B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「……アラン、聞こえるか?」
社内の機材に取り付けられているモニターを見ながら、べスターはそう語りかけた。
「あぁ、聞こえている……しかし、堂々とやり取りをして大丈夫か? 傍受される可能性もあると思うんだが」
「そこに関しては大丈夫だ。DAPAの連中も知らないプライベートな回線だからな……大戦で使い物にならなくなったと思われている国営の衛星の電波を使っているんだ」
「なるほど、ケガの功名ってヤツだな」
「それに、今のオレ達を警戒している奴はないさ」
「そりゃそうだ」
スピーカーからオリジナルの皮肉が戻ってくると同時に、モニターの視点も動き始める。何やら別荘地のような場所らしく、視線の先には夜の帳の下で引いては返す波が見える。どうやら画面の中のアラン・スミスは海沿いの国道のような場所を移動しているようだった。
「さて、もう一度作戦を繰り返すぞ。今回のターゲットはローレンス・アシモフ……DAPAが一角、アシモフ・ロボテクスカンパニーの社長だ」
「初っ端のターゲットが社長とは、大物だな」
「逆に、木っ端を暗殺したところで、DAPAを崩すことはできないだろう?」
「俺が言いたいのはそういうことじゃない……社長となれば、警護も厳重なんじゃないか?」
「そこに関しては不明だ。何せ、こちらの諜報活動では第五世代型を察知することは出来ないんだからな。とはいえ、アシモフをターゲットにしているのには理由がある。アシモフは月に二回、必ず余暇のために郊外の別荘に来る……愛人に会いにな」
「愛人という表現を使うからには、アシモフは既婚者か?」
「あぁ。正妻の名はファラ・アシモフ。こちらもDAPAの重鎮の一人だ」
べスターはそこで言葉を切って、機材の端に置いてある煙草を手に取って火をつけた。既に灰皿には数本の吸殻が横たわっており――コイツの煙草のペースで言えば、現場についてから三十分と言ったところだろうか。
「とはいえ、ファラの方は研究熱心で、常に研究室にこもりっきりだと聞くな」
「対する旦那の方は、金にものを言わせて愛人を囲ってやがる訳か。まぁ、金持ちの倫理観は、一般人のものとは比べられないんだろうが」
「そういうことだ。ともかく、我々の暗殺はこれが初めてだ。DAPAもACOに対しては警戒をしているし、社長なのだから多少の護衛が居ることは想定されるが、まさか愛人と会うのにまたぞろと強力なガードマンを引きつれることはないだろうと推測されている」
「そうだな。いくら不透明と言っても、愛人と会うのにあんまり賑やかじゃ、色気もないってもんだ……おっと」
機材のモニターの暗闇の先から、何やら光が近づいてくるのが見える――車のヘッドライトだろう。一般乗用車は自動運転が普通になっているから暗闇内でも事故の可能性は低いと言えども、視認性が悪いのは搭乗者の心理的な負担になるから、ライトを灯すのが一般的だったはずだ。アラン・スミスは国道に等間隔で植えられている木の裏に身を潜めて車が通り過ぎるのをやりすごした。
「補足をすると、お前が身にまとっている外套だが、光学迷彩を積んでいる。姿を背景に透過するだけの物であり、サーモグラフィーを搭載している第五世代型の目を欺くことはできないが、歩行者にお前の存在がバレることは無いはずだ……迷彩の起動にはベルトのボタンを押せ」
「あのなぁ……そう言うことは早く言えよ」
アイカメラをべスターの視線から画面越しに見ているせいでややこしいのだが、どうやらオリジナルはべスターの言う通りに迷彩を起動したようだ。
「あと、車の前には出るな……カメラの記憶がDAPAのデータベースに残るからな。迷彩を積んでいても解析されればバレる可能性がある。襲撃の記録はどうしたって残るが、とくに離脱時の証拠は残したくない」
「了解だ……それで、まずはポイントに向かえばいいんだな?」
「あぁ。そこで敵情視察をしつつ、アシモフが来るのを待て。アシモフが到着するのに合わせて屋内にいる第五世代型が外に出てくるはずだ。もし予想に反して大量の護衛がいる場合は、一旦はその数を認識するだけで帰還して問題ない」
「大量ってのは、何体くらいを指す?」
「お前が第五世代型アンドロイドを掻い潜って暗殺を不可能と思う範囲……訓練では三体まで同時に戦う想定をして行っていたから、安全マージンを取るなら二体までと言ったところだろうな」
「むしろ、一体もいないことを祈るけどな」
「緊張しているのか?」
「そりゃあ……とうとうこの日が来ちまったって感じだからな。人を殺せって言われるんだ、ナイーブにもなるさ。だが、納得していない訳じゃない」
今のオリジナルの口調は、研究室で目覚めて人を殺せと言われた時と比べれば落ち着いているように聞こえた。今の自分は過去のハイライトを見ているだけだが、画面の中の彼は二年の間、人を殺すということに対して自問自答を続けたはずだ――それで、ある程度の覚悟は決まったということなのかもしれない。
アラン・スミスは何度も実際に人を殺した時のイメージトレーニングをしていたはずでもある。そして結局、晴子の医療費を稼ぐにはこれしかない訳であり――本来なら死んでいたはずの自分が、処分を受けずに生きながらえる手段でもある。
とはいえ、これが初陣となれば話は別かもしれない。今までは死刑執行を待つ囚人のような気持ちで――本当は執行人側な訳ではあるが――いつ来るかも分からないその日を、漠然とした気持ちで待ち続けていただけだろう。
そうなれば、実際に人を殺めた時には、未だ想像できていない衝撃がオリジナルに襲い掛かってくると想定される。もちろん、彼が旧世界で恐れられる暗殺者として活躍していたのだから、それを乗り越えて任務を続けてはいたのだろうが。
映像はいったん、ひたすら移動を続けるという場面が続いた。その間に一転気になったことを、画面外のべスターに確認を取ることにする。
その内容というのは、なぜこの極東の島国にDAPAの幹部が集まっていたのかということだ。本来、DAPAを構成する企業群の本社は海外にあったはず――それに対するべスターの回答は以下のようなものだった。
もちろん正確に言えば、全ての幹部が極東の島国に集まっていた訳ではないことを前提として、母なる大地のモノリスが運び出されたのがこの国だったから――本国に持ち帰るには距離が遠く、国際機関の妨害を懸念したDAPAは、ここに運び込んだのだという。
元々、極東はもちろん、世界的な国際化がさらに推し進められた結果――これもある意味では政府の力が弱まり、企業の力が強くなったせいだが――都市部にかなりの外国人が流入していたこともあり、海外企業が進出するのには都合も良かったらしい。海に囲まれているのも、世界中からの物資はもちろん、海底資源を船で運ぶのにも向いていた、と付け加えた。
画面外のべスターの補足が終わるのに合わせて、画面内のアラン・スミスの移動も終わったようだった。今は小高い丘の上に身を潜め、眼下にあるプール付きの豪邸を見下ろしている。
「どうだアラン、第五世代はいるか?」
仮面の視界が狭く拡大されていく――恐らく、仮面に取り付けられているズーム機能か何かを使っているらしい。アラン・スミスは窓や庭など、屋敷の所々を拡張された視界で見るが、何かしっくりこなかったのだろう、ズームを切ってから再び視線を動かすと、正門の前でカメラを止めた。
べスターの記憶を再構築している映像のせいか、そこには何も映し出されていないし、流石に画面の中の気配まで察することはできないので、画面外の自分には何もない空間を眺めているようにしか見えないのだが――。
「正門の前に一体居るようだ。ただ、室内に何体いるかまでは分からん」
「窓から確認はできないか?」
「。流石に壁を隔てていたら、目で見えなきゃ確認できないな……とはいえ、勘で言えば、あと二体は居そうな気がするな」
「勘、勘ね……非科学的だが、お前の存在そのものがある意味では非科学的だし、何よりお前の勘は結構当たるからな。その勘が正しいと仮定すれば、敵は三対になる訳だが……どうする?」
「逆に聞くが、第五世代型は壁を透過して俺の存在を認識できるのか?」
「それは無理なはずだ。結局、第五世代の視界に入らなきゃサーモグラフィーや収音装置等のセンサーの類は意味を為さないし、同時に壁の素材次第でもあるが、遮蔽物があればレーダーの感知も難しいはず……外の一体が仲間に知らせるまでは、中の連中はお前の存在に気付かないだろう」
「それじゃあ、敵は一体だな。ターゲットを仕留めた後は、ADAMsで一気に離脱するんだから……おっと」
別荘に向かってくる光を確認して、仮面は改めて木の裏に身を潜めた。そして僅かに身を乗り出し、門の近くに停まった車を眺めていると、助手席から男が一人、運転席から女が一人が現れた。
男の方は初めて見るが、女の方はなんとなくだが誰だか分かる。女性としては高身長で、黒い細身のスーツをピシっと着こなしている釣り目の女性――ウルフカットとロングヘアーで髪型は違うし、はるか遠い祖先であるはずだから血縁としては大分遠いはずだが、あの出で立ちはどこかエルを彷彿させるものがある。
「アレが愛人か?」
「いいや、別人なはずだ。愛人は別荘内だろう」
「そうだろうな……全く隙が無い、ナイフみたいな女だ。愛人って感じじゃない……情報が欲しい。あの女、何者だ?」
「ちょっと待て……アレはリーゼロッテ・ハインラインだな。DAPAの持つ傭兵団の隊長だ」
べスターが見つめるモニターの先には、女の顔写真と経歴とがびっしりと書かれた画面が映し出されている――やはりリーゼロッテだったか。今日この日に邂逅があったかまではこの先を見なければ分からないが、オリジナルが彼女を初めて認識したのが、まさか初めての任務の時であったとは初耳だった。
「厄介そうな相手か?」
「まぁ、厄介と言えば厄介……各地の紛争において、生身でサイボーグ相手に戦果を出せる程の実力者であるらしい。その腕を買われて、DAPAにスカウトされたようだな」
「なるほど、俺みたいな奴を相手にする専門家ってことか」
「とはいえ、第五世代型ほど厄介ではないはずだ。ここからは推測だが、AIでは補えない不測の事態に備えるために人を雇っているのだろうが、所詮は生身の人間だ」
「多分、あの女に狩られた奴らは、皆そうやって侮ってやられていったんだと思うぜ」
「ふむ……まぁ、あのデイヴィット・クラークが評価しているくらいだから、確かにやり手かもしれないが」
「しかし、どうしてそいつが逢引きに付き添っているんだ?」
「恐らく、ここまでの護衛のために連れて来られたのだろう……車内に第五世代は居るか?」
べスターの質問を受け、アラン・スミスは再び視線を車の方へと向ける――男の方は何やら通話をしているようで、腕につけているマルチファンクションウォッチに向けて何やら話しかけている。本来なら空中ディスプレイが出るはずなので、カメラはオフにしているというところだろう。
それを尻目に車の窓から後部座席を注視するが――後部座席の扉は開かなかったし、それでも第五世代型が潜んでいるとなれば、まだ車内に潜んでいるということになるはず。しかし気配はなかったようで、オリジナルは「いや」と言葉を切り出した。
「トランクにでも隠れてない限りには居なさそうだ」
「成程……それで、どうする? お偉いさん方からは、やむを得ない場合は関連者の殺害も許可されているが」
「女の方か? 不用意に殺したくはない」
「とはいえ、屋内に移動されたら面倒だぞ?」
「それなら、多分敷地内まで一緒に移動しているだろう……ここで別れるつもりじゃないか?」
「会話を拾ってみろ。口元を見れば、こちらで音声を擬似的に作り出せる」
仮面が再びズーム機能で外に立つ二人の男女を拡大し――ちょうど通話が終わったらしいタイミングで、女の方が腕を組みながら特大のため息を一つ吐いた。
「あまり関心はしませんね。近頃、ACOの動きもきな臭くなっています。それなのに、こんな頻繁に遊びに出掛けるなどと……」
「逆だよ、逆。あまり根を詰めすぎると、仕事の能率を落とすからね」
流れてくる二人の会話は機械音声ではあるものの、話者の性別を識別してくれるのか男性の声と女性の声になっている――とはいえ、ニュアンスや情動までは拾ってくれるものではないらしく、肩をすくめる男の方はもう少し楽観的な様子で話しているだろうし、首を振る女の方は低い声で喋っているのが想像できた。
「余暇を取ること自体は反対しません。しかし、どこの馬の骨とも分からない女を相手にするくらいなら、もう少し家族に向き合ったらどうなんですか?」
「独身の君には僕の気持ちは分からないだろうさ。それに、君の護衛なんか要らないと言っているだろう? 何せ、僕には君が居なくても、強力にして最強の奴らが居るんだからね」
「私がACO側なら、遊び歩いているアナタから狙います……そして仕掛けてくるときは、必ず第五世代型に対する対策を取れた時です」
襲撃者たるアラン・スミスとエディ・べスターは、リーゼロッテの言葉にぎくりとしたに違いない。傭兵団の隊長は、こちらの状況をぴたりと言い当てていたのだから。彼女自身の兵士としての勘が鋭いのだろう――だからこそ、彼女は第五世代型アンドロイドという最強の私兵部隊を持つDAPAの中でも活躍していたのだろうから。
男の方も流石は大企業の社長であるのか、リーゼロッテの鋭い意見は素直に受け入れたようで、真剣な面持ちになって頷いた。
「それが今とは限らない。だが、確かに君の言うことも一理ある。今度からは、もう少し注意することにするよ」
「出来れば、今度からではなく今から、にして欲しいのですが?」
「それは難しいな……何せ、彼女は僕に会うのを楽しみにしてくれてるんだから。それとも、わざわざこんな風に遠出しなくても、君が僕を楽しませてくれるってことなのかな?」
先ほど一瞬だけ流石は社長と思ったが、前言撤回だ。男は品定めするようないやらしい目線で、引き締まったリーゼロッテの身体を見回している。対する女の方は露骨にイヤそうな表情を浮かべて踵を返し、「明日の朝に迎えに来ます」と言って車の運転席へと戻った。
「馬鹿は死ななきゃ治らない……か」
自動運転を好まないのだろう、ハンドルを握りながらそう唇を動かし、リーゼロッテは車にエンジンを掛けてそのまま去っていく。そして車のヘッドライトが遠ざかるのに合わせて、アラン・スミスの視界は丘を下り始めた。
「おい、アラン、行くのか?」
「多分、あの女が去った今しかチャンスは無い……ローレンスが屋内に入るまでが勝負だ」
「……分かった。だが、無茶はするなよ」
「ははっ……お前が俺に人殺しさせようって改造したんだ。今更生ぬるいのはなしだぜ」
そう返答する仮面の声は、僅かにだが上擦っていた。