B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~   作:五島七夫

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一課とのコンペティション

 ブラウン管に映る部屋の隅で、二人の白衣が肩幅の広いロボットを――二足歩行型らしいが、あの図体では足音も大きく隠密性など皆無だろう――調整しているようだった。

 

 視界が百八十度切り替わり、今度は白衣たちが居る部屋の対角線上に仮面の男が映し出される。視線の主はそちらへ向かって歩き出し、椅子に座って縮こまっている仮面の正面で止まった。

 

「ルールは簡単、戦闘不能になった方か……もしくは、セコンドのストップを掛けた方の負けだ」

「不公平なんじゃないのか? 向こうはロボット、こっちは人間だぞ」

「この計画にその辺りの公平性は担保されていない。お偉いさん方から見れば、より可能性のある方に投資したいというだけだからな。何より、この場でお前を人間扱いしてくれる奴は……残念ながら存在しない」

「流石、暗殺しようだなんて乱暴なことを考える連中だ……倫理観が崩壊してやがる」

 

 仮面の男はそこで一度言葉を切って、椅子の付近にある台の上を眺め始めた。そこには、近接戦闘用と思われる刃渡り四十センチ程の二対のブレードと、投擲用と思われるナイフが複数本並んでおり――仮面は投擲用のものを一本手に取ってそれを眺め始めた。

 

「戦闘特化の機械を相手にするってのに、これじゃあ物足りないんじゃないか? それこそパイルバンカーでも欲しい所だぜ」

「馬鹿なことを言うな。単独にて隠密行動をせざるを得ないお前が、光学兵器や火器など使うことは推奨されない。それに、お前の装備している振動剣と投擲用のセラミックナイフは、第五世代型相手にも通用する企画として作られているんだ……一課のテスト機にも通用する。

 何より、パイルバンカーなど時代遅れで粗暴な武器だ。オレの目が黒いうちは、そんなものは搭載しないぞ」

「はぁ……浪漫通じないってのは悲しいね」

 

 仮面はそこで短剣を一度上に投げ、一回転して落下してきたのをキャッチし、その短剣を持ったまま再び縮こまってしまった。視線は敵を見ているわけではなく、床を眺めており――精神的に落ち着かない状況にあるのは誰から見ても明らかだった。

 

「緊張しているのか?」

「そりゃあ……訓練や今までみたいなテストとは違う訳だからな、緊張もするさ。何より……悪意をぶつけられるのは、気持ちが良いことじゃない」

 

 そこで仮面はやっと視線を上げ、部屋の対角線を見つめ始める。視線の主も振り向き背後を見ると、ロボットの調整が終わったのだろう、白衣の男たちがあからさまな敵意を仮面の方へ向けているようだ。

 

 この時のオリジナルを見て抱いた感想としては――ある種自分のことなので面映ゆい気持ちもあるが――どことなくナイーブな様子の少年という印象だった。二年の間に大分やさぐれたのだろう、最初の映像の時と比べて口も悪いし、先ほどの訓練の様子などを見れば多少は出来るようになってきてはいるのだろうが、それでも実戦経験が無いのだから、緊張するのも仕方ないのかもしれない。

 

 より正確に表すなら――彼にはまだ信念なり覚悟なり、行動の指針となる物が無いというのが正しいか。それ故、悪意をぶつけられては流され、とは言っても逃げるわけにもいかず、神経質な調子になっているのだろう。

 

 そんな風に思いながら画面を眺めていると白衣の袖が伸びてきて、仮面の肩にそっと置かれた。

 

「下手な手心は加えるなよ。お前のためにならん」

「それも分かってるさ……俺が使い物にならなきゃ、晴子の医療費だって稼げない訳だからな」

「……そうだな」

 

 画面の中のべスターが煮え切らない返事をしたのは、恐らく今回の勝負に負けた場合はオリジナルの処遇は碌なものにならないだろうからだろうと推測される。この時点でのオリジナルの持つ知識量は大したことないと言っても、その身には多くの秘密が隠されているわけだから。

 

 仮に暗殺者として大成しなかったからと言って、晴れて自由の身もあるまい。すでに戸籍もない男が外に出ることなどできないし――何の結果も出していない者の身の上を確保してくれるような温情な連中なら、そもそもこんな非人道的な実験をしないはずだ。

 

 そうなれば、この勝負に負けたらアラン・スミスは廃棄され――同時に人質的に養われている晴子の援助も打ち切られるのは想像に難くない。とはいえ、それをオリジナルに言うこともできず、べスターとしても曖昧に頷くしかなかった、ということなのだろう。

 

 もちろん、この後のオリジナルの活躍をクローンである自分は知っているし、そうなればこれは勝った勝負なのだろう。しかし、オリジナルはそんなことを知る訳でもないし、勝負に負けた時に何が起こるかまで認識していたかは分からない。何せ仮面のせいで表情も見えないのだから――いや、恐らく勝負に負けたら禄でもないことになるということは分かっていたのだろう、仮面は肩をすくめて小さく笑い声をあげたのだから。

 

「ははっ、お前の辛気臭い顔を見てたらやる気が出てきたぞべスター」

「そうか……ついでだが、任務中はオレのことはヴィクターと呼べ。今回は別に問題ないが、実際の任務中には通信が傍受される可能性があるからな。今のうちに慣れておけ」

「それもお得意の映画からとったコードネームか?」

「あぁ、死体を繋ぎ合わせて怪物を作ったマッドサイエンティストから取っている。オレにぴったりだろう?」

「誰かさんに改造された怪物は、言うほどお前のことを悪くないと思っているとは言っておくぜ」

「ふっ……ともかく、勝ちに行ってこい」

「あぁ、了解だヴィクター……見てろ、伊達に二年間、缶詰めになって訓練してきたわけじゃねぇんだ」

 

 オリジナルは立ち上がり、投擲用のナイフをベルトに戻し、それを腰に巻いてから近接用の二本を両手に持ち、部屋の中央まで歩いて行った。対するロボットも部屋の中央へと移動をはじめ――思ったほど足音が聞こえないのは、流石に向こうの科学者たちもある程度の調整をした結果というところか。

 

 機械仕掛けのサイボーグと戦闘用のロボットが、間合い三メートルと言った距離で睨めあい――部屋の隅にあるスピーカーから一定のリズムで電子音が聞こえ始め、最終的にブザーに切り替わった瞬間、ロボットの方が先手必勝と言わんばかりに素早く前進を始めた。

 

 ロボットは腰に手を当て、そのまま太い腕を振りかぶる――その軌跡には青白い線が浮き出ており、仮面の男がレーザーブレードを寸でのところで後ろに跳んで躱している映像がブラウン管に映し出された。

 

「くそっ……殺す気かよ!?」

 

 仮面の声が聞こえると同時に、青白い線が幾重にも走り続ける。画面の中のアラン・スミスはそれを後退しながら躱し続けるが、ドンドンと壁の方へと追いやられて行っているようだった。

 

「避けてばかりでは事態は好転しないぞ、反撃しろ!」

「くっ……当たれ!」

 

 べスターの檄に呼応するように、オリジナルは腰から短剣を抜き出し、そのままアンダースローでロボットの方へと投げつけた。短剣はロボットに命中こそし――第五世代型の相手をする想定をしているナイフであるおかげか、その切っ先は相手の胸部に刺さりはしたが浅く、また痛覚もない相手であるせいか、ロボットは怯みもせずに更なる攻撃を繰り出してきた。

 

「相手の急所を攻撃しろ! 眉間だ!」

 

 ロボットのアイセンサーはモノアイ風のゴーグルであるから、眉間もクソもないはずだが――しかし仮面は既に己よりも巨大なロボットに壁際へ追いやられており、攻撃に転じるどころではなさそうな雰囲気だ。

 

 自分のことながら――もちろん、正確には別人なのかもしれないが――画面の中のアラン・スミスは攻めん気がないように見える。というより、実戦慣れしていないせいか冷静さを欠いており、パニック気味という方が正解か。

 

 それでも活路を見出そうとしているのか、はたまた彼の中に存在する暗殺者としての才覚が萌芽を出し始めているのか――目の前の脅威から目を背けることだけはせず、チャンスをうかがっている様子ではある。

 

 そのチャンスが巡ってきたのか、仮面はロボットがレーザーブレードを突き出してきたのをしゃがんで躱し――熱の刃が壁を溶かしている隙をついて低い姿勢のまま前進し、ロボットの背後へと脱出し、距離を取ることに成功したようだった。

 

 今の自分なら、敵の背後に逃げずにそのまま眉間に刃を突き立てるだろうが――流石に大迫力のロボットに近接戦闘を仕掛けるのは、この時のアラン・スミスには厳しかったのかもしれない。

 

 仮面はまた左手で一本のナイフを取り出し、振り向いてくるロボットに眉間を狙うべく待ち構えている訳だが――それは上手くいかなかった。ロボットはレーザーブレードを引き抜くことをせず振り向き、そのまま手のひらを仮面の方へと向けてきた。

 

「ちっ……!?」

 

 恐らくいやな気配を察知したのだろう、仮面は短剣を投げることを諦めて身を翻す。しかし、それに合わせて熱線が仮面の肩を焼き――直撃こそ逃れたものの、アラン・スミスは相手の掌に内蔵されていたブラスターで左腕を使えなくなってしまったようだった。

 

 その証拠に、仮面は左腕をだらんと下げて呆然とした様子であり――防戦一方な敵陣を見て勝ちを確信したのか、ロボット陣営の白衣たちの笑い声が聞こえ始めた。

 

「ははは! 負けを認めたらどうだ!? いくらサイボーグ化したと言っても、恐怖の無い機械に勝てるものか!」

「しかも元々はずぶの素人……そんな奴を相手に、我々が負ける道理はない!」

「くっ……」

 

 視線の主は何かを言いたそうに口よどんでいる様子だが、それを言えずに悩んでいるように感じられた。しかし、その迷いを甲高い音がかき消す――べスターの視線が再び仮面とロボットに戻ると、床に二本の投擲用ナイフが落下しているところだった。どうやら、残っている右手で投擲をしたが、弾かれたのか刺さらなかったのか、恐らくは後者だろう。

 

「……いいや、まだ終わってない」

 

 仮面は投擲を諦めたらしく、ベルトから近接戦闘用のブレードを取り出し、左腕をだらんとさせたまま背後を振り返り――都合、視線の主と目が合う形になる。

 

「俺たちの二年間を、そう簡単に否定はさせねぇ……そうだろ?」

「お前、何を……」

 

 べスターが言い切る前に、スピーカーから巨大な破裂音が聞こえ、視界の焦点から仮面の男が消えた。そして視線の主はきょろきょろと視線を動かし――顔に肉厚の刀身が差し込まれて動かなくなっているロボットと、その背後にいる仮面が見える所で止まった。

 

「なっ……!? 何をしたんだ!?」

 

 ロボット陣営から驚愕の声が上がった直後、ロボットは膝から崩れ落ちて床に激突した。そしてそれに合わせて仮面が振り向き、左肩を右手で押さえながら視線の主の方へとゆっくりと近づいてきた。

 

「ADAMsを使ったのか!?」

「あぁ……ぶっつけ本番だったが、なんとかなったな」

「ふぅ……あのなアラン、ADAMsは脱出用だと伝えただろう? いくらお前の身体をそれを使える規格にしていると言っても、神経やフレームへの負荷も大きい……とくに戦闘時などは細かい制御も難しいんだ」

「とはいえ、アイツらに言わせっぱなしにしてて良いのかよ?」

「……違いない」

 

 そこでようやっと緊張が切れたのか――それは、べスターもアラン・スミスも同様に――仮面は椅子に座ってへたりんだ。

 

「それに、加速装置を使わないでどうにかしろって言うのなら、やっぱりパイルバンカーをだな……」

「馬鹿なことを言うな。硝煙反応が出るような兵器をおいそれと使わせるものか」

「アイツらだって似たようなものを使ってだろう?」

「うちはうち、よそはよそだ」

 

 互いに悪態はついているが、二人の声色は明るいものだ。対して部屋の反対側では、二人の白衣の男が地団駄を踏んでいるのが見えた。

 

「今のは無しだ! 開示されていなかった情報があるだろう……加速装置を搭載しているなど聞いていなかったぞ!?」

「そりゃお互い様だろう? オレだって、今回の模擬戦において、そっちがブラスターを積んでいるだなんて聞かされて無かったからな……あんまり格好悪いことを言うな、一課の優秀な科学者さんよ」

 

 視線の主はそこで胸ポケットから煙草を取り出し――しかし流石にそこで吸うのはマズいと判断したのか、へたり込んでいる仮面に立つように指でジェスチャーをし、二人で部屋を後にした。

 

 そのまま二人は地下から階段を昇って屋外に出て、フェンスに囲まれた敷地内をしばらく歩き続ける。ACOの極東基地は郊外の丘陵地にあるのだろう、辿り着いた見晴らしのいい場所は展望台らしき場所であり――そこで男は煙草に火をつけ、鈍色の空に向けて紫煙を吐き出した。

 

「なぁべスター、そんな辛気臭い顔をするなって」

「さっきはこんな顔を見て元気になったとか言っていなかったか?」

「さっきと今は状況が違うぜ。せっかく頑張って来たってのに、そんな面されてたら喜べないだろう?」

 

 そこで視線の主は後ろを向き、背後に立って俯いている仮面の方を無言のまま見つめる。そしてややあってからオリジナルが視線をあげ、ぽつりぽつりと話し出す。

 

「……今回の勝負、お前も悩んだんだよな。アイツら、俺を殺す気だったし……負けはそのまま死に直結するが、止めたところでサイボーグである俺をのうのうと外に出すわけにはいかない……どの道処分になる訳だから。だから、そもそも勝負を回避するように尽力してくれてたのは知ってるよ」

 

 俯く仮面から視線を外し、次にブラウン管には鈍色の空が映し出される――煙草の煙が立ち昇っていき、雲と混ざって見えなくなるのに合わせて、一度視線が落とされる。べスターはパンパンになっているポケット灰皿を取り出してそこに吸殻を押し込み、またすぐに次の一本に火をつけ、火種を呆然と立つ仮面の方へと向けた。

 

「……お前に死なれたら、オレは煙草代を稼げなくなるからな」

「高級品だもんな。それなら、チェーンスモークは止めるのをおすすめするぜ」

「馬鹿なことを言うな。オレはのびのびと煙草を吸うために、高い給料をもらえる仕事をしているんだからな」

「お、おい、それ本気か? もしそうなら、やっぱりお前も大概クソ野郎だな」

「そうだ。オレはクソ野郎なんだよ」

 

 何となく、画面の中の彼は、今ブラウン管の外にいるべスターと同じ顔をしているに違いない――そう思ってYシャツ姿の方へ視線を向けると、所在なさげに紫煙を吐きながら俯き、苦笑いを浮かべている男の顔があった。

 

 画面内外でしばらく沈黙が続き――それを破ったのは、画面内の仮面の男だった。

 

「……この二年間、結構考えたよ。お前に改造されなきゃ、俺はただ死んだだけだったからな。感謝してるとは言わないけれど、最悪じゃなかったとは思ってる」

「そうか……お前は大概お人よしだな、口は悪いが」

「誰かさんのせいでこうなったんだ。悪態の一つでもつかないとやってられないからな」

「しかしアラン……さっきだって、オレ達がコンペで勝ったら、アイツらが職を失うんじゃないかって心配してたんだろう?」

「まぁ、それは否定しないが……殺して来ようっていう本物のクソ野郎に、手心を加える理由もないと思ってな」

「はは、違いない」

 

 Yシャツはこちらを見ながら、以下のように付け足す――オレは段々と、この時辺りから、改造したのがお前でなければ良かったのにと思うようになっていた。もう少し独善的な奴で、こちらを恨んでくれるのなら、もう少し仕事として割り切れたのに――と。

 

 同時に、きっとあの日に研究所に運ばれてきた青年がアラン・スミスでなければ、オレはこの辺りでお役御免になっていたとも。いくら最新の技術且つ、自分の最高傑作であるサイボーグであったとて、常に冷静に判断を下せるロボット相手のコンペはそもそも分が悪かったはずだ。

 

 そして最後に、お前のせいでオレは長々とDAPAと戦う羽目になった。おかげで煙草代には困らなかったがな――と自嘲気味に笑って煙を吸い上げていた。

 

「……さて、そろそろ戻るか。お前の肩を治さなきゃならないからな」

 

 画面からの声にブラウン管に視線を戻すと、男は二本目を灰皿に押し込んで振り返り――遠くに臨む都市の摩天楼群を少し見つめてから踵を返し、左腕を垂らしたままにしている仮面と共に来た道を引き返したのだった。

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