B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
二度目の目覚め
ブラウン管に映し出された浅黒い肌の異形は、自分がレッドタイガーを纏っている時と雰囲気が近い。しかし、所々配線が飛び出ているところを見ると、生物というよりも機械的という印象を受けた。
しばらくガラス越しに異形を眺める映像が続き――その間にべスターにこの映像は何だと問うと、自分のオリジナルへの施術が終わり、初めて会話をした時だという返事が返ってきた。
施術をしているところから見たかったかという男の質問に対しては、首を振って応える。事故で酷い状態になっている身体をまざまざと見たい訳ではないし、それが自分の物であれば――厳密にはオリジナルのことであっても――尚更だ。
そんな風に画面外でべスターと幾許か会話をしていると、映像の方に動きが出始めた。寝台に横たわる異形の身体が動き始めて上半身を起こし――それに合わせて視線の主もガラスの横にある扉から中に入り、椅子を引いて背もたれに顎を乗せた。
「目覚めたか。調子はどうだ?」
「……気持ちわりぃ」
「そうだろうな」
ブラウン管についているスピーカーから声が流れ始めるのと同時に、視線は椅子の隣にあったモニターへと移る。男はモニターに映る数字を眺めながら何かを取り出し――それを咥えてライターで先端に火を灯すと、画面いっぱいに紫煙が写しだされた。
「バイタルは問題ないが、セロトニンやノルアドレナリンの数値が悪い……とはいえ、意識はハッキリしているようだな。どうだ、事故で頭を強く打ったみたいだが、自分のことはちゃんと分かるか?」
「俺は……伊藤……」
視線の主は素早く振り返り、異形のつけている仮面の顔の前――口に該当するあたりに人差し指を突き立てた。
「そいつは死んだ」
「なっ……何を言ってるんですか?」
「すまんな、こちらから聞いておいて意味不明だと思うが……事実を言ってるんだ。そいつは死んだことになっている。既に戸籍は無くなっているし、簡易だが葬儀も行われた。
まぁ、その死んだ誰かさんは天涯孤独の身だ、葬儀に参加するヤツもほとんど居なかったし、焼いたのは人に偽装したただの肉塊だがな」
矢継ぎ早に繰り出される男の言葉に、仮面の方はたじろいでいるようだった。それもそうだろう――今の自分ならそれなりに状況を理解できるが、目覚めた直後に聞かされる内容としては、いささか情報過多に違いない。
視線の主――画面の中のべスターは仮面から椅子を離し、一度モニター横にある空き缶に煙草の灰を切って、再び背もたれに顎を乗せた。
「順を追って話そう。お前は自動運転の大型トラックに轢かれて重傷を負った。轢かれそうになっている女の子を救ってな」
「なんとなくだが覚えています……それでその子は無事だったんですか?」
「……あぁ、押し出したせいで軽い擦り傷を負ったが、それだけだ」
「そうか……それなら良かった」
この時、なんてお人よしな奴だと思ったと、画面外の方のべスターから声を掛けられた。自分はただ、お上から与えられたミッションのためにお前を改造しただけであり、そこには良心の呵責もなかった。同時に、自分のことよりも他人の心配しているなんてのんきな奴だと――そう仮面のことを称した。
画面外からの声が切れると同時に、スピーカーから「話を戻すぞ」という声が上がった。
「本来なら即死してもおかしくないほどの重体だったが、幸か不幸か受け入れ先の病院に搬送するまでお前は一命を取り留めていたんだ。とはいえ、すでに手術でどうこうなる領域は超えていた……病院の設備では治療することは不可能だっただろう」
「でも、俺はこうして、生きて……」
「自分の体をよく見てみろ」
男の言葉に仮面は視線を降ろして自分の体を見つめて――そしてすぐに悲鳴のような声をあげた。それに合わせて、仮面に走る虎の紋様のような筋が、黒から赤に切り替わった。画面外のべスター曰く、発汗作用が無くなっているため、興奮状態になった時の体温調整をする機能が働いている時に色が変わるとのことだった。
「こ、これは……?」
「まぁ、オレからすれば生きているって言いたいところさ。サイボーグだって一つの立派な人格だ。とはいえ、本来なら機械化手術は本人の同意が必要……機械化した者が生きているかの定義は、まだナイーブな問題だからな。それで普通に生きているかどうかという判断は、お前に任せるよ」
「くそ、どうなってるんだ、これは……!」
異形は部屋のガラスに照り返す己の姿を見てから、仮面の上をその黒い手で触り始めた。そして顎のあたりに手を掛けたタイミングで、べスターが「それを外すのはおすすめしないな」と声をあげた。
「外して見たところで、事故でボロボロになっている顔が映るだけなんだから」
「……アンタ、医者って感じじゃないな。何者だ?」
ここまでどこか礼儀正しかった仮面は、手を下げながら敵意を乗せた視線を男に向けてくる。対する男はたじろぎもしないで、紫煙の向こうに浮かぶ仮面をじっと見つめていた。
「意外と冷静だな。まぁ、オレが何者かはおいおい話す……ひとまず、話が済んでからだ。
さて、病院での処置が難しいほどに損壊していたお前をサイボーグ化したのには理由がある。それは、お前が我々にとって都合のいい素体だったから。端的に言えば、一つの仮説を立証するための実験台として蘇らせたんだ」
「全然具体的じゃないぞ」
「その辺りも、お前がこちらの要求を呑むのなら話す……要件を言おう。その機械化した身体を活用し、お前には要人の暗殺に従事してほしいんだ」
「……はぁ?」
「もちろん、タダでとは言わない。こちらの要求を呑んでくれれば……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……全然話についていけないんだ。もう少し詳細に話してくれないか?」
「それは出来ない。これは、極秘裏のミッションであり……お前が要求をのまないというのなら、この場で死んでもらうことになっているからだ」
男はホイール付きの椅子を蹴って寝台から離れて、白衣のポケットから何か管のような物を取り出し、それを顔の高さまで持ち上げて、その先端についているボタンに親指を添えた。
「このボタンを押せば、お前の身体に仕掛けられている爆弾をいつでも起爆することが出来る。体表はちょっとした爆発程度なら耐えられるが、流石に体内に埋め込まれたモノまで無力化はできん」
「……おい、冗談だろ?」
「試してみるか?」
親指が少し内側に動くと、仮面は間接から配線の飛び出る腕をぎこちない調子で上げ――恐らく、まだ神経が上手く通っておらず、思ったように動かせないのだろう――首を振った。
「ま、待ってくれ……少し整理はさせて欲しいんだ。起きたら身体が改造されてて、暗殺者になれなんて言われても、混乱するのは仕方ないだろう?」
「まぁ、それもそうだな」
「まず、俺はごくごく普通のフリーターだ。そんな奴に暗殺をさせようだなんておかしくないか?」
「その辺りにも正当な理由はある。別に、今までのお前に期待はしていない。これからのお前に期待しているだけだ。過酷なミッションをやり遂げるための機械化でもあるし、訓練する時間も与える」
「くそ、話が一方的だな」
仮面は悪態を吐きながらがっくりとうなだれてしまい――視線の主が寝台の近くに椅子ごと戻ると、ぽつりぽつりと呟くように語り始めた。
「俺は普通に生きてきたんだ。そりゃ、妹以外の家族を事故で失って、進学は諦めたが……この国で人殺しなんて犯罪だし、そういった世界で生きてきたんだよ」
「もう一度言う。お前の言う普通の奴は社会的には死んでいる。ここに居るのは戸籍も変える場所もない、ただの亡霊だ。死人が人を殺すことに関する法律はない……だから問題ないんだよ」
「あのなぁ……そういう問題じゃないだろう? 俺の気持ちは無視かよ」
「……止むにやまれぬ事情があるんだ」
べスターは紫煙を吐きながら仮面から視線を外した。一応、以前に情報を共有されているので自分としては当時のべスターの気持ちも理解できる――世界の情報インフラを牛耳っている連中を相手にするのには秘密裏に、同時にDAPAから眼をつけられていない人材を確保する必要があった訳だし、更に言えば協力を取りつけられるまでに下手なことを言えば、情報漏洩に繋がるリスクがある訳だ。
そうなれば、止むにやまれぬ事情という言葉でお茶を濁そうとするのも致し方ないのであろうが――仮面の人格を無視しているという点に関して、反論できないのも確かであったのだろう。
とはいえ、煙を二度ほど吐き出して気分も落ち着いたのか、べスターは再び仮面の方へと向き直った。
「もちろん、オレが言っているのは詭弁だというのはもっともな意見だ。お前に人格があるのは間違いないし、オレも逆の立場ならそう思うだろう……何ならもっと混乱しているだろうな。
本来、人が人を裁くのは間違っている。法治国家においては、人を裁くのは法であるべきだからだ。しかし、超法規的な対応が必要な所に差し迫っている……とだけは言っておこう。加えて、暗殺の対象は悪い奴、ともな」
「そりゃ、依頼する側からすりゃあ悪い奴なんだろうよ。何せ死んでほしいくらいだしな」
「ふっ……なかなか口が周るじゃないか。否定はしないよ」
仮面の言葉がなかなか皮肉が効いているせいか、画面内のべスターから笑い声が上がった。そして画面の中の方が空き缶に短くなった煙草を投げ入れ、またすぐに次の一本を取り出して煙を吐き出した。
「一応、お前の意志を全く尊重しないというわけではない。爆弾は最終手段だが、もう少し穏便に安楽死させてやることもできる。
お前の身体の改造費には、一般人が一生かけても稼げないくらいの予算をつぎ込んでいるわけだが……協力してもらえないというのなら致し方ないからな。こちらの要求を断る場合、ここで静かに再び潰えてもらうことになる」
スピーカーから聞こえてくる言葉に、自分はうっすらと既視感を覚えた。アレはいつだったか――そうだ、この星で目覚めた時、レムに同じようなことを言われたのだ。あの時は爆弾を仕込まれていた訳でもないし、もう少し穏便ではあったが――死の淵から無理やり起こされ、一方的に依頼を出されて、呑めないのなら再び潰えてもらう、と言われた点は一致している。
要するに、自分はこういう星の下にあるのだろう――そんな風に思っていると、画面の中の仮面から「俺は」と小さく声があがった。
「……俺は死にたくない。もちろん、死ぬのが怖いって言うのもあるが……俺が死んだら、晴子が一人になってしまうから……」
「さっき言った報酬だがな。お前がオレ達に協力してくれるというのなら、お前の妹……伊藤晴子の医療費を出せる」
「ほ、本当か!?」
「あぁ、超法規的な裏仕事をやらせようっていうんだ、それくらいは安い買い物だ。本人にその気があるのなら、切断した足の移植手術をしたっておつりがくるくらいだ」
「そ、そうか……」
画面の中で俯く異形は、仮面ゆえに表情は見えない。もし仮面が無かったとしても、顔が変形していて表情も分からないかもしれないが――しかし、声の調子からは安堵している様子が伺えた。
そして仮面は少し押し黙って思惑して後、顔を上げて再びこちらを――視線の主をじっと見つめた。
「……やるよ」
「良いんだな?」
「良くはないけど……どうせ本当は失っていたはずの命で晴子を守れるのなら、やってみる価値はあると思うんだ。だけど、礼は言わないぜ、えぇっと……」
「……べスター。エディ・べスターだ。よろしくな、アラン」
「……はぁ? アラン?」
「お前のコードネームだ。死人と言えども、呼び名が無いと不便だからな。今日からお前はアラン・スミスだ」
ちなみに、アラン・スミスという名前を考えたのはオレだ。好きな映画監督の名と姓を掛け合わせて作ったんだ――画面外のべスターからそう補足が入った。そして画面内のべスターは二本目を缶に投げ捨て立ち上がって寝台の隣へと移動し、恐らくヤニ臭いであろう右手を寝台にいるアラン・スミスに向けて差し出した。
「ようこそ、反コングロマリット並びに第五世代型アンドロイド対策本部特別二課へ。今のところはオレとお前しかいないがな……よろしくな、アラン・スミス」
オリジナルはその手を見つめ、ややあってからぎこちない調子で腕を上げて、男の手を取ったのだった。そこで画面が暗転し、すぐに砂嵐が流れ始め――画面が切り替わるまでの間に、加減の知らない馬鹿が握り返したせいで、危うく骨折しかけたのだと補足されたのだった。