B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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宿から宿へ

 クラウとエルの見舞いがあった次の日、目が覚めて時計を見ると、朝八時半であった。ベッドから起き上がり、カーテンを開けてみると、今日も本日も快晴、体の調子も大分戻っている感じがした。

 

 軽く身支度を済ませても八時四十分、宿を変える可能性もあるので、荷物をまとめて――と言っても、簡単な装備とお金くらいしかないが――まだ時刻は四十五分。まぁ早めに席を取っておいても損がある訳でもなし、ひとまず食堂に降りることにする。

 

 階段を降りると、一つのテーブルに見覚えのある金髪の少女が座っているのが見えた。あちらもこちらにすぐに気づいたらしく、パッと笑顔になって手を振ってくれる。

 

「アランさーん。おはようございます!」

「あぁ、ソフィア、おはよう」

 

 こちらも軽く手を振り返しながら、少女の座る席に近づく。見れば、荷物入れを座っている椅子の横に置いているのが見える。荷物の量はスカスカでもなく、パンパンでもなく、適量、と言った感じだ。

 

「それ、荷物か?」

「は……うん、私はいつもで詰所に帰れるので、数日分の荷物があれば良いかなって」

 

 はい、と言いかけたのを止めたのだろう、少したどたどしい口調だが、ソフィアは敬語を使わずに返事をしてきた。

 

「おぉ、ちゃんと練習してきたんだな?」

「うん、駐屯地の隊員の人たちと話するときに、お互いに敬語を止めようってお願いしたの。でも、みんな途中で目をそらしてしまって……どうしてだろう?」

 

 恐らく、上官に下手なことは言えないとか、急に距離の近くなった少女との距離感を図りあぐねていたかどちらかだろう。そして多分後者だ。

 

「その荷物を見るに、結局本土から調査のOKは出たってことかな?」

「うん、正式な私の任務になったよ。条件は三つで、三日に一回は駐屯地で現状の報告をすること、勇者様が魔王城を攻める際には、そちらを優先すること」

「最後の一つは?」

「一人で行動しないこと。全部ちゃんと守るつもりだよ!」

「……なぁ、最後のやつってさ、本当は部下を連れて行けってことなんじゃ?」

「……えへへ? 特に指定は無かったから、大丈夫じゃないかな?」

 

 ソフィアは珍しく悪戯っぽい笑顔を浮かべた。だが、それもすぐに真面目な調子に戻る。

 

「でも、ちゃんと理由もあるよ。エルさんとクラウさんを誘ったときにも言ったけれど、想定される第三勢力は、かなり危険と思われるから……魔将軍と戦えるくらいの実力がないと、着いてくるのは厳しいと思う」

「まぁ、俺がその魔将軍とやらと戦えるかと言えば……」

「そこは、探索スキルのプロフェッショナルが一人欲しいから! 軍にも、アランさん並みの索敵が出来る人、多分いないよ」

 

 そう言われれば戦力としてしっかりと貢献できそうと安堵する一方で、何故に自分がそんな索敵能力を持っているのかはやはり疑問だ。しかし、少女の段々と敬語抜きが様になってきている、そう褒めようと思ったところで、ギルドのドアが揺れる音がした。

 

「ぜぇ……ぜぇ……お、おはようございます」

 

 入口の方へと振り向くと、クラウが牛歩の如き遅さでこちらに歩いてくるのが見えた。息切れしている理由も歩みが遅いのも、きっとその背にある巨大な荷物のせいだろう。

 

「おはようクラウ。なんだ、民族大移動でもする気か?」

「いえ……ただ、調剤の器具とか持ってくると、自然とこんなことに……よいしょっと」

 

 ドカ、と床が抜ける程の重厚感のある音を奏でてクラウは荷物を机の横に置き、俺の隣へと座った。

 

「き、今日はアレでいいですかね、ひとまず宿を取って、後はのんびり……など?」

「そう、だね……ですね?」

 

 ソフィアがクラウに対しては敬語にしようかどうしようか悩んでいるらしい。対してクラウは息切れしたまま、それに対して親指を立てて答える。

 

「ソフィアちゃん、ダメですよ、アラン君なんぞに……敬語止めてるんですから、私にも止めてくださ……ごひゅ」

「おいアラン君なんぞとか言うな、あと最後ので台無しだぞ」

「えーいうるさいです! あー……もう補助魔法使ってくれば良かったですかねぇ……」

 

 一応、今日から調査を始めても良いように彼女なりに魔力を残しておこうと判断した結果だったのだろうか。しかし若いんだ、少し休めば元気になるだろう――そう思っていた傍で、ソフィアが小首をかしげながらクラウを見つめている。

 

「……クラウさん、大丈夫?」

「おふぉ……! 大丈夫、元気もりもりですよ!」

 

 クラウの息が荒いのは変わらないが、鼻息が荒くなっている。多分、ソフィアの所作が可愛らしかったせいだろう、そしてその気持ちはこちらも察して余りあるものがある。

 

「……やばいですよ、アラン君! これはやばいです!」

 

 耳打ちするように緑が話しかけてくるのに対し、こちらも小声で「だろぉ」と返す。

 

「……アランさんとクラウさん、仲良しでうらやましいな」

 

 こちらがひそひそ話しているのを何か勘違いされたのか、ソフィアは少し残念そうに笑う。

「あのな、ソフィ……」

「違うんですよソフィアちゃん! むしろ私は、ソフィアちゃんと仲良くしたいです!!」

 

 こちらが否定する前にクラウが身を乗り出し、ソフィアの両手を取って握った。あまりの勢いにソフィアは若干気後れしたのか、今度は少し困ったような笑顔になった。

 

「あ、あはは……うん、クラウさん、仲良くしてくれたらうれしいな」

「はい! ぜひぜひ!」

 

 少女二人がきゃっきゃうふふしている横で、食堂のカウンター近くの柱に掛けられている時計を見る。すでに時刻は九時を過ぎているようだったが、エルはまだ来ていない。ソフィアもそのことに気づいたのか、また不安げな表情を浮かべた。

 

「エルさん、来てくれるかな……私が脅すようなことしたから、怒ってるかも……?」

「いやいやソフィアちゃん違いますよ、あの人は単純に低血圧なだけですって」

「うーん、それならいいんだけど……」

「いいんですいいんです。さ、朝食でも摂ってお寝坊さんを待ちましょう。アラン君はどうせまだ食べてないでしょうし……ソフィアちゃんは?」

「私は、軽食は摂ってきてるよ」

「それじゃあ、ソフィアちゃんはデザートでも頼みましょう」

「で、デザート……!」

 

 ソフィアの目が輝くのを、クラウは見逃さなかったらしい。今後、美味しいお店を教えますよ、とか餌付け体制に入っている。

 

 その後、それぞれ朝食を注文し、すでにテーブルに軽食が並んで後、すでに時刻は九時半と言ったところ。そこでようやく、何者かがギルドのスイングドアを開ける音が耳に入ってきた。

 

「はぁ……はぁ……ごめん、待たせたわね」

 

 振り向くと、そこにはクラウとは別の意味で息を切らせて来たと推察される、エルの姿があった。エルはこちらに歩いてきて、空いている席――ソフィアの横、俺の斜め対面に座る。しかし、荷物は軽そうだった。要は、ここまで彼女は単純に走ってきたから息切れしているのだ。

 

「お、おはようございます、エルさん、その……」

 

 隣でクラウが、どうしたものかと、自身の頭の上で手をわちゃわちゃさせている。何を伝えたいのか――自分もエルのを方を見てみて、まず最初にぎょっとしたのがその眼。走ってきたおかげか幾分かはマシになったのだろうが、それでも眠そうで、普段からジトっとした目がより一層重たげになっている。

 

 しかし、クラウが言いたいのは別の所にあることも分かった。そしてその瞬間、こちらと同じくエルを観察していたソフィアが、少し驚いた表情をしているのに気づく。

 

「わぁ……エルさん、寝癖がすごいね」

 

 そう、別段くせ毛な訳でもないのだが、髪が長いせいか寝癖が目立つ。というか、ソフィアは意外と天然というか、思ったことをストレートに口にする癖がある――クラウなどぎょっとした表情でこちらを見ている。まるで「アラン君この空気どうしましょう!?」とでも言いたげな表情だ。俺はそれに対して、どうにでもなーれという気持ちを込めて親指を立てて返した。

 

「はぁ……ちょっと、顔を洗ってくる……」

 

 眠気が冷めていないのが幸いしたのか、エルはソフィアの直球に対して不機嫌も怒りも示さないまま、お手洗いのほうへと向かっていった。ソフィアもソフィアで笑顔で「はい、いってらっしゃい!」と見送っていた。

 

「あ、あの、ソフィアちゃん?」

「……はい? クラウさん、なに?」

 

 きっと、エルが来てくれて安心した上、嬉しかったのだろう、ソフィアはすごくいい笑顔をこちらに向けてきた。それに対して何も言えなくなったのだろう、クラウは「いえ……お気になさらず……」と苦笑いを返していた。

 

 戻ってくると、エルは大分いつもの調子に近い感じになっていた。そして、テーブル上のサラダにフォークを刺しながらクラウの方を見る。

 

「それで、宿は決まったの?」

「情報を集めて……というか、ジャンヌさんに聞いて来ました。具体的な話はまだしてないです」

「そう、それで? ジャンヌのおすすめはどこだったの?」

「えぇっと、地図に丸つけてもらってきました……」

 

 そう言いながら、クラウは荷物から街の地図を取り出し、テーブルの真ん中に広げた。多分、ジャンヌさんは方向音痴なクラウに説明しても無駄だろうと気を使ってくれたのだろう。見たところ、冒険者ギルドよりも南、少し住宅など入り組んだ場所にある宿のようだった。

 

「なんでも、メインストリートから少し離れている分、質の割にお安くなっているとか」

 

 説明に頷きながら、エルは地図を見つめている。

 

「なるほど……ソフィア、駐屯地から十五分くらいだと思うけれど、問題ないかしら?」

「はい、問題ないです……あの、敬語……」

「いらないわ」

「は、はい! ありがとうございま……ありがとう、エルさん!」

 

 敬語、だけで察するエルの読解力はなかなか凄まじいし、報告のために駐屯地に行かなければならないのを聞いていないはずなのに事前に確認するあたり、なんやかんやでエルも色々気付くタイプなのだと改めて感心する。

 

 しかし、なんだか蚊帳の外のまま宿の場所が決定しそうだ。これは一石を投じなければならない。

 

「なぁ、ちなみに俺の意見は……」

「聞いてないわ」

「アラン君、レヴァルの街のこと知らないですよね?」

「あ、はい」

 

 高速ではいと返してしまった。しかしいけない、女性のほうが多いせいか、このパーティーの中で自分のヒエラルキーが圧倒的に低い。

 

「あ、あの! とりあえず見に行って、みんなで決めよう、ね?」

 

 しょぼくれているこちらを心配してか、ソフィアがフォローを入れてくれている。この子は女神か。本物の女神の知り合いよりこの子のほうがよっぽど女神だ。

 

「まぁ、そうね。どんな輩が泊っているかも分からないし、実地を見てからよね」

「そうですね、流石ソフィアちゃんは良いこといいます!」

「と、ともかく。そんなに遠くないなら、今日はまずその宿を見に行って、すぐに決定しそうなら荷物をそこに置いて、今日は近場の調査。もし他の場所に宿を取るなら、今日は今後のことを決めながら宿探し……で、いいかな?」

 

 ソフィアは先ほどぞんざいに扱われた俺を気遣ってか、こちらを向きながら同意を取ってくれる。ただ、こちらが返事をする前に他の女性陣から「賛成」「いいですね」と横から入り、すでに多数決は成立してしまった形になる。もちろん反対する意味もないので、こちらも「それでいいんじゃないか」と返事をしておいた。

 

 ひとまずやることが決まり、エルとソフィアが荷物を持って立ち上がった。こちらも持って立ち上がろうとする瞬間、隣の緑から肩に手を置かれた。

 

「あの、アラン君」

「なんだ?」

「男の子ですよね?」

「女に見えるか?」

「毛ほどにもそうは見えないアラン君に、お願いがあるのですが」

「嫌だ」

 

 コイツの言いたいことは分かっている――だからこそ、聞いてはいけない、耳を貸してはいけない――しかし、すごい力で押さえつけられている。

 

「お、おまっ、補助魔法を使ってるな!?」

「そんなことありませんよー何言ってるんですかアラン君こんなくだらないことに魔法なんて使うわけないじゃないですかハハハーそれでお願いの内容なんですけどぉ……」

 

 そんな凄まじい早口でまくしたてられると説得力も何もないのだが。しかしまぁ、クラウにも色々借りがあるし、彼女も半分ふざけての提案なのだろう、今回ばかりは吞んでやるか――。

 

 しかし、彼女の提案を呑んだことを、ちょうど十五分後には後悔することになった。

 

「ほほーここがジャンヌさんの言ってた宿ですか!」

 

 本来なら疲弊しているはずだった緑のアイツは、元気いっぱいで到着した宿を指さした。そう、クラウは元気なはず、自分が代わりに彼女の荷物を持って、彼女の背にはこちらの軽めの荷物があるのみなのだから。

 

「あ、あの、アランさん、大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫……ごひゅ」

 

 ソフィアの優しさに対して、先ほどの緑と同じような変な息で返答してしまった。しかし、何故にこれほど重いのか――大の大人、一人分を背負っているような重みがある。ここまではエルが先導してくれたのだが、すいすい進んでしまうので、我ながら良く遅れずに着いてこれたと感心する。

 

「とりあえず、外観はいい感じね」

 

 そう言いながら、エルが真っ先に宿の戸口を開けて中に入っていった。確かに、街はずれの一角、住宅街の端っこという立地ながら、歴史を感じる雰囲気のある石造りに、ツタの絡まる雰囲気のある四階建てで周囲より一つ抜けた建物で、見た目は実にオシャレである。

 

 エルたちに続いて、扉を開けてくれているソフィアの横から中に入ると、店内も中々雰囲気が良い。一階はロビーと食堂なのだろう、木材で作られた内装と赤い絨毯がリッチな雰囲気を醸し出している。とりあえず、荷物を置いて、ソフィアとともに暖炉の前にあるソファーに座って息を整えることにする。

 

「……クラウ、どうする?」

「これくらいの金額なら、丁度良い感じじゃないですか?」

「そう、それならここで決定でいいかしらね」

 

 すでにエルとクラウが店主と、チェックインに関する話をしているようだ。少しして、クラウがこちらへ来た。

 

「大部屋は五十、シングルの個室が三十ゴールドだそうです。値段設定はギルドの二階と変わりませんが、宿としてのグレードはここの方が二段くらい上かと」

「そうか……それなら、ここでいいんじゃないか?」

 

 実際、女の子の多いパーティーなので、他の宿泊客の雰囲気や周囲の治安も大切だろう。店が周りに多くない分、酒を好む冒険者もここは利用していなさそうだし、ギルドと値段が変わらずグレードが上がるなら自分としても上等だった。

 

「ソフィアちゃんも、ここで大丈夫ですか?」

「うん! 素敵な所だから、私もここがいいな」

「分かりました、それじゃあここに決めちゃいましょう!」

 

 クラウはカウンターのほうに戻って、何やら記帳を進め、そのまま袖からお金を払ってこちらに戻ってきた。そして、なぜかすごくいい笑顔で俺のほうを見た。

 

「アラン君、高いところ好きですよね?」

「……今だけ嫌いになりたい」

 

 後から聞いた話によれば、大部屋が四階にしかないという話なだけではあったが。とはいえ、階段を荷物を持ちながら上る際に、あの緑だけはいつか泣かす、そう心の奥底で誓ったのだった。

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