B&T~記憶喪失の転生者、伝説級の暗殺術で異世界ディストピアをぶっ壊す~ 作:五島七夫
「第一優先はローレンスの暗殺だ。第五世代型の撃破に関してはお前に任せるが……時間を掛けるほど不利になるのは目に見えてる。投擲でローレンスの頭部や心臓などの急所を狙って、すぐにADAMsで離脱するのが良いだろう」
「あぁ、俺もそう思っていたところだ」
通信をしながらアラン・スミスは丘を足早に、同時に音もなく下り、最後は高さ二メートル半ほどある外壁を飛び越え、しなやかに着地する――全身機械であると同時に、エディ・べスターの叡智が詰め込まれたその身体は隠密機動に優れる設計となっており、ほとんど無音にて庭にまで潜入することが出来た。
さて、ここまでは遮蔽物のおかげで気配を察知されなかったが、整然として且つ広大な庭の中においては、第五世代型のレーダーに捕捉されることになる。とくにDAPAが管理する敷地内においては、異物は即攻撃対象になるはずだ。それ故、素早くミッションをこなさなければならない。
着地後のアラン・スミスはすぐに前進を始め、庭の石畳を歩くローレンス・アシモフに接近を始める。すると、ローレンスは千鳥足のように不安定に動き――恐らく、姿の見えない第五世代型が盾になるように男の前に躍り出て、その動きのせいで男の足がもつれたのだろう。
闇夜に眩い閃光が瞬《またた》き――銃口の起動を読んだのだろう、アラン・スミスは僅かに身を逸らし、空を引き裂く一筋の光線を躱しながら腕を振り上げた。それと同時に銀色の刃が月の光を反射して飛んでいき、空中のとある地点に――恐らく第五世代の頭の部分に――突き刺さった。
第五世代型がEMPナイフの電磁パルスによりスタン状態になってすぐ、仮面は二本目を投げるために腕を振ろ降ろす――だが観察眼が足らなかったのだろう、足がおぼつかないローレンスに向かっていく二本目のナイフの軌道は、急所からは逸れているように見えた。
「しまっ……!?」
仮面の声が聞こえると同時に、投げられた短剣が男に深々と突き刺さる。しかし、狙いがはずれたそれは、頭部ではなく男の肩に命中してしまった。ローレンスは僅かに呻き声を上げ――その瞬間は肩に重い衝撃が走ったくらいの認識だったのだろうが――突き刺さったナイフを見つめた瞬間に一気に痛みが来たのだろう、獣のような悲鳴をあげながら、その場にしゃがみ込んでしまった。
「痛い、痛い、痛いぃぃいいい……!」
視線の主は、男の悲痛な叫びに怯んでしまったようで、トドメを刺すのを忘れて呆然と立ち尽くしてしまった。
「おいアラン! ボケっとするな!」
べスターの言葉にやっと身体に力を取り戻すのと同時に、アラン・スミスは建物の方へと振り返った。既に玄関扉は開け放たれている――つまり、庭にもう一体以上の第五世代が躍り出てきているのだ。
ブラウン管からは、仮面の息苦しそうな呼吸が聞こえる――疲労からというよりは、極度の緊張状態のせいだろう。新たな敵に対処するために視線をせわしなく動かしているが、中々敵の姿を捕えることが出来ていないようだった。
しかし、不可視の敵というのは、本来は厄介なものだな――画面外の自分はそんな風に冷静に考えていた。ブラウン管に映し出されているのはべスターの記憶なので、普段は気配を察せる自分でもオリジナルに襲い掛かっている第五世代を見ることは出来ない。それを視るには、恐ろしい程の集中力が必要になる――極限状態では、敵の位置を見破ることは難しいかもしれない。
「くっ……そこか!?」
仮面の声が聞こえるのと、ブラスターの熱線とが発射されてくるのは同タイミングだった。寸でのところで何とか反応し、ギリギリで攻撃は躱せたようだ。反撃のために庭の茂みの方へと投げた短剣も狙いが甘かったらしく――同時に敵がそこに居るという証左でもあるが――空中で乾いた音を立てて弾かれてしまった。
「アラン、トマホークを投げてすぐに接近しろ!」
車内のべスターのアドバイス通り、アラン・スミスはトマホークを投げてからすぐに前進を始めた。そのアドバイス自体には、恐らくそんなに意味は無かったのだろう――しかしその一言は、脳がショートして動けなくなっている仮面の男の背中を確かに押したのだ。
短剣と違って質量のあるトマホークを簡単に弾けないと敵も悟ったのだろう、茂みが動いて何者かが移動を始めているのが見えた。先ほど自分が「意外と早くない」と揶揄してしまった脚力はクローンの自分より確かに早く、アラン・スミスはそれに肉薄して、取り出した高周波ブレードを振り抜き――その軌跡の途中には、鮮血の代わりに無数の配線が飛びだした。
「まだだ! 背面に周って腰の回路を斬れ!」
そう、第五世代型は首を落としたとしても、サブの回路を落とさなければ活動可能だ――その証拠に、完全迷彩の剥がれた機体の腕が上がっているのをカメラは捕らえていた。
とはいえ、べスターの助言ですぐに動き始めていたおかげで、アンドロイドが持つブラスターの銃口が仮面を狙うよりも早く、アラン・スミスは背面に周り、相手の腰にブレードを突き刺し――そこでやっと第五世代型は動きを止め、茂みの上に倒れ込んだのだった。
「よし、いいぞ……もう敵はいないか?」
「あ、あぁ……スタンしている奴以外の気配は感じないな……」
「では、トマホークを回収しローレンスにトドメをさすんだ」
「……分かった」
すぐ足元にあったトマホークを拾い上げると、すぐに仮面の視線が上がり――そこには肩から血を垂らして呻いているローレンスと、カメラには電磁パルスで動きを止めて姿を表していた最初の一体が、今にも動き出しそうになっているのが映った。
「ちっ……!」
一体倒して少し冷静さを取り戻したのか、アラン・スミスはまた一気に前進して、頭部に刺さる短剣を抜き出そうとしている第五世代の首を切断した。そのまま還す刃で腰部を切り裂くと、もう一体も力なく膝から崩れ落ち、へたり込んでいるローレンスのすぐ近くに倒れ込んだのだった。
ローレンスは倒れ込んできたガードマンに「ひぃ!」と声をあげ――大の大人が顔をしかめて、大粒の涙を浮かべながら仮面の男を見上げてきた。
「た、助けて……!」
弱弱しく嘆願する様子に、逆手に持って振り下ろそうとしていたブレードを握る力が弱まったのがカメラ越しにも伝わってきた。今くらいの出血量なら、すぐに手当をすればローレンスも生き残ることは十分に可能だろう――逆説的に言えば、この刃を振り下ろしたら、もう後には引けない。暗殺者として生きていくしか本当に道が無くなるのだ。
「迷うのは分かる……だが、早く楽にしてやれ」
「あぁ……そうだな」
べスターに背中を押されてアラン・スミスは頷き――視線が男の頭上に注がれた。
「いやだ、死にたく……な……」
ローレンスの嘆願が最後まで聞こえることは無かった。代わりに、額に突き立てた刃から血しぶきが舞い――少し抉ってから引き抜くと、それが人間であった証左とでもいうかのように、配線ではなく真っ赤な鮮血が一気に吹き上がった。
改めて、スピーカーから仮面の荒い息遣いが聞こえてくる。人に刃を突き立てた感触が腕から消えないのだろう。脳を抉った感触は、クローンの自分にも伝わってくるような心地がする――その感触は、自分が人殺しになり下がったという事実を突きつけてくるかのようだった。
少しの間、アラン・スミスは真っ赤に染まった男の顔を眺めて――ブレードに付着した血糊を振って払った。それと同時に、別荘の門の前に一つのシルエットが現れ、その銃口を月明かりに閃かせた。
「……止まれ! こちらに背中を向けて手をあげなさい!」
先ほどの機械音声とは違う、ハスキーだが冷静な女の大声がスピーカーから聞こえ――リーゼロッテ・ハインラインは銃口をアラン・スミスに向けたまま、彼の足元に倒れる護衛対象とアンドロイドとを盗み見て、すぐに男の一挙一動を見逃すまいと真っすぐに見据えてきた。
「まさか、本当に狙われるとは予想外だったけれど……イヤな予感って言うのは当たるものね? ともかく、アナタには色々と聞かなければならないことがある。この場で射殺したくないのよ……ねぇ、タイガーマスク」
女はアラン・スミスの仮面に走る紋様からタイガーマスクと名づけたのだろう。そう言った意味では、この夜に真の意味で虎が生まれたのだ――人殺しの虎、アラン・スミスは、武器を下ろすこともしないでリーゼロッテ・ハインラインを見つめ返していた。
対するリーゼロッテは、虎が武器を下ろさないのを無表情に見つめ――牽制のために撃ち込もうとしたのだろうか、トリガーに力を込め――だが、女は引き金を引かず、訝しむ様な表情を浮かべた。
「……アナタ、震えているの?」
女の質問が聞こえた瞬間、映像が一気に反転した。そして次に映像の焦点があった時は、僅かな星灯りの下で獣道を走っている場面だった。
「ADAMsを使ったんだな……それでいい、合流ポイントまでナビゲートする。落ち着いて行動しろよ、アラン」
「はぁ……はぁ……うぐっ……!」
えづきそうな声が聞こえてから再度べスターが注視している画面が暗転し、次に景色が映った時には国道を見下ろす藪の中だった。その後は、べスターによる誘導が行われ――アラン・スミスは一度も返事をすることはなかったが――海沿いの駐車場に停まっているトラックの元に仮面が辿り着くと、べスターはコンテナの扉を開けて外へと飛びだして運転席に移動して車にエンジンをかけた。
助手席に返り血で汚れた仮面の男が入ってくると、べスターはすぐにアクセルを踏んで駐車場を後にした。隣からは絶えず仮面の男の荒い呼吸が聞こえ続け――海沿いを抜けて山間部に入った瞬間、べスターは助手席との間にある収納の蓋を流し見た。
「精神安定剤を打つか?」
「いいや、ダメだ……これは、この苦しみは、俺が抱えなきゃいけない物なんだ……」
「だが……」
「俺のことはいいから、運転に集中してくれ……」
「……分かった」
視線の主は収納から視線を離し、後はヘッドライトが照らす国道を見つめて、車の速度を上げたのだった。
◆
画面が切り替わると、ガラス張りの部屋の隅でうずくまる仮面の姿が映し出された。
「基地に戻ってからしばらくの間、オリジナルは部屋に籠って出てこなかった。もうお前は戦えないんじゃないかとも思ったが……上層部は二体の第五世代型を相手にしながらターゲットの排除をするという初の大戦果に浮かれており、オレは何としてでもお前を連れ出す様にと命令されていた」
「それで? 部屋から出てくるようにと説得したのか?」
「いいや……何て声を掛ければいいか分からず、ただ部屋の前に食事を運んでいっただけだ。全く手つかずだったがな。しかし……」
一度ブラウン管に砂嵐が走り――しかし次の画面も変わらぬ景色で、相変わらずべスターは紫煙の向こう側にあるガラスの奥を注視しているようだった。しかし、少しして変化が現れる――部屋の隅で動かなかった仮面の男が立ち上がって移動を始め、扉を開けて置かれている食事のトレイを持ち上げて、何やらこちらの方へと向けて話しかけているようだった。
「ローレンスを暗殺をしてから三日後、オリジナルの方から部屋の外へ出てきたんだ。そして……オレに紙と絵具を用意してくれと頼んだ。オレは言われるがまま、街に繰り出して画材を探した。この頃はアナログで絵を描くなんて一般的じゃなかったから、探すのも苦労したのを覚えている。
同時に、オレは分かっていたんだ……画材を渡したとしても、サイボーグと化したアラン・スミスが、以前のように筆を握れないことも。それでも、何か気晴らしになるんじゃないかと思って……」
べスターが話している間、早送りで映像が次々に切り替わる――始めは大型の量販店から始まり、徐々に老夫婦がひっそりとやっているような小売店に、最終的には骨董品でも売っているんじゃないかという古臭い店内が映し出された。
そして再び画面が切り替わると、以前にソフィアたちが自分に買ってくれたのと似たようなバッグを仮面に手渡している映像が流れ――その後はフェンスの手前でカンバスを広げて座る背中がブラウン管に映し出された。
「その翌日、オリジナルは基地内で一番見晴らしのいい場所に陣取り、しばらくのあいだカンバスに向かって悪戦苦闘していた。その時、初めて聞いたんだ……家族が事故に会う前は美大を目指していたと……親には反対されていたが、晴子が一緒に説得してくれ、チャンスをもらったと。
そして、どうして絵を描くのが好きなんだと尋ねたよ。そうしたら……」
『自分に見える世界を描きだしたいから……写真や映像で見る風景は、肉眼で見る物と違う。光の加減や、流れる空気、周りから聞こえる音……実物から得られる感動は、多くの場合は写真で見たものに勝る。俺は、それを自分の手で表現したかったんだ』
「……お前はそう言って、フェンス越しに見える景色を描くことを諦めて、画材を仕舞った。そしてオレに画材を買ってきたことに対する礼を述べてから、ひたすらに投擲の訓練に打ち込むようになった」
次に画面が切り替わった時には、一発、また一発と投擲を繰り返し――徐々に精度をあげていき、最終的には全てを的の中央に当てているタイガーマスクの背中が映し出される。
「曰く、自分にできるせめてものことは、死んだとも気付かないままターゲットを暗殺することだと……筆の代わりに武器を取り、アラン・スミスは更なる訓練を繰り返し……その後のターゲットは全て頭部への一撃で即死させるようになったんだ」
これがお前の投擲の腕が磨かれた理由だよ、べスターは煙を吐きながらそう付け加えたのだった。