B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「この勝負を最後に、オレ達に文句を言ってくる奴はいなくなった」
画面がいつもの研究室風の部屋に切り替わった瞬間、隣に座るべスターから声があがった。
「そもそも、第五世代を見破る力は他のチームに無かったし、戦闘力に関してもある一定のお墨付きが付いたんだ。その結果、オレ達がチームを正式な暗殺班として活用する方針で決まったんだ。後は辞令が来るのを待つだけ……最初のターゲットが決まったのは、コンペから一か月後のことだった」
べスターがそう説明する傍らで、先ほどの勝負で傷ついた肩を修復している映像が流れ続けている。肩が抉れるほどの攻撃であったことを鑑みれば、腕そのものを交換する必要があるようにも思うが――中の人工筋肉や配線を上手くつないで修理しているらしく、これくらいの傷なら交換するほどではないということか。
ともかく、半分はグロテスクな、半分は機械的な絵面がしばらく続き――同時に、なんとなくだがこの機械の身体というものに興味がわいてきた。その身体をオリジナル以上に知り尽くしていたであろう男が隣にいるのだから、聞いてみても良いだろう。
「なぁ、ただの興味本位なんだが……サイボーグの生活ってどんなだったんだ?」
「お前からしたらそんなに楽しい話でもないとは思うが……まぁ良いだろう、急いで先を話す必要もないしな」
こちらの要望に対してべスターが頷くと、画面が切り替わり――次に映し出されたのは、寝台に横たわる仮面の男の様子だった。恐らくは、先ほどの施術が終わった後なのだろうが、仮面の男は寝台の上で死んだように動かなくなっていた。
「気になることと言えば、恐らく睡眠と食事、あとは消化系に関することだろう。まず、睡眠に関しては普通に取っていた。脳は事故前のものをそのまま活用しているのだから、睡眠を取らないと正常な機能を保てないからな」
「寝てる時も仮面をしてたのか?」
さすがにあんな固いものをつけてちゃ寝返りも打てないし息苦しそうだが――こちらの質問に対して、べスターは鼻で笑いながら煙を吐き出した。
「もちろん。あの仮面の下は、筋肉が剥き出しになっているからな……外したほうが寝苦しいだろう。それに、呼吸はしやすいように調整されているし、寝相も良かったからな。特に問題は無かったよ」
「ふぅん……」
こちらが相槌を打つのと同時に、再び画面が切り替わった。今度は仮面の男が寝台に腰かけ、膝の上に置いているトレイからスプーンで何かをすくって口に――この時は仮面の口の部分だけ開く機構が備わっているらしい――運んでいるのが見えた。
「次に食事に関してだが、これも主に脳の機能を維持するのと、体内のナノマシンを維持するために必要だった。もちろん、点滴など筋肉からの注入で済ますことも理論上は可能なのだが……これはサイボーグのメンタルに悪影響を及ぼすということで、経口でのサイボーグ食を推奨していた」
「悪影響?」
「あぁ。ある研究によれば、食事というのは有機生命体が長い時をかけて続けてきた生命維持活動であり、とくに人の場合は娯楽的な要素も含む。それ故、余りに機械的すぎる栄養補給では元々は人間であるサイボーグのアイデンティティの喪失に繋がると。
実際、お前の前にサイボーグ化したものの中で点滴による栄養補給をしていた者は、パフォーマンスを著しく落とすケースもあったようだ」
「言われてみればそんな気はするが……しかし、あまり美味くはなさそうだ」
仮面がゆっくりと掬っているトレイの上の物体は、何やら名状しがたき色のゲル状の何かだ。宇宙食だとか言えばそれらしくも見えるが、ひとまず食欲をそそる色でも形でもない。
「あぁ、オリジナルからも大分不評だったよ……とはいえ、さっきも言ったようにナノマシン維持のためのエネルギー源でもあるし、生身と同じ消化器官は既になかったんだ。それ故にサイボーグ専用の食事を摂っていたんだ」
「どんな味なんだろうな」
「一応、元々生身だった者が食べても楽しめるようにと何某味みたいなフレーバーはついていたらしいが……オリジナルは薬品臭さが目立って美味くないと言っていたぞ」
「はぁ……ちなみに、味の批評をしてたってことは味覚や嗅覚はあったんだよな?」
「あぁ、両方備わっていた……というより、五感に属するものはなるべく残そうという努力が為されていた、というのが正確か。とくに視覚、聴覚、触覚、嗅覚を残さねば、生物的な感覚で第五世代型を見破るという仮説の立証にならないからな。
触覚に関しては人工の強化皮膚を利用していたから人と全く同じとは言えなかっただろうが、それでもお前の遺伝子から培養されたもので、それなりに近い感覚にはなっていたはずだ。そして、嗅覚があるならば、自然と風味を感じる味覚も残るって訳だ」
べスターはそこまで話しきると、息継ぎのためか煙草の煙を大きく吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。大量の紫煙がこちらまで漂ってくる――ここは精神世界のような場所なので自分は臭いは感じないが、画面の中のオリジナルはどのように感じていたのだろうか?
「……嗅覚はあるっていうのに、煙草をスパスパと吸ってたんだな?」
ストレートに聞くのも面白くないので、少し皮肉を効かせて質問をしてみた。するとべスターはシニカルに笑って、また煙草の煙を美味そうに吸っては吐き出していた。
「オリジナルには煙草の香りは不評ではなかった。元々、臭いだ何だと言われる煙草だが、お前の世代ではかなりの高級品と化していたし、そもそも臭いを嗅いだことがなかったらしいからな」
「とはいえ、周りの人に対する健康被害があるんだろう?」
「その辺りは抜かりない。お前の肺には高性能なフィルターをつけていたからな」
「はぁ? 自分が目の前の煙草を吸うために、俺の肺を改造していたって言うのか?」
「馬鹿を言うな。火の中や酸素の薄い高高度でも問題なく活動できるという目的が先行して付けたに決まっているだろう? そのオマケとして、気兼ねなく吸うことができたってだけだ」
ただ、グロリアと右京には大不評だったから、次第に皆の前では吸わなくなった――と男は付け足した。
「それで、他に知りたいことはあるか?」
「そうだな……それじゃあ、今映ってるものについて教えてくれ」
画面には研究室らしき部屋の中で、白衣の男が仮面に対して武装のレクチャーをしているところが映し出されていた。映像の方は早巻きの無音となっているので、画面外の自分としても説明が欲しい所だ。
「暗殺者アラン・スミスに与えられた主な武装は二つだ。その前提として、サイボーグとして生身では出せない力を出せるということは付け加えておく……握力は最大一トン、膂力は三トンまで対応し、走った時の最大時速は加速装置なしでも百二十キロを超える」
「腕の力に対しては、走る速度は大したことないな?」
「その辺りは、元から人間の足はそこそこ早いというのがあげられるな……時速百キロで走れる生物は他に居ないし、それ以上の速度を出すなら二足歩行ではなく車輪にする方が合理的だ。
さて、武装に関して。一つは、先ほどのコンペでも活用していた二対の高周波セラミックブレード……切れ味としては第五世代型の装甲に対しても十分な威力を発揮し、最後の時までアラン・スミスのメイン武装だった。
もう一つは、小規模な電磁パルスを発生させるEMPナイフ……第五世代の電脳に干渉することでスタン状態にすることが可能であり、メイン回路に命中させればそのまま相手を動作不能にすることも出来る逸品だ」
「先日のロボット相手の時は普通のナイフだったよな?」
ちょうど仮面が投擲用の短剣を取り、的に向けて投げている所が画面に映っている――その狙いはやや荒く、的の中央からやや外れたところに命中していた。
「正確には、アレも投擲用のセラミックブレードではあったのだが……ロボットとの戦闘を見て、細工は必要と思ってな。先日言った通り、居場所がバレる恐れがある火器や光学兵器の搭載は最初は認めていなかったんだ」
「最初はってことは、次第に武装は増えていったのか?」
「いいや、段々とADAMsを併用した音速戦闘に切り替えていったからな……空気との摩擦
で熱を持てば精密な機械は故障の危険性があったし、何より下手な実弾よりも素早く動けるんだ、最後まで銃器の活用はしなかった。
代わりに、投擲ナイフより威力のあるEMPトマホークをミッションの度に一本携行させていた。高周波ブレードに変わる第三の近接武器にも活用できるしな。ちなみに、オリジナルは最後までパイルバンカーにこだわっていた……まさか、この星で勝手に作っているとはな。鬼の居ぬ間に洗濯とはこのことだろう」
呆れた様子でこちらを見てくるべスターに対し、なんとか上手い言い訳は無いかと思考を巡らす――クラウに武器製造を依頼した時には、なんとなく必要という直感はあったのだ。
直感と言うと、件の上位存在が自分に作用していて作らせたとも考えられるが――それよりはもう少し根源的というか、本能的なものな気がする。要するに、打ち杭をオリジナルが必要と思っていたのを、自分が継承したという方が正しいように思う。
「まぁ良いだろう? アレが無きゃ、ブラッドベリに対抗もできなかったわけだし……それに恐らく、オリジナルはADAMsを起動していない時の近接火力を補おうとしてたんだと思う」
「あぁ、だろうな。パイルバンカーは音がデカいし足を止めなきゃいけないが、逆を言えば近接戦闘での火力としては確かに高い。最初の内こそ暗殺者として隠密行動がメインだったが、オリジナルが活躍していた後期は行動が様々に及んでいたから、加速装置なしでの火力の補強を考えていたんだろう……それはオレも認識していたところだ」
「そうだろうそうだろう、だからいい加減に依頼してたわけじゃ……」
「とはいえ、炸薬式でなく電動式にする方が合理的だと言っても渋られたからな。結局こだわりの方が強かったんじゃないか?」
再び呆れるような様子のべスターに対し、今度こそ上手い言い訳を出せなくなってしまった。杭を打ち込むのと同時に煙が出るから格好良いという思考からは、自分は脱却できなかったからだ。
「ともかく、武装については以上だ。むしろオレは間接攻撃の補強を考えていたんだが、オリジナルはナイフの方が正確に狙えるから良いと言っていたな」
「ふぅん……しかし、このころはまだそこまで正確じゃなかったみたいだ」
ブラウン管に視線を戻すと、いつの間にか映像はオリジナルの訓練風景に切り替わっていた。とはいえ、やはり狙いはまだまだ甘いように見える――概ね訓練用の的の中心近くに当てられてはいるのだが、やはりその精度は甘い。
クローンである自分としては、激しく動き回っている時では全てを正確無比に投げるのは難しくはあるものの、画面の中にいる仮面よりは正確に狙うことが出来る。そうなると、べスターの「正確に狙えるから良い」というオリジナルの言葉には矛盾があるように感じられた。恐らく、この後に更なる修練をして投擲の腕を磨いたのだろうが――。
「それに関してはな……今に理由もわかる」
べスターがそう言った瞬間、再びブラウン管の画面が切り替わり――夜の漆黒に身を潜め、車道の脇を進むオリジナルのアイカメラからの映像を見つめる場面へと切り替わった。