも、時を止めているというのも仮説でしかない。本来なら既に消滅していてもおかしくなかったんだ、命があるだけでもありがたいんじゃないのか?」

「それは、そうかもしれないが……」

 

 実際、レムから――晴子から授けられた再生能力が無くなった今、高次元存在の庇護なしにはすぐさま消滅してしまうだけだろう。そうなればベスターの言う通り、命があるだけでもありがたいという事に対して反論はない。

 

 しかし、それだけではダメだ。仮に右京達の目論みを一旦は中止できたのだとしても、七柱の創造神たちの内、急進派は健在。右京とアルジャーノンが残っているとなれば、何かしらの策で計画を再開するのも難しくなさそうだ。

 

 同時に、残してきた仲間達が気になる。とくに、自分を死地に送り出したエルなど、後悔に心を砕いているに違いない――彼女にはリーゼロッテが転写されているのも不安な点だ。その気になれば、リーゼロッテはエルの人格を消去できるのだろうから。

 

 そうなれば、まだ自分がやらなければならないこと――いや、やりたいことは山積みだ。魂を燃やし尽くす覚悟で飛び出して来たものの、まだこうやって生き残ってるのなら――少なくとも消滅していないのであるならば、何とか現世に戻る手段を探りたい。

 

「……なぁべスター。何とか復帰する方法はないかな」

「オレに聞くな。専門はバイオメカトロニクス……人工筋肉や機械工学なんだ、高次元存在なんて言う霊的な存在に関しては専門外だし、今のオレにはやれることもない」

 

 自分より頭の切れるべスターがダメというのなら、ひとまずそう簡単に復帰する手段は無さそうだ。とはいえ、まだ何か手を尽くした訳ではないし、諦めるには早いだろう。

 

 ひとまず、まずは自分の体が動くのか、改めて確認作業に入る。首が動くのは確認済み、ついでに残っている手を握ったり開いたりしてみる――今の身体は思念体のようなものだろうから実体はまた別なのだろうが、ひとまずこの暗い空間を動くには問題なさそうだ。

 

 とはいえ、片足を失ってしまっている現状では、自由に動き回るとはいかないか。せめて、べスターに肩でも貸してもらうか――そう思いながら視線を戻すと、男は椅子の背に額を押し付け、力なくうなだれているようだった。

 

「……すまない。お前に協力すると息まいて、結局はこの体たらくだ」

 

 男は絞り出すような声で悔恨の言葉を吐いた。今の言葉には、様々な意味合いが込められているように思う――初めて声が聞こえてきたとき、べスターはこちらに力を貸してくれると言った。同時に、今度こそは俺の正義を掛けようと言ってくれていたことを思い出す。

 

 察するに、べスターは旧世界で自分をDAPAとの戦いに巻き込んだことを後悔していたのだろう。それだけでなく、最悪の結果を招いてしまったことに心を砕いてきたに違いない。しかし自分としては、そんな彼に感謝こそすれ、恨む気持ちなど毛頭持ち合わせていないのだが。

 

「……ちなみに、今回は俺がどれくらい眠っていたか分かるか?」

 

 こちらの質問に対し、べスターはようやっと椅子から顔を離して顔を上げた。

 

「以前も言ったように、オレは外の様子を完全に把握できるわけじゃないが……体感としては極地基地で目覚めた時よりも遅かった。そうなれば、一週間前後と仮定できる」

「なるほど……それでこんな風に会話が出来ているのなら、どうやら世界が終わったわけじゃないようだ」

「あぁ、そうだな。お前の頑張りのおかげだ、アラン」

「逆に、お前がADAMsの切り所を指摘してくれたおかげでもあるぞ、べスター。だから、お前のサポートは十全だったんだ」

 

 なんとか友に――思った以上には年上だったようだが、共に窮地を潜り抜ける中で、彼のことは信用できる相棒のように思っているのは間違いない――元気になってもらおうとお膳立てした訳だが、こちらの慰めは心に響かなかったらしい、べスターは瞼を閉じながら首を振った。

 

「いいや、いつだってこうさ。オレはいつだって後手後手で、本質的な解決をすることが出来ない……」

 

 そんな風に意味深な独白をされたところで、こちらは理解できないのだが。いっそ、べスターの身の上話を聞くのも良いかもしれない――どの道、この空間から出ることは容易でなさそうだし、今までは時間制限があって過去のことをあまり聞いている暇もなかったのだから。

 

「なぁ、それなら……昔話を聞かせてくれないか?」

「構わんが……オレはお前の過去について全てを知っているわけじゃないぞ?」

「別に自分のことを知りたいと思っているわけじゃないさ。いや、そりゃ多少は知りたい部分もあるが、どちらかと言えば知りたいのはお前たちの……旧世界の人々のことだ」

 

 そこまで言った瞬間、今自分がやるべきことはこれだという不思議な確信が沸いてきた。何故なら――。

 

「……俺は知らなきゃならないんだと思う。お前のことも、グロリアのことも……それだけじゃない。リーゼロッテ・ハインラインのことも、フレデリック・キーツのことも、ファラ・アシモフのことも。何よりも……」

「……晴子と右京か」

「あぁ。言ってみれば今回の戦いの原因は、その二人の対立にある。そして、俺のオリジナルは、その二人と浅からぬ因縁があった。

 何よりも、右京が高次元存在を求める理由、俺はそれを知りたいんだ」

 

 右京はオリジナルに高次元存在を求める理由を話したと言っていた。少年のやってきたことは許されるものではないが――やはり、自分は彼の目的が気になるのだ。

 

 もしかしたら、べスターはそれを知っているかもしれない――そう思って男を見つめる。恐らくべスターも記憶を探って右京の言葉を思い出そうとしてくれているのだろう、紫煙を吸いこみながらしばらく押し黙り、首を横に振った。

 

「オレの記憶には、右京が高次元存在を求めた理由は無いな。何を考えているか分からないやつだったし、自分のことを語ってはくれなかったから……」

「しかし、お前は俺たちを見ていたんだろう? 改めて記憶を掘り起こせば……アイツと過ごした日々を思い出せば、何かの糸口にはなるかもしれない」

「そうだな……どうせ他にやることもないんだ。それも良いかもしれないな」

 

 男は皮肉気に口元を釣り上げ、煙を吐き出しながら頷いた。ひとまず、彼のナイーブな自己批判から意識を逸らすことには成功したらしい。もっとも、自分が旧世界でのことを知るべきというのも偽らざる本心だ――今まで戦闘行動中でなければゆっくりとべスターと話すこともできなかったし、ある意味ではこれもちょうどいい機会と言えるだろう。

 

「それでどうする? 右京との出会いから語るか?」

「いや、折角時間があるんだ……お前の知っていることを最初から教えてくれ。言っただろう? 俺はお前やグロリアのことも知りたいんだ」

「了解だ、それじゃあ……」

 

 べスターが身体を斜めに傾けると、その視線の先にもう一つのスポットライトが当たった。そこには、古式ゆかしい四角いモニターが――確かブラウン管と言ったか――鎮座しており、画面には砂嵐のような白と黒の線が無数に走っているのが見える。

 

「記憶を掘り起こして、オレの知っている範囲のことを共有していこう……今から見せるのは、かつてクラウディア・アリギエーリが語った偽りの神話ではない。旧世界で実際にあった、ある意味では本物の神話……邪神ティグリス、原初の虎の始まりの物語だ。七柱から見たら、偽典だろうがな」

 

 男がいつの間にか取り出していたリモコンをモニターに向けてボタンを押すと、砂嵐から画面が切り替わり――正方形の画面の中に、キーボードや吸い口が山積みになっている灰皿が現れた。恐らく、アレは旧姓界でのべスターの視界だ――彼の記憶を共有しているのだから、そう考えるのが自然だろう。

 

 そして、ブラウン管に映った画面が動き始める。視線の主が椅子から立ち上がって後ろを振り向くと、そこには壁一面に貼られているガラスがあった。その先には、台に横たわる人の姿が――いや、身体の節々からワイヤーの飛びだす、一人の仮面の異形の姿があるのだった。

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